41話-3「中級冒険者としての始まり」
「結局、平日に2回来ることになるとはなー」
仕事上のストレスとは源泉を掘り当てた温泉の様に湧き出てくるものである。そんな源泉掘り当てたくないけど。
先日も1時間だけ攻略すると言いながら3時間ほど攻略をして、26と27階層を攻略した。そして今は28階層を攻略し終え、29階層もあと少しという所で目の前には30階層へ続く通路が見える。
「まあ、金曜日の夜ってのは明日の事を考えなくていいから、ダンジョン攻略に時間をかけれるんだよなー」
火曜日と違って翌日の仕事の事を考えなくていいから時間を十分に取れる。
もちろんストレス解消兼、階層を少しでも進めるために来ているわけだが、やっぱり楽しいので時間が過ぎるのも早い。今の時点でダンジョンに潜ってから4時間は過ぎていた。
もう深夜だよ、深夜。
「それにしても兼次さん達が言ってた通り、ここからが中級って感じなんだな」
そう呟くのも、この26階層から29階層にはそこまでの階層にいなかった他の冒険者がちらほらいたからだ。
所々で薬草を摘んでいる人がいたり、オークやホブゴブリンと戦っている人がいたり。まだ10人ちょっとしか見ていないが、1階層から25階層まで合わせて2,3人しか見ていなかったので多く感じる。
こんな遅い時間でもいるって事は早い時間ならもっと多くいる事になる。つまり、29階層まででクエストやら討伐やらをしている冒険者が多いと言う事だろう。
0階層にはまあまあ人がいたけど25階層まではほとんどいなかったから本当に同じダンジョンに潜っているか心配だったんだけど、実際にいる事が判明して少し安心する。
でもこの階層にいると言う事は30階層のボスを攻略できていないから、駆け出し中級冒険者か中級冒険やでもあまり強くない人達なのだろう。それでもモンスター相手に死んでいないから一定の才能はあると思うけど。
そんな事を考えているとふと前に僕に絡んできたおっさんを思い出した。あの人もこの階層でうだうだしているのだろうか?
そんなどうでもいいことを考えながら29階層の出口を通り、奥にある転移ゲートと下に降りる階段を見る。
「この先は大樹さん達と潜るから楽しみは明日に取っておくとして、さっさと戦利品を換金しに行くか」
中級冒険者になれば稼ぐことができる。その言葉を信じて出てくるモンスターは片っ端から倒した。その時のドロップ品がどれだけ高く売れるのか。
稼げたらいいなーという想像をしながら僕は29階層の転移ゲートをくぐった。
◇
「シュンさん! お疲れ様です!」
ギルドに帰ってきたらいつも通りシルクさんが受付でニコニコしていた。
「ただいま戻りました。シルクさんこれドロップ品です。換金お願いします。あとクエストの達成報告と」
「わかりました。少し待っててくださいね」
そう言ってシルクさんは僕が渡したドロップ品とクエストの依頼書を持って奥に向かった。
クエストの依頼は薬草採取とオークの牙と爪のドロップの個数指定納品だ。倒せばランダムで落ちるドロップ品の納品は少し運が必要だけど、今回の様なオークのドロップ品であれば数が出てくるので出るまで倒せばいいだけなので、訓練にもレベルアップにもなるから一石三鳥である。
少しすると、シルクさんが報酬等を持って戻ってきた。
「お待たせしました。今日も沢山でしたね。先日は私はいなかったので対応できませんでしたが、報告書を見てびっくりしました。中級駆け出しでこの量は少し大変だったんじゃないですか?」
カウンターの上に報酬と依頼達成の判子が押された紙が置かれる。
「あ、それと、行きにお話ししていた宿泊の件もしっかり手配しましたよ」
「ありがとうございます。ダンジョンで1泊するのが初めてなので、どうしたらいいかわからなくて。助かります」
「いえいえ、シュンさんの頼みですから。サポートなら任せてください! それで、お部屋ですけど、後ろの階段から上がってもらって2階の一番奥の部屋になります」
そう言ってシルクさんが渡してくれたのは番号が書かれた鍵だ。
というのも、今日ダンジョンに潜る前にシルクさんにこの0階層で宿泊できるかを確認していたのだ。
以前冒険者がギルドの2階から降りてくるのを見て質問したのだが、ギルドの2階と3階は冒険者の宿泊施設になっている。ダンジョンの外の家に帰るのも面倒くさいし、連日攻略をするのであればいちいち家に帰る必要がないからだ。兼次さんみたいにこの0階層にアパートを借りている人以外は思っている以上に泊まっているらしい。
ちなみにギルド以外にも0階層には他に宿泊施設はあるようで、そちらの方が安いようだが、今日はダンジョン内で泊まるのは初めてなのでギルドに泊まる事にした。
というか、ダンジョンの中なのになんでも揃いすぎだろ。
「金額は銀貨5枚ですね。今日の換金から引いておきましたよ」
「ありがとうございます」
「これが換金の残りです。いつも通り金貨はカードで銀貨以下は硬貨で良いですよね」
「はい、それでお願いします」
そう言ってギルドカードを重ねた後、硬貨も貰う。合計は金貨1枚と銀貨6枚だ。ホブゴブリンやオークなどの魔玉の欠片や牙などを換金、ついでに取っていたクエストのクエスト報酬も含めたらそれぐらいになった。1日で約16000円を稼げたとなればかなりいいのではないでしょうか?
