19話「重く苦しい命の感情」
「が、ぁ、ぁ、ぁ、ぉ」
激しく地面に打ち付けられ転がって行く。あれは大ダメージだろうが、レベル的に死んでないと思う。
「ゆ、ゆうやぁー!!」
「祐也ぁ!」
二人は祐也が飛んで行くのを見ながら叫んでいる。
側から見たらやばいやられ方で心配するのも無理はない。しかし、普通の一般人なら即死レベルの事も、冒険者でなおレベルが高いならそう簡単に死ぬことはない筈だ。それはオーガ戦の時に自分が感じたこと。
あいつだって回復薬ぐらい持っているだろうし。
しかし、なんか強くなってないかこいつ。僕の魔力を込めた攻撃も食らってないみたいだし、スピードも上がってる様に見える。何故だ。
「祐也のとこに行かないと! くそ! こいつら邪魔!!」
「くそぅ、こいつら強い! おい! ゆうやぁ!!」
あの二人も少し強くなってる気がするが、囲まれているブラックハウンド大の相手で精一杯か。
「ブラックハウンドね……まさか!」
ブラックハウンド大を見て思う。こいつらが来るまでは余裕で戦えていた。でも、来てから強くなった。それから変化が起こったのはこのブラックハウンド大が出てからだ。てことは、こいつらが原因となる。
「自分を支援する物がいればより強くなる。そういうのはボスに良くある能力だし」
なら、こいつもそれに当てはまるだろう。てことは、ブラックハウンド大を倒せばヘルハウンドは弱くなるってことだ。
「じゃあ先にこいつら雑魚を倒す、か……」
「グルアァ」
「なっ……」
は? なんで隣にいる?
ブラックハウンド大に目を向けていた少しの間、ヘルハウンドを気にしていなかった。しかし速すぎる。たった数秒、その瞬間に距離を詰められ横に立たれている。そして、今にも突進する状態に移行して、
「はっ! 仲間は倒させないってか!!」
「グルアァァァ!」
ヘルハウンドの突進。
「ウォーターウォ……」
間に合わない! 魔法をやめ、咄嗟に剣と両手でガードする。
「ぐっ……お……」
お、重い。
会心の一撃だ、勢いよく数メートル吹き飛ばされる。このまま着地を失敗したらダメージがやばい。
「がっ……ぐっ……」
頭を両手で守りながら地面を派手に転がる。その衝撃で剣を落とす。
「っ、いってぇな。くそっ」
止まった途端、上半身だけすぐに起こす。思ってたよりダメージは少ない、回復薬を使わなくても大丈夫なレベルだ。攻撃を食らう瞬間少し後ろに飛んだのが良かったのか。よくアニメなどで見たけど割と使えるみたいだな。
しかし、こいつスピードが速かなり過ぎてないか?近づかれたのが気づかなかった。やはり強くなっている。いや、僕の注意不足だ、あいつらを気にしすぎてる。
考え事をした束の間。違和感を感じ、顔を上げヘルハウンドを見る。
「まじか……」
魔法を打つモーションにヘルハウンドは移行していた。口元に火の玉が浮かんでいる。そして、放たれる。
「おおおおおお! 『ウォーターボール』!」
瞬時に立ち上がりながら水球を放つ。一瞬で魔力を込められる一番の大きさだ。相殺は出来るとは思っていないが、少しタイミングはずらせるだろう。その間に横に飛ぶ。
後ろで激しい音がした。避けれたがもう一度攻撃されたら危ない、まだ体勢は崩されたままだ。
「くそっ!」
ヘルハウンドを睨む。剣は途中で落としているしどうする。
「って、こっちを向いていない?」
追撃の警戒をしたがこっちを向いていない。じゃあどこを向いてる? あれか、弱っているはずのあいつか?
「か、は、ごほ、ごほ。いってぇ……なんだよあいつ!」
起き上がっている、回復したのか。それなら少し安心だ。一応この中で一番強い筈だし、囮になってもらったら僕も動きやすい。
しかし、ヘルハウンドが見てるのはあいつじゃない? じゃあ見ているのは、
「ゆうやぁー! くそ! こいつら倒せないって! 邪魔だってぇ!」
「里奈! 落ち着いて一体一体確実に倒して! 祐也なら動いてるし大丈夫な筈だ!」
「でも、だってぇ!」
あいつらを見ている? 僕や祐也を攻撃する訳ではなくてどうして? まさか!
