42話-2「中級冒険者への一歩」
近くで準備運動を終えた河合さんと小百合さんとも合流し、29階層の出口に入る。
そこでふと確認する内容を思い出した。
「あ、小百合さん、30階層ボス攻略したら31階層に行きますよね?」
「そうね。見てみたいでしょ?」
「はい。それでなんですけど、31階層攻略したら一度ギルドに戻ってもいいですか?」
「いいけど、何か用事でもあるの?」
「えっと、人と会う約束してまして……」
「えっ? だれだれ? 俊くんが人と会うなんて知り合いいたの?」
「知り合いいたのって……僕だって知り合いぐらいいますよ。会う人は全然知らない人なんですけど」
「知らない人って、誰かの紹介? まあ、奥山君一応有名人だからね」
「おいおい、引き抜きは勘弁してくれよ。せっかくいい感じにパーティメンバーが纏まりそうなんだからさ」
「あ、もちろん引き抜きだったら断りますよ。皆さんにまだまだお世話になるつもりですし」
「それならいいけど。ちなみに誰かわかってるのか?」
「えっと、姫宮杏子って女性の冒険者みたいなんですけど……」
その瞬間3人が驚きの声を上げる。
「はあっ!? 姫宮杏子!? あのロリータファッションのか!?」
「うそ。俊くんそのレベルの冒険者にも認知されてるの!? 中級冒険者のトップよ!?」
「えっ、杏子さんから声掛かるって……私もこの前やっと話せたのに……奥山君ずるくない?」
とそれぞれ僕に詰め寄ってくる。
「そ、そんなにすごい人なんですか? シルクさんから中級冒険者でソロでトップっては聞いてましたけど、会ったことないんで凄さがわからないって言うか……」
「当たり前でしょ! 『姫宮杏子』って言えば自衛隊の『伊藤相良』並みに有名な人物よ!」
その自衛隊の伊藤相良って人も知らないんですが……。
「うーん。奥山君も魔法を使うなら知っておいて損はないよ。魔法と魔力の使い方は超一流だし、自分でオリジナル魔法も作っちゃう人物だし、何しろ可愛いの!」
河合さんが少し饒舌になる。
「私もこの前たまたま教えてもらったけど、かなりすごい。というか、凄いとしか言いようがない。私のレベルでは何をどうしてどうやってあれだけの魔法を使ってるのかわからないから。前に見せた2つ属性を同時に使うのだって杏子さんに教えてもらってやっとできたんだから」
「はあ!? ちょっと待て、真由も姫宮杏子と知り合いなのか!?」
「真由ちゃん、そうなの!? 私達のメンバーで姫宮杏子と知り合いが2人もいるなんて……今年一番驚いたわ」
河合さんが姫宮杏子と知り合いなのを知らなかったのか大樹さん達が驚いている。
しかしそんなに驚く事なのか。というか、まだ僕はその人と知り合ってはいないんですけど。
「はあ、まあいいわ。その話は後でにしましょ。31階層攻略したらギルドに戻るのね。わかったわ」
そう言って小百合さんが手を叩く。
「話はこれぐらいにして、俊くん。30階層のボスを倒しに行きましょうか」
「了解です」
そして僕達は30階層に向かうための階段を下りた。
◇
30階層のボスは倒すことで本当の中級冒険者として認められる壁である。その壁を越えられずに多くの冒険者が中級の駆け出しである29階層まででくすぶる事になる。
そう言っても、僕は中級になって1週間もたたずにそのボスを目の前にしているわけだが。
「これが、30階層のボスか……」
大樹達さんが言っていた通り僕が想像したモノとは違っていた。
「まあ……24,25階層がカメとウサギだったから、もしかすると想像できたかもしれないけど……やっぱこれは想像できないな……」
そう、目の前にいるモンスターはカメとウサギと足して2で割った様な感じだ。と言うか、体長2メートルほどのウサギがカメの甲羅を背負っていた。
なんだ、あれか? 仙人の修行でもしてるんかこいつは?
