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40話-3「中級冒険者になる前に」



 ぎゅうぎゅうに詰め込まれた人を乗せた電車に揺られた後、朝の通勤ラッシュの人の渋滞の中をかき分けて駅の改札を出る。やっと新鮮な空気が吸えると自分の肺が喜ぶ。

 という毎日の通勤の時間ではなく、今日はいつもより早い時間に家を出たので電車では座れるし、人とは肩がぶつからないし、快適に通勤ができた事に少し早起きも良いかもしれないと思ってしまった連休明けの出勤。

 太陽もやっと昇りましたよと言っているような午前7時前。


「まぶしい」


 そんなまぶしい朝日に照らされていつもの道を歩いていると後ろから見知った声が聞こえた。


「奥山くん、おはよー」


「あ、河合さん、おはよー」


 元気に挨拶をくれたのは河合さん。昨日もダンジョンで顔を合わせたが、通勤時に顔を合わせるのは珍しい。


「奥山くんがこの時間は珍しいね。上司に呼び出された?」


「正解。昨日の夜に呼び出された。有給取ったからゆっくり休めただろ? って」


「ははは、あの課長はそんな事言いそうだよね。でも課長もそのために朝早いのは律儀だよねー」


 その言葉には僕は何も返さなかった。

 あの課長に対して律儀とかそんな事考えたくもないからだ。

 だからすぐに話題を振る。


「河合さんは? いつもこの時間なの?」


「今日は営業先の会社が始業前に話したいって言ってたからね。少し会社に寄ってからすぐに向かうの。法人営業も大変だよ」


「朝早いのは大変だな。この仕事元々早いし、昔ながらの営業形態だから若手は1時間前には出勤だからなー」


「ほんとそれ。昭和だよ昭和」


 時代に置いて行かれた営業形態。置いて行かれたと言うより自ら滞在しているんだけどな。


「あー、昨日のダンジョンが恋しいよ」


「ふふふっ。奥山くんは仕事しているより、ダンジョンにいる方がいい顔してたもんね」


「そりゃそうでしょ。断然ダンジョンの方が楽しい。この営業の仕事も最初は楽しいかと思ってたけど、蓋を開けたら自由にできないし、ノルマに追われるし、無理難題な商品を売ってこないとダメだし、新規顧客開拓していた時の方が楽しかった。それと比べるとダンジョンの自由度っていったら自由すぎる」


「そうだね。ダンジョンは自由だからね。ていうか、ダンジョンが自由じゃなかったら楽しくないよ」


「その通りだな。後は兼次さんがいい。上司として考えたら今の課長じゃなくて兼次さんが上司っていうのが恵まれてる」


「だよね。兼次さんはいい上司だよ。悪いところを探したら、お酒飲む量が多いぐらいだし。それも人にはお酒を強制しないから平和だよ。「お前に飲ませるなら俺が飲むわ!」って言ってたよ。それを含めても理想の上司って感じだよね」


「まじそれな。まあ僕は一回殺されかけてるけど、それもこれからの為の教育だったし、まあ悪くはないな」


 兼次さんとの真剣バトルのシーンを思い出しながら話をすると、河合さんが驚いた顔で僕を見ていた。


「えっ、殺されかけたの!? それはえぐくない?」


「えっ? 河合さんはなかったの? 一回もモンスターにやられかけた事が無いから死にかけるってのが重要だって言ってたんだけど」


「まあ、私も初めのころに死にかけた事はあったけど……でも、奥山くんって『暴虐のオーガ』を倒したんだよね? その時死にかけてなかった?」


「死にかけたけど、あれはシルクさんに恐怖耐性の魔法をかけてもらってたらしいから、ノーカンなんだって」


「いやいや、それでも死にかけてるんだよ? 2回も死にかけるなんてきついでしょ?」


「んー、実際オーガの時はそこまで死に恐怖を感じてなかったからな。兼次さんに言われた事は納得した」


「納得って……奥山くんが良いならそれで良いけど。兼次さん、奥山くんにやっぱりスパルタだよ。今の営業よりもスパルタだよ?」


「いやいや、それは無いって。たぶん会社行ったら課長が僕の席の前で陣取ってて、理不尽なこと言われるんだよ。それに比べたら兼次さんはかなり優しいと思う。言動が理解できる」


