21話「有給」
3章の始まりです!
毎日毎日起きる瞬間、
目を開けるのにゆっくりと微睡みを感じながら、この時間がずっと続けば良いのにと思い布団の中でだらだらする。
体を起こすのは嫌だ嫌だと思いながら、迫って来る時間にプレッシャーを感じ無理やり起きる。平日の朝の起きる瞬間が一番辛いと思っていたのだけど、
「よっしゃぁぁ! 待ちに待った9連休! その3日目ですよ!!」
いつものゆっくりな行動とは違い、朝イチの起き抜けから布団を飛び出し叫ぶ。こんなに気持ちがいい平日は学生時代ぶりだ! 約2年ぶりぐらいか?
伸びをするのにも大きな声を出してしまう。
この喜びは声にするしかない。朝っぱらから叫んでいては周りに迷惑かも知れないが、この時間お隣さんは仕事に行ってるから居ない。人が出勤してるのに自分は家にいる、なんでかわからない優越感に浸れる。
仕事に行かなくて良いんですか? 良いんですよ! 休みですよ! 有給ですよ! リフレッシュですよ!
「こんな休みは味わったことのない嬉しさですわ」
何も考えなくても嬉しさが滲み出し笑みがこぼれる。
社会人になって大型連休はかなり希少性になった。夏休みとかは無いし、盆正月に5日ぐらい。9日間の休みでも大型連休とか思ってしまうほど会社にくくりつけられていた。
しかし、ただの休みに対してこの喜びようは異常なのかもしれない。でもそれがサラリーマンの異常さであり、現状である。
「まあ、この休みも仕事を辞めるために作った休みなわけだし」
体が覚えている異様な魅力に取り憑かれたあの場所へ、この9日間入り浸るつもりで休んでいる。
ダンジョン。
それは僕を変えたというか、元に戻した場所。夢が詰まっており今までに培った厨二病心が激しく鼓動する場所。その代わり辛いことや苦しいことが詰まっている場所。死が隣り合わせな場所。
それでもなおダンジョンに行くのは何かに作用されているのか、どうなのか、それぐらい魅力だと心から感じている。それは一種の薬物なのかもしれない。
「さて、ここにいても仕方ない。早く行きますか」
治まらない興奮でテンションを高くしたまま、身支度を済ませて家を出る事にする。向かう足は急いでいないのに足早になる。
楽しみで仕方ない。
今日は連続ダンジョン攻略3日目。昨日と一昨日の土日は普通に潜りに行ったわけではなく、攻略というよりも自分磨きをメインに魔法やスキルなど覚える事や効率化を重視した訓練を多くした。
試しに11階層も攻略してみたが、はっきり言うと拍子抜けだった。それまでの階層より少し手強いと思っただけで特に支障はないと感じただけだ。普通にしていれば倒せると思うほどだ。
違うことといえばモンスターと経験値の入りが違ったことだろうか。
モンスターはあの陵辱の代表さん、オークが出てきた。いやまあ、全てのオークさんが陵辱を好んでるわけではないのだけど……ダンジョンのモンスターは全て厳つい顔をしているから初見では割とビビる。しかし、筋肉が厚いぐらいで倒すのには困らなかった。
経験値といえばレベルが上がった。しかも2つ上がってレベル10だ。1上がるのはなんとなくわかるが2上がったことに驚いている。レベル10には11階層最後ぐらいで上がったけど理由がわからない、モンスターもそこまで多くなかったし。思い当たるとすれば、始めてのモンスターを倒した事か。そうなると文字通り経験した事から経験値が多くなったと見える。
そうなるとこのダンジョンは思ったより自由度があるのかもしれない。魔法から経験値まで数字で表せるが決まったものではなくイメージやら経験やら、感覚は現実と相違ないのかもしれない、ただ外の世界で見えていなかったものが見えるようになっただけなのだろうか。
