55話-4「半分を超えて」
部長が課長へはっきりそう言った事で溜飲が下がった。
部長はまあ、言葉がきつい時はあるけど、課長のやり方はダメって事はわかってる。
そして部長が思いっきりため息をついてから僕の顔を見た。
「奥山、わかった。全面的にこっちが悪い。本当に申し訳ない」
部長が頭を下げる。
「お前が退職する事を了承する」
その言葉に僕は口元をほころばせる。
「本当ですか!」
「ああ。でも、お願いがある」
「お願いですか……?」
その言葉に僕は眉間に皺が寄せた。
色々しでかしたのはそっちなのに、僕じゃなくそっちがお願いする側か?
……聞くだけ聞くけど。
「今度の本部長賞が一か月半後にあるのは知ってるよな? その時に賞を貰える社員がいないのはこの支店の信用にかかわる。支店の評価がかなり落ちる。そうなったら、この支店の社員全員の評価も下がる。だから、それまではいてくれないか?」
……なるほど、そう来たか。
まあ、その気持ちはわかる。谷口や河合さんも関係するのは僕にとっても嫌だ。個人の社員の評価と言うが、支店の評価が下がる事で、全体にボーナスや給料が少し減ってしまう事は事実だ。そうならないためにもこの案は乗ってもいいだろうが。
「厳密にいえば、今から2か月先の月末までって事になるが、本社での会議がそれまでに終わるから、それまで居てくれって事だ。それが終わった瞬間に退職って形にするから。どうだ?」
まあ、それは仕方ない事だけど。
「あと、本部長賞を貰ったら臨時ボーナスが出る。それも貰えるから奥山にとっていいだろ?」
おお、それは嬉しい。貰えるものは貰っておこう。だったら、このお願いは僕にとっても利益になる。
あ、じゃあ、他にも今だから交渉できることは交渉しておこう。
「わかりました。では、部長の言う通りその時まで退職は待ちます。でも、僕からも少しお願いを聞いてもらってもいいですか?」
「なんだ? 言ってみろ?」
部長は仕方ない顔をして頷く。
「まず、退職日に合わせて残ってる有給休暇は全部使わせてもらいます。あと、退職金はください」
「ああ、それはもちろんだ。決まりだからな」
それは当たり前だと頷く。
「それと、それまで毎日定時に終わらせてください。あと、もう無駄な営業はしませんので、引継ぎの為にお客さんとの良好な関係を築く事だけをさせてください。なので、支店の目先の利益、収益は僕に課せないでください。もちろん、この会社の信用など貶めるような事はしませんし、さぼる事もしませんので」
「おい! 奥山、お前何言って……」
僕の言葉に課長が声を荒げようとしたが、部長が止める。
「わかった。その条件で良い。今の話なら別にこっちにとっても不利益は無いからな。でも、引継ぎの準備は一人で頼むぞ。こっちも毎日の収益が大変なのはわかってるだろ?」
言い方はどうかと思うが、こっちもそれで動きやすい。
「わかりました。あとは、引継ぎの担当ですが、僕のメイン顧客は谷口でいいですか?」
「谷口か……どうしてだ?」
「僕が最も信用できるのが谷口だからです。あいつなら任せられますので」
「……わかった。谷口ならいい」
「ぶ、部長……」
「お前は黙っとけ!」
課長が僕に対する事を言おうとするがすぐに部長に止められる。
「じゃあ、お前からのお願いはこれくらいか?」
「はい。これ以上はないです」
「わかった。その約束で頼む。こっちのお願いも聞いてくれて助かる。じゃあ、これで話は以上だな。退職についての他に細かい事は後で人事と話すことになるから」
「了解です」
部長もなんだかんだ言って昔の人間だし。社員より会社を取るのは役員にとって仕方ない。でも、そこまで考えられるならもう少しこの課長を見て対応を考えてくれたらよかったのにとも思う。
「以上だ。ありがとな奥山」
「はい。こちらこそ、ありがとうございました」
そう言って僕は席を立った。すると部長が「そうだ」と僕を止めた。
「最後にいいか? お前、この数か月で変わったな。はっきりモノ言うようになったし、声に覇気がある。特に常に自信がある様に見える。何かお前をそこまで変えた事があるのか?」
項垂れている課長をしり目に部長が質問した。
その答えに返す事は一つだけだ。
「ダンジョンですよ」
その答えに部長と課長がぽかんと口を開けていた。
そんな二人に背を向けて僕は会議室を出る。そしていの一番にスマホを取り出してメッセージアプリを開いた。
送り先はあの二人、谷口と河合さんのグループチャットを開いて文字を打つ。
『退職の承諾を得られたよ』
と。
よって僕は、退職を勝ち取ったのである。
◇
翌日の土曜日は晴れ晴れとした気持ちでダンジョンに到着した。
気分がいいから思ったより早く到着したので、優雅にカフェでコーヒーを飲みながら昨日の事を思い出す。
「これで僕も晴れて退職か。これからはダンジョンだけに力を入れられるから……そうだ、まずは自分の事を整理するか」
そう思い久しぶりに自分のステータスを見る事にする。
いつもちらっとはステータスを見るが、それは魔力量がどうなったかぐらいだ。だからこういう時間がある時にしっかりと見る事が大切だ。
レベル36
HP:122
SP:350
力:67
体力:72
速さ:75
運:80
魔力:598
かなり増えたんじゃないか?
