23話「走るモンスター」
走る、とにかく走る。何も考えず今は走る。
「……っく、はあ、なんだよ……」
走る。
てか、今の状態はやばいって。まじで、これはやばいって。
「はあ、はあ、はあ……」
レベル上昇により身体能力がアップしても全力疾走を10分以上続ければ息も切れる。
「っ、てか、お、多すぎ、だろう、がっ!」
走るのは逃げるため。
今まで数より質が良い方が危険だと思っていたが、今回で数が多いのも危険だと再度認識した。
「なんだよ、ゴブリンとオークとコボルトって、仲良しかっ!」
追いかけるのはモンスターの大群。今までに出会ったことのない程の大量のモンスター達だ。大抵の数なら対処できるレベルには達しているはずだが、この数、50以上の群れには今はもう逃げるしか選択肢がなかった。
走りながら悪態を吐くが、それも辛く口数が減る。止まったら数の暴力に押し潰されるだろう。もう走るしかない。
「はあ、はあ、はあ、っくそ、どうする」
このまま逃げるだけなら解決にはならない。どう対処すべきか。
50以上の群れに対して僕の魔法では倒しきれないだろうし、剣でも捌ききれないだろうし。
くそ、薬草を摘んでただけでこんなにモンスターに追われるとかわけわからん。気付いた時に対処し始めたけど、いつのまにか増えてたし……てか、今も増えてるし!
なんなんだよ!
ちょくちょく後ろを振り向いているが減る気配は無く、逆に増える気配しかない。何かしたのだろうか?
「っくそ、とにかく、こいつらの数を絞れるところに行かないと……」
走り続けて息も絶え絶えだが、無駄に走っていただけではない。当てはある、今そこに向かって走っている。
少し先に見えている大岩だ。
唸りながらモンスターは追いかけてくる、その数は圧巻だ。
「はあ、はあ、い、きが……」
走る、とにかく走る。今は何も考えずに走るだけ。
「はあ、はあ、っ、くそっ」
全力で走れば追いつけない。離すことは出来てないが、これなら……
「はあ、はあ、っおっしゃ、これで、」
目の前に見える大岩。一般的な一軒家ぐらいの大きさはあるかもしれない、やっとたどり着いた。無我夢中でそれに登る。
「はあ、はあ、はあ、やっとだ、これで、反撃だ」
登りきって一息つく。疲れたぞ。
岩に登ったとしても勿論モンスターも登ってくるだろうが、あの数が一気に登ってくることは出来ない。上がってきたとしてもそいつらは剣で簡単に対処できる。
「無茶苦茶追いかけやがって、っふぅ……っし! こっからはこっちの番だ」
岩の上から見下ろしながら、両手を突き出す。イメージするのは玉ではなく水を上から落とすイメージ。
「流れろ!『ウォーター』」
モンスターに向かって上から大量の水を落とす。今込められる魔力の最大量だ、中々多い量だと自分でも思う。
広範囲に命中しモンスターはずぶ濡れになる。ダメージはないだろうがここから次に繋がる。
ここでせっかく前に覚えた色々な属性魔法を使わないわけはない。イメージするのは電気、今なら球体にする必要もないだろう。水は電気を通す。魔力を込めて威力を上げる、この場合の威力ははボルト数だろうか?
