20話「気持ちの整理」
当初の予定では11階層に行くつもりだったけど、目の前で人が死んだ事は思っているより衝撃的だったのだろう、ダメージがまだ残っている。そのせいかあまり気分が乗らなかったので帰ることにした。
気分が乗らなかっただけではなくて、今の調子で11階層に行くのは危険だと判断した。次からは階層の雰囲気も変わるだろうし、モンスターも種類が増えるだろう。全くの未知にはこの状態で手を出したくなかった。
通路を進み転移ゲートに乗る。ヘルハウンドを倒してからアイテムを拾ったり、武器を綺麗にしたりと落ち着くようにしていたが、転移ゲートに乗ったその時も感情は乱れていたと思う。
「あっ! シュンさん! おかえりなさい」
ゼロ階層に戻り、すぐギルドに入るとシルクが出迎えてくれたけど、あれ? 少しテンションが違う気がするな。
「た、ただいま、です」
シルクは何故か安心したような顔をしている。僕の顔を見たときにパッと笑顔になったのはとても可愛かったけど。
「ボスは倒せたのですね。よかったです、シュンさんも帰って来てくださって! ちょっと心配していて……あ! すみません、私ばっかり。えーっと、今日はお疲れですよね? もう帰えられますか?」
「あ、そうですね帰ろうと思いますが、心配してたって事は、シルクさんもあいつのこと見たんですね。でしたら何となくわかっていると思いますが……」
「あ、はい。先程ユウヤさんだけを見たのですが、やっぱりそうなんですね」
シルクも急に落ち込み出した。やっぱりあいつはここを通ったのだろう。そしてあいつの後ろには誰もいなく一人で帰って来ていた。いつもは明るいのにあの落ち込みよう、わからないわけは無いだろう。その姿を見てシルクさんも悟って声はかけなかったのだろうな。
それから僕は聞かれてないがあの場でのことを全部シルクに話した。
「そうなんですね。リナさんとマサキさんが……ユウヤさんもかなりショックですよね……」
「ショックどころじゃないと思いますけどね。実際はあいつが悪いけど、僕も出来ることをしなかった、そこに凄い後悔してますし、悔しいです」
拳を握りこむ。思い出すとまた、感じたく無い感情が噴き出て来そうだ。
「実はユウヤさんが帰って来た時一人だったのでシュンさんも!? と思ったんですけど、シュンさんは帰ってきてくださって本当に良かったです」
そう言いシルクは笑顔で笑う。僕のことを心配してくれていたのは単純にとても嬉しいが、シルクの言葉に違和感を感じた。何というか、ズレてるところがある気がする。まあ仕方ないのかな、種族が違うし。
「そんなこんなで調子も出ないですし今日は大人しく帰ろうと思います。とにかくドロップアイテムを換金して、色々と整理してからですけど」
「そうですね。ではお付き合いします」
そう言ってドロップアイテムを換金する。今回はヘルハウンドの魔玉がある。少し期待をしているのだけど……
「まじっすか、おお、すげぇ」
結果に少し驚いている。昨日換金したドロップアイテムよりも高かった。昨日は量があったが、やはりボスの落とすアイテムは高く売れるのだろう、魔玉は高かった。
ヘルハウンドの魔玉は完全体で魔玉(中)。これ一個で金貨1枚と銀貨5枚分。貰ったのはギルドマネーだけど、つまりは15000円稼げたというわけだ。攻略してたのは3時間もなかったはずだが、それでこの金額は凄い。
昨日のと合わせて3万ちょっとか、まあまあだな。多いと感じてしまってるけど、まあこれ全て装備と必要品に変わってしまうのだけど。稼げるようになるのはまだ先かぁ。
そうして換金は終わり帰る準備をする。
「すみません、シュンさん。最後にですが、ギルドカードを拝借してもよろしいですか?」
「ん? あ、はい。どうぞ?」
「ありがとうございます。少し待っててくださいね」
そう言ってシルクがギルドの奥へ走っていく。
「なんだろう? カードの更新とか? 自動でされるって聞いてたけど……」
そんなことを考えながら数分後シルクが戻ってきた。
「すみません! お待たせしました! ギルドカードありがとうございます」
ギルドカードを渡される。見たところ何も変化はないが。
「おめでとうございます。シュンさんの10階層初クリアの報酬です! 10階層の攻略はかなりされているので少しですが、受け取ってください! 報償金を入れておきました!」
そう言われギルドカードの裏を見る。ほんとだ増えてる。シルクの言う通り気持ち程度かもしれないけど、今の僕には嬉しい事だ。しかし、少ないと言っても、
「ありがとうございます。これでやっと防具が買えます!」
それぐらいは増えていた。
「では早いですけどもうそろそろ帰りますね」
「はい。今日一日お疲れ様でした。ちなみに次くるのはやっぱし来週とかになりますよね?」
そうだな、今のところ考えてるのは次の金曜の夜だな。平日は行きにくいし、まだ感情も乱れてるようだしな。まあ次までにこの感情もましになっていたら良いけど。
「一応、次の金曜の夜に来る予定ですね。一昨日と同じ感じです」
「そうですか、わかりました。では、またお待ちしてます」
「はい、また来ます」
そうやり取りをしシルクにお礼をしてギルドを出た。
ダンジョンを出るためゲートに向う。