昔との差を思い出す。前にしっかりと確認したのは確か、26階層付近だったはず。その時から1か月ほどしっかり見てなかっただけでここまで増えていたとは。
魔力に関しては大幅に増えてるし、SPも十分大きい。確か兼次さんが40レベルの時に魔力が300いってなかったぐらいだったから、それと比べると……約倍かよ。魔力は使うかどうかで変わってくるから、魔法も使っていた僕は魔力の上りも良いようだ。
なら、河合さんも似たような魔力量になってそうだな。
そしてステータスを見ながらコーヒーを飲んでいるとふと思った。レベルが36である事に。
レベルに関してはアナウンスがあるから常に何レベルかは把握している。だからこそ、ここで1レベルしか上がっていない事に疑問を抱く。今まで1階層攻略する度に1レベルは上がっていたのに、兼次さん達と合流してからはワイバーンを倒してやっと1レベル上昇だ。まあ、みんなで戦っていると倒すモンスターの数も少なくなる。それに、戦闘のパターンが一定なのが経験値の入りの悪い理由なんだと思う。
でも、これからもパーティを組んでいくならこれは仕方ない事だろう。それにこのレベルでも50階層は突破できるのだから、そこまで悩むことでもないかもしれない。
……悩むことではないかもしれないが、レベルが上がりにくいのはどうにかした方がいいか。経験値の入りは新しい事をした方が入りやすい。ちょっと他の事を考えるか。
そこまで考えたところで目の前に女性が座った。
「ギルドカード見ながら唸ってるけど、ステータスでも見てたの?」
いつもの知った声だ。
「河合さん、おはよう」
「おはよう、奥山君。どう? ステータス上がってた?」
「うん、まあまあかな」
河合さんが来たことでギルドカードをしまう。
それよりも先にお礼を言っておこう。
「昨日はありがとう。谷口と一緒に色々と話聞いてくれて」
「いいよいいよ。これも同期の役割だからね。でももう同僚ではなくなるんだけどねー」
「まあね。ダンジョンでは一緒だけど」
部長と課長との面談の後、月曜日に続き金曜日までも話を聞くため待っていてくれた谷口と河合さんには感謝である。決まっている事でも愚痴やただ話をするだけでも気が楽になるものである。やはり持つべき者は同期だ。
「今日からどうするんだろね? すぐに先に向かうのかな?」
「どうだろ? 平日に兼次さん達が先に進んでたら進むかもだけど。ギルドに行ってからわかるでしょ。小百合さんに聞いてないの?」
「聞いてないなー。まっ、奥山君の言う通り集まったらわかる事か」
「わたし的には先に進んでくれた方がいいんだけどなー」
と二人で話してたはずなのに別の高い声が横から聞こえた。その声に河合さんが反応する。
「へっ!? 杏子さんっ!?」
「おはよー、まゆまゆー、しゅんしゅん」
「おはようございます! 杏子さん! ここで会うなんて!」
「だねー。わたしもよくここでご飯食べてるよー」
いつの間にか僕と河合さんの隣の席に座っていた少女の様な女性は天真爛漫の笑顔を見せていた。
「おはようございます、杏子さん」
「うんうん。しゅんしゅん何かいいことあったの? 何話してるかわからなかったけど」
「あー、ダンジョンの外の仕事の話ですよ」
「あ、そっか。しゅんしゅん達仕事してるんだよね」
仕事と言う言葉に何か考え深そうに反応する杏子さん。
杏子さんは外で仕事してないだろうな、充分ダンジョンで稼げるし。
まあ、そんな事よりも。
「で、杏子さんがどうしてここに? ギルドでしか会った事なかったので、新鮮ですね」
「だよね。わたしもたまたま二人がここにいたから声かけただけだよ。本当はギルドで話そうと思ってたんだけどね」
「ギルドでって、何かお話が?」
「うん、お話し」
そう言った杏子さんが持ってきていた紅茶を一口飲んだ。
「まずは50階層突破おめでとう! まゆまゆもしゅんしゅんも大活躍だったみたいだね! シルシルから聞いてるよ」
「ありがとうございます!」
「ありがとうございます」
「わたしの思った通りだった。しゅんしゅんとまゆまゆならすぐに突破するって思ってたよ」
そう褒められて嬉しそうにする河合さん。それを横目に杏子さんは話を続けた。
「これで立派な中級冒険者。ダンジョンの先に一心不乱に進むことができる冒険者になれた」
しかし続けたその言葉には重さが乗っていた。
そして、
「だから、約束どおり迎えに来たよ。しゅんしゅん!」
そう言った杏子さんの顔はいつも通りにっこりと笑っていた。