「くっそ! 間に合え!」
立ち上がり走り出す。
生き物が本能的に弱い個体から倒すのは正しい事だ。あの二人を見ているってことは、僕らよりあの二人の方が弱いと気づいている。そうなれば、
「遠い! ああっ! 『ウォーターボール』! 当たれよっ!」
その場で止まり威力を込めた魔法を放つ。これで少しでも動きを遅れさせれば……消え、た?
水球は居たはずのヘルハウンドをとらえる事なく飛んでいく。
嘘だろ? やばい、やばい、やばい!
「はあ、はあ、はあぁぁぁぁぁ! っ! やった、これでやっと一体。祐也のとこに早く行かないと……」
「グルアァ」
「……え? うそ……」
遠くから見えるのはヘルハウンドが里奈のとこにいて、そして、大きく口を開けている瞬間だった。ここからは何ももう遅い……
「りなぁぁぁ!」
「うっ……えっ……まさき……」
将貴が里奈を庇うように力強く押し飛ばす。
一瞬の出来事で里奈は呆然としている。それを見た将貴は少し笑顔になり、
「っ、よかっ、た……」
その瞬間、バチン、と歯と歯が噛み合う音が響き渡った。
「……あ」
「ガオウゥゥゥゥゥゥ!!」
響き渡る遠吠え。その口から血が滴り落ちる。
「い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁ」
叫ぶ里奈。
「ま、将貴、嘘だろ……嘘だろ! うわぁぁぁぁぁぁ!」
走り出す祐也。
「まじ、か、まじか、まじか、まじか……」
瞬間の出来事に呆然とする。残った下半身が光の粒となって消えていく。
人が死んだ。目の前で人が死んだ。
思考の奥底では誰も死なないんじゃないか、と思っていたのだろうか。この現実に気持ちが追いついていない、大丈夫だと心の中では思っていた。しかし、現実はそんな簡単ではない。
感じたことがない感情。
それが僕の全身を駆け巡る。
僕はその場で棒立ちになる。頭の中がいらない思考で埋め尽くされる。
「くそがぁぁぁぁ! このクソ犬がぁぁぁぁ!」
祐也が走りながら叫んでいるのが見える。ヘルハウンドに突撃するつもりなのだろうか。しかし、目の前にブラックハウンド大が迫っている。
「邪魔だ! 雑魚どもがぁ! スラッシュ!!」
横に一振り。その一撃だけで数体のブラックハウンド大が斬り飛ばされる。
「うぜぇ! 瞬動!」
次の瞬間その場から消える。そしてヘルハウンドの目の前に移動する。そして祐也は跳躍した。
「死ねっ! スラッ……」
跳躍したところを周りに居たブラックハウンド大に噛みつかれるが、
「……シュ!!!!」
関係なしにスキルを放つ。それはヘルハウンドに巨大な一撃を与えた。しかし、それでもヘルハウンドは倒れていない。ブラックハウンドのせいで急所への攻撃をずらされた様だ。でも、ヘルハウンドはかなりのダメージを負っているはずだもう動くことは……
ヘルハウンドが首を振りかぶっている。
「グルアァァァァァァァァァ!」
「ぐ、お、お……」
そして祐也に突撃する。噛みついていたブラックハウンド大ごと吹き飛ばす。地面に激しく打ち付けられる祐也。
そして、そのままヘルハウンドが見る先は、
「待て、待て、待て!」
急に駆け出す。
何をしてるんだ僕は! 見てるだけとか動けよ! このままじゃ!