「このゲートはいつ通っても違和感があるな」
そんなこんなでダンジョンに到着する。
ダンジョンに潜るためにゲートを通った。このゲートは紛れもなく異世界から来たと思わせる素晴らしい建物だが、通るたびに、と言っても10往復もしてないんだけど、なんというか昔に味わった事があるのかないのかわけがわからない感覚に襲われる。気持ち悪くはないが背中がゾワゾワする感覚だ。
それもまあ、後々慣れて来るのだろう。
「そんな事よりもギルドに行きましょう! まだ9時だった筈だし時間はたっぷりある。今日は攻略出来る所まで攻略する」
気合いは十分だ。昨日と一昨日の成果を発揮しよう。
今日もギルドに向かう途中で見る冒険者は少なくない。平日というのに昨日とあまり変わらない様にも思える。
人々の声が入り混じり活気だっているとその場にいるだけでわかるぐらいだ。出店から聞こえる売り子の声も大きい。
「おにーさーん! 朝っぱらから元気出しましょう! なら!? うちで肉串食べて行ってー!」
「じゃあこっちも今日入った新鮮な野菜を使ったお好み焼き! 大阪人直伝だからむっちゃおいしいのちゃう? 食べてってー!」
ギルドまでには出店や露店が多い。しかも売り子から料理を作る人まで女性のエルフばかりだ。男性エルフは見た事がないくらい。
人間、しかも僕は腐っても男だ高い声は甘い声、誘惑には勝てないこともある。朝ごはんは食べてないしお腹も減っている。仕方ない、朝食がてら食べることにしよう。
とまあ、そんな行動を昨日もしていたけど、食べ物がうまいことには仕方ない。足が勝手に動くのは仕方ない。
素の材料は見た事がないからわからないが、美味しければいいと思う。
「うまいな、お好み焼き。誰が教えたか知らないけど僕の好みの味付けだわ」
関西人には好まれるソースに生地。ここは大阪なんだとダンジョンで認知してしまった。まあ、どうやってソースを作っているのかと思うとこもあるけど、今は気にしない。
「しかしあれだな、エルフは女性ばっかで、逆に冒険者は男性ばっかだな」
広場にあるベンチに座り食べながら行き交う人を観察する。少しは女性冒険者はいるが見た目はがっちりしている、スポーツ選手か? と思うぐらいだ。まあ、それでも綺麗な人もちらほらいる。
冒険者の割合的には男性4に女性1ぐらいか。そう考えると、エルフが女性だけなのもそれが理由なのかもしれない。それか、男性エルフは存在しないの2択。いや、それはないと思うけども。
しかし、今思うとあの里奈って子は貴重な女性冒険者だったのだろう。今となっては仕方ないと思うしかないけど。一応あの件については吹っ切れたし、もう何も考えることはない。
「ご馳走さまっと。よし、行きますか」
30分ほど滞在したけど本当に時間はある。計画性なんてないし、行きたい時に行き、終わりたい時に終わる、ここではそういう生活をしようと思っている。
さて、1週間でどれだけ稼げるか。もしここで生きていけるなら、どうするか考えは決まっているからな。
そう考えながら歩く。
この通りはメイン通りで人が多い、考え事をしているとぶつかることもあるし、気をつけないと、って、
「って、いてぇな小僧」
「お、おお……すんません」
思っていたところ、人とぶつかってしまった。ぶつかったというかぶつかられた気がするが。てか、こんな広い道に人が多いのが悪い。仕方ない、このおっさんにもう一回謝ってさっさと……
「おい! 聞いてんのかこら!」
肩を掴まれ引き寄せられる、そして胸ぐらを掴まれ吊り上げられた。その流れは綺麗でスマートだった。と他人事みたいに思ってるけど自分がされています。てか、かなり慣れてないかこいつ?
