16話「5階層での衝撃」
「ゴブリンソルジャーか。中々手応えがありそうだよな」
5階層は小ボスの部屋、シルクが言っていた通りだ。目の前には三体のゴブリンが武器と防具を身に纏い部屋の中央に立っていた。
三体同時攻略か。ソルジャーでしっかりと防具で身を守っているのは、一筋縄では行かなそうだ。
入り口で様子を見る。この剣で防具に攻撃を当てると刃こぼれするかもしれないな。隙を狙っていくしかないか。てか、僕よりも装備が豪華じゃないか? モンスターの癖に生意気だ。
「そうだな、僕ももうそろそろ守る装備品が欲しいな。胸当てだけとかどうかと思うわ。しかもこれ革だし」
ずっと革装備でここまで来ている。まあ、攻撃は食らわないようにしているから大丈夫なんだけど、ずっとこの調子というわけには行かない。もうそろそろ一撃食らえば死にそうな威力になるだろう。
「さて、どう攻略するかな」
眺めているだけなら何もならない。まだゴブリン達に見つかっていないようだし。三体を一気に倒すとなると難しいだろう。一体一体ばらけさせて戦うのがベストな気がする。
「そうか、魔法なら遠距離で攻撃できるな。それに魔法の練習も出来るし」
ここまで剣だけで戦って来たから魔法は使っていない。なら一発あいつに当ててみよう。ウォーターボールを!
「……すぅー。ふぅー。いくぞ。イメージ……『ウォーターボール』!!」
水球が手元で形成されて勢いよくゴブリンに向かって飛んでいく。成功か! 思っていた以上に形になったと思う。威力はどうだ?
「ごうぁぁ……」
真ん中の剣を持っているゴブリンの顔面に直撃した。が、全身ずぶ濡れになっただけで攻撃は効いていないみたいだ。
「っ! 失敗か!」
ゴブリンにも見つかったし、剣を抜き走り出す。
ずぶ濡れの剣を持っているゴブリンが怒っている。勢いよくあっちも走ってくる。向かってくるのは一体だけだ。剣対剣なら戦いやすい。このシュチュエーションなら一体ずつ倒していける。
狙うは首、足、脇だ。防具といっても胸当てぐらいだからお腹も空いている。防具に当てないように慎重に攻撃する。
「はあぁぁぁぁぁ!」
「ごおぅぁぁぁ!」
ゴブリンの、攻撃より先に攻撃する。別にソルジャーとなってもまだ単調な動きしかできないらしい。なら余裕だ。
腹部を切り裂く。だが一撃で倒れなかった。
少し慎重になりすぎたか。
「……っ!」
「ごおぅぁぁぁぁ!」
横から違うゴブリンの攻撃が降り落ちてくる。
「うおぉ!」
間一髪のところで避ける。その攻撃は僕には当たらず地面に食い込む。避けれるほどのスピードだったが、威力が大きい。
そのまま少しゴブリンから距離を取る。あいつは斧か。剣のゴブリンの側に寄る。そこに槍のゴブリンも到着する。
こいつら攻撃は単純で武器の使い方は知らないみたいだけど、連携はするのか。少し厄介だな。本当にばらけさせないと対処が難しくなってくる。
連携されると厄介だ。攻略のレベルが上がる。さて、どうするか。
「ゴブリン自身に傷を治す手段はないか。で、剣を守るように槍と斧が立っているな。手負いは守ると」
安易に近づくと槍に攻撃されるだろうし、槍を避けれても斧の攻撃が待っている。何かばらけさせる方法はないか? それか遠距離の攻撃が有効かな。じゃあやはり魔法しかないか。
こっちが動かなければゴブリンも動くことはないみたいだし、タイミングとしてはいい。練習がてら魔力が尽きるまでしてみよう。
イメージを強くする。さっきは勢いよく飛んでいったけど、はっきり言うと形も不安定でぶれていた。そりゃ最後で威力は落ちるだろう。じゃあ、まっすぐ飛ぶ安定したのを作るしかないな。
「イメージ、イメージ」
浮いている水を圧縮するように、飛びそうなしっかりした球体を作る。そしてそれを吹き飛ばす様に、
「『ウォーターボール』!」
「っ! ……ぐぎゃ」
さっきとは違いより勢いよく飛び出した水球は斧のゴブリンに当たる。よし、効いている。威力は上がったみたいだ。この調子で次だ!
