68話-1「心にかかる一つの靄」
56階層に進んだ僕達は片道3時間の往復6時間の魔法の訓練を終えた。
出て来たモンスターはゴブリンではなくオーク種であった。56階層からはオークが出るようだ。
そして、なんだかんだ言って魔法は楽しい。色々と試せたので有意義な時間だった。
と言う事で、ギルドに戻りシルクさんにクエストやドロップアイテムの換金をしてもらった。
「では、全部合わせてギドカードに等分して入れましたのでご確認ください」
シルクさんからギルドカードを受け取り確認する。
「へー。ちゃんとクエストを受けてたら素材プラスクエスト報酬で私達の階層なら十分稼げるんだね」
「だよな。稼ぐ日じゃなくて攻略の2日で1人あたり金貨5枚か。十分稼げてるよな」
まあ、命をかけて稼ぐ金額としたら安いだろうけど、モンスターとこのレベル差なら命を懸けてる感じはしていない。というか、ギルドは冒険者が命を懸けるのではなく安全マージンを推奨している。それに凄く危険な場合、例えばユニークやネームドの発見や討伐であれば破格の額を出してくれることからも、長く冒険を続けられるように考慮している様に見える。
「って考えると、土日だけでもダンジョンに潜れば初任給ぐらいの金額は稼げるって事だよな。河合さんんって普通に働いてるし、プラスアルファで良い金額貯金できるんじゃ?」
「まあね。この前までは魔法の習得にお金がかかってたけど、杏子さんと会ってからはかからなくなったし、MPポーションぐらいしかお金がかかる事なくなったんだよね。だから、十分な利益になってるよ」
「へー。あっ、でも僕の時も思ってたけど、毎週土日をダンジョン攻略に当ててたら体力保たなくない?」
僕の場合はサラリーマン時代に2か月ほどしかダンジョンに潜ってなかったから、楽しさの方が勝って逆にリフレッシュできてたから疲れたとは感じてなかったけど、ここ毎週潜っている河合さんは疲れてないのだろうか。
「そだね。最近は毎週潜ってるから疲れるけど……ダンジョンでレベルが上がる事で外でも恩恵があるでしょ? だから大丈夫なんだよね」
「ん? まあ、運動能力は上がってるけど」
「単純に運動能力だけじゃなでしょ?」
「どういう事?」
「あれ、気付いてない? だったら、今度外にでたら奥山君も気にしてみたらいいけど、体力も上がってるんだよ。ってことは、外で普通に仕事する分には疲れにくくなってるってわけ。それに、回復力も上がってるから、一晩寝れば元気になってるんだよ」
「あっ、そっか。体力も上がってるもんな」
そう言えば、昨日のダンジョンでの野営でも寝れば完全回復みたいな事を思ってた。それが外でも少し恩恵を得られるなら回復力も上がってるって事か。
え? じゃあ、ダンジョンに潜ることって、いい事ばっかりじゃね?