「アタタタタ。おい? どうするんや? こちとら左肩を怪我してしもうたやん?あー慰謝料貰わなあかんなぁ?」
吊り上げられたまま怖い顔でガンを飛ばされる。足が地面についてない状態でこれは割と怖い。冷や汗かいてると思うけど、下手な関西弁は面白い、どこの田舎者やねん。と内心では笑ってしまう。
「む、無理ですよ。僕まだ来たばかりの冒険者なんで、お金ないです」
「はぁー? お前舐めとんのか!?」
舐めてる舐めてないじゃなくてまじで金ないんですけど? てか、僕の見た目でわかるでしょ? まじうざいわこいつ。
「じゃあ、俺と同じ怪我させなあかんよなぁ?」
そう睨まれて左手を振り上げる。あ、左肩上がってますやん。
そんな状態でも焦ってはいない。
まあ、何というかあっちも本気じゃないし威圧してないのかもしれないけど、あのオーガより未だに怖いのは感じてない。こいつもそうだ。
こんな事をされていて冷や汗かいていても内心は冷静だ。現に魔法の準備は完了している。殴って来たら発動するだけだ。
「謝るだけでは無理ですか?」
「無理に決まってるやろうがぁぁ!」
拳が振り下ろされる。
仕方ない、
「ウォーターウォー……」
「ちょっと、待てよでかいの」
と、拳が目の前で止まる。
お? 魔法使わなくていい感じか?
「おま、誰やねん」
僕を殴ろうとしていたおっさんの腕を掴む男。おっさんも中々大きかったのだが、この男の人も大きいな。てか、どっちも威圧感あるけど、やっぱタッパがあるやつは怖え。
「あんた、また新人いびりしてるんか? しょうもないぞ?」
「はあ? だからお前誰やねん? てか、腕離せよ、痛いんやけど」
「あ、ごめんごめん」
「いたたたたたたた」
ごめんごめんと言いながら男の人がおっさんの腕に力を込める。てか、ミシミシっていってるんやけど……
「わかった、わかった、痛いから離せ、まじで!」
「お、ごめんごめん」
「……おお、いってえな、くそ!」
男の人が手を離したところで、おっさんが悪態を吐く。
「くそ! お前ら覚えてろよ!」
「はは! すぐ忘れるわぁ!」
逃げていくおっさんに対し男の人は笑いながら手を振っている。なんか知り合いっぽい雰囲気だったけど、有名なのかなあのおっさん。
「はあ、そんなんだからまだ35階層以降に行けないんやろ。って、すまん大丈夫か少年!」
「あ、はい。大丈夫ですけど……」
「そうか、そうか。なら良かった。まあ、別に俺が入らなかっても大丈夫だっただろうけどな」
ん? この人気づいていたのかな、魔法を使おうとしてた事。あのおっさんはわかってなかったみたいだけど。
てか、僕の事少年って言ったか? まあ、いいか。一応ここは社交辞令で。
「いやいや、助かりましたありがとうございます。僕は奥山俊です。よかったら貴方の名前は?」
「奥山くんか。俺は西川兼次だ、ここでいうと中級冒険者だな!よろしく」
「よろしくお願いします」
中級冒険者か。ということは強い方なんだろうな。中級っていうのがどのレベルからなのかわからないけど。
「まあ、今日は偶然通りかかっただけだからこのまま行くけど、君も急いでるだろうしね。また時間があったらゆっくり話でもしよう」
「え、あ、はい?」
「シルクちゃんに言えばわかるよ! じゃあね!」
と言って去って行ってしまった。勝手に話する約束されてしまったけど、何だったんだろうかあの人は。
ふと、見てみたいと思った。中級冒険者とはどれぐらいのものなのか。さっきのおっさんは中級とは言えないだろう、掴まれただけでわかる。僕よりはレベルが高いだろうが弱いと。しかしこの人は違う感じがした。
魔法を使う。
「『サークナ』……おお、すげぇ」
見えたのはレベルと名前だけだが、そのレベルが38レベル。40階層まで行けるレベルに到達していた。
これが中級冒険者、僕の約4倍のレベルだ。戦うと一瞬で負けるのだろうか。
しかし、今思うとこのダンジョンができて1年ちょっと。そのレベルはただの一般人だった人間が戦いに身を置けば強くなれるんだと分からせるレベルだった。
と、そんな事を思っていると西川さんを見失った。シルクに聞けばわかると言っていたし、またすぐに会えるとなんとなく感じる。
「しかし、若いのかおっさんなのかわからない見た目だったな」
30歳前半なんだろうか。あれだけ大きければ何かの武道はしてるに違いない。
でも、そんな人が僕になんの用だったのだろうか。この出会いでは疑問しか感じなかった。