閑話-下「五色を操る少女」
「お、おはようございます! わ、私、河合真由って言います! 今日はよろしくお願いします!」
「まゆまゆね。こっちこそよろしくー」
昼に向かって太陽が昇り始めた時間、訓練場で二人の高い声が響く。
「杏子さんですよね。魔導士の中でトップ冒険者で、ソロで50階層を突破した!」
「そうだよー。よく知ってるねー!」
「あ、憧れてます! こんなに可愛いのに強いだなんて、女性冒険者の憧れですから!」
「もー、そこまで褒めても何も出ないよー。わたしの魔法をさらけ出しちゃうぐらいだよー!」
という風に始まったアンズさんの魔法講座。相手はシルクの担当の女性冒険者。まだ幼さが残る可愛らしい顔つきだが、二ホンというこの国ではこれが成人した女性の平均らしい。ダンジョンでのステータスには嘘をつけないので年齢が物語っている。
ちなみに、この子は十分に中級冒険者としては活躍できるレベルだ。それもこの子を見ているパーティリーダーが優秀だからだろう。ちなみにそのリーダーは私の苦手なタイプなので勧誘はしていない。まあ、それぐらいいた方がシルクもいいだろうし。
そんなことを考えているうちにアンズさんはカワイマユに尊敬の目で見られる事に気持ちよさそうに話始めた。
「まゆまゆ、魔法の基本は知っているよね。このダンジョンには五大魔法があるんだけどわかる?」
「はい。知ってます。生活魔法、黒魔法、白魔法、付与魔法、空間魔法ですよね」
「うん。基本はそうだね。しっかり勉強できてる。じゃあ、その中でまゆまゆが使える魔法は?」
「一応、空間魔法以外は使えます。空間魔法だけはどう覚えたらいいかわからなかったので。魔導書も見かけませんし」
「基本は抑えられてるから大丈夫だよー。空間魔法の魔導書は普通に売ってないからねー。それでも優秀な方だよ」
カワイマユが話した基本的な魔法については合っている。冒険者にはその様に教える事になっている。アンズさんも同じ認識だと思うけど、少し違和感を感じたのは何だろうか。
「ちなみに、まゆまゆのレベルと到達階層は? レベルは28って聞いてるけど合ってる?」
「はい! レベルは28で、到達階層は36です!」
「35階層は突破できてるんだー。中々見込みあるね。パーティリーダーはシルシルの所だからー……」
「兼次さんって言う男性冒険者ですが……」
「あー、あのおじさんの所ねー。だったら大丈夫かー」
「おじさんって……兼次さんと知り合いなんですか?」
「知り合いじゃないけど、シルシルの所のトップ冒険者だからねー。少し調べた事があるだけだよ。普通にしっかりしている冒険者だから、一緒にいれば普通に強くなれるよ」
「そうなんですね」
「それは置いておいて、じゃあまずはまゆまゆの魔法を見てみよっか。得意な属性はなに?」
「えっと、適正属性は火です。その次に得意なのが水ですね。一応全属性は使えるんですけど」
「おー、全属性使えるんだー。それで適正属性は火ね。じゃあ、まゆまゆの一番強い魔法は?」
「最近覚えたんですけど、まだ完全に使いきれないのでもいいですか?」
「いいよいいよ」
「えっと、『エクスプロージョン』ですね。ぎりぎり持っていたお金で魔導書が買えたので」
「『エクスプロージョン』ねー。あの魔法いいよね。全てを爆発させる感じがすっきりするし。じゃあ、また今度見せてもらおうかな。魔導書で覚えたなら、数回使わないと慣れないでしょ? 実戦で使えるようになるのは少し後だと思うし。今日は基本をおさらいしようか」
「えっ!? 今日だけじゃなくてまた教えてもらえるんですか!?」
「うん。まゆまゆのこと気に入ったからいいよー。わたし才能ある子には教えてもいいと思ってるんだー」
「才能があるって……杏子さんに褒められた。す、凄く嬉しいです!」
興奮気味に笑顔になるカワイマユ。
私から見ても十分に才能はあると思う。あとはここからどれだけ成長できるか。今のうちに勧誘をしてみてもいいかもしれないな。
「じゃあまず、まゆまゆは2種類の属性を同時に扱えるようにしてみよっか」
「えっ? 2種類の属性を同時にですか!? そんなのでき……えっ?」
そんなのできないと言いたかったのだろうが、アンズさんの両手の平に浮かぶ火球と水球を見てその言葉が途切れた。
「できるよー。こんな感じで」
そしてその2種類の球を空中でくるくると交差する様に回転させた。
「ここまで自由に動かせたら完璧だね」
「ちょっ、ちょっと待ってください!」
「どうしたの?」
「えっと……『ファイアー・ボール』だけでもそこまで自由に動かせません……」
というのも、アンズさんがカワイマユと話している間もずっとアンズさんの頭の上で高速回転したり、上下に動いたり、遠くへ行って戻ってきたり、せわしなく動いていた。
「あー、ごめんごめん。ここまではまゆまゆにも求めてないから大丈夫だよー。自分の意思で狙った所には動かせるよね」
「あ、はい。それぐらいなら」
「じゃあ、あの的に二回カーブを描いて当ててみて」
「やってみます」
そう言ったカワイマユが『ファイアー・ボール』と唱えて手のひらに火球を浮かべる。そして訓練場の的に向かってカーブを二度描くように動かして当てた。