実質4時間でこの金額ならかなりいい。
それに29階層までであればボス戦以外はそこまでポーション類も使う事もなかったし、ここまでに主要な武器類は揃えてあるので、今日消耗したものはない。これからレベルも上がってもっと慣れればもっと稼げるだろう。
中級冒険者になればすぐに稼げると言っていた大樹さん達の言葉もあながち間違いではなさそうだ。
まあ、一泊5000円の宿泊費が毎回かかるなら大きな出費になるので、宿泊は特別な時だけにしようと思うけど。
そんな思考の中、シルクさんが「あのぉ……」と言って僕に声をかけた。
「シュンさん、今日もお疲れ様でした……と言いたいところなんですが、もう少しお時間いいですか?」
「どうかしましたか?」
「えっとですね……不躾ながら、シュンさんにお願いがあるんですが……」
「お願いですか?」
シルクさんからそんな事を言われるのは初めてである。
お願いと言われてまた討伐依頼なのかと思ってしまい少し構える。
「えっと、シュンさんに会いたいと言っている方がいまして……シュンさんが20レベルを越えたら会いたいと言ってまして……」
「僕に会いたい人ですか……」
シルクさんが今20レベルと言ったが、今回の攻略で僕のレベルも20レベルになった。ギルドカードを見せるのでシルクさん達ギルド職員には冒険者のレベルやステータスは常に確認されている。
「ちなみに、引き抜きとかですか?」
その言葉にシルクさんがビックっとしてから手を振る。
「いえいえ、引き抜きではないと思うんですけど……引き抜きだったら私が嫌なので……。ですが、色々あってシュンさんに会わせるって約束してしまったもので……」
なぜか申し訳なさそうにするシルクさん。
別に人と会うぐらい何ともないし。それに相手の人も僕がギルドにいたら勝手に声をかけてきたらいいだろうに。わざわざシルクさんを通す必要もないだろう。
とにかく僕はその質問に答える。
「別にいいですよ?」
「本当ですか! ありがとうございます! 一応高レベル冒険者が別の担当のエース級の冒険者と話をするとなると色々と担当間でも冒険者間でも揉め事が起こる事が多くて、ギルドではその様にルール決めをしたんです。なので、シュンさんに了承して貰えてよかったです」
そう嬉しそうにするシルクさん。
しかし僕はそこではなく、その前のエース級という言葉に引っかかっていた。
つまり僕はシルクさんまたはその冒険者にとってはエース級という事なのだ。なんだか嬉しい。
「えっと、じゃあいつにしますか? 明日明後日はダンジョンにいるので攻略後とかなら時間は空いてますよ」
「でしたら、明日の攻略後。シュンさんこのまま30階層ボスを倒して、31階層を攻略されますよね? 31階層からは攻略時間が大幅に変わるので、ケンジさんならたぶん最初は31階層攻略だけにされると思います。もし大丈夫でしたら32階層に行かず戻ってきてもらえると助かります。その後に予定を入れますので」
「わかりました」
31階層からは攻略時間が大幅に変わるとは兼次さん達からも聞いていた。その確認を含めて僕的にも最初は様子見で良いかと思っていたからそうなるだろう。それに明日は兼次さんはいないし、大樹さん達なら了承してくれるだろう。
「ちなみに、相手はどんな方ですか? 男性ですか?」
「いえ、女性です。たぶん初めて会う方はびっくりされると思うんですが、中級でトップの冒険者です。レベルは50越え。対応が難しいですけど、決して悪い方ではないです」
「女性ですか……」
僕に興味があるって、何が目的なのだろうか。やはりパーティ加入の催促だろうか。
「ソロで数々のレコードホルダーでもあります。そう考えるとシュンさんと似ているかもしれませんね。現在はソロで最高到達階層の女性。『姫宮杏子』さんという方です」