56話-2「先に行く前に」
プレステージダンジョンのボス『虐殺のオーガ』。それは初めての強敵で、死にかけた相手。そして、そのモンスターと会った冒険者のほとんどを葬ったモンスター。
「えっ……作られたモンスターですか……? 誰が、何のために?」
僕が杏子さんの言葉に考えを巡らしていた横で河合さんが質問した。
「これはギルマスに聞いたことで、他の誰にも話したらダメだよ。あのプレステージダンジョンはギルドがダンジョンを効率的に攻略させるための冒険者を選ぶ為に作ったダンジョンらしいよ。一時期観光客が多かったでしょ? その間引きの為らしくて、だから毎回同じモンスターが出てくる仕様だし、ランダムで出てくるボスモンスターも全てギルドが用意したモンスター」
「ギルドがモンスターを作れるんですか……」
「プレステージダンジョンだけみたいだけどね。どうやって作ってるかは知らないけど、そう言ってたよ」
ギルドがモンスターやダンジョンを作成している。それは衝撃的な話だ。
そんなことを聞いたらこのダンジョンが何のためにあるのか、どうなっているのか、謎が生まれる……いや、そういうモノなのか?
「その中で『虐殺のオーガ』だけが別格だよね。強くなる冒険者を選んでいるのか、そんなのはわからない。出てくる確率はわからないし、ランダムとしか言われてないからね。でも、少なくとも『虐殺のオーガ』を倒した人は明らかに他の冒険者とは何かが違うんだよ。例えば、自衛隊の『伊藤相良』やこのダンジョンのナンバーツーの『四条キミヤ』って冒険者。そして、しゅんしゅんみたいにね」
そう言われて鼓動が早くなる。『虐殺のオーガ』を倒した僕は確かに最速でダンジョンを攻略した自信はある。周りからも褒められている。
だから杏子さんに面と向かってそう言われると、本当に自分が特別なんだと、才能があるんだと錯覚してしまう。
「だからね、わたしはしゅんしゅんは他の冒険者と違って強くなることがわかってる。まあ、他の人もみんなしゅんしゅんを狙ってたんだけど、今現在で50階層に到達して付近にいる冒険者は少ない。数パーティぐらいだけだし」
「えっ、そんなに少ないんですか?」
「うん。大抵が50階層を突破できずにいるか、50階層を突破した冒険者達はすぐに先に進むからね。残るパーティはたまたま50階層を突破できたけど、その先に行く実力はなかったって感じだね。それでもお金は十分に稼げるから冒険者として居続けるんだけど、そんなパーティより先におじさんがしゅんしゅんを獲得したって話だね」
「まあ、奥山君はシルクちゃんが担当だったのも良かったことかもしれないよね。同じ担当だったのは運が良かったのかも」
「同じ担当ってのはそうかもね」
運が良かった。そう言って杏子さんは笑う。
「そう言う事で、わたしは『暴虐の鬼王』を倒す為にしゅんしゅんとまゆまゆが欲しい。だから、考えておいて」
そう言った杏子さんはいつもと違い真剣な顔で微笑んだ。
その顔を見て、その思いに少しできる事はしたいと思った。別に兼次さんパーティを脱退しなくてもやりようはあるんじゃないかと。
「だったら、兼次さんを含めた4人パーティで『暴虐の鬼王』を探すとかはどうですか?」
「奥山君、それはありかもだけど。一時的でも兼次さんと私達が抜けるってなると、他のメンバーにはどう言うの? あなた達が足手まといなので4人で行きますって言う?」
「流石にそれは言えないよな。あっ、だったら、杏子さんが僕達の臨時メンバーになればいいんじゃ?」
「それいいかもっ!」
それは名案だと河合さんが手を叩く。しかし杏子さんが首を振った。
「それは考えたけど、『暴虐の鬼王』が出てくるのは55階層以降なの。わたしも初めて出会ったのは56階層だし、他のパーティと攻略した時は57階層だったし。55階層の中ボス部屋に居た事も聞いてる。少なくともまだ先なんだよね」
「なるほど」
「それに、わたしが常に後ろにいるのはおじさんはともかく、他のメンバーが許してくれると思う? 51階層からは1階層毎の攻略時間が大幅に増えるんだよ。1日以上パーティ外の人間がいるってどうだろ?」
「攻略時間が大幅に増えるんですか……。杏子さんと一緒なのは、私は逆に嬉しいですけど……この前大樹さんは怒ってたし」
「いや、大樹さんは柔軟性あるから大丈夫だと思うけど、彰さん達がどう言うかどうか……」
「だよね。だからわたしとしては、二人がわたしとパーティ組めば一番だと思うんだけどね」
杏子さんとしてはその考えがもっともである。
「臨時パーティにしてもいいかもしれないけど……」
「それも今のところ土日しか攻略できない二人が抜けて平日だけで他のメンバーが攻略するってなったら、それもまたどう言うかどうか……」
「8人体制で考えてるなら、迷惑かかるよな」
まだ今のパーティの内情を完全に把握していない僕達にとっては悩むところである。だったら、ここで悩んでても意味がない。
「よし! じゃあ、一旦兼次さんに相談してみよう。僕達だけで考えていても埒が明かないし」
