7話「あの夢に見たモノ」
「何も起こらないし、ここでかなり休憩出来たけど……」
そう言いながら周りを見渡す。
「うーん。ここは何だろ。何も無いな」
目の前に広がるのは、何も無い空間。少し広めの会議室ぐらいの広さ。モンスターが出てくるわけでも無く、この部屋に入ってすでに10分ほど経っている。後ろには入り口もとい、転がってきた坂道があり、戻る事は難しいだろう。出来なくは無さそうだが。
「しかし、あれはビビった。中々焦ったな」
苦笑いをしながら思い出す。
この部屋に入る前、十数体の武器を持ったゴブリンと相手していた。
もちろん3階層は2回攻略してる。そして、4階層に降りると剣や棍棒などの色々な武器を持ったゴブリンが出てきた。中には数体で徒党を組むゴブリンもいた。しかし、ゴブリンはゴブリン、簡単に倒す事は出来た。
しかし順調だったのは束の間、9体目を倒おそうとした時10体目の少し大きめのゴブリンが叫んだ。すると後ろから数十体のゴブリンが出現。それにはわりと焦ったが、それと同時に少し昂ぶる感情もあった。ここでレベル上げができるじゃないかと。
すぐに9体目を倒し湧いて出てきたゴブリンに取り掛かる。複数体を相手にするのも慣れてきたところだった。
しかし、流石にゴブリンと言っても数が多いのは体力的に耐えられなかった。一旦休憩しようと全力で走る。逃げではなく戦略的撤退だ。
しかしそこで、全力疾走していたところ、何かに躓き大きくバランスを崩してしまい、運悪くそのまま壁に激突。顔面からの激突はかなり痛い。しかし、ゴブリンは追ってきているため、顔面を押さえながら壁を伝って逃げていた。
途中、数メートル先でカチって音と同時に扉が回転した。そこが丁度隠し扉だった。扉の先は急な下り坂、有無も言わさせず転がり、この部屋に入った。
そして、今の状況に至る。
「しかし、ほんと何も無いなこの部屋は」
何度見渡しても何も無い。転がって来た坂道も戻れるかと試してみたが急すぎて無理そうだ。
「まあ、運が良かったのか悪かったのか……」
考えられることと言えば、多分だがここはセーフティーゾーンなのだろう。何にも襲われない場所。そう思うとあの数の前では運が良かったと思える。流石にあれは死にはしなくとも大惨事になっていた可能性があったと思う。数の暴力は凄まじい。
「よし、大分回復出来たし帰る道を探しますか」
隠し扉で入ったという事は出口も隠し扉だと思う。そう思いながら地面や壁を触り始める。地味にめんどくさい作業だ。
中々見つかることがないが、
「ん? ここ……」
作業をして十数分過ぎたところ、何か壁に違和感があった。少し風が吹いてる場所がある。
「もしかして」
そこの近くを重点的に調べる。
「ここ、押せる…………あっ……」
衝動的に何も考えず押してしまった。その瞬間壁に亀裂が入る。縦と横に綺麗な直線で。すると、縦2メートル程の扉の形に、壁に穴が空いた。
「……はは。隠し扉みっけ」
丁度転がって来た入り口の反対側、新しい入り口が現れた。
「やっと出れるな。ちょっと安心したわ」
少し顔を出していた不安が無くなる。そのまま少し早足で入り口を抜ける。
後はあのゴブリン達を効率よく倒して5階層に行けば……
「っ、え!」
入り口を抜けた先に見た物に声が漏れてしまった。少し高い声が出のは求めていたものではなかったが、ダンジョンに入って見当たらないと思っていた物が現れたからだ。
「っお、この部屋が、隠し扉で、そっかぁ!」
それは部屋のど真ん中にあった。これを見たら誰だって心が躍るだろう。何せ夢が詰まってるのだから、
「あれ、宝箱だよな! しかも少し大きめ! まじでか!」
