40話-2「中級冒険者になる前に」
「兼次さんこっちですよー!」
「おー、待たせたわ」
健次さんが店員に案内されて来たところを大樹さんが見つけて手を振って呼びかける。
場所は前にも来た居酒屋『ラポール』。異世界の飲み屋ではなく現代風の居酒屋である。ダンジョン内で普通の居酒屋の店内を見ると、ずっとダンジョンに潜っている人にとっては安心するのだろう。
今日も店内は満席に近い。
「兼次さん、お疲れ様です」
「「お疲れ様です」」
「おう、お疲れー」
「兼次さんこっちどうぞー」
「おー、ありがとな」
小百合さんの隣に座っていた河合さんが席を立ち、僕の隣に移動する。そして小百合さんが兼次さんを奥に座らせる。
半個室のテーブル席は5人が座っても十分の広さだ。
席順は奥に大樹さん、真ん中に僕で隣が河合さん。向かいの奥が兼次さんで隣が小百合さんだ。
下っ端の僕が真ん中の席なのはあくまでも今日は僕の歓迎会兼、中級冒険者祝勝会だからだ。でも少しこの席は落ち着かない。
「兼次さん何飲みますか? いつものでいいです?」
「おう、頼むわ」
「すみませーん。生一つ追加でお願いしまーす」
注文を受けた店員さんが良い返事をして伝票を持って行った。
何と言うか、この店は前に1回来た時にも思ったけど、全くダンジョンの中だとは思えない。ビールを頼む時も生って……本当にザ・居酒屋感が凄い。
「で、兼次さんどんな話だったんだ?」
「そうよ。まあまあ時間かかってたけど、かなり大変そう?」
「3時間ぐらいかかってましたよね? かなり大規模な攻略になりそうですけど」
「そうやな。ネームドモンスターの討伐依頼やからかなり大規模になりそうや。でもな……」
そう言った兼次さんが手を拭いたおしぼりを机に置いて、
「その前に」
「生一つお待たせしましたー」
丁度兼次さんの目の前にビールが置かれた。
「今日は俊の歓迎会と中級冒険者昇格祝いや! 乾杯するで!」
「ふふっ。そうね。まあ、さっきもしたんだけど」
「ええねん。乾杯は何回もするんがええんや!」
そう言いながら兼次さんがジョッキを持ち上げる。
それにつられてみんなが各自飲み物を持つ。
「ってことで、乾杯!」
「「「乾杯!」」」
自分の音頭で兼次さんは一気にジョッキに入っているビールを飲み干した。
「かぁぁっ! 仕事終わりの生は格別だな! すみませーん、生一つ!」
一気飲みからの流れるような注文。居酒屋でよく聞く流れだ。つまりここはダンジョンでは無く、居酒屋だ。
ダンジョンの中でもこれが通常だと言う事実に、ファンタジー感が無くなる。でもまあ、この瞬間に関してはサラリーマンも冒険者も同じ人間だと言う事なのだろう。
「でだ。俊、中級冒険者へ昇格おめでとさん!」
「ありがとうございます! と言っても手続きとかは何も無かったんで、実感はないんですけどね」
「まあな、まだ25階層を突破しただけやからな。実際は30階層を攻略しないとあかんし」
「えっ? 30階層ですか? だったら、25階層で中級冒険者にならないんじゃ?」
僕はまだ中級冒険者ではなかったのか? そりゃ実感はないわ。
それに対して兼次さんが話を加える。
「形はそうなんやけどな。でも大抵24,25階層を攻略できた冒険者は30階層は攻略できるねん。30階層はパーティで攻略可能やからな」
「そうなんですか。パーティで攻略できるなら25階層攻略で中級冒険者と呼ばれる意味が分かりました。あっ、でも僕がここに来たばかりに絡んできた人覚えてますか? 兼次さんと初めて会った時ですけど、あの人は30階層行けてないって言ってませんでしたっけ? あの人も中級冒険者ですか?」
「あー、あれはというか、ああいう奴らは中級冒険者とは言わんな。一応25階層は攻略できているけど、中には30階層は攻略できひん奴もいるわけや。24,25階層で武器を変えて挑んで倒せたけど、30階層を突破できる仲間にも実力にも恵まれてない奴らやな。一定数はいるんやわ」
「そうなんですか。そういう人達もいると……。でも僕なら、僕達なら大丈夫だと言う事ですね」
「そやな。まあそれでも、俊には30階層はソロで攻略してもらおうと思ってるけどな」
「えっ? ソロでですか? パーティでいいって……」
パーティでもいいのにソロで攻略って。まあ、僕的にもソロで攻略できた方が自分の身になるからいいんだけど。
あー、そうか。兼次さんはそれを考えているか。
「そうですよ兼次さん。ちょっと奥山くんにスパルタじゃないですか?」
「いや、俊はそれだけの実力があるからな。これぐらいはスパルタにならへんと思ってる」
「まあ、俊ならあいつらぐらいソロで倒せそうだな」
「そうね。ウサギもカメも最速での攻略だから、ソロでも大丈夫でしょ」
河合さんはフォローしてくれたけど、他の2人は完全に僕ならできると言った。その言葉を聞いて河合さんも頷いている。
「小百合さん達がそう言うならそうかもしれないですけど。そうですね……私も奥山くんのあの戦い方見たら攻略は簡単にできそうだとは思いますけど。私の時はきっちり小百合さん達に手伝ってもらったから」
「真由ちゃんは魔導士でしょ。ソロがきついのはしかたないわよ」
「だったら、僕も魔法をメインで使いますよ?」
魔法を使う河合さんがソロがきついなら僕だって魔法を使うからソロはきついのではと言いたいが、