「『ウォーターボール』!」
次次にウォーターボールを放つ。少しずつ威力が上がっていく。ゴブリンに全部当たるわけではないが、当たればダメージになるぐらいだ。しっかりと球体になっている水球は徐々に少しだが床を砕くぐらいの威力になっていく。
より威力を高めるために、一ついつもより魔力を込めてみる。すると水球が大きくなる。大きくなるだけならダメだろう。魔力を込めた状態で水球を圧縮するイメージ。すると、徐々に小さくなっていき拳ほどの普通の大きさの水球が出来る。それは圧力がかかった状態で固まっているのがわかる。固体ではないが固体みたいだ。それを打ち出す。
「『ウォーターボール』!!」
今までのより勢いよく飛び出した水球は斧を持っているゴブリンを吹き飛ばす。
「なっ! まじか!」
思った以上の威力に驚きを隠せない。
声も出さずに吹き飛ばされたゴブリンはそのまま光の粒となって消えていく。
ゴブリンを魔法だけで倒すことができた。魔力を込めたら威力が上がる。それは証明されたが、基本の水魔法でゴブリンが倒せるとも思わなかった。しかし、基本魔法でも倒せると、魔法は効果的だとわかった。より練習する必要があると感じた。
「じゃあ、あと二体も魔法で倒すか」
この階層は魔法で攻略することに決めた。魔力を込める。イメージする。
「ウォーターボール!」
魔法を唱えたが何も出ない。あれ? もう一回。
「ウォーターボール!」
やはり出ない。そっか、魔力がなくなったか。魔力は元々なかった感覚だから、減ってもそこまで違和感がないらしい。少し疲れたぐらいで、魔力が底を尽きていても分からなかった。
「くそ、せっかく良いところだったのにな。魔力が戻るまで魔法は使えないな。仕方ない、剣で戦うか。一体倒したし、やりやすいだろ」
剣を構える。二体なら比較的楽になる。手負いの剣のゴブリンから倒すか。それとも手負いは置いておいて槍の方から倒すか。どうするか……
「おお! いいのいるやん! ラッキー!!」
一歩踏み出そうとした時、後ろから声がした。この声聞いたことあるぞ?まさか。
すぐに後ろを振り向く。
「まじかよ……」
その現状に落胆する。そこにはあの祐也という青年が立っていた。
「あれー? お前こんな所にいるの? おっそいなー。うーん、ははは。ちよっとこれ俺が倒しておいておくわ!」
「……は?」
その言葉を言った途端祐也は剣を抜きゴブリンに向かって走り出した。その行動の意味がわからなく僕は一瞬フリーズする。目で追うだけだった。
そいつのスピードは早かった。ゴブリンも敵が一人増えて戸惑っていたのかそいつの接近を許す。一瞬にして手負いの剣のゴブリンが一瞬でやられた。それに慌てた槍の反撃も空を割き、その隙を一撃でしとめられた。戦い方は雑な力とスピード任せだったが、二体のゴブリンの首を一撃で落としていった。
「はい、終わり。あー、レベル上がらんかったかー!」
一瞬その攻防に目を持って行かれていた事に気づく。ちょっとかっこいいと思ってしまったが、すぐにイライラが襲ってきた。そりゃ獲物を横取りされたのだ。
「ちょっ! おまっ……」
「あ、ごめん。ありがとな! 俺急ぐわ!」
僕の言葉を聞かずそいつは6階層へと走っていった。
その行動に僕は唖然とするしかなかった。何も言葉が出ずに立ち尽くしていた。そして、
「なんなん! あいつ! まじで、なんなんだよ! まじか? 僕の獲物を取っていったぞ? ダンジョンが一人だけのものじゃないってわかっていても、流石にこれは無しだろ! で、当たり前のように去っていく? わけわからんわ。まじで! ほんとなんなんだよあいつわ! はあ、はあ、はあ……」
