9話「命を懸けた時の感情」
「ごぅぁぁぁぁぁ」
咆哮に起こされる様に意識が覚醒する。
「かはっ……」
やばい、一瞬だけど意識を飛ばしていた。
オーガは……
くっ、目の前にいる!
「く、そ、が!」
全力で横に跳躍する。その瞬間、元いた場所にオーガの棍棒が振り落とされる。棍棒による風圧で吹き飛ばされる。その後には、地面がえぐられ、棍棒が埋まっていた。
「っ!! まじかよ! 威力が違うだろ」
初めてオーガと対面した時に放たれた攻撃とは威力が桁違いに上がっている。これを喰らえば確実に体が粉砕されるだろう。
ここは反撃せず逃げる選択を取るのが懸命だ。いや無理だ、逃げるところはない。
とにかく、オーガから距離を取る様に走る。動かない体に鞭を打つ。
「まじか、まじか」
なんだこれ。立ち向かえる気がしない。くそ、オーガに完全にびびっている。反撃をしようと思えなかった。恐怖心が植え付けられてしまっている。
ゆっくりとだが、こっちに向かうオーガ。真っ赤に染め上げた身体。額にあった一本の角は倍の大きさになっている。見た目は変化前と比べて凶悪になっている。一言で言うと化け物だ。
「びびるな。どうするか、考えろ」
びびりながらも頭を冷静にする。一定の距離を保つ様にしながら、オーガを観察する。
攻撃は桁違いに跳ね上がっているが、速さはあまり変わっていない様に感じる。現に僕に追いついていない。しかし、この距離でもかなり圧力を感じる。変化前とは全く違う威圧感だ。恐怖を感じるのも無理がないと思う。
だけど、このまま逃げているだけでは相手の体力を回復させてしまうだけだろう。逆にこっちは、ポーションで体力は少し回復したとはいえ、もう満身創痍だ。行動の選択を間違えるとその時点で終わるだろう。どうする。
「やるしかないな……」
自分を奮い立たせろ。びびってもいいが、立ち向かえ。そうしないと何もできない。とにかく、攻撃を当てろ。
自分を鼓舞する。そうしないと本当に何もできなく、殺されてしまう。生きるなら、このダンジョンに残りたいなら倒すしかない。
「おおおぉぉぉぉぉぉぉぉ」
その場で足を止め、オーガに向く。叫ばないと気力が持たない。自分を鼓舞し続ける。
オーガの傷は治っている。一番深かった脇腹の傷も跡だけになっている。もう、何も気にすることなく歩いている。
くそ。もう一度、一からダメージを与えなければならないのか、そう思うと絶望だな。
「はは、少しでも弱っていることを願おう」
オーガに向かい走り出す。作戦など無い。とにかく足を狙う。この剣ならダメージも通るはず。
滑り込むようにオーガの足下に潜る。
「はあぁぁぁぁぁぁ」
剣を振り切る。しかし、手応えが違う。
「っ! 浅い!?」
思ったよりも傷が浅い。皮膚が硬くなっているのか。攻撃が通り難い。
僕が一瞬戸惑ったそのタイミングでオーガの振り下ろし。振り下ろすスピードも速くなっている。ギリギリ避ける。
足は変わらないが、攻撃の威力が上がった分、スピードも速くなっているのか。
「やべぇ、攻撃が通りにくくなってるとか。まじかよ。隙もないし」
しかし、攻撃するしかない。威力が弱くてもとにかく当てるしかない。
繰り返す。オーガの懐に入り攻撃する。攻撃を避けながら間合いを取る。そして攻撃に入る。それの繰り返し。オーガの攻撃は当たらないように。繰り返し。
最初の剣での戦いが思い出される。永遠に続くかと思う攻防。もし、あの剣のままならどうなっていた。この剣が無かったら。確実に積んでいた。じゃあ、あの剣を見つけられなかった冒険者は?このオーガに確実に殺されていた。攻撃が通らなくて何もできないまま逃げるしかなく、いたぶられて終わり。恐怖だな。
「なんてクソゲーだよ……」
冷静に思うとそうなる。4階層であの部屋に入ったことは運が良かったってことか。もしあの宝箱に会えなかったら。僕はもう終わっていたのか、まじか。
考えながらも攻防は続く。永遠に続くと思う攻防。しかし、それにも終わりは訪れる。ふと思考を巡らした所に、意識が分散した所に、攻撃は来る。
オーガの棍棒による左からの横殴り。オーガも弱点を狙ってきた。一瞬遅れての反応。避けることはできず剣で受ける。片手での受けだ、まともには受けきれない。動かない左腕を犠牲にしながら剣を体と平行にし、剣と左半身で受け止める。直撃した攻撃は僕を剣ごと吹き飛ばそうとする。それを耐える。飛ばされたら終わりだ、もう戻れる気がしない。地面を踏みしめ、歯を食いしばる。
「っ、くっ」
意識が飛びそうになるが、耐える。全身に力を入れる。徐々に威力は弱まり、止まる。たったの数秒の事が数分に感じた。でも、耐えきった。
「っくあ、はぁ、はぁ、はぁ」
かなりダメージを負ったがまだ動ける。剣は握れる。
オーガはこの攻撃が塞がれた事に動揺しているのか、動かない。耐えられると思っていなかったのだろうか。
剣を持つ右腕に力を込める。今できる全力の攻撃だ。不恰好な横薙ぎ。
「はああぁぁぁぁぁぁ」
振り抜く。ダメージが少なくてもいい。当たれ。
オーガの右足に命中する。その攻撃は通常よりダメージを与えられたような気がした。オーガも少し怯んでいる。そのまま離れず攻撃の体勢に入る。
もうここで引いたら終わる。行け……
『剣スキルがレベル1なりました。スキル「スラッシュ」が使える様になりました』
このタイミングで脳に直接言葉が流れる。剣スキルがレベル1になった? スラッシュが使える?