「奥山くん……一回私の上司に話してみるよ。あの課長の事」


「はははっ。そうしてくれると助かる。たぶんその後僕に課長の怒りの矛先が向くんだと思うけど」


「そこ、笑うところじゃないよ……」


 と、河合さんとそんな話をしていたら後ろからまた見知った声が聞こえた。


「あれ? 真由と奥山じゃん? 珍しいな」


 コンビニから出て来た男性が手を上げた。

 その声は同じ同期の谷口隆斗。バリバリの営業マン気質でさわやかイケメンだ。


「おはよう谷口」


「隆斗くんおはよー」


「おはよー」


 そのまま河合さんの横に並んで会社までの短い道を歩く。


「俺ら同期3人が集まるなんて珍しいな。4年目最後の生き残り」


「本当だな。生き残りなー」


 生き残りって言葉に3人が同時に笑う。


 この支店に配属された時は10人程いたのだが、それが3人しか生き残らなかった。まあ、入っても辞める奴が多いのが、営業職の本質だな。全店舗含めたら200人いた同期が50人ぐらいに減ってるって聞いた事がある。


「でも同じ会社にいるのにあまり時間が合わないよね。二人は営業で外にいる事が多いし、お昼も合う事ないもんね」


「まあ、俺ら営業室で顔は合わせてるけど、話す時間はないもんな」


「ほんとそれ。少しぐらい雑談する時間が欲しい」


 そんな少しの休憩時間も切実に欲しいと思う。


「はははっ。奥山は常に課長に怒られてるからな。そんな時間ないか。あの課長の部下になった奴はまじでかわいそうだよ」


「谷口でもそう思うならよっぽどだな」


「ほんとそれだよ。隆斗くんでもあの課長の下は避けたいって言ってたもんね」


「まじか。ちょっと涙がでそう」


 バリバリの営業マンで営業をするために生まれて来た様な谷口がそんな事を言うなんて……ダンジョンで『虐殺のオーガ』に殺されかけた時よりも辛い。


「はははっ。奥山くんは本当に頑張ってるよ」


「俺もそう思うぞ。奥山は頑張ってる」


「二人ともありがとう……」


 二人の言葉が温かい。持つべきものは同期だな。


「それにしても、谷口は朝早いんだな」


「まあな。出勤前しか話せない顧客はこの時間からしか無理だからな。今日はその日」


「へー、そうなんだ。社長だったら私に回してほしいなー。なんて」


「それは真由の頼みでも無理な話だな。俺が作り上げた顧客だからな。俺の血と涙と努力の結晶」


「だよねー」


 なんというか、営業マンの鑑みたいな話をしている。そこが僕との営業の差なのだろう。実はそれを見習って僕もしていた時期があるけど、全く顧客はできなかったけどな。


「で、話は変わるけどさっき何の話してたんだ? 少し気になってさ」


「あー、ダンジョンの話かな」


「ダンジョン? 奥山ダンジョン行ってるのか?」


 気軽に質問をする谷口。

 この時のこいつの表情は真剣に気さくに聞いている感じがして悪い気もせずに素直に話してしまう。


「最近な。まだ1か月も経ってないけど」


「へー、そうなんだ。楽しいのか?」


「楽しいな。少なくとも今の仕事よりかは」


「そうかー。俺も気分転換に行ってもいいかもなー」


 そんな感じでボソッとそう言った谷口の言葉に河合さんが慌てて否定した。


「えっ? 隆斗くんは止めといた方がいいと思うよ! ダンジョンって死ぬかもしれないって聞いてるし。私の友達がダンジョンに行ったんだけど、気分転換にならなかったって。逆にしんどいって言ってたよ!」


