38話-1「進化」
◇◇
「一応31階層以降の話もしとこか」
「急にですか?」
25階層のボスを倒した後、ゼロ階層に戻るまでに兼次さんが少し先の話を話始めた。
「まだ5階層も先ですけど?」
「俊ならすぐに到達するやろ。ここから先は30階のボス以外は今と変わらんからな、特に気にする必要ないやろし。それよりも先のモンスターの事を考えながら今のモンスターでシミュレーションしながら向かった方が効率がええやろ」
「そうなんですね。わかりました。じゃあ、お願いします」
素直に返事をする。
31階層以降に出てくるモンスターも気にはなっていた。
「えっとな、31階層からはほとんどのモンスターが今よりもレベルが上がっている。特に、進化しているモンスターが多いんやけど」
「進化ですか?」
「俺達人間はレベルが上がるやろ? でもモンスターはレベルが無い代わりに進化していくもんなんや。ゲームとかアニメは見るか?」
「はい。嗜む程度には」
本当は大好物なんですけどね。
「なら、話は早いな。例えばゴブリンならホブゴブリンはこの前戦ったやろ。あれがゴブリンの進化系やな。その上がハイゴブリンで他にはゴブリンメイジとか、一番上はゴブリンキングにゴブリンエンペラーやな。まあ、キングとかエンペラーは見た事も戦った事もないけど、いると言う情報はある。それは置いておいて、ゴブリンと似たような弱いモンスターならコボルトもハイコボルトやコボルトキングに進化する」
「名前はそのままなんですね」
「名前だけちゃうで。はっきり言って見た目もそこまで変わらん。少しごっつくなったり、派手になったりするぐらいや。でも、強さは進化するにつれて目に見えて変わる。ハイゴブリンになるだけで、この階層のオーガぐらいの強さになる。つまり低階層の小ボスレベルやな」
「小ボスレベルですか。かなり強い気がするんですけど」
「まあな。それが、通常の階層の探索で出てくるからな。もちろんオーガも出てくるし」
「オーガが通常の探索で出てくるって、かなり難しくなりそうですね」
「その通り格段に難しくなる。だから24、25階層の小ボスを倒して、30階層のボスを倒してやっと中級冒険者と言えるわけやな。つまり言い方を変えれば、31階層に進める時点でそれを倒せるレベルにはなってるって事やから、十分に戦えると思っててええはずや」
「なるほど」
そう言う理由で中級冒険者の壁ってのが言われている訳か。納得する。
そう考えていると別の疑問も湧いてくる。
「ちなみに、オーガやハイゴブリン以外にも強いモンスターはいますよね」
「そりゃな。ハイオークにトロール。あ、少し厄介なのがウェアハウンドやな」
「ウェアハウンド? ですか」
あまり聞かないモンスターの名前をオウム返しの様に確認する。
「初めて聞いたか? そやな、コボルトと似ているけどどちらかというと狼男の様な感じの見た目やな。ワーウルフって聞いた事ないか? ワーウルフって別名ウェアウルフって呼ばれることがあるんやけど、その劣化種って言えばいいかな。それでも選んだのは俺と相性が悪いだけかもやけど、攻撃力もスピードもトータルして他のモンスターよりも頭一つ抜けてる感はある」
「ワーウルフの劣化種……それってボスモンスター的な感じですか?」
「いや、普通に探索中に出てくる。まあ、俺が会ったのは1回だけやけどな。その時のパーティーでギリギリ倒せたな。俺もボロボロやったわ」
「兼次さんでもボロボロって、そんなのが出てきたら僕でも倒せるでしょうか?」
この人がボロボロになっている瞬間が今のところ想像できない。そんな人をボロボロにするなんてかなり強いんじゃないだろうか。
「まあ、その階層に到達できるレベルになってたら俊なら勝てるんちゃうか? わからんけど」
「わからんけどって……」
「なんでもやってみないとわからんからな。まあ、そんな感じでシミュレーションしとき」
「わかりました」
◇◇
兼次さんと話していた事が目の前のウェアハウンドを見て思い出す。
「ゴアァァァァァァァッ!」
再度の咆哮。
明らかに強者だと感じる。その咆哮が『虐殺のオーガ』との出会いを連想し、少し萎縮してしまう。
「……こいつ」
どういうことだ……この階層でこいつは出てこないんじゃないのか? 兼次さんは31階層以降って言ってただろ。それにコボルトから進化するって聞いてない。こんな事起こるモノなのか。
それにユニークモンスターは通常のモンスターよりも必ず強くなる。
つまりこのモンスターは……。
異例中の異例。そんな言葉が脳裏によぎる。
「ふぅ、ふぅ、ふぅ……」
相対しているだけで息が荒くなる。
いや、落ち着け。それこそ焦ったら即終了だ。冷静になれ。
少なくとも俺よりも弱いだろうと思っていたコボルトが進化しただけだ。まったく敵わないわけではない……と思いたい。できる事をしろ。
深呼吸をする。
しかし、視線はウェアハウンドに向けたままだ。少しの油断が隙が命取りになる。
後手に回るな! 先に動け!
そしてウェアハウンドよりも先に動く。
「『ファイアーウォール』!」
徐々に練り上げていた魔力を込めて目の前に炎の壁を形成する。森の中だから炎はあまり使わないようにしていたが、今は関係ない。最も今できる最善の行動を考える。
そして、炎の壁とは逆方向に走り出す。
「グルッ?」
炎の壁に阻まれて僕の姿は見えにくいだろうが、僕の行動にウェアハウンドは少し戸惑う様な反応をした。
その一瞬が重要だった。
少しでも時間が稼げたら十分だ。
走りながら次の行動を考える。
スピードはどう考えても相手の方が上だろう。あの発達した脚を見れば答えはわかる。31階層以降で出てくるモンスターであれば自分よりも格上だと思って戦った方がいい。
だったら自分が最も戦いやすいように勝率を上げられるように行動するべきだ。
この22階層は23階層に比べて森と草原が7対3ぐらいになっている。森の中では振りにくい剣でも草原に出れば振りやすくなる。移動も制限がなくなれば回避率が上がる。森の中なら障害物が多いから回避しやすいかと思うけど、今の僕ではそこまで上手く立ち回れないだろう。それに、ゴブリンを探していた事でこのエリアのマップは頭に入っている。
それを踏まえて考えると広場に出た方がまだ可能性はあると言うこと。
後ろからウェアハウンドが追って来ているのはわかる。だがまだ距離は十分にある。
あと少し、だからここを抜けたら……。
「……よし」
そして目の前に草原が広がる。草原と言うよりかは森と森の間に広がる広場ぐらいだが。この広さがあれば十分に立ち回れる。
そして僕を追うようにすぐにウェアハウンドも広場に現れた。
「ゴアァァァァァァァッ!」
吠えながら僕の前に相対するウェアハウンド。
さて、抗ってみるか。