あ、いける。
攻撃の体勢は変えない。スキル「スラッシュ」どの様なスキルなのかわかる。元々知っていたかの様に。元々使えていたかの様に。違和感はない。そのままスキルの体勢になる。
右手に力を入れる。剣になにか気力を取られる感じがした。それについて今は考えずスキルを発動する。力が膨れ上がる。剣と腕が一体化したかの様に感じる。
叫ぶ。
「スラァァッシュ!!」
振り下ろす攻撃はオーガの左肩から胴体にかけて斬り裂く。血飛沫を上げ、真っ赤に染まる身体をより赤く染め上げる。その攻撃は今までにない大きなダメージを与えた。
「ごぅぁぁぁぁぁ……」
オーガが叫びながら地面に膝をつける。意識を保つのが精一杯の様に。
「っくはぁ、はぁ、はぁ。これでも完全に倒れないか。もういち、ど……」
力が抜ける。僕も地面に座り込んでしまう。
なんだこれ、気力がごそっと無くなった感じがする。
「っくう……」
立てない。立ち上がろうとするが出来ない。何故だ。もう少しなのに。何か身体から抜け出た感覚。気力が無くなったか。
ん? まてよ、気力? 精神力としても考えられる?
もし無くなったのが精神力なら、もしかして。
動く右手を腰に伸ばしポーチから残っていた瓶を取る。その瓶に書いてあるのは、
「SP……」
迷わず一気に飲み干す。精神的な怠さが無くなる。完全に回復したわけではないが立ち上がることはできる。
「……いける」
剣を握り直しオーガに向かう。オーガはまだ立ち上がれない。もう限界の様子だ。しかし、傷は治ろうと煙を上げている。これで決めるしかない。
「これで本当のラストだ」
剣を左に流す構えを取り、力を入れる。また、精神力が剣に吸われる様に感じる。それも今は関係ない。全力で振り切る。
「おおおおぉぉぉぉぉぉ! スラッシュ!!」
さっきもそうだが、スキルを使うのに叫ぶ必要はなかっただろう。でも、叫んだ方が力が出るように感じる。
スラッシュによる攻撃は、オーガの胴体を右脇から左脇へと斬り裂く。真っ二つとまでいかないが、修復できない傷を与える。
僕は振り切った剣の重さに耐えかねずそのままうつ伏せに倒れこんでしまったが、動かない体に鞭を打ちオーガを見る。もうこれ以上戦う気力は残っていない。これで終わらなければ後は死を覚悟するしかない。
「これで、終わってくれ」
強く願う。
「……が、ご」
オーガが動く。
頭が後ろに傾く。
そしてそのまま、糸が切れた様に後ろに倒れた。
そして少しずつ光の粒となり消えていく。
「っう、お、おお……」
その光景に息が漏れる。少し幻想的な光景に、やっと長い戦いが終わったと。
本当に倒したのか、不安になりながらもその光景を見続ける。少し動く体を起こし座る。そして、オーガであった光の粒が全て消えた。
『プレステージ5階層、ボス「オーガ」を討伐しました。これによりプレステージのクリア条件を満たしました。』
「お、おお、おおおおおおお」
聞こえたメッセージにようやく実感が湧く。オーガを倒せたのだと。遅れて感動が込み上げて来る。長かった戦いに終止符が打たれた。体感時間で数時間の戦い。でも実際は1時間にも満たないだろう。
でも、本当に長かった。初めてダンジョンに潜り、初めてモンスターを倒し、初めて大量に血を流した。ダンジョンに潜ってから初めての事だらけだった。当たり前だろうが。
しかし、その体験は自分を滾らせた。奮い立たせた。全部が楽しかった。生きてるって、生きるって事を実感させてくれた。ここは刺激しかなかった。死にかけたし、最後は痛い思いばかりだったが、それも引っくるめて楽しめた。
ネットで見た通り、人生が変わる経験をした。今まで思わなかったが、生きるって、生を楽しむためには命を賭けないといけないのかもしれない。全力で生きる事が大切なのだろう。今までにない感情だ。もしかしたら、一般的には狂ってるのかもしれないが、感じてしまった事には仕方ない。もう、ダンジョンでいきたいと思ってしまっている。あのオーガを倒した時の達成感。モンスターを倒した時の達成感。あれはどのゲームでも、どんな仕事でも今までに味わったことのない感覚だった。あれを求めたいと、また思ってしまう。
「ははは、中々やばい経験だったよな」
思い返すような独り言も、この階層をクリアした証拠。気持ちが安心している。