走りながら落としていた剣を拾う。しかし、この距離じゃ間に合わない。
ヘルハウンドは大きく口を開ける。
「……、ぇ……」
里奈は将貴の死と恐怖で動けない。何もできないままヘルハウンドを見ている。
「あああ! 『ウォーターボール』!」
走りながら魔法を使うが、パニクって集中出来ていない魔法に威力は込められていない。普通の魔法が当たってもヘルハウンドは気にしない様子でそのまま被さるように、
「ごほ……り、な……りなぁぁぁぁ!」
「うそ、まて、まて、まてって!!!」
「グルアァ……」
「…………あ」
バチン、と二回目の歯と歯が噛み合う音が響き渡った。
「「ああああああああああっ」」
どちらが叫んだのかわからないぐらい響き渡る声。
感じたことのない感情。辛く重いその感情が全身を駆け巡る。
動けない。
その場で立ち尽くす。
何も出来なかった……じゃない! 何もしなかったんだ。考えていたら出来たことだ。予想は出来たことだ! ただあいつより先に、ヘルハウンドだけを倒すことを考えていた。周りのことは僕も考えていなかった。
このレベルのモンスターに殺されるとか、一切思っていなかった。慢心が起こした現状。対処できたのに出来なかった、その結果人が死んだ。それも二人も。
別に自分の仲間じゃないし気にする必要はないのだろう。それは言い訳だ。もう知ってしまった人が死ぬ事でこんな感情になるなら助けるべきだった。いや、こんな感情になるのはわかっていた事だ。予想できた事だ。それなのに、何もしなかった……
「はあ、はあ、はあ、この、このクソ犬がぁぁぁぁ!!」
叫び声が聞こえる。そりゃそうだ、自分の仲間が殺されたのだ。怒らないわけがない。
……というかあいつが悪い。そうだ! あいつが全部悪いんだ! あいつの慢心がこれを引き起こしたんだ! 僕は何も悪くない、何も……
「くそがぁ! 邪魔だ! どけぇぇぇ」
ブラックハウンド大が群がっている。なんであいつはそこで止まっている? 僕よりも強いだろ? そんな奴ら簡単に倒せるはずだろ?
「うぉぉぉぉぉぉぉ!」
あ……回復してない。なんで? どうして? 回復しないのか? あ、出来ないのか? 回復薬がないのか?
「ぐっ……あああああ!」
ブラックハウンド大に群がられても、叫びながら前に進む祐也。ヘルハウンドも動き始めた。このままならこいつも死ぬだろう。はっ! 自業自得だ。自分が悪いんだ。お前はそうなるべきだ。それが当たり前なん、だ……って……
……っなわけないだろ!
「くそぉぉぉぉ!」
なぜか、いつのまにか走り出していた。あいつの下に全力で。
「はあぁぁぁぁ! スラッシュ!!」
周りの数体を一気に吹き飛ばす。ここでスキルを使うのはもったいないけど。こいつでも、やな奴でも、もう人が目の前で死ぬのは嫌だと思った。
「……あ? おま……」
「お前! 回復しないのか! 回復薬は持ってるのか!!」
「な……なんだよ! お前! 手出しする必要は、無……」
「持ってるかって聞いてんだ!!」
叫ぶ。未だに何かうざいことを言いそうだが聞く気はない。
「も、持ってないけ……」
「じゃあ、これ使えよ! 貸しだ!」
回復薬を渡す。こんな奴に少ないお金で買ったポーションを渡すのは嫌だが、死なれるよりはマシだ。
「お……ぉぉ。ありがとう……」
「お礼は言えるんだな」
「はぁ! おま……」
「黙れ! こうなったのははっきり言って全部お前が悪い。僕はお前を助ける必要はなかった、でもお前を助けている。それはあいつらは今のお前一人では倒せないと思ったからだ! そうなれば勿論僕だけでも倒せない」
言葉たらずで適当な言葉だけど、思ったことをそのままぶちまける。
「だから今はヘルハウンドの事だけを考えろ。話はその後だ、言いたいことはたくさんあるからな!」
「お、おお……」
僕も勝手だと思う。自分の責任もあるのに全部あいつに被せている。でもそうしないと心がもたないのかもしれない。とにかく今はヘルハウンドだ。
「僕が雑魚を倒すからお前はあいつを頼む。雑魚を倒したら弱くなる筈だがあいつをフリーにさせておくと永遠に雑魚を産み続けるみたいだしな」
今ブラックハウンド大と戦っている間も倒される度に産み出している。数が一定になる様に。