扉の前で陣取っている大樹さん達が同調してくれてそうな気がする。
「見た目は微妙だけど、気合入れなおさないとな」
ボス部屋に入る前に大樹さんが言っていた「見た目と違ってかなり強いから気をつけろよ。俺らはパーティなら余裕だったけど、ソロは未知数だからな」という言葉。それを噛みしめて剣を抜く。
このウサカメが24と25階層のボスを足して2で割ってるなら、二つの要素を持つと言う事だ。スピードはウサギと同じように、そして防御はカメの甲羅で守るという感じだろう。そして2メートルという長身からくる攻撃は前回よりも強力ということ。
……これは全然余裕じゃないだろ。十分強くなってるだろ!
そう思っている途端にウサカメが吠えた。
「ウサカァァァァッ!」
「中途半端!」
鳴き声が中途半端だ! 混ぜるって、どっちかにしろよ!
しかしその動きは速い。
25階層ボスである『ガンラビット』と同じ『加速』による高速移動。自分のレベルも上がった事でかろうじて見えるが、動きに合わせられるほど遅くはない。
しかし、こういう時の為の対策はあの時から考えている。
魔力とは思っている以上に自由に動かすことができる。初めにシルクさんから教えてもらった通り、魔法とは想像力がモノを言う。例えば「液体」を想像することで「水」を創造する事ができる。冒険者が最初に覚えやすいとされている属性は水なのは、最も水が身近にあって想像しやすいからだろう。
しかし、『ウォーターボール』は水の塊を発射する魔法だが、その水自体が浮いている。その浮いている状態なのはアニメや漫画などで描かれているそれと同等の魔法が浮いている事が多いから、「魔法とは浮いている」と言う認識が強いからだと考えられる。その認識を持つと、先日ウェアハウンドに攻撃した『フレイムピラー』は指定した離れた場所で魔法を発動することができた。
つまり何が言いたいかと言うと、根本的に魔法は魔力を動かして発動するモノだということ。
それを応用すると自分の周り半径1メートルほどに魔力の膜を張る事は可能だと言う事だ。かなりの魔力を使うから、常に維持することはできないが、この様な場合には有効だ。
「ウサカァァァッ!」
その鳴き声が聞こえた方向を瞬時に見るが反応してからでは遅い。
だからこそその魔力の膜に触れた瞬間に発動する様にした。
そして弾けるような火花が散る。
「『スパーク』!」
「ウサガァァァァ……ッ!?」
感電したように跳ねたウサカメが攻撃角度を変えて僕の脇をすり抜け地面に滑る様に倒れた。
「ウサカァァァ……」
びくびくと体が感電したように震えながらも睨むように僕を見る。
この間に倒せたらいいだろうが、剣で攻撃すればまだ感電の恐れはある。だから魔力を込める。
しかしこの『魔力の膜』はかなり魔力を使うな。感覚的には残り半分を切ってる。魔力が増えるまでは使用頻度は控えめにもしもの時のためだけにしよう。
そう考えながらも溜まった魔力を火に変える。
「『フレイム・ピラー』!」
そしてウサカメの下から炎の柱が立った。
今出せる最大威力の魔法だ。これでダメージが入ってなければ、後は身を削って戦う戦法しかない。
そして魔法が消える。
目の前にいるのはカメの甲羅。四肢と頭を甲羅に閉まっている状態だ。
「まだ、倒せないか!」
その瞬間剣にありったけのSPを込めながら走り出す。そして下から振り上げるように放つ攻撃は今出せる最大スキルだ。
「リア・スラッシュ!」
新たに覚えた剣スキル『リア・スラッシュ』それは最低でも同じSPを使用した『スラッシュ』の威力の3倍だ。『スラッシュ』と違うのは『スラッシュ』はSPの量を調節して常に使用する事ができるが、『リア・スラッシュ』は威力が大きい分最低使用SPが決まっている。だから使用するのはここぞと言う場面だけだ。
白い軌跡を描きながら振り上げられる剣は吸い込まれる様に甲羅に命中する。その甲羅にはヒビが入り当たった所が砕ける。
そしてウサカメが吹き飛び地面を転がる。
「まだ足りないか……」
しかし、転がる甲羅を見てまだ致命傷にはなっていないのは明らかだった。
そして僕は再度剣を構えた。