見つけた宝箱に喜びが隠せない。中々の衝撃だ。少し小走りにで近づく。宝箱を開けたくて仕方ない。
「いや、ちょっと待てよ」
しかし、手をつける既のところでふと立ち止まる。
「んー。ミミックとかじゃぁ、無いよな」
頭によぎったのはよく宝箱に化けているモンスターだ。もしミミックだったら怖いので慎重に動く。しかしまあ、ミミックだった場合この喜びはどこに行くのだろうか。
剣で宝箱を突いてみる。反応はない。
次は叩いてみる。反応はない。
瞬間、宝箱を開けた。ん、ミミックではない。
「うお! お!」
気になる宝箱の中身。宝石なのか素材なのか、何なのか。
「おおおおお! 武器か! しかも剣!」
宝箱に入っていた剣にかなりテンションが上がる。宝石類なら換金率がわからないし、武器の方が嬉しかった。何せ今の装備では何もかもが心細い。
「見る限り今の剣より切れそうだし、少しだけ短くて使いやすそうだ。というか輝き方が違うぞ」
新しい剣を見るとやはりテンションが上がる。これならどんな敵にも勝てそうだと感じてしまう。
手に取ってみる。重さはあるがいい重さだ。すんなりと手に馴染んだ。本当に使いやすそうだ。
「よし、じゃあこのままさっきのゴブリンを全滅させますか」
早くこの剣を使いたくて仕方がない。ワクワクしている。まあ、全滅とか残酷な事だと思うが、もうそれまでにゴブリンは何体も倒している。今更だ。
出口は宝箱の向こう側にある。剣を持ちながら早足になる。
だが、出口一歩手前で立ち止まる。
「おいおい、なんだよこれ」
出口を前にして立ち止まりたくはない。しかし、出口には透明に近い色の格子が架かっていて僕の行動を邪魔していた。
遠目からは見えない色だ、気づかなかったのも仕方ない。
「でも、これ。この剣で斬れるんじゃね」
即試してみる。
剣は大きい音を出し格子に弾かれる。
「う。流石に斬れないか」
そんなに上手くは行かないものだ。というかこの剣が宝箱に入っていた時点でこの格子はこの剣では斬れないだろうと、ちょっとぐらい考えられるだろう。少し浮足だっていたか。ちょっと落ち着こう。
「これもトラップだ。この部屋を見つけられた事はラッキーだが、逃げられないようにしているって事だろうし。そうなると、もしかして後ろから……ほらな……」
後ろを振り向く。ちょっとこの光景を見ると普通なら恐怖を感じてしまうだろう。
部屋の入り口からぞろぞろとゴブリンどもが入ってきた。どんどん部屋にゴブリンが増えていく。
まあ一定時間が過ぎるとあの坂道からゴブリンが入ってくるって事だろう。考えはつく。あの部屋で相手をした方が対処は楽だったのだが、致し方ない。ちょっとめんどくさいがここで対処しよう。
でも逆に嬉しい気持ちもあった。早速この剣を使えるからだ。
「残酷だが試し切りをさせてもらいます」
そう言葉にし、手に入れた剣だけを持ちゴブリンに向かい駆け出す。
「ごおぅあぁぁぁぁ」
吠えるゴブリン。
多いといえば多いがまだ部屋に居るゴブリンは10体にも満たない。素早く片付ける。まずは1体目。
「はあぁぁぁぁぁぁ」
気合いと同時に横薙ぎ。その斬撃は凄かった。いつも通り振った一撃だったのだが、綺麗にゴブリンを真っ二つにしてしまった。そのまま光の粒になるゴブリン。切れ味が凄過ぎる。
「やばい、これは凄え。武器の力ってここまでなのか!」
とにかく凄いとしか表せないほど驚いている。もしかして、ミスリルなんじゃないのか? そう思う程の切れ味に感じる。
笑顔になる。これなら効率も良くレベルアップにも最適だ。本当に良い剣を手に入れてしまった。
「まずはこれを片付けよう」
そう思い他のゴブリンに向かう。