「だから、毎週末潜ってるぐらいなら平日で十分回復しちゃうってわけ。まあ、仕事は精神的に疲れるけど、ダンジョンと仕事でそれぞれの疲れる所が違うからいい感じにマリアージュしてるって感じかな?」
「なるほどねー」
河合さんの意見に納得してしまう。僕自身そうだった。ダンジョンに潜る事で仕事が上手くいってた実績がある。マリアージュだマリアージュ。
はー、ダンジョンっていいとこずくめだな。命かけてるだけあるよ。
「杏子さんもそんな感じでしょ?」
そう河合さんが杏子さんに話を振ると、杏子さんは少し申し訳なさそうに笑った。
「そうだねー。わたしもそんな感じだよ。それよりも、今日はまだ早いけどご飯食べてから帰る? あ、それとわたし明日はダンジョンに来ないから」
「明日は来ないんですね、了解。だったら僕も今日は帰ろっかなー……じゃあ、夜ご飯にしては早いけど、食べて帰るのもありだな」
そう呟くと河合さんが手を上げた。
「私も賛成! じゃあ、どこにする? いつもの所もありだけど、新しいお店開拓する? 最近見つけたお店あるんだー」
「いいね! 河合さんの見つけた店って外れないんだよな」
「そうなんだー。だったら期待しちゃうよー?」
「まってまって。まだ私も行った事が無いお店だから! だからみんなで開拓しよってことだよ!」
「開拓ねー、ありだな。じゃあ、それで決まり! お腹空いてるから即行こう!」
「だねー。まゆまゆ行こー」
「はーい。じゃあシルクさん、また来週に」
「みなさんいいなー。私も行きたくなっちゃいますよ! でも、まだ仕事があるんで……がっくりです。では、マユさんは1週間後に。お二人は明後日ですね。またお待ちしております」
シルクさんにみんなが手を振ってギルドの受付を後にした。
そして3人でご飯の話をしながらギルドの出口を出ようとすると、外から扉が開いた。
「あっ、すみません」
「いえ、こちらこそすみま……あっ?」
出入りにかち合ったことで頭を下げようとすると、その男性と目が合った。するとその男性が僕の顔を見て声を荒げた。
「奥山俊っ!!」
「は、はい」
急に呼ばれたので咄嗟に返事をしてしまう。
その声の主は少し見知った男性だ。
ていうか、なんだ? 急に人のフルネームを呼んで。
「探してたんだぞお前!」
「え、あ、はい。すみません」
怒鳴る様に言われた事で反射的に謝る。というか、この人こんなに声を荒げる人だったか? この前会った時は敵対心的な感情が当てられてた気もするけど。
そう思いしっかりと目の前の男性――中村幸一の顔を見る。
「いくら探してもいない。相良さん達が探してるのに一向に顔を見せない。どうなってるんだ! お前、本当にダンジョン攻略してたのか!」
そんな意味わからないことを言われた。
ていうか、さっきから何を言ってるんだ。相良さんってのが誰かピンとこないけど、その人が僕の事を探してて、それであんたが怒っている意味が分からないんだが?
「ダンジョンには潜ってましたよ。今日も2日かけて攻略してましたし。で、なんで僕を探してたんですか? というか、中村さんそんな怒ってる人でしたか?」
「はぁ? 怒ってないが? それに、色々とお前の居場所を聞いて探してた俺達の身にもなってくれ。迷惑かけてんだぞ?」
「はぁ? いや、迷惑って。そっちが勝手に探して見つからなかっただけでしょ? 僕はただ普通にダンジョン攻略してただけですよ。って、ことでちょっとそこどいて貰ってもいいですか? 今からご飯に行くところなんで」
意味分からん。
前に会った時と違う感じの中村さんの事はもう放っておこう。前はいい感じでパーティを組めるかと思ってたけど、この感じじゃ無理だ。急に怒り出すとか一緒に行動できないだろう。
だから、この人は無視するに限る。
そう思って中村さんの横を通ろうとすると邪魔をするように前に立った。
「だから、相良さん達が探してるんだって」
「だからなんですか? 僕が待つ必要あります?」
「はぁ? あの相良さんが探してるんだぞ?」
「いや、僕には関係ないですよ。では、仲間とご飯に行くので」
二人に「行こう」と声をかけて中村さんの横を通ろうとすると、中村さんがぽそっと僕に聞こえる声量で言った。
