29話-2「ニシカワケンジ」
続き
構えるのは剣と盾の両方。実際の戦闘スタイル。
しかし、なんでここまでイラついていたのなわからない。もしかすると何かのスキルなんじゃないだろうか。
そうじゃないとあそこまで冷静さが無かったことが可笑しい。それでタイミングも狂ったのだろう。「挑発」みたいなスキルがあるのだろうか。
強いな。
冷静になってこう対峙してみると力の差がわかる。一切攻撃を通さない威圧がすごい。
この人を倒せるビジョンが浮かばない。でもこのままここで対峙しているだけでは何もならないし、逆に飛び込まれてボコボコにされて終わるだろう。
そんな事は嫌だな。何もせずに終わるのは嫌だ。じゃあどうするか。
死ぬまで足掻いてみようじゃないか!
「……ふぅ」
息を整え、構えに集中する。兼次さんとの距離はそう近くない。
「っ! はあぁぁぁぁぁぁ!」
叫びながら走る。正面から飛び込むのは悪手だと思うが、実力に差があるならそんなの関係ない。自分が一番得意な事をしたらいい。
走りながら水球を展開する。今同時展開できる数は三つ。
「『ウォーターボール』!」
走りながら放つ。
しかし、勢いよく放たれた水球は全て盾で受け止められる。
それは織り込み済みだ。そう簡単にダメージは与えられないだろう。だから攻撃の手はやめない。
水球を放てば次の水球を作る。一定の距離を開けながらそれの繰り返しで攻撃していく。
その距離は「瞬動」で詰められる距離だ。隙を見せれば一瞬で決めに行く。
このチキン戦法が一番通用するんじゃないかと思う。兼次さんは前衛職。尚且つタンクだこの距離を詰められる手段は持って無いと見るが……
「……はっ! 甘いな」
「っ! やば……」
言葉が聞こえたのは目の前に兼次さんが見えた時で、魔法を掻い潜り一瞬で距離を詰められていた。
「う、あああぁぁぁぁ!」
無理やり反応する。
兼次さんの振り切られた剣と自分の隙間に剣を入れるために。
「二回目だな」
あっ、死んだ……
そう思った瞬間、腹部に来る鈍痛。そのまま振り切られる剣。その勢いを殺す事なく吹き飛ばされる。
直後に来る背中に激しい衝撃。口から嘔吐の様に血を吐き出す。
目の前が黒く染まる。しかし、意識が遠のいていくのを遮る様に激しい痛みに襲われる。
「……あ、がっ、ごふ……ぁぁぁぁぁぁぁ……」
痛い、痛い、痛い。苦しい……なんだこれ……しぬ……しぬ……しぬ……
頭の中を黒い何かが駆け巡る……
「あー、やべえか、これはやり過ぎたか?」
声が聞こえる。何を言っているかわからない。耳も遠くなってる。感じる感覚が薄くなっいく。ついでに痛みも少なくなって来ている。
わからない……
「とにかく回復薬を飲ますか」
何かが近づいてくる。
過ぎる思考。
……殺される。
動けない、やばい……
「この反応はギリギリか……」
顔を上げられ口に無理やり液体を入れられ、何もわからず飲み込んでしまう。
「がは、がは、ごほ……」
むせながら体に液体が入る。
それは徐々に体を回復させていく。
「よし、大丈夫そうだな」
停止していた思考が回復していく。全身が痛いままだが声がする方向を見る。
「あああぁぁぁぁぁっ!」
その瞬間駆け巡る恐怖。何もせずただそこに立っているだけなのに殺されそうになる感覚。
その場から逃げようと動かない足に無理やり力を入れる。
転びながらそいつから距離を取ろうと体が動く。
「あ、あっ、ぁっ」
「おう、回復してからその対応はショックだが、正しいな」
そいつはその場から動かず逃げた僕を見ている。
怖い、怖い、怖い。
なんなんだ。なんなんだこいつは……
あれ、兼次さんか……? だよな。そうだよな、さっきまで戦ってて、殺されかけて、それで……っ!?
一瞬足が止まり、
「あ、あっ……」
再度駆け巡る恐怖。思い出す痛み。完全に回復していない傷が激しく痛む。
「はっ、はっ、はっ……」
心臓が激しく脈打つ。呼吸をしてもしても苦しい。
「おいおい、そんなビビるなって。今は何もしてないだろ? 深呼吸、深呼吸」
そんな言葉も耳に入ってこないぐらい恐怖に埋め尽くされて、
「うわあぁぁぁぁぁぁあ!!」
そいつに背を向けて走り出した。
「あー、これはやばいな。やっちまったか?」
やばい、やばい、やばい。怖い、怖い、怖い。何なんだよ、兼次さんだろ? わかってるけど、なんで? なんで? 体が勝手に怖いって、逃げないとって。
「がちでビビってるな。状態異常恐怖って感じか。ここまでする気は無かったんだけどな」
身体中が痛いのに足が止まらない。とにかく扉に向かって、
「待て!!」
「っ!!」
大きく叫ばれた言葉で無意識に足が止まる。兼次さんに背を向けたまま、金縛りにあったかのように。
「おーし、落ち着けよ。今のお前は恐怖状態だ。もし話が聞けるならその状態で聞け」
そう言いながら一歩ずつ近づいてくる。しかしその一歩一歩がより恐怖を味わせる。後ろ向きでも感じる恐怖の塊が。
「はっ、はっ、はっ」
「落ち着いてまずは深呼吸だ。わかるか?」
何を言ってるのかは少しだけなら理解できている。けど、無理やりしようとしても出来ない、息は荒いままだ。
わかるけど無理だ。
「とにかくこっち向けるか?」
落ち着かない、息は荒いまま、言葉の通り無理やりに体を動かし兼次さんの方向を向く。
そして相手を止めるような動作で手を前に出す。
「まっ、まって……」