一体一体迅速に倒していく。数が多い場合速さが勝負の鍵となる。この剣とゴブリン相手ならそれが十分通用する。
ゴブリンに対する慣れと剣の性能による攻撃はそこまで大きな動きをする事なく倒すことが徐々に出来始める。光の粒となって消える事は死体を増やすこともない。邪魔もなく次々と倒していける。この剣を手に入れる前と後では目に見える程その差が分かる。
ここまでくると単純作業にならないよう工夫をしながら戦う余裕もできてきた。体力も節約できる動きをする。息は上がっているが動く事はできる。
目に見えて数が減っているゴブリン。とうとう目の前にはあの大きめのゴブリン1体しか見当たらなくなった。
「こいつでラストだよな!」
最後一撃を当てる。
が、それはゴブリンが持っている棍棒に防がれる。少し強いようだ。でも今なら余裕だ。一旦離れ、後ろに回り込むように動く。そう簡単には後ろを取らせてはくれないだろう。
これはフェイントだ。回り込むフリをして途中で方向転換。そこで横薙ぎをする。
ゴブリンは目に追えなかったのか綺麗に決まる。そのままゴブリンは光の粒になった。それと同時に後ろから地響きのような音がした。
格子が外れた音だろうか。
「もうほとんどゲームみたいだよな。まあこれも慣れたわ」
出口に向かったところやはり格子は無くなっていた。予想通りだったことに驚きもない。
置いていた元の剣を拾いそのまま出口を出る。入り口が坂道だったからだろう、出口は階段になっていた。
「何もいない。あいつら全部あの部屋に入ったのか?」
階段を上がりきって様子を見る。しかし、何もいないようだ。ゴブリン達を全て倒してしまったのだろうか。
「うーん。探すのも面倒だし、一旦降りてから戻るか。リセットされるだろうし」
そう考え奥に進む事にする。この階層はもう7割は進んでるだろう。あの隠し部屋で割と進んだ気がする。
階段に向かうまでに案の定ゴブリンはいなかった。少し休憩する。
水を飲み、非常食を食べる。元々ポーチに入っていたものだ。流石にこの運動量ならお腹も減る。もしも長いことダンジョンにいるのならこれだけでは足りないな。どうするのだろうか。
ちなみにポーション等はまだ使っていない。そこまで大きなダメージを受けていないのもあるが、数が少ない。1本ずつしかないからだ。もしもの時に残している。
「さて、休憩も出来たしもう1回ゴブリンどもでレベルを上げましょうか。今がレベル4だからこれでレベル5になるだろうし、5階層もいい感じでクリアできそうだよな。多分中ボスみたいなんだろうけど」
立ち上がり階段を降り始める。
「あ、でも1回ボスの顔を拝んできてもいいかも? 対策練れるし」
この先にいるのが中ボスと断定して階段を降りる。やばかったらすぐに戻ればいいだけだろうし。
そう考えながら階段を降りきる。さっきまでの階段と違いちょっと長かったかもするが。
「……うー。やっぱりすぐ戻るか」
ボスの顔を拝もうと思っていたのだが、なぜか少し不安感が後を引き、そのまま進むことを諦める。そのまま4階層に戻ろうと階段を向くが、
「……っ、はぁ? なんで?」
戻ろうと思ったはずの階段が音もなく消えていた。
「え? どういうこと? 確かにここから降りてき……」
瞬間、背筋に悪寒が走った。言葉が詰まる。後ろから今まで感じなかった威圧が押し寄せる。
体は動く。冷や汗が止まらないが。恐る恐る後ろを振り向く。
「ごうあぁぁぁぁ」
低く力強く唸る声。ゴブリンとは違う威圧の音。初見では確実にビビるだろう。ゲームや漫画で良く見るモンスター。鬼の名を持つモンスター、オーガ。
そいつが部屋の中心に、そこに立っていた。