目に入るのはいつも通りの街並み。昼間だからか日曜だからか、いつもより人が多くかなり賑わってるように見えるが、何かいつもと違うように感じた。
大きな声が飛び交っているのにあまり聞こえない。多くの人がいるのにあまり目に映らない。見えてるのに見えない、聞こえてるのに聞こえない、何か不思議な感じだ。
「はあ、なんだろうな……」
意識ははっきりしているが、心ここにあらずって感じなのかな。やっぱり頭の中を駆け回るのはあの時の映像。体を駆け巡るのはあの時の感情。
「ちょっとこれは時間がかかるのかもしれないな」
そんな事を思いながらダンジョンの出口、ゲートをくぐるのだった。
◇
アニメや漫画、ドラマに映画。物語の中では登場人物は死ぬことが多い。身近にいる人から全くの他人、遠くならモブのモブのモブ、そこら辺の道を歩いている人まで、誰かしら死ぬことは多々ある。その死に対して主人公は割と簡単に受け入れる事が多い。まあ、家族が死んだとか、恋人が死んだとかなら立ち直るのに時間がかかるのもあるが、他人が死んだ程度、ましてや知り合ったばかりの人が死んだ程度では一瞬の出来事だっただけで終わることが多い。
そして僕の場合、死ぬ瞬間を見たけど実際には死んでいないことがわかっている。ならゲームと同じだろう。そんなに気にする必要が本当に無いとわかった。理解できた。そこからは大分気が楽になって来た。まあ、それがわかったのがさっきなのだけれど……
「おーい、奥山ー。お前最近調子悪くないか?大丈夫か?」
会社でパソコン作業をしていると同期が声をかけてきた。
「あー、大丈夫。ちょっと疲れてるんかな? わからんけど」
「そうか、それならいいんやけど」
そう言って自分の席に戻る同期。僕は普段あまり声はかけられないタイプなんだけど、何故か話かけられた。
そんなに暗いオーラが出てたのかな?やっぱし微かにあれが引きずってるのだろうか?4日経ったところやっと整理ができて気が紛れてるとは思うが、思ってるよりテンションは低くなっていたのだろう。
よし、もうそろそろ気合を入れるか。
「おい! 奥山ぁ! ちょっと来い!」
と、ぼーっとパソコンを見ていたところ課長から呼び出しを食らった。呼び出しってことは……まあ、パターンは見えているけど。
「奥山、お前最近大丈夫か?」
営業室の個室に入り椅子に座ったところ、いつもとは違う優しい声で課長が聞いてきた。なんだ? 罠か?
「あの時の無断欠勤の時から様子がおかしくなったぞ? なんだ、悩みがあるなら聞くぞ?」
おー。そんな優しい言葉をかけてもらっても、今までのことを思うと何も感じなくなっているわ。まあ、でも一応話してみても面白いかもな。
「いや、実は知り合った人が目の前で死にまして……」
「……はぁ!?」
はは、リアクションが面白い。
それからダンジョンの事を話した。別にこの人はそういうのには疎いから理解できないだろうけど。嘘をつかずに話してみた。
「成る程な、つまりは人が死んだ”夢”を見たと。あれだな、精神科医に診てもらった方がいいな」
案の定、理解が出来なかったらしい。いや、理解をしなかったのが正しいだろう。内心では爆笑しているだろう。まあ、こっちも話しながら笑っていたが。
「じゃあ、行ってきて良いですか?」
「ああ、仕事が終わった休みにな! はあ、優しくする必要なんてなかったわ」
そう言いながら立ち上がり個室を出て行く。
いや、普通そんな夢を見たらストレスやばいって思わない? すぐに辞められると困るからちょーっと優しくしたとかか。上司としてどうなんだろうか?
やっぱブラックやん。
そんな事を思いながら僕も仕事に戻るとする。元々そんな感じになると思っていたから別に良いけどねっ!
しかし、今日まであの事ばかりが頭の中を駆け巡っていた。けれどそれに対してやっぱり思う事は、
ダンジョンに潜りたい! だった。
別に人が死んだ事について整理がついたからだと思うけど、そんな短期間でこの気持ちが湧き出て来るのは、やばい。
本当にもう、ダンジョンの魅力に取り憑かれているのだろう、あんなことがあっても、もし自分にああいうのが起こっても、多分今まで通りの感情はもう出てこないだろう。ショックは受けるが、その程度だと思う。もう、元には戻れないところまで来てのだろうか。
やっぱしそうなると選択肢は一つだ。どうやって効率的にダンジョンに潜ることができるかだ。方法は二つある。しかし、一つは最終手段だからまだ置いておこう。そうなるとあれしかない。
「よし、有給を取ろう!」
有給を取る事にした。もちろん来週1週間休む、リフレッシュ休暇というやつだ! この1年取ったことはなかったからあれだけど、思ったより簡単に休めるものなんだな。理由は精神的な、鬱という事にした。心配されていたけど。いや、あいつは内心笑っているはずだ。
ああ、いい休日になりそうだ。
そうなれば土曜日から毎日ダンジョンに行けるな。楽しみで仕方ない。ちなみに病院には行く気は無い。
さてさて、これからのプランを考えよう。魔法やらスキルやらまだまだ知りたい事は山ほどある。徐々にだが知識を増やしていこう。
しかし、1週間丸々ダンジョンに潜れるのか、ワクワクしてきたな! いやぁ、有給万歳!!
ということで、僕は1週間のダンジョンの予定を組むのであった。
これにて2章本編は終わりです。ありがとうございました!あとは間幕を書いて2章が終わります。