あ、奥で青く出口が光っている。あれに入れば元のゼロ階層に戻れるのだろう。もしあれに入って次は6階層でしたとかだったら発狂ものだが。流石にこの状態では、後は死ぬしかないな。そうなったら笑える。というか、5階層クリアまでしないと戻れない事にもかなり腹が立っているのだから、戻ったら文句を言ってやろう。
「っ! くう、痛てぇ!全身が痛い」
安心したら急に体が痛くなってきた。さっきまでアドレナリンが出まくりだったからな。特に左腕が悲鳴を上げている。さっさと戻るか。
「ん?」
立ち上がろうと思い、ふとオーガがいた所を見ると何かが落ちていた。
体は痛むが少し気力は回復している。ぎりぎり歩くことは出来た。そのまま落ちているモノを拾いに行く。
「これ、オーガの角か?」
真っ赤に光るその角はとても綺麗だった。高く売れそうだ。いいドロップアイテムなのだと思う。
「あ、そうだ。元の剣も持って帰らないと。どこだろ?
あー、あった。あそこか。まあ、もう使わないだろうけど、何かと交換できるかもしれないし。取りに行きますか」
そう思いながら痛む体を動かし剣を拾いに行く。この剣には無茶をしてしまった。しかし、こいつだけではオーガは倒せなかっただろう。そうなれば、ほとんどの冒険者が冒険者になれなかった理由だろう。100%倒せない戦いを強いられていたということだ。あのエルフは無理な事をさせる。まあ、この世界にダンジョンを持ってきて僕らに頼る時点で、数打ち当たれって思ってるのかもしれないが。
剣を拾い考え事をしながら歩く。ちなみに一番考えることは、この怪我はどこまで治るのかだ。完全回復するのならすごい事だ。治らなければ病院に行くしかない。
目の前に青い光がある。ここに入ればやっと元に戻れるだろう。長かった戦いもこれで終わりだ。実際は何時間潜っていたのだろうか。まあいいか。とにかく戻ろう。
「ああ、疲れたな……」
そう呟き、青い光に入った。
◇
眩しい光に目を細める。徐々に視界が回復してくる。ゆっくりと目を慣らすように開く。
「っは? ……あれ? ここ、えっ、どこ? ……えっ?」
目を開けると飛び込んできたのは、何も無い部屋。しかも、石造りの壁に床。先ほどの階層によく似た造りに心臓が跳ねる。
「まじか? 本当か? 本当にか? え、また、あの続きなんじゃないよな? 大丈夫だよな? ……床が冷い」
周りを見渡す。12畳程の部屋には何もない。他に見えるのは目の前にある木製の扉だけだ。それが、少し安心させる要因にはなっているのだが。
「あー、やばい、痛いわ、もうこの状況にいるだけで気が負けるわ。ダメだ、どうにかしてくれ」
本気で言ってはいないが、愚痴を吐き出す。気が紛れる。実際にこの現状は限界だ。というか、クリアして戻ると傷も治るかと思っていたのだが、そこまでゲームではないか。
「体も痛いし、どうにかしないと。
さて、どうするか……ん?」
動こうとしたところ扉の方から音がする。これは、足音か?そう身構えたところ、扉が開かれた。
「お、ちゃんと生きてるじゃん。こんなんなのにねー。頑張ったんだね」
「本当ですね。見た目は弱そうなのに、何か持ってそうです。いや、でもボロ雑巾ですね」
声が出なかった。
扉を開けて入ってきたのはエルフ二人だったからか、予想していなかったのと出会うと一瞬思考が止まる。この二人のエルフ、エルフ業界では当たり前なのか、かなり美人だ。で、入ってきた途端に何か言い始めたけど、褒めてくれてると解釈しよう。あと、こいつら同じ服装だな。なるほどね、色々とこの現状でわかるが、もしそうならこのダンジョンは想像よりすごい事になっていそうだ。
「見た目は弱そうで可愛らしい感じなのにね、中々頑張ったじゃん」
薄い水色の髪をなびかせ、僕をまじまじと見ながらそのエルフは話す。少しお姉さんぽい感じで、見つめられると恥ずかしさが湧き上がってくる。
「本当ですね。ボロ雑巾のくせに割と強さを感じますね。見た目は弱そうなのですが」
そう言うのは少し背が低めのエルフで、これは珍しいのか黒髪だ。ちなみにショートカット。というか、ボロ雑巾言うな。実際そうだから仕方ないが、言われると少し傷つく。
「あ、あのー……」
「で、あの子はまだなの?」
え、無視された?