「だね。兼次さんなら話は聞いてくれると思うし。杏子さんそうしましょう」
「そうなの? じゃあ、それは任せる。でも、あのおじさん以外にはわたしのこの事は内緒にしてほしいな」
「わかりました。そこは内緒にします。兼次さんだけには話しますけど」
「うん。ごめんね」
他人の内情は細かく話すことはしない。まあ、兼次さんに話してから、大樹さん達を説得するために話す必要はあるかもだけど、その時は杏子さんの判断に任せる事になる。
「それにしても、杏子さんがユニークモンスターを狙ってるなんて思いもよらなかったですよ。私達の他にそれを知っている人はいるんですか?」
「うーんとねー、たぶんギルマスだけかな」
……あっ、そう言う事か。この前ギルドマスターに杏子さんの話をしたら少しはぐらかされたと感じたのはこの事か。
「そんな重要なこと、私達に話しても良かったんですか?」
「いいよいいよ。だって、今から一緒に攻略する可能性があるし、それに……」
杏子さんが僕と河合さんを交互に見て言った。
「二人と一緒ならわたしも、もっと強くなれるはずだから。わたしの事は話していいと思ってるよ」
その言葉に少し心が熱くなった。
この人はまだ強くなるつもりでいるし、それだけ僕達を期待してくれているんだと。
ここまで期待されたのは初めてだ。会社でも家でもそんな事はない。ダンジョンに潜る様になってから、色々と期待をされてきた。その中でもなぜかこの人に言われることが一番うれしかった。別に兼次さん達に期待されるのも嬉しくないわけではないのだが。なんとなく違う感じがする。
ここまでの話をして杏子さんとパーティを組むことは悪くない。強くなる事を目的としている、それが一番いい。今は兼次さん達とパーティを組むけど、いつか杏子さんと組むことになるかもしれないだろな。まあ、そうなるとシルクさんから担当が変わるかもしれないので、悩む話なんだが。
杏子さんの言葉にそう考えていると、河合さんが声を上げた。
「あっ、奥山君時間!」
「……ほんとだ!」
河合さんに言われてギルドカードを見ると集合時間が迫っていた。割と長い間話していたみたいだ。
「杏子さん、私達もう集まらないといけないので、ギルドに向かいますがどうしますか?」
「じゃあ、わたしも行こうかな。おじさんに話さないといけないもんね」
「わかりました。じゃあ一緒に行きましょうか」
そうして、僕達はギルドに向かった。
◇
「すみません遅れました!」
「すみません!」
ギルドに到着するとパーティメンバーが全員そろってミーティングスペースで着席していた。
「時間ぴったりやし大丈夫やでー」
そう言いながら兼次さんが僕達に座る様に促す。すると僕達の後ろにいた杏子さんにも気づいた。
「ん? なんや、姫宮もいるんか、どうした?」
「あっ、そうなんですよ。杏子さんが兼次さんと少し話したいって言ってまして」
「そうなんか、でも今からはちょっと待ってくれ。ミーティングしなあかんから、その後やったらええけど」
その言葉に杏子さんが頷く。
「わたった。じゃあ、シャロシャロの所にでも行ってるから、終わったら声かけてね」
「わかりました」
河合さんが返事をして、受付の方に向かっていく杏子さんを見送る。
すると他のメンバーがざわついていた。
「ほんとに姫宮杏子じゃねーか。まじで、知り合いなのかよ」
「ロリータファッションでほんとにいるんだ。あの有名人と知り合いってすごいね二人とも」
「さすが、河合さんです! あの人の弟子って本当なんですね!」
杏子さんと話したことない3人が感心していた。
「でも、姫宮さんが兼次さんに話なんて、何の話なの? 俊くん達は知ってるのかしら?」
「また、俊の引き抜きの話なんじゃねえか? 引き抜きはやめてくれって話だけどよ」
まあ、引き抜きの話はされたんですけどね。でも話す内容は違う。
「今回はそれじゃなくて、個人的な事で兼次さんに相談があるみたいなんで」
「そうなんや。まあ、後で話したらわかるか。それよりも、みんなミーティングするでー。51階層の話や」
席に着いた僕達を見て兼次さんが席を立つ。
「なんやけど、ミーティングする前に、なんか説明があるみたいなんやって」
と言った兼次さんの横にシルクさんが歩いて来た。
「皆さんおはようございます。この前も言いましたが50階層突破おめでとうございます! これから51階層を攻略されると言う事なので、51階層以降の注意点を説明しに来ました」
いつもと違い少し緊張しているシルクさんがバインダーを見ながら話し始めた。
「また改まって、どうしたの? 今までそんなのなかったよね?」
美優さんが首を傾げる。するとシルクさんが頷く。
「皆さんが50階層突破の冒険者だからです。50階層を突破した方はギルドにとっても特別な冒険者です。なので、このように説明する事になっています」
「あーなるほどな。俺らはこれから先に進む見込みがあるってギルドは認識してるって事だな。悪くはないな」
「はい。そう言う事です。なので説明させていただきますね」
そう言ってシルクさんがバインダーを見直して話し始めた。