「いけ、『サンダー』」
狙った一体のゴブリンに向かって放つ。向かう青色の雷。
「ゴォォォァァァッ……」
ゴブリンに当たった瞬間、連鎖的に次々と他のモンスターが悲鳴を上げる。その光景は何というかやばい、ファイアによって燃えるよりは見た目はましだが、感電でやられている姿も思ったより残酷だった。
威力が高かったせいか、そのまま絶命するモンスターが多く、大多数が消えていく。中には生きてるやつもいるが、動きはかなり鈍い。
「お、おお。割と減ったな……ちょっと驚いてるわ。やばいわ、これ」
自分の放った魔法が思ったより威力が高くて驚いている。動きを鈍らせればいいと思っていただけだから少し戸惑っている。
まあ、これで倒れたやつはラッキーと思っておこう。考えていた通り、生き残っているやつはいつか動き始めるだろうし、今のうちに片付けよう。目の前にも来ている奴もいるし。
「はぁぁぁぁ!」
岩に登っていて魔法の餌食にならなかった奴から剣で倒す。一体一体なら何も手こずるような事はない、単調的にさっさと倒していく。
登って来ていたモンスターを片付け終わり、下で倒れて動けないモンスターにも留めを刺していく。
ここまでトータルで50体以上のモンスターを倒すのは弱くても中々骨が折れる作業だった。数の暴力は凄まじい……
「これで最後か……よし」
これでやっと本気で一息つける。
今目の前に見えるモンスターの最後の一体に留めを刺す。それと同時にレベルアップの音が脳内に響いた。
『レベルがレベル11に上がりました。』
「ほう、ここでレベルが上がるか」
いや、このタイミングでレベルが上がった事は意外に思わなかった。逆にこのレベルアップのおかげでレベルが上がるタイミングが予想できた。
つまり、経験値は数と経験の二つに分かれていると予想する。
チュートリアルで階層が上がるに連れてレベルが上がっていた事、多数のモンスターを倒した時にレベルが上がるのは毎回最後のモンスターを倒した時だった事、新しいモンスターを倒した時はレベルが上がりやすい事、
など今までの経験から推測すると、一定の数を倒せればレベルは上がり、尚且つ、今までにない経験をすれば経験値が入りやすいということだろう。
ボスや初めてのモンスターを倒せば確実にレベルが上がった訳ではない事から、経験値という数字的なモノはある事も考える。
しかし今考えられる事をまとめると、
「同じ行動をせずに新しい事を試して倒せればレベルは上がりやすい。あとは強いモンスターや新しいモンスターを倒せれば、レベルは上がるということか」
レベルアップの謎を自分なりに解明したことで少し気分が良くなる。多分この考え方で合っているだろう。
そうと決まれば同じ階層にいるのではなくてさっさと先に進んだ方が良いのかもしれない。
「よし、すぐに行くか! って……なんでだよ……」
見える光景に、目を見開く。
先に進もうと思ったところ奥からぞろぞろとモンスターが歩いてくる。この状況は可笑しすぎる、どうしてだ?
「わからんが、考えろ。誰かにはめられてるか、僕自身に何か特別なバフがかかっているか……何かだよな……」
とにかくもう一度大岩に登ろうと岩の隙間に手をかけるが、そこで気づく。前までこういう感じで襲われなかったが今襲われている事の違い。
「もしかして、あれか? 薬草か?」
とにかく岩を登りきる。そしてモンスターに向かって牽制がてらウォーターボールを数発放つ。そして少し警戒を解き「ポケット」を漁る。
「ポケット」といっても実際にポケットに手を突っ込むわけではなくて、空中にポーチぐらいの大きさの穴が空く。開くと何が入っているのか感覚で伝わる。目に見えてなくて感触があるわけではないが分かるという、不思議な感覚だ。そしてそれを「サークナ」で見れば数量までが分かる。
「って、あれ? これってなんだ?」
今までと違う事は薬草を大量に持っていること。大体5kg以上。
こんなにモンスターに襲われるなら大量に薬草を持っていることが原因だと思い、薬草を取り出そうとしてポケットを覗いたのだが、知らないものが入っていた。これって、
「集香草?」
ポケットとサークナの合わせ技で名前がわかった。
なるほどな、薬草が犯人かと思っていたが、違ったみたいだ。
集香草。これは持ってるだけでモンスターを集める草らしく、見た目は薬草と良く似ている。同じ所に生えていたから知らずにこれも一緒に採って来たのだろう。まさかの落とし穴だ。
つまり名前の通りなら……
「くそ、めんどくせーじゃねーかよ!」
今まで気づかなかった事とその似ている見た目に悪態をつきながら岩の上からモンスターと反対側に投げる。
入っていたのはこの一房だけだった。でもこの一房だけでこんなに全力ダッシュすることになったとか、こいつはまじで冒険者殺しだ。この階層のモンスターが倒せるレベルばかりで助かったが、強いモンスターがいたらやばいだろう。これには注意する事にしよう。