「俊くんは魔法だけじゃないでしょ? 剣も使うから魔導士とは言えないわ。と言うか、魔法も剣も均等に使えてる俊くんは例外」
「例外って……」
僕だって一緒にみんなでダンジョンボスを倒したいです。というか、まだパーティとしてみんなで攻略を全くしていない気が……。
まあ、まだレベル差もあるし、ソロで戦った方が経験値が入りやすいから今のところはいいだろう。どちらにしても40階層以降になればソロでは難しいだろうし。
「俊が魔法だけしか使えへんかったらパーティで攻略してたやろな。だから小百合が言う通り例外やろ」
「というか、俊はソロで行動できるように魔法と剣を使うようにしてたんだろ? 何言ってんだよ」
「うっ……」
みんなして例外って言わないでもいいんじゃないだろうか。
まあ、大樹さんの言う通りソロで行動する前提だったからこのスタイルなのは正しい。
そんなことを思っていたらいつの間にか話が変わっていた。
「それで兼次さん、討伐依頼はなんだったんだ? 教えてほしいんだけど?」
「あー、そうやな。お前らは関わらん事になったけど一応話とこか」
そう言って兼次さんは少し残っていたビールを飲み干してジョッキ机に置いた。
「内容はネームドモンスター『独眼のウェアハウンド』の討伐。捜索階層は23階層前後。でも推奨レベルは40。異例の討伐依頼や。そやから、今回の討伐に当たるのは中級冒険者10名。臨時パーティを2つ作って行動する。一応その一つのパーティリーダーに俺が抜擢されたわけや」
「まじか! 兼次さんすごいな!」
「流石兼次さんね」
合同パーティのリーダを任されるとは、兼次さんはやはりすごいんだな。
「で、その討伐依頼はいつなの?」
「明日やな」
「明日ですか! すごい急ですね」
「そやな。急やから集まった冒険者も10人やな。日程を調整したらもっと大きな部隊を編成で来たんやけど、相手はネームドやからな。早く処理しなあかんから急遽こうなったわけや」
「なるほどですね。ユニークならまだしもネームドとなると、初級にいる冒険者はほとんど餌食になるだろうし、23階層付近でレベル40は中級でも私とかソロでもし当たったらやばいですよね」
そう話しながら僕の顔を見る河合さん。その視線に横を向くとその顔は少し呆れた様な何とも微妙な顔をしていた。
「そのネームドから生き延びたのが奥山くんか……よかったと言うか、どんまいと言うか……」
「そうだよなー。生き延びたから良かったと言う方がいいかな……ははは」
「ははは」
顔を向けあって笑い合う僕と河合さん。こういう時に会社での同期というのが共感してくれるのが助かる。
「ちなみに兼次さんが話聞く限り俺らでは参加は難しそうか?」
「それは私も聞きたいわ」
大樹さんと小百合さんが真剣な顔で兼次さんを見る。
「そやな。はっきり言ってもええか?」
「いいです」
「良いわ」
兼次さんは「そうか、わかった」と言って、腕を組んで話始めた。
「はっきり言うと、厳しいやろな。今回討伐依頼が出された冒険者は全員38~40レベルや。それが意味することは1レベルの差で厳しい条件になるって事や。推奨レベルから5レベルも離れていたらかなり厳しくなると思う。現に今回集まったのはパーティの代表や副代表やったからな。それとネームドの成長速度は通常のモンスターの数倍は早い。今にでも他のモンスターを倒して強くなってると考えられる。そう考えたら2人は難しいと俺は見てるんやわ」
「なるほど、わかった。兼次さんがそう見るならそうなんだろ」
「私も納得したわ。兼次さんクラスでいっぱいになりそうなら私達は邪魔にしかならないものね」
2人はすんなりと兼次さんの意見に頷いた。
そして二人が僕を見てため息を吐く。
「で、俊はほんとによく生きて帰って来れたな」
「流石と言うのが正しいのか……いや、規格外と言うのが正しいのよね。お姉さんが労ってあげるわ。ほんとお疲れ様」
「そんなかわいそうな目で見ないでくださいよ!」
俺だって出会いたくてあんなモンスターに出会ってるんじゃないから。
しかし、こんな大事になるとは。まじでユニークモンスター時点のコボルトを報告しなかったことは墓まで持って行くしかないな。
「そういうことで、ネームドの討伐依頼はこんな感じや。この話しててもおもんないから、これで終わりや。さて、飲みなおそか!」
そう言った兼次さんの目の前にいつの間にか頼まれていたビールのジョッキが5つ置かれた。
「え、えっとそれ全部兼次さんのですか?」
「そやけど? どうかしたか?」
「いや……何と言うか、飲みすぎでは?」
「そうか? これがいつものことなんやけど?」
アラフォーの飲酒量とは思えないんだが……。
そんな事を考えながらみるみる減っていくビールを見ていると隣にいた河合さんが笑いながら答える。
「兼次さんはいつもこうだよ。なんか酔わないらしいんだって」
「兼次さん、冒険者になってから余計お酒に酔わない体質になったらしいわよ。元々飲んでたみたいだけど余計酒豪になったって」
「まあ、酒を飲むために冒険者になったって噂もあったぐらいだからな」
「マジっすか……」
「ん? なんか言ったか?」
そんな言葉を言いながら、酒を飲む手は止めない兼次さん。
何と言うか、これが強さの秘訣なのかとも思ってしまった。