不満を叫び出す。ここまでコケにされたのは初めてだ。まあ、そこまで生きてもいないのでそう言うのもあれだが、ほんとにここまでうざい奴は初めて見た。
てか、あの幼馴染二人あいつについていってるけど、何かメリットあるのか? 僕だったらもう友達やめてるけどな。本当まじであいつは目の前に現れて欲しくないわ……
そんな事を思いながらゴブリンのドロップアイテムを拾いにいく。
「はあ、魔玉と牙か。ああ、防具も消えるんだな」
武器は消えるのはわかっていたが、身につけてるものも消えるのか。置いていってくれたら良かったのに。
でも、ドロップアイテムを拾っても何も嬉しさがない。おこぼれをもらった気持ちだ。ずっとイライラしぱなしだ。
「はあ、もう一回戻ったらゴブリンと会えるのかな」
そんな不満を呟きながらトボトボと6階層へと向かっていった。
◇
結果を言うとゴブリンは出てこなかった。チュートリアルの時みたいに戻ればリセットされるわけではないみたいだ。それなら多分時間。
戻る意味がならそのまま6階層に下りてレベルアップをしようと考えた。しかし、それも難しかった。思えばあいつが通った後だ倒されたのだろう、モンスターがほとんどいなかった。まあ、しらみつぶしに行けばいるだろうが、そこまでするのもあまり好きではない。ここは諦めてそのまま進む事にした。まじで、あいつは俺の前に立って欲しくない。
「はあ、7階層も半ばか。一応階層が上がるに連れてモンスターも強くなって来てるけどここまで少ないとちょっとな。それもゴブリンとコボルドだけだけだからな」
ここまでその二体以外のモンスターは見ていない。いつになったら他のモンスターに出会えるのだろうか。こいつらだけなら飽きてしまう。
そう思いながら歩くのは暇なので、魔法を使いながら歩いていた。使えるのはウォーターボールだけなので代わり映えないが、魔力が尽きるまでして、自然回復を待って、回復したら魔法を使う、の繰り返し。
実は回復するのが早くて驚いてる。回復したかどうかはサークナで見る。まあ、元々の魔力が15なのですぐに回復するのだろう。
「そうだ、久しぶりにギルドカードを見てみようか」
魔力は使えば増えると聞いたからどうなってるのか気になった。サークナで見たときは15になったら全回復していると思っていたから気にしていなかった。ギルドカードを出して見る。すると、
オクヤマ シュン
レベル 7
HP 54
SP 65
力 13
体力 13
速さ 17
運 60
魔力 35
魔力が20増えていた。他の数値はあまり変わっていないのに魔力だけ極端に変わっていた。
「凄いな、本当に使えば使うだけ魔力は増えるのか。それはいいな!」
ここまで極端に変わるなら練習する気にもなる。最終的に魔法は必要不可欠だろうから魔力が多いに越したことはない。俄然練習する気になってきた。
「魔法を使って使って強くなろう」
その後も次の階層への階段付近まで魔法を使いながら歩いていた。しかし、通路があと少しで見えてくるだろう時ふとその場で立ち止まった。
「……なんだ」
何か違和感を感じた。自分に違和感ではなく、何かここらへんの空気が変わったみたいな……
「っは? まじか?」
目を疑った。その現象がおかしいと感じたからだ。急に目の前の空間に亀裂が入り、そこから黒い靄が出てくる。
「ごぉぉあ?」
そして、その黒い靄がコボルドへと変わったのだ。
それが目の前で起これば驚くだろう。このダンジョンはモンスターが生活している。そして交配で増えていくと思っていたからだ。しかし、目の前の現象はこのダンジョンがモンスターを産み落とした様に見えた。これには頭を悩ませる。
