56話-1「先に行く前に」
カフェの席を立った杏子さんが僕に向かって手を伸ばしながら言った。
「だから、約束どおり迎えに来たよ。しゅんしゅん!」
その言葉を聞いて30階層を超えた所で杏子さんと行動をしていた事を思い出す。確かにあの時、50階層を攻略したら声をかけるみたいな事を言ってた気もする。
「もちろんまゆまゆもだよ」
「私もですかっ!?」
「うん。まゆまゆもしっかり成長してるのはよくわかるし、充分強くなってるからね」
「あ、ありがとうございます!」
「わたしには二人が必要なの。だから、一緒にダンジョン攻略しようよ」
その言葉はいつもの杏子さんらしいが、少し真剣に感じた。
僕もその誘いは嬉しい。自分の事がこれほどの魔導士に認められていると言う事だからだ。でも、この誘いは難しい。
ここまで何度も声をかけてくれているのに対し、ここで曖昧に返すのは失礼だ。だからはっきり答える。
「お誘いは嬉しいのですが、今のところは杏子さんとパーティは組めないですよ」
「ちょっ……奥山君っ」
その言葉に杏子さんがわかっていたような顔をした。
「だよね。わかってた。まだしゅんしゅんはわたしとパーティは組めないよね」
その言葉に少し違和感を覚えたが、杏子さんの言うことは合っている。
「はい。今のパーティメンバーにはお世話になりましたし、ここまで成長させてもらいました。やっと、50階層突破したのでここで抜けるとなると不義理ですから」
「だよね。じゃあ、まゆまゆはどう?」
「えっ、私ですか……」
僕ではなく河合さんに焦点を当てる。
「私は、杏子さんに誘ってもらえてすごく嬉しいです。でも、私もこの数か月だけですけど兼次さん達にはお世話になりましたし、すぐに脱退はできないです。それに、杏子さんは毎日ダンジョンに潜りますよね? だったら私は毎日潜れないので……」
残念そうに言う河合さんの発言に対して杏子さんの反応は想像とは違った。
「えっ? わたしも毎日は潜ってないよ?」
「えっ、そうなんですか? 50階層突破した中級冒険者なら毎日潜ってるのだと……」
杏子さんの答えに僕も驚いた。杏子さんレベルなら毎日潜ってダンジョンで稼いでいるのが当たり前だと思っていた。それとも毎日潜る必要がないぐらい1回の攻略で稼げるのだろうか?
「わたしもダンジョン外で色々あるから、毎日はダンジョンに潜れないよ。それでもわたしの魔法の才能が凄いから毎日ダンジョンに来なくても50階層は突破できたんだけどね」
ドヤ顔でそう言った杏子さんが可愛い。
「じゃあ、いつダンジョンに来てるんですか? てっきり平日だと思ってたんですけど」
「えっと……平日もだし、土日もだし。別にいつダンジョンに来るってのは決めてないかな。わたしソロだから」
「あ、そうですよね」
そりゃそうだ。ソロなら別に決まった曜日にダンジョンに来る必要はない。
杏子さんは河合さんが質問した事に疑問を投げかける。
「なにか、引っかかる事あるの?」
「えっと、私、平日は外で仕事あるので、土日しかダンジョンに来れないので……」
河合さんはそうだよな。ダンジョンの外でもしっかりコミュニティ持ってるし、ダンジョンだけの人生ってわけではない。もう河合さんの中ではダンジョンは土日だけって決まっているようだ。
「あー、なるほどね。でも、わたしとだったらそれは気にしなくていいよ。わたしも別に必ず平日に攻略するってわけではないから。パーティ組むんだもん。まゆまゆに合わせられるよ」
そうなるとこれは河合さんにとってはかなりいい提案になる。兼次さんの所なら平日に攻略が基本になるから、平日じゃなくて土日が基本でもいいのは好条件だ。
「……なるほど」
案の定、河合さんが悩み始める。
それを見て杏子さんが僕に焦点を当てる。ニコッと笑った。
「だから、しゅんしゅんも遠慮なくわたしとパーティ組んでもいいんだよ?」
その提案は河合さんにとってはいいが、今の所僕にとっては好条件にならない。というか、やっと会社を辞めれるところだ。平日にがっつりダンジョンに来るつもりである。
それにしても、杏子さんが思ったより僕達の勧誘に積極的だ。何かあるのか?
