38話-3「進化」
「『フレイムピラー』!!」
ウェアハウンドの真下から高さ3メートルほどの炎の柱が立ち上がる。
その炎はウェアハウンドを燃やし尽くすかの如く轟音を轟かせながら赤く輝いていた。
「今出せる最大の魔法で最大の魔力を込めた魔法だ……これなら」
ファイアーキャノンを考えていた時に魔力を込めすぎた魔法。通常魔法を展開する時は手を前に出すか自分の頭の上に出すかなど自分の体から離れた所で展開する。それを応用すれば範囲を指定して魔法は発動できるんじゃないかと考えた結果、最大の魔力を込める事になるこの『フレイムピラー』が認証された。
しかしこの魔法は今の魔力の半分以上を使用することになる、通常では使用しずらい魔法だ。
だからこそ今回、今使える魔力をほとんど込めた。だからこれで倒せるだろうと考えていた。
しかし、僕の目に映ったのは思っていなかった光景だった。
「……うそだろ、おい」
唸りながらもその場で立ち尽くしているウェアハウンド。
所々焼け焦げた個所がある。黒い毛を焼き、露出した肌がただれている個所もある。かなりのダメージが通った事は見た通りだ。
しかし、こいつは僕の全力の魔法を耐えきった。
倒せるだろうと思っていた攻撃を耐えきったのだ。
「ゴオォォ……」
今にも飛び掛かりそうなほどの僕を睨んでいる。
しかし、すぐに飛び出さないのはダメージが思っているよりも深刻だからだろうか。
僕もウェアハウンドを視線を外さず睨みながら『ポケット』からMPポーションを取り出す。魔力がゼロの状態でこいつとは戦えない。
だけどこのMPポーション1つでは僕の最大魔力の半分も回復しない。それではあの一撃も出せず、魔法は牽制に使うしかできない。
飲み干した瓶を地面に捨てるように落とす。それでもウェアハウンドはまだ動かない。唸りながらこちらの様子を伺っているようだ。
まだ動かない。僕も下手には動けない。
しかしその静寂に終止符が打たれる。
「こ、これは……」
その声に僕とウェアハウンドは同時に声の方向に目を向けた。
ウェアハウンドと僕の中間付近の森の方からだ。そしてその声の方向に見えたのは見た事がある人物。
「……中村……さん?」
その人物は裕也とパーティを組んでいた社会人。そしてその後ろからは祐也も出て来た。
「奥山さん……?」
「奥山……」
その二人は僕を見て目を開き、
「なんだこのモンスターは……」
「初めて見たぞ……」
僕と相対しているウェアハウンドを見て目を再度見開く。
しかしその反応だけで中村さん達は動くことはない。
今まで見た事が無いモンスターを見れば様子を見るのが先決だろう。それにボロボロのモンスターとボロボロの僕を見ればどういう状況かわかる。
「なるほど……わかりました。手は必要ですか?」
一瞬にして状況を判断した中村さんが僕に尋ねながら剣を抜く。それに遅れるように裕也も剣を抜いた。
その瞬間ウェアウルフが咆哮をあげた。
「ゴアァァァァァァァッ!」
その咆哮に僕達は身を強張らせる。
すぐに来るだろう攻撃に備え剣を持つ手に力を籠める。
そしてどの攻撃が来るかを見定めようとした瞬間、ウェアウルフは踵を返して走り出した。
「はぁっ?」
その行動に変な声が漏れた。
そんな行動なんか少しも考えていなかった。そのため、判断が遅れた。
「幸一さん追いますか!」
裕也のその言葉にハッと我に返る。「そうだ、追わないと!」と僕も思った途端、中村さんの制止が飛ぶ。
「祐也くん、深追いは禁物です。今のモンスターは明らかに俺達よりも強いでしょう。追いかける必要はないです」
「……わかりました」
抜いていた剣を収めながら中村さんは裕也と共に僕の方に向かってくる。
「それよりも、この状況を確認した方がいいです。よろしいですか、奥山さん?」
そう声をかけられた事で、僕も力が抜けた。
「はあ……」
その場に座り込むように倒れる。
「奥山さん! 大丈夫ですか!?」
「あ、はい。大丈夫です。ちょっと、疲れただけなので」
かなり疲れた。ウェアハウンドとの戦いはかなりの緊張とダメージで通常のモンスターとの戦闘より疲労感が凄まじい。
今まで緊張の糸が解けた事で気が抜けたのだろう、その場に座り込んだのはいいが、もう少し休憩しないと立ち上がることができないぐらいに疲労している。
「祐也くん、周囲を警戒していてください。少しでも変化があれば声を上げてください。俺はあのモンスターについて奥山さんから話を聞くので」
「わかりました」
そう言った中村さんは僕の目の前にしゃがんだ。
「奥山さん、お疲れの所悪いですが、あのモンスターは危険です。早急に対応を考える必要があります。詳しく話を聞いてもいいですか?」
「了解です。詳しく話します」
淡々とした行動と言動をする中村さんに少し驚きながらも、僕はウェアハウンドについて話した。
……まあ、隠すところは隠したのだが。
◇
「あっ、戻る前に少し良いですか?」
「いいですけど、何かありましたか?」
「少し忘れ物を」
ちょっと断りを入れて僕は元のウェアハウンドと出会った場所まで引き返す。ちょっとした忘れ物だ。
先ほど、中村さんにウェアハウンドについて話した。ユニークモンスターであるコボルトが目の前で進化した事から全て。
そして、僕の状況と中村さんの判断で一旦ギルドに戻って話をする事に決定した。
もちろん僕もその意見で即決した。
今の状態では再度会った時に倒すことはできない可能性は高い。あのオーガとの戦いの時の様に急にスキルを覚えたりしない限りは倒せないだろう。それに死ぬぎりぎりの攻防は今からは勘弁したい。
それに3人で行動する方が対応しやすいし、逃げ切れる確率も増える。それにウェアハウンドがあのタイミングで逃げたと言う事は3人相手には分が悪いと感じたからだろう。それならば襲われる確率も下がる。
「あった、あった」
そう言いながらウェアハウンドと出会った場所まで戻り、拾ったのはゴブリンの牙と魔玉だ。
これが無いとユニークゴブリンを倒したという証拠にはならない。まあ、ゴブリンを倒したのはコボルトもといウェアハウンドだが、ほとんど僕が倒していたから僕の手柄でいいだろう。
「それは? ゴブリンのドロップアイテムですか? それにしてもその魔玉は珍しいですね。欠片ではないですね」
たぶん魔玉(小)だろうけど、ゴブリンからかけらでは無くきれいな魔玉が取れるのは珍しい事だ。僕は初めてである。
「あ、そうですね。ギルドマスターからユニークゴブリンの討伐の依頼を受けていたので。その時に別のユニークに会ったのでこんな状態に」
「それは災難でしたね。ではそれも含めてギルドに報告に行きましょうか」
「すみません。中村さんにも迷惑かけてしまって」
「仕方ないです。ユニークモンスターの報告はギルドに報告する義務があるので」
そう言われると、コボルトの報告をしなかった僕が悪者に感じる。まあ、そのせいで今回一瞬でも死にかけたのだから自業自得である。
ちなみに一度会ったのに報告しなかったことは中村さんには報告していない。怒られそうだからだ。
中村さんとしっかり話して感じた第一印象は「僕よりも真面目」だった。
「では戻りましょう。祐也くんもそれでいいですね」
「はい。幸一さんに任せます」
そして僕達は22階層を後にしてギルドへ戻った。