「もうすぐ来ると思うますよ。あ、来たようです」
そう言い二人が後ろを向く。僕もつられて扉の奥を覗こうとすると、ドタバタと足音が近づいてくる。
「はあ、はあ、ち、ちょっと、シュナさん、サラちゃん、先に行かないでくださいよ!はあ、はあ」
慌ただしく部屋に入ってくる。走って来て息を切らしながらも二人に文句を言い始める。
で、もう一人エルフが加わったか。うーん、この子見たことあるな。
「いや、シーちゃんが遅いからでしょ。私らも仕事だしね」
「そうです。仕事は早く済ませましょう」
二人はからかう様に言う。で、三人でガヤガヤと話し始める。というか、僕のことほっておかれてる?そうなら、笑える。
「あのー……」
「別にシーちゃんより早く来たってねぇ、仕事を早く終わらせたいだけだしねー。というか、そんなにこの子に先に会われたのが嫌だったのかな?」
「それはそうですよ! だって、この人は私のなんですから!」
……ふぁっ? え? なんかこの子爆弾発言しちゃったよ! え? 僕、もしかして、告白されちゃってるのか? いや、実はもう付き合ってましたとか? オーガと戦って記憶が飛んでしまっているとか。あーそれなら残念だ。
「えーっと……」
「あ、オクヤマシュン様。なんで顔が赤く……ふぇぇっ! ち、違いますから! 違いますから! そういうことではなくて、担当が私っていうことですから!」
「お、おお……」
本気だったら嬉しいのだが。まあ、どっちでもいいけど。しかし、この子思い出したわ。ダンジョンで初めて会ったエルフの子。
「えーっと、シルクさんでしたよね」
「え! お、覚えていてくださったんですか! ありがとうございます!」
シルクの名前を呼ぶとすごい笑顔を向けてくれた。うぉぅ、すげー可愛い。
「いやー、君。なんだかシーちゃんのお気に入りらしいね?」
「うおう! え、そうなんですか」
急に耳元で話されて驚く。いつの間にか水色の髪の方が近づいていた。というか、え?それって本当ですか。
「しゅ、シュナさん! 何言ってるんですか! オクヤマシュン様も、そ、それは違いますからね!」
否定する様にシルクは手を目の前で振る。だから、そんなに否定しなくても、、、
まあ、それは後にしておいて、やばいもうガチで死にそうになって来た。耐えられずに声をかける。
「あのー、もうそろそろこの体どうにか……」
「あ! す、すみません! さ、先に回復させていただきますね!」
慌ててシルクはそう言い、手を僕に向けてかざす。
「あ。かなりの怪我ですね。骨折もしているようで。これは強めの回復魔法の方が良いですね」
そう言うとシルクは唱える。
「ハイ・ヒーリング」
途端、緑の光が僕を包む。初めての体験、光に包まれるなんて滅多にない。それも緑の光なんて。その光が徐々に傷を癒してくれる。痛みも消えていく。
その光に包まれながら考える。
回復魔法。つまりは魔法があるとわかった。剣と魔法の世界がこの日本にやって来たということだ。まだ、僕は死んでいないし、やり直しいうわけではない。つまり、これからダンジョン生活が送れるというわけだ。そう考えると本当にワクワクしてくる。
「……はは、楽しみだな」
聞こえるか聞こえないかの声で呟く。
「え? 何か言いましたか?」
「いや、なにも」
僕はこれからの事に思いを馳せながら、緑の光に身を任せた。