「お前の方が強いのは認めるから、そこは頼んだ」
「……わかった」
「行くぞ!!」
ここから僕たちの共闘が始まる。僕はブラックハウンド大をあいつはヘルハウンドを。内心ヘルハウンドを倒した方が経験値を稼げそうだからそっちにしたかったが、そこは我慢する。ここを切り抜けるにはその方が効率がいいと思った。
「はあぁぁぁぁ!」
ブラックハウンド大は一撃では倒せない。スラッシュを使わないといけないなら使うタイミングを考えないといけない。何回も放つ事は僕にはまだ出来ない。とにかく一体一体戦闘不能にすればいい。そしてまとめてトドメを刺す。
狙うはいつも通り足、動けなくするれば楽だし、倒れたら蹴り飛ばし一箇所にまとめる。十数匹いるがこいつらなら何の問題もない。
はあ、何で僕は……
こう見ると残酷な倒し方だな。でも、こうしないと勝てないから。
「ごめんな。スラッシュ!」
数体が一気に光の粒となる。そして、SPポーションを飲む。
「スラッシュ! スラッシュ!」
スキルを放つ。無心になりながら。そして全てのブラックハウンド大が光の粒となって消えた。
「これで全部倒したぞ。あいつはどうなった」
ブラックハウンド大を全て倒し一息つく。これでヘルハウンドの戦闘力も下がっただろう。あとは余裕だろ。
「はあぁぁぁぁ! 絶対にお前は許さねぇ! 殺す! ぜったい殺す!」
叫びながら凄い動きをしている。頭に血が上っている様に見えるが多分冷静だろう。危ないところがないし、もう時間の問題だな。
「将貴の仇、里奈の仇」
懐に潜り込む。これで決まったな。
「死ねっ! スラッシュ!!」
今日一番の攻撃がヘルハウンドを胴体から真っ二つにする。ここまでの時点で割と弱っていたのだ、ブラックハウンド大を倒したことにより余計弱れば余裕で倒せる。しかし、あの一撃は強大だ、僕では放てない。
そしてヘルハウンドは光の粒となって消えて行く。
「……終わった」
ぽそっと祐也が呟いた。さっきまでかなり激しく怒っていたのに今は静かだ。
泣いてる。ヘルハウンドの光の粒を見ながら。
「将貴、里奈、ごめん。ほんとごめん。俺がちゃんと考えてたら死ななくて済んだのに。何も出来なかった俺が、全部俺が悪いんだな……」
消失感に襲われてるんだろう。その場に立ち尽くして呟いている。普通なら慰める奴がいるのだろうが、僕がその役割になるのは嫌だ。放っておくだけだ。
まあ、自分が悪いと思っているのなら充分だと思う。
さて、終わった事を考えても仕方ない。僕は僕で何が悪かったのかしっかり反省して次に活かせばいいだけのことだ、割り切りたい。
戦いながら気づいたが、実際ダンジョンの中で死んでも生き返るわけだし、今頃ダンジョンの外にいるのだろう。そう考えるとそこまで深く思う必要も無いのだろう。まあ、目の前で人が死んだのはかなりショッキングだったけど、割り切りたい。
そんな事を思いながらブラックハウンド大のドロップアイテムを拾っていると祐也が歩き出した。
「ん? おい! どこ行くんだ!? こいつのドロップアイテムは……」
「いい。お前にやる」
「お、おう……」
そう一言を残して出口の方に向かっていった。
「貰えるなら貰えるに越した事はないけど、なんか腑に落ちないな。うーん。あいつもあいつで、そうか。まあ、いいか」
ヘルハウンドを倒した事で開いた出口の扉を祐也は出ていった。その後ろ姿は暗く影が入っていた様に見えた。
「僕は僕で片付けて行くか。はあ、疲れたな」
あいつの後ろ姿を見たら言いたいことも言えなかった。やはり実際に死んでいないとしても自分の仲間が目の前で死んだのだ、応えるだろう。実のところ僕も引きずってる感はある。やっぱり割り切れないよなこれは……
「ちょっと今日はやる気が無くなったかな、やっぱし帰ろうか」
そう呟き、ヘルハウンドの魔玉を最後に拾い帰ることにした。
その時もまだ何か耐えられない感情は全身を駆け巡っていた気がした。
ヘルハウンドは1対1ならタイマンしてくれますが、2人以上いたら子分達を出して強くなります。最大15体。自分がフリーな時は15体になる様に産み続けます。俊くんが考えてる事は正しいかった。まあ、パターンですよね。
ということで、2章は一応後1話の予定です。間幕はありますが。