28話-3「20階層のボス」
「ははははは!」
その姿を見た瞬間に叫ぶ心。もしかすると声が出てたかもしれない。
ミノタウロスと言えば初心者の最初の壁であるテンプレだ。でもこういうテンプレは望んでいたと思う。テンションが上がる、湧き出てくる感情を抑えられないぐらいに。
ミノタウロスは動かない。こちらの様子を伺っているのだろうか。
「俊、ここからはかなり危険だと思うまでは何も口出ししないからな」
「はい、大丈夫です!」
「よし。気をつけろよ」
そう言って兼次さんは僕から少し距離を取る。
戦闘態勢に入る。しかし、こいつはでかいな、威圧感が半端ない。虐殺のオーガと戦っていなかったら相対するだけで戦意は削られていただろう。逆に今はワクワクしてるかもしれないが。
そして、ゆっくりと音を立てて扉が閉まった。
「グオォォォォォォォ!!」
瞬間、ミノタウロスの咆哮。強者の威圧だ。感覚でわかる、これに負けたら一瞬で終わる。オーガやヘルハウンドとは比べものにならない。歯を食いしばり耐える。
数分に感じる数秒が過ぎる。
良し、耐えきれた。麻痺もない、身体は動く。戦える状態だ。
「うおぉぉぉぉぉぉ!」
こっちも負けじと叫ぶ。
最初の咆哮はパターンだ。耐え切れればこっちの番だ。
魔力を溜める。温存なんてしない、初めから全力だ。
「『ウォーターボール』!」
威力を上げるために練り上げたウォーターボールだ。それが胴体に命中する。もちろんそれで倒せるとは思っていない、少しでもダメージがあれば御の字だ。
距離を取りながら走る。まずは遠距離で攻略を考える。幸いこっちの方がスピードは速いみたいで距離は保てている。
その内に考える。この巨体を倒す決定打をどうするか。それまでにどれだけダメージを与えるか。それを考えるために、例えばどの魔法が一番ダメージを与えられるか。
今使える魔法は全種類の基本魔法。属性は五種類、火、水、雷、風、土でその中でやはり得意となったのは水魔法だった。最初シルクさんに見てもらった通り適性があるのだろう。他の魔法はというと二番目に雷が使いやすい、水と雷は相性が良いのだろうか。あとはまあどっこいどっこいだった。基本的な魔法はできるのだが、水のように色々な応用がイメージしにくいのだ。しかし、使えないことはない。
それぞれの魔法のイメージとしては水と土は物理的な攻撃になる。それに比べて火と雷と風は特殊的な攻撃だ。某モンスターを集めるゲーム的に言えば攻撃と特攻で分けたらわかりやすいと思う。といっても火魔法で物理的に攻撃もできるし、水魔法を極めると特殊攻撃になりそうなのでわからないところは多い。今のところはこの様なイメージで魔法を使っている。
そしてモンスターには弱点の属性がある。例えばゴブリンなどの人型のモンスターは火が効果的だ。耐性を持っていなければ確実にダメージが通る。燃えるなら何でも燃やす火という性質だからというわけではないらしい。例えば一番何にでも勝てると思っていた雷はもちろんゴブリンに通るが火に比べると少し劣る。まあ、威力が強ければ関係ないのだが。
という事で目の前のミノタウロスにもそれは当てはまるのか試してみる。
「まずは『ファイアボール』」
試す威力は少し強め。確認のためのといっても威力が弱くて見極められなかったら意味がない。
その後順番に魔法を打ち出す。「サンダーボール」「エアーハンマー」「ストーンボール」の順だ。もちろん威力は同じにする。
結果は想像通り「ファイアボール」が効果的だったと。そこまで得意ではないが使っていくと決める。
「ゴガァァァァ!」
ミノタウロスもこっちの攻撃を食らってるだけではないだろう、距離を縮めようとする。
今わかっているミノタウロスの攻撃手段は四肢による攻撃かその巨大な斧による攻撃。どの攻撃も食らえば動けなくなるだろう。受け流すか避ける、それ以外の選択肢は考えられないほどの威力だ。しかし、そう考えていても食らわなければ良い。
近接だけの攻撃なら今の様に中距離で走りながら魔法を撃てばいい。
しかし、走りながらの魔法の構築は集中力が必要だ。今も撃てる魔法の威力は知れている。これからも動きながらの魔法の練習は必要だと感じるぐらいだ。
もちろんミノタウロスのHPも有り余っている。永遠に打ち続けたら勝てるだろうがその前にこっちの魔力が切れるだろう。じゃあ威力を上げるにはどうするか。
ミノタウロスに遠距離攻撃がないなら。
一瞬止まる。魔力を溜める、強く早く威力を込めるために。
「ゴガァァァァ!」
その瞬間ミノタウロスが斧を大きく振り上げ地面に激しく打ち付ける。
「は、はあ!?」
その威力で弾け飛ぶ地面の破片がこの距離まで届く。大小の破片は当たると怪我だけでは済まない大きさも含まれていて、避けるために魔法をキャンセルすることになる。
「うお、少しやべぇ」
威力とスピードは申し分ない人を殺すレベルだ。ただの武器の振り下ろしだけでこの攻撃力は反則だ。
しかし、それをギリギリで避ける。小さいものは避けきれないが致命傷になるのは全て避ける。
「ゴガァァ」
その攻撃は一瞬の出来事だったが、ミノタウロスにとっては近づくために十分な時間だったわけで。
目の前で大きく斧を振り上げている。
「やば……」
そして、振り下ろされる。