「あ、あいつらあっち行くな……はあ……」
モンスターは集香草の方に向かって行く。これだけで片付くとか今まで何してたんだと思ってしまう。いや、この時点で気づけたので良かったか。そういう事にしよう。
しかしこれで、
「やっと先に進めるわ」
岩を降りて歩き出す。周りにはモンスターはいない。大抵のモンスターはさっき倒したし、残りは集香草に向かって行ったし、当たり前か。
そこからは順調に12階層を攻略した。
◇
「うーん、13階層も変わらないか……」
勢いのまま13階層に入り進んでいた。
出て来るモンスターは前と変わらないラインナップだ。
あれからレベルアップもなしに薬草を摘みながら進む。もう少しでこの階層も攻略だろう。
「思ったより拍子抜けだな」
モンスターの数以外は何も大変だった事はない。そんな事を思いながら14階層への入り口前に到着する。
「うし!気を引き締めて。14階層はどんな所だろうか」
次の階層に期待を寄せて階段を降りる。
「って事で、うん、変わらない感じかな?」
入り口に入った感じは変わらない景色だった。今まで通りの自然豊かで生き物が生きやすそうなエリアのままだ。
「とにかく進むしかないからな。よし!」
何も思わずに進む事にする。
しかしこうなるとメインは薬草摘みだ。今思うとクエストを受注しておいて良かった。
あ、じゃあ12階層の大量のモンスターに襲われたのも薬草のおかげになるな。あれはあれで今思うとラッキーな出来事だったのだろうか。再度する気にはならないが。
そうぶつくさ独り言を言いながら歩く。独り言が多くなっているのも、途中で出てくるモンスターはやはり代わり映えしなかったからだ。
しかし無理やりモンスターに会い大量虐殺する気もなく、クエストの薬草を大量に摘みながら進む。何kg摘んだだろうか……
そこからも歩いていればモンスターと出会う。
「『ファイアボール』『ウォーターボール』……うん、中々威力も上がってきたか。ファイアボールは森が燃えるかもしれないからウォーターボールを使わないといけないけど」
今はモンスターを倒すのは魔法がメインにしている。その中でやっぱり使いやすいのは水系統だ。自分の属性に合うっていうのはやっぱり使いやすいのだろう。モンスターによって魔法も変えていきたいが、殆ど使うのは水系統になるだろう。応用もしやすいからな。
「着いたか」
そんなこんなで14階層も攻略だ。15階層への階段入り口に到着した。
本当に拍子抜け、期待を裏切られた道中だった。薬草は大量に摘めたから良かったと自分で無理やり納得しているが。
しかし次の階層は15階層。5の倍数の階層だ。
「つまり次の階層は小ボスってことになるな」
今までパッとしなかったのでこの小ボスに期待を寄せる。やっと手応えがあるモンスターに会えるかもしれない。初見のモンスターなら尚嬉しい。
「さて何が出るのか」
下に降りる階段を前に一旦立ち止まる。5階層の時はゴブリンソルジャー三体だったけど……あ、いらん事があったけな。あれはいっか。
それよりも思う事はモンスター自体は強くなかったけど、三体でコンビネーションを組んでいて刺激がある戦いだった。じゃあ今回のモンスターはなんだろうか?
そんな事を考えながら階段を降りる。少しワクワクしているのかもしれない。
「うし、誰もいなさそうだな」
15階層前に到着する。奥から物音はしない、誰かが戦っている気配はない。
そのまま入り口に一歩入る。その一歩で石造りの部屋の中が全部見える場所に立つ事になり……
「ははは、嘘だろ……」
身体が震えている。急に寒く感じた。
「落ち着けよ、落ち着け」
そう唱えなければ意識が持っていかれそうになる。
「大丈夫だ、あいつじゃない、同じでも違う、筈だ……」
はっきり言って前のような圧力は感じられない。しかし、あの時に与えられた痛みと恐怖が膨れ上がる。倒せた相手でもその時の感情は身体に染み込んでいた。
「喋れてるなら大丈夫、か……いや、大丈夫だと思うしか、ない……はあ、はあ、はあ、くそぅ……」
動いていないのに息が荒くなる。
まだ一歩踏み出してから全く動いていない。
ただその場でブツブツと呟いてるだけ。
ここまで酷くなるとは思わなかった。いつか出会うと思っていたが、ボスとして、このタイミングで会いたくなかった。
この時点でひびっている。ただこの部屋の中央で立っているだけの相手に。
「……なんで、あいつが、この階層のボスなんだよ……」
中央でこちらを睨みながら立っているモンスター。
「……オーガ」
チュートリアルで倒せたが、かなりの恐怖と痛みを与えられたモンスター。それを思い出させる、シチュエーションで、
オーガがそこに立っていた。