閑話-上「六体目のネームド」
兼次さん視点の話です。
「あっ! 兼次さん! 久しぶりですね!」
まだ日も昇っていない早朝、俺がギルドの内の椅子に座っていると入り口から声がかかった。その声の主はまだ若いが十分に覇気がある顔をしている。
「おー、仁君やないか! 久しぶりやなぁ!」
俺も久々に見たそいつは新人で入ってきた当初一時期パーティを組んでいた男性だ。
ここ最近、俊君や真由とのレベルアップとかでここ2か月ぐらいは他の冒険者とはあまり話していなかったからな。久しぶりに感じる。
「なんや、大層な防具着けて、かなり儲かってるんか?」
「儲かってるんなんて、オレはまだまだですよ! まあ、これは最近新調したんですけどね。兼次さんこそもうすぐ50階層突破でしょ? 噂は聞いてますよ?」
「まあな。でも俺らのスピードは並やからな。そんなに自慢するようなことでもないわ」
「兼次さんで自慢できないなら、45階層突破したばかりのオレは何も自慢できませんよ」
「お前はまだダンジョンに来て1年経ったぐらいやろ? というか45階層突破したんやったらもうすぐやんか。十分やろ」
「そうですか?」
そう俺が言うと照れるように仁君は頭を掻いた。
「えっと、話変わりますけど、今日集まったメンバーはギルマスの討伐依頼を受けてですよね?」
「そうやろな。全員40レベル近い冒険者やし、ほとんど見知った顔やろ?」
「そうですね。中級なら知らない人はいないぐらいですね」
そんな感じで今日の話をしていると、いつの間にか集まっていた冒険者達のざわつきが収まった。
「おっ、全員集まってるね」
その言葉と同時に奥から出て来たのは褐色でガタイの良い女性エルフだ。
今の俺でも少しプレッシャーを感じるギルドマスター。
少しざわついていた空気がピリッと締まる。
「話の前に、先に今日無理に集まってもらったお礼としてそれを渡しておく」
そう言ったギルドマスターは隣に居たギルド職員2人に何かを配らせる。少し大きめの袋だ。
「それは今日必要になるだろうポーション類だ。少しだが今日の討伐に役立ててくれ」
中身を見て「おおっ」と声が漏れる。
いつもならあまり冒険者に渡さないポーション類を先に無償で配ると言う事は、やはりそれだけのやばい案件だと再確認させられる。
「さて、早速だが本題に入らさせてもらうよ。昨日うちの職員から個別に説明したから大丈夫だと思うが、もう一度簡潔に説明するよ。今日の討伐対象はネームドモンスターだ。二つ名は『独眼のウェアハウンド』22階層で発見されたが、実力はその階層には不釣り合いなレベルだ。ウェアハウンドは通常31階層以降でしか発見されていない。しかし今回の個体は発見時にコボルトだったモノが進化してウェアハウンドなった異常個体だ。だから通常のウェアハウンドとは異なった行動を取ると考えられる。それを踏まえて、今回の討伐対象の適正レベルは40にさせてもらった。もしかするとそれ以上の可能性も考慮して、40レベル付近の精鋭を選ばせてもらった。それだけ脅威として考え、注意して行動してほしい」
そう説明したギルドマスターはいつも以上に真剣な表情だ。
「通常であれば今回集まってもらった倍の人数を用意して討伐隊を組むが、早急に対応しないといけないからね、すぐ集まれるメンバーがここにいる10名だ。ほとんどが顔見知りだろうが、一応覚えておいてくれ」
そう言われて俺も周りを見渡す。
レベル40か40前の中級冒険者となればほとんどが同じか少し後にダンジョンに来た同期みたいなものや。新たにレベルを上げてきた人物が2人ほどいるがそれ以外は知った顔やな。
「そこで、こちらの独断でパーティを2つ編成した。今から名前を呼ぶから分かれてほしい」
そしてギルド職員が名前を呼び始めた。
呼ばれた順に二人の職員の前に並び、5人5人のパーティが作られる。
「討伐に行く前に連携などの話をするだろうが、今一応簡単な自己紹介だけしな。それから作戦説明に入るよ」
そう言われたのでパーティリーダーである俺から自己紹介をする。俺がパーティリーダーになる事は事前に話されていた。
「じゃあ俺からやな。まあみんな顔見知りやと思うけど一応形だけな。今回パーティリーダーをさせてもらう西川兼次や。武器は剣と盾。よろしくな」