そう思い、杏子さんに質問した。
「質問してもいいですか?」
「うんいいよ。なんだろ?」
「どうして、パーティメンバーに誘うのが僕達なんですか? 別に他にも魔法を使って強い人もいますよね。魔法じゃなくても武器を使う冒険者で50階層突破した人はかなりいると思うんですけど」
そう質問すると杏子さんの目が真剣に僕を見た。そして言った。
「しゅんしゅん達が強くなるからだよ。他の誰かじゃなくて、今のしゅんしゅん達に才能があるからだよ」
その言葉は僕達が杏子さんにとっての特別だと言い張っている様に聞こえた。
そしてそれが、杏子さんの根幹にかかわる事なのだろうか。
「今の僕達ですか……それは杏子さんがまだ50階層付近にいる事と関係しますか?」
「……っ!」
僕の言葉に杏子さんが目を見開いた。
前にギルドで杏子さんがまだ50階層付近にいる事は聞いている。でも今の実力ならもっと先に進んでいても不思議ではない。しかし、他にメンバーを揃えず一人でずっといる事は何か理由があるからなのだと考えられる。
確信をついたのか杏子さんが紅茶を飲み干して息を吐いた。
「……そこまでわかってるんなら、話した方がいいかな」
そう言って僕と河合さんを交互に見た。その反応に河合さんが手を振る。
「……いや、無理に話さなくていいですよ。杏子さんが話したいことだけで」
「僕も、そこまで深くまでは知るつもりはなかったので……」
「いや、話すよ。私がまだ50階層前半にいる理由を……」
杏子さんが息を吐く。そして、話し始めた。
「まず前提に、51階層からはそれまでとはレベルが変わる。それについて来れる冒険者は本当の冒険者じゃないと難しいんだよ」
「本当の冒険者、ですか……」
「うん。しゅんしゅんも51階層に挑んだらわかると思うよ。本当の冒険者の意味がね」
51階層からはレベルが変わる。今の時点ではどれだけのレベルが上がるのかはわからないが、今までと同じだとは僕も思っていない。
「わたしも元々は数人でパーティを組んでたの。同じ時期にダンジョンに来たメンバーでね。わたしを筆頭に階層を攻略していった。しゅんしゅんより遅かったけど、50階層もダンジョンに来てから数か月で突破した。そして挑んだ51階層。それもわたし達は大丈夫だった。それまでとはレベルが違うから驚いたけど、それでもわたし達は先に行ける力を持っていた」
そして杏子さんが言った。
「でも、その先で出会ったの。ユニークモンスター『暴虐の鬼王』に」
「『暴虐の鬼王』ですか……」
初めて聞いた名前だ。『鬼王』つまり、鬼ということ。それが今までのモンスターの上位の存在だとわかる。そしてそのモンスターがユニークモンスターという事は、どれだけの強さになるのかと。
「わたし達はそいつと戦って……わたし以外が全滅した」
「「……えっ」」
その杏子さんの言葉に驚きが隠せなかった。
その時の杏子さんがどれだけ強かったかわからないが、少なくとも50階層を突破できる実力を持つ冒険者が全滅したという事実。この前の『独眼のウェアハウンド』の攻略では死人は出ていない。しかし『暴虐の鬼王』では死人が出ていると言う事はそれだけの強さだと言う事。
「はっきり言うとね、わたしがまだ50階層付近にいる理由はそいつを探しているからなんだよ。レベルや実力ではソロでも60階層近くにいれる力を持ってるとは思ってる。でも、わたしは『暴虐の鬼王』を倒さないと先には進めないと思ってるんだ」
その言葉はとても重く感じた。
「ソロでも戦えるとは思う。でも今までソロで探したけど全く出てこなかった。もしかしたらソロでは出てこないのかもしれないと思って、一緒に戦えそうな冒険者を探したんだよ」
そう言う事か。でもそれなら。
「僕達よりも強い冒険者は今までにいなかったんですか?」
「……ダメだった。わたしが探し始めたのは半年前だから、それ以降に50階層を突破した冒険者は数人いたけど、誰も『暴虐の鬼王』には太刀打ちできなかった。一回だけパーティ組んだけど、全滅しかけたよ。責任持ってわたしがみんなを逃がしたけど、わたしだけで『暴虐の鬼王』と対峙した時点で相手は姿を晦ませる。それから、何度か他のパーティの後を隠れて追ってみたんだ。その時も出て来た『暴虐の鬼王』と対峙したけど、それも毎回みんなを逃がした後、ソロになった時点で姿を晦ませた。だから、わたしだけではできない。少なくとも一人は『暴虐の鬼王』と対峙しないといけないみたいなんだ。だから、生半可な力を持つ冒険者ではダメ。少なくとも一緒に戦える冒険者じゃないとダメなんだよ」
その言葉は真剣に、切実に感じた。
「じゃあ、僕じゃ無くて兼次さん達でもいいと思うんですけど……」
その言葉に杏子さんが首を振った。
「多分、あのおじさんなら大丈夫だと思う。でも、他のメンバーは……もうしわけないけど難しいと思う。あのメンバーで行った場合おじさんの苦労がかなり大きくなるし、しゅんしゅんもかなりきついと思う」
「そんなにですか」
「そんなに。はっきり言って、しゅんしゅんでも危ないと思う。でも、しゅんしゅんは他の冒険者とは違うから」
そう言った杏子さんは僕の目を見る。
「僕が他の冒険者と違う?」
「うん。しゅんしゅんは自覚無いみたいだけど、ここまで最速で来たのが大きな証拠。普通2か月で50階層まで来れないよ」
「それはパーティを組んで、兼次さん達に引っ張ってもらったからで……」
「それは違うよ。パーティを組んだら早く進めるかもしれないけど、本人に実力が無かったらそんなに素直に進めない。だから、しゅんしゅんは他とは違う。もちろんまゆまゆも同じことが言えるけどね」
そして杏子さんがもう一本指を立てた。
「それとしゅんしゅんは明らかに特別なんだよ」
「特別ですか」
「特別なこと。それは、しゅんしゅんだけ『虐殺のオーガ』と戦ってるってこと」
その言葉に僕の胸が鳴った。
「『虐殺のオーガ』はプレステージダンジョンの為に作られたモンスター。それのモデルが『暴虐の鬼王』なんだよ」
「なっ……」
その言葉に僕は衝撃を受けた。