 そう怒涛の勢いでまくしたてようとする河合さんの否定に僕は疑問を投げかけようとするが、


「いや、河合さん……」


「奥山くん?」


 たった一言で僕の言葉は静止させられた。目が怖いんですが……。

 そして僕の耳に顔を近づけて耳打ちした。


「隆斗くんには私がダンジョンに行ってるってばれたくないから。ダンジョンに来られたらバレる可能性があるから来ないようにして!」


 小声でもその声は怖かった。


「りょ、了解……」


 あー、そう言えばそうだったな。谷口の前ではダンジョンの話はしないようにしよう。


「どうした二人とも?」


「なんでもないよ? それよりも、もう会社着いたねー」


 無理やり話を変える河合さんだが、本当に会社には着いていた。


 僕達は社員カードで会社のオートロックを外し、会社内に入る。階段を上った2階が営業室だ。


「おはようございまーす」


 営業室に入るなり声を出して挨拶したが、返ってくる声は小さくてまばらだ。

 まだこの時間だ出勤している人も少ない。


「隆斗くん、奥山くん、じゃあまた」


「おう、また」


「頑張ってね」


 そう挨拶をして河合さんが法人部のデスクに向かって行った。


「さて、俺らも行くか。……って、奥山の課長いなくね?」


「そうだよな。見当たらないよな」


 谷口が言う通り、僕の課の課長の姿が見当たらない。流石に呼び出した本人がいないことはないだろう。そう思いながら自分のデスクに向かう。

 そして通り道にある課長の席をちらっと見てみたが課長の鞄が見当たらない。


「まさか」


 その光景にまさかと思い、自分のデスクを見る。


「……は?」


 10日ぶり……いや、金曜日に無理やり出勤されたから3日ぶりに見る自分のデスク。それを見て僕の口から変な声が漏れる。

 デスクに積み上げられていた物は資料の山。それも今から整理するためにわざと乱雑に置いてあるかのような。そしてその上に置いてある資料に貼られた付箋に……。


「『よろしく』……って、は?」


 そして僕が自分のデスクに付いたのを見ていたかの様なタイミングでスマホが鳴った。


「……課長」


 とにかく出てみる。


「もしもし、おはようございます」


『おー、奥山おはよう。今会社だよな? お疲れお疲れ! 俺は今家だけどな!』


 そんな言葉から始まる課長の声に眉間に皺が寄る。


『で、お前のデスクに資料置いておいたから。それ、始業の前に全部やっといてくれよ! 朝の会議で使うからな』


 その言葉にもう一度自分のデスクを見つめる。

 この量をあと2時間でしろ、と?

 一目でわかる。無理だ。


「いや、課長、この量は……」


『絶対やれよ? 強制やからな。そのためにお前有給使って休んだんやろ? それができないとか……お前わかってるやろな?』


 それは脅しだろうが。


『それと、お前が今日訪問する客のリストは俺が作っといたから。俺の手を煩わせるなよな。それもしっかり始業前に見とけよ』


「えっ……」


 デスクの資料の一番上にある1枚の紙を取る。そこにはびっしりと客の名前でリストが作られていた。それはどう考えても定時では終わらない量だ。


『じゃ、そう言う事で。絶対しろよ!』


「ちょ……っ!?」


 そして僕が何か言う前に電話が切れた。耳に聞こえるのはツーツーという音だけ。

 その急激な出来事に声が出ない。


 少しの沈黙がその場に流れる。

 そしてその沈黙を破ったのは谷口の一言だった。


「奥山……お前の課長、やばいな……」


 その言葉を聞いて僕の中の何かが割れた音がした。


「谷口……生き残りが2人になるかもしれんわ……」


 そんな言葉が知らず知らずに僕の口から零れ落ちる。


 なんだよこれ! 昨日までの楽しい感情がもう無くなっただろうが!

 まじで、絶対会社辞めてやるからな!!


 拳を握りながら切実に思う。

 ああ、ダンジョンに行きたい。




これで4章本編は完結です。

あと2話(上下なので4話)閑話があります。


ぜひ、評価とブックマークよろしくお願いいたします。

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