いや、この現象はこれまでの階層の状態とシルクの話で考えると辻褄は合う。
例えばあのうざい青年みたいなやつが沢山いれば低階層のモンスターは全滅するだろう。そうなればゼロ階層にモンスターは上がって来ない。そりゃモンスターがいないからだ。しかし、シルクは時々モンスターは来ると言っていた。それはモンスターが多い、つまり増えていることを意味する。交配だけでモンスターは増え続けるにはスピードが遅いと考えると、ダンジョンがモンスターを産み落としている事は納得できる。
そして、あの小ボスもそうだろう。ゴブリンソルジャーは6階層でも見たが5階層のより弱かった。そして強いモンスターなら上位の階層に移動するらしい。しかし、あそこでゴブリン達は滞在していた。上の階層に上がろうとせず。それは、何か居続けてる理由があるのだろう。それがダンジョンから産み落とされた存在だからだとかを
「で、こいつらはこの階層にモンスターが少なくなったから出現したとか、か?」
僕がその場でうだうだ考え事をしているうちにゴブリンやコボルドが産み落とされていた。どんどん増えていく。
ここはポジティブに考える。つまりこれは、レベルアップイベントだと!
目の前でこれが起こったのはラッキーだろう。もちろん、初めて会った時のモンスター達より強いだろうが、今の僕ならこの数に負けることはないと自負している。剣を抜き歩き出す。
「よっしゃあ! レベルアップだ!」
そして駆け出す。まだ産まれたばっかりのモンスターに突撃していく。
今まではモンスターが生活しているところを見たらからしらみつぶしなど、大量に戦うことは割と気が引けたが、この現象を見たら何も関係なくなってしまった。もう目の前にいるのは全滅させる。それしか考えていなかった。
ストレスを吐き出したい。何かに思考が少しでも奪われている。そんな事があると、人間は気分で意見が変わるのだと再認識した。
目の前には数十体のゴブリンとコボルド。チュートリアルのこの剣を手に入れた時を思い出しながら、一体一体倒していく。防具をつけている奴や武器が良さそうな奴。どいつらも関係なしに一撃で仕留めていく。
もしかすると、その戦い方はあいつの真似をしていたかもしれない。しかしそんなことは頭にない。
次々とモンスターを倒していく。はっきり言って無双状態だ。その状態に割と自分に酔っていたところもあるだろう。一体一体倒すごとにリズムに乗っていく。そして攻撃を食らうこともなく、いつのまにか出現したモンスターを全滅させていた。
後から思うとこんなに動けたことにびっくりする。アドレナリンは身体能力も向上させるのだろうか。
「ふぅー。モンスターを倒して気持ちいと思うとか、もうダンジョンに染められたな」
この現状に苦笑いをする。狩猟は生き物としての本能では正しいかもしれないが、人間としては倫理的に変なのだろう。しかし、ここまで来ると楽しいと感じてしまっている。
『レベルがレベル8に上がりました』
レベルが上がったらしい。前にレベルが上がってから、そこまでモンスターは倒していないのにな。経験値とはなんなのか。でも、
「『ウォッシュ』よし、レベルも上がったし満足だな」
少しスッキリしている。あの時のモヤモヤやストレスは解消できたと思う。このまま8階層にも進もうか。
モンスターも倒し、レベルも上がった。今はより気分が乗っている。気分が乗っている時は何でも出来そうだと思う。
「そうだな。進める時に行けるとこまで行くか」
そして僕は休憩もせずに先に進むことにした。
2章折り返し地点です。