「おー。それぐらいできたら上出来だよ! うん、わたしが思った通りまゆまゆは才能あるよー」
「あ、ありがとうございます!」
再度才能があると褒められてカワイマユが嬉しそうに笑顔を向ける。
「ということで、次は2種類の属性を同時に使ってみよっか。まずは、自分で試行錯誤してみよう」
「わかりました」
そしてカワイマユが魔力を色々と動かし始めた。
今日アンズさんが取れる時間は2時間。私もそれに付き合わされるので通常の仕事を早く終わらせてきたのだけど、立ち会ってやはり正解だった。
アンズさんの魔法の基礎は私達エルフの魔法の基本でもある。しかし、これほどの魔力操作ができるエルフは多くはない。私も同時に2種類の属性を扱う事は可能だけど、あれほど自由自在に操れない。
だから私にとってもこの訓練を見る事はとても勉強になる。
だからこそわかる。この幼い顔をした小さな女性がとてつもなく規格外な事を。
そんなことを考えているうちに教える事に夢中になっていたアンズさんが魔力を器用に変化し始めた。
「まゆまゆー、そんなに難しく考えない方がいいよ」
「でも難しいです。詠唱では1つの魔法しか発動できないですし。同時に使うとなると無詠唱になりますから……」
「そうだね、無詠唱だよ。短詠唱でもなくて無詠唱。魔法は自分のイメージの具現化だから、想像できることは『できる』と思う事が重要だよ。まずは魔法じゃない。属性変化した魔力を操るイメージ」
その言葉を発した瞬間、アンズさんの上空で風に乗って舞い上がった砂が球体上に渦を巻き始める。
「わたしは苦手な属性が無いから何でもできるけど、普通は得意な属性の方がイメージしやすいんだよ。まあ、先にわたしの魔法を見てみよっか。ヒントになればいいんだけど」
そして周りに飛び散らないように直径1メートルほどの砂と風の球体の周りで稲妻の様な光がバチバチと音を立てて光る。
「二属性が動かせるようになったら次は3つ。そして4つ、5つと増やしていけば自分の苦手な属性も含めて黒魔法全ての属性が得意になるよ。最終的にはまゆまゆもここまで来れたらわたしと並べるね」
その説明の間に水と火が合わさり想像もつかないような魔力の塊がアンズさんの上に浮かんでいた。
ちょっと待って!? 私その魔法見た事ないんだけど!?
「まあ、全ての属性を同時に操る事も、わたしも最近やっとできた事だから、ここまでするのはまだまだ難しいけどねー」
そう言ったアンズさんは笑いながらその魔力の塊を魔法へと昇華させる。
「あ、あの……杏子さん?」
「まゆまゆ、どうかした?」
「えっと、理解はできたのですけど、そ、その魔法は……?」
その魔力に当てられて顔色を変えていたカワイマユが指さした先にアンズさんが構築した魔法が渦巻く。
「あーこれはね、威力は通常の10分の1に抑えてるんだけど、わたしの今撃てる最大の魔法。簡単に説明すると、火属性で煮えたぎって水蒸気になった水属性魔法を土属性の球体で閉じ込めて、風属性と雷属性を纏わせた魔法。五大属性を単純に合わせたらこうなるよ」
「い、五つの属性……」
「そして、えいっ!」
「えっ!? アンズさんっ!?」
私が止める間もなくアンズさんが手を前に振った瞬間、ゆっくりと動き出す魔法の球体。それが人が歩く速さで動き、この訓練場の一番遠くの的に当たった。
「「……っ!!」」
その瞬間、訓練場に鳴り響く雷鳴。爆発による吹き荒れる熱風と鋭く尖った石の破片。
できるだけ遠くに飛ばしたことと、一瞬でアンズさんが張った結界によって私達にはダメージは無かったけど、その現状を見ると壮大な魔法だとわかる。
訓練場の端にできた隕石が落ちた様な直径2メートルのクレータ。
これは後でマスターに問い詰められるなと思いながらもその威力の凄まじさに開いた口が塞がらない。
アンズさんの隣にいるカワイマユも驚きのあまり口をパクパクさせていた。
「やばいな……これは……」
ここまでの魔法を使えるのは冒険者の中ではほとんどいない。ましてや、エルフである私達職員側でもほとんどいないことは確かだ。それが、まだ魔法を使い始めてから1年も経っていないこの幼く見える女性が放ったことが衝撃だ。この人の成長スピードは驚くほどに怖い。
どうして50階層付近で立ち止まっているのか、そしてソロで居続けているのかが疑問だ。
「『メテオノヴァ』。これが今の私の最大火力のオリジナル魔法だよっ!」
腰に手を当てて胸を張る様にして満足そうに言うアンズさん。
「でもこれね、威力は凄いけどスピードが遅すぎるんだよねー。普通に使ってたら当たらないのが難点なんだよー」
ハニカムように笑いながら言う姿は見た目相応のかわいらしさが見える。
「それでまゆまゆ? 参考になったかな?」
しかし、そう言ったアンズさんを見て、本当にこの女性は規格外だと認識した。
この人がどういう理由でオクヤマシュンと繋がりたいのか。そしてオクヤマシュンの方も規格外と言う事。
この二人が繋がればどうなるのか、気にして見ておかなければと思った瞬間だった。
次話も閑話です。