簡単な自己紹介をして見せて、次に回す。
「オレは鏡仁。武器は双剣。切り込み隊長するのでよろしく」
「私は谷崎真奈美です。魔法職でバフも使えます。宜しくお願い致します」
「俺は井上正人。武器は弓。火力は他がいるので、サポート、牽制に回る予定で」
「最後は私ですね。えっと、前島季里華です。回復魔導士です。よろしくお願いします」
「みんなよろしくな。後でフォーメーションやどう動けるかミーティングするからな」
「「了解です」」
簡単なパーティ内でのあいさつが終わった。
「さて、簡単なあいさつが終わったようだから、討伐依頼の作戦を伝える。しっかり聞きな」
そして『独眼のウェアハウンド』の討伐依頼が始まった。
◇
23階層は森と草原が入り乱れている空間。
ウェアハウンドは22階層で発見されたから23階層にいる前提で動いているが、まだ見つからない。
「兼次さん、もう2時間ほど探索してますが、見つからないもんですね」
「そうやなぁ。まあ、蒼介の所のパーティと入り口から逆方向に分かれて探しているから、もうそろそろどちらかとエンカウントしてもいいと思うんやけどな」
俺も顔見知りである蒼介という槍使いがリーダーのパーティと二手に分かれて探しているが、まだ見つからない。
この階層にはいないかもしれんのか? 俊君が戦ってからまだ半日やからこの階層にいると思うんやけどな。
「このダンジョンは東京ドーム5個分ぐらいやし、半周2キロぐらいやからこうやって探索しながらでも2時間もじっくり探せば十分に探索できるはずなんやけどな。もう半分は蒼介達が同じようにしてるはずやし」
「そうですね。じゃあ、もうそろそろって事で……」
その時、少し離れた空が赤く光った。
「兼次さん!」
仁君の声に反応して俺も赤く光った空の方を見る。
――やっぱりいたか。
「信号弾やな。見つけたって事や!」
赤色の信号弾を撃つ時は、ウェアハウンドを見つけた時。そして戦闘に入った時だと決めている。
「みんな、早く向かうで!」
「了解!」
「わかりました!」
そして赤い光の下にダッシュで向かう。
思ったより遠いな。
距離と体力を考えてスピードを調節しながらできる限り早く移動する。そして出会い頭に戦闘になる状況を想定して、各自武器に手をかけながら信号弾が上った元までたどり着いた。
「なっ……これは……」
森を抜け、少し開けた広場に出ると、俺の目に映った光景に異常を感じた。
別パーティの全員がその場で倒れていたからだ。
地面に倒れている者、木にもたれて座る様に倒れている者。リーダーの蒼介も同様に槍を落とし倒れている。
「なんやこれは、何が起こってるんや……」
同じレベルの精鋭がこの短時間で倒されてるって事は、何か異常が起こったって事か? そう簡単にあいつらが倒されるとは考えにくいんやけど……。
「兼次さん! これ、早く手当をしないと!」
「待ちぃっ!」
そう言って動き出そうとした季里華を手で制止する。
「どうしてですか兼次さん!?」
そう季里に言われたが、俺が懸念しているのはこいつらがこの短時間で倒されていると言う事。そこから導き出される答えとしては、今すぐに手当てに行くのは悪手だと。
そして全神経を動員して周りの様子を見る。そして一瞬気配を感じた。
「仁君後ろや!」
「……っ!!」
その声に反応した仁君が後ろを向き二刀の剣を交差させた。それと同時に草陰から飛び出てきたウェアハウンドの剣がぶつかり金属音を響かせる。
「ゴガァァァァァッ!」
「みんな下がれぇっ! 挑発! カバームーブ!」
自分にヘイトを溜める『挑発』に、瞬動並みのスピードで味方の防御圏内に移動する『カバームーブ』を使って仁君の前に割り込む。
吠えているウェアハウンドと相対し、俺に注視させ他のみんなに体勢を整えさせる。
「兼次さん!」
「急げ! 季里は倒れている奴の回復! 仁君はそのまま攻めるぞ! 正人と真奈美は後方支援頼む!」
「「はい!」」
「仁君! 隙を見て攻めろ!」
「はい!」
そして俺はウェアハウンドの次の攻撃を耐えるために盾を構えた。
閑話なのに少し長くなりそうです。
あと2話続く予定です。