30話-1「冒険者に」
「……えっ。兼次さんっ!」
目の前でゆっくりと倒れる兼次さん。その姿を何もせず眺めていた。
「ち、ちょっと! 兼次さん!!」
一瞬理解できなかったがすぐに頭を回す。
……いや、ちょっと待て! 今のはそんな大した攻撃じゃなかったはずだ。当たっても倒れるほどの致命傷にはならない筈だろ。
なんで? 嘘だろ?
「か、回復薬!!」
叫びながら駆け寄る。
もし致命傷でも今なら間に合うはず。とにかくこれを飲ませて……
「……ふっ、冗談や」
飲ませようとした瞬間起き上がる。
「……は?」
「……はっはっははははは! すまん、すまんなー」
笑いながら僕の肩を叩き続ける。
「ビビったか? それやったら成功や! はっはっはははははは」
「な、な。わ、笑い事じゃないですよ! まじで一瞬ビビりましたよ! いや無いとは思いましたけど、倒れ方がリアルすぎて、本当焦りましたよ!!」
「すまんなー! でも、お前の焦った顔はおもろかったわー」
「なっ!!」
わ、わけわからんわ! ガチでビビったの返してくれよ!
でもよかった。ほんとやばいと思ったし。
「でも、これは無いですよ!」
「そやなー。でも、これも含めて荒療治やぞ?」
「え? どういうことですか」
「どうや? 俺のこともう怖ないやろ?」
「……あ、本当だ」
さっきまで感じていた兼次さんへの恐怖心が無くなっていた。
対峙しても感じない、今まで通りの兼次さんだ。
「倒したっていう感覚がトラウマを消すみたいやからな。成功の体験をしないとダメらしい。どうや? 一瞬倒した思ったやろ?」
「うっ、思いました」
「じゃあ、これが正解やったわけな」
兼次さんの言うことに納得する。何か剥がれ落ちたようにスッキリした気持ちになっている。
「よし! じゃあ、最後のチェックや。構えてみ?」
兼次さんは立ち上がり剣を拾い構える。それに続き僕も剣を構える。
「打ち込んでこい!」
「わかりました」
兼次さんから圧力を感じるが、これならいける。
「はぁぁぁ!」
全力で打ち込む。振り下ろしの攻撃は綺麗に防がれたが悪くはないと思う。
「おう。完璧やな。完了や」
そう言って兼次さんは剣をしまう。
「完了? ですか」
僕もそれにつられて構えを解く。
「おう。完了や。普通に打ち込めてるしな。ちなみに今俺はかなり威圧を放ったつもりやったけど、なんともなかったやろ?」
「ほ、本当ですか?」
なんともなかった。怖いって感情はなかったし、威圧は感じていたけど普通に打ち込めた。しかも兼次さんを倒すつもりで。
「後は打ち込みで調節していくつもりやったけど、その必要もないところまで自分で行ってくれたわ。やし、完璧で完了やな。トラウマ克服おめでとうさん」
「あ、ありがとうございます!!」
兼次さんに言われるがままにしただけで、わからないうちに全てが終わっていた。何なんだこの人は、凄いな。
「これで俺の講義は終わりやな。途中焦ったところはあったけど無事に終了。20階層ボスも倒してあるし、後は帰るだけやな! あ、20階層攻略おめでとうさん」
「あ、ありがとうございます」
20階層攻略よりもその後の方が大変だったからおめでとうと言われてもピンとこないのだが、とにかく終わったわけか。
「さて、戻って次の作戦でも考えんとな。ここから先は今よりも大変やからな!」
「そうなんですか。頑張ります」
なんかこの人に対してかなり素直になってしまった気がする。僕が今までにあった大人の中で尊敬できる一人になったんだろう。
転送ゲートに向かいながら歩く。
さて、歩きながらだが冷静になった今、少し振り返ってみる。兼次さんとの戦いで魔法は凄いと再度認識した。
このダンジョンに来てから死にかけたと思ったのは二回目なのだが、今回のほうが死ぬことに対する恐怖を感じた。大体、死の恐怖は普通の人間なら誰でも感じる感情で、あまり感じなかったあの虐殺のオーガの時がおかしかっただけだ。それは本当に精神魔法のお陰だったと再認識させられる。ここまで顕著に出るとは思っていなかった。
本当の死の恐怖は今回が初めてで、この恐怖を先に体験できて克服できたのは兼次さんのお陰なのだろう。早めにそれを克服出来たのはプラスになったのだろう。最初は訳がわからなかったがしてみないとわからないものもある。今だから思う、有難いと。
さて、それよりも魔法だ。これを重点的に身につけられれば強くなれると確信する。今ある攻撃魔法とスキルを磨くのも続けていくが、新しい魔法も覚えていかないといけない。兼次さんが使っていた挑発みたいな相手に何か影響を起こす魔法も必要だと思う。ゲームをしていた時の記憶ならバフ、デバフってやつかな。
「ちなみにあの時僕に挑発みたいな魔法使ってました?」
「おう、使ってたぞ。魔法じゃなくてスキルだけどな」
スキルかだったか。まあ普通にあるよな、よく聞く効果やし。じゃあそういうスキルも覚えないといけないな。
「それだけでも気づけてるなら上出来や」
「え、それって他にも使ってたとか……」
「まあな、色々使ってたけど。ま、俊も覚えないといけないことは沢山ある。けど、それよりも……」
「それよりも?」
「……パーティメンバーを探さないとやなぁ」