「パーティメンバーは全員女性か。お前、本気でダンジョン攻略する気あるのか? なんでお前みたいなのを相良さんは気にしてるんだか……」
その言葉に苛立ちを感じ、足を止める。
「中村さん。今のどいういう意味ですか? この二人は大切な僕のパーティメンバーです。それに両方ともかなり強いですよ。それと、杏子さんの事は知ってるでしょ? 有名ですよ?」
「知ってるが、だからなんだ? 自衛隊の伊藤相良さんの方が有名だろ!」
「えっ? あー、自衛隊の」
もしかしてあの人か? フルネーム聞いたら聞いた事ある名前だ。杏子さんも言ってた事あったし、ギルドでも耳に挟んでいる。少なくとも『オクヤマヒカル』よりも聞いた名前だ。
「知ってるのかよ。だったら、その相良さんがお前を探してるんだよ。だから、呼びに行くまでここで待ってろ」
「いやでも、僕が待つ意味は……」
すると河合さんに肩を叩かれた。
「ちょっと奥山君。まーいいんじゃない? 待ったら? 知り合いなんでしょ?」
「そうだけど。僕に待つメリットがある? ご飯行くの遅くなるよ?」
「え? いや、私は杏子さんと先に行ってるよ?」
「まじか! ここで先に行くって選択肢あるの!?」
そうツッコミを入れてみたが、河合さんのその笑顔に「何言ってるの? 当たり前でしょ?」と書いてあった。
河合さん、この状況楽しんでるな。
「何話してるんだよ。ダンジョンに恋愛持ってこないでくれないか?」
と、中村さんの見当違いの言葉を聞いて河合さんがため息をついた。そして、一瞬で熱が冷めたみたいに、
「じゃあ、面倒臭いから奥山君。私達は先に行っとくね。行こっ、杏子さん」
「はーい」
「えっ、ちょっと!?」
河合さんが僕を置いて先に行こうとする。
くっ、これは本気のやつだ。河合さんが待つ必要は全くない。だから僕が止める方法は無くなってしまった。あーもう、面倒臭い!
「中村さん。もういいですか。二人に先に行かれそうなんですけど!」
「だから、ダメだって言ってるだろ! 相良さんが来るまでここで待ってろよ」
「ていうか、なんで僕に命令口調なんですか? 前の中村さんならそんな言葉使いじゃなかった気がするんですけど」
「そりゃそうだろ。お前のせいで俺は……お前は絶対に許さないって決めてるんだよ!」
「えっ……」
なんで? 僕何かした?
何もしてないよな……あるとしたら『独眼のウェアハウンド』になる前のユニークの報告をしてなかった事か。でも、あれは自分で対応したよな? もう終わった過去のことだよな?
すると、その状況に少し興味を持ったのか僕の隣を通ろうとしていた河合さんと杏子さんが顔を見合わせて驚いている。「奥山君何かしたの?」「しゅんしゅんって恨まれてるの?」とか言っているが、本当に恨まれるような記憶はない。
「本気でダンジョンに取り組んでない奴が。土日だけの二足の草鞋が。なんで相良さんに!」
僕の顔を見て苛立つように言った中村さんが質問を投げた。
「奥山俊。お前、今何階層だ? 本当は45階層も突破してないだろ」
「……え? 今は55階層ですけど」
何を言ってるんだ? ていうか、いつの情報だよそれ。
そう言うと中村さんが目を開き驚いた。そして急にブツブツと何かを言い出した。
「ありえない……こいつが俺よりも上なわけがない。意味がわからない。どうなってる、どうなってるんだ!」
えっ、急にどうした? なんか凄く怒ってるんだけど。
すると河合さんが僕の袖を引く。
「ねえ、奥山君、なにかわからないけど謝っといたら?」
「そ、そうだね。うん。……中村さん。ごめんなさい」
そう頭を下げた。
しかしそれは逆効果だったみたいだ。
「は? なんだよそれ! 俺を舐めてるのか!」
「いや、舐めてないです! もし不快に思わせたらすみません!」
もう一回頭を下げた。
しかし、中村さんの溜飲は下がらない。
「ありえない。こんな奴に……俺がお前よりも弱いわけがない」
そう言って中村さんが僕の顔を睨んだ。
「戦え。俺と戦え!」
「えっ、どういう……」
「決闘しろ! それで俺がお前よりも強いって、相良さんに証明してやる!」
そう言われて僕は戸惑うしかなかった。




