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55話-2「半分を超えて」



 50階層を討伐した翌日、僕はいつもより早めに会社に到着していた。その理由はもちろん、課長に退職について話すためだ。


 営業室の扉の前に立ち深呼吸をする。いつもと変わらない会社なのに、少し緊張している。

 でも準備はしてきた。左胸のポケットには退職願も入れている。後は、課長と話せばいいだけだ。



 よし、行こう。


「おはようございます」


 扉を開けて挨拶しながら入る。すると、部長が僕を見た。


「おっ、おはよう。奥山、今日は早いな。意識変わってきてるな! 良い事だぞ!」


「部長、おはようございます」


 まあ、今までより早く来たらそう言う反応はされるだろう。今日は月曜日だし、最近の僕の成績も上がったからそう思われても仕方ない。しかし、僕の理由はそうじゃない。


 部長に挨拶をしたらすぐに自分の席に向かうのではなく、鞄を持った状態で課長の席に向かう。


「おはようございます、課長」


「おう、おはよう。早いな、なんや、意識変えたんか? お前今まで遅かったからな」


 そう言うが、遅くはない。普通に始業時間の1時間前には来ている。残業代出ないのにそれよりも前に来るとか余計に考えられない。1時間も早く来てるんだからギリギリでいいんだよ。


 そんな事よりもだ。


「課長、少し時間いいですか? 大切なお話があるの……」


「ない! 今は時間ないわ」


 僕の話が終わる前に食い気味に否定した。その顔は少し焦っている様に見える。

 こいつ、僕が何を言うかわかってるな。


「でしたら定時の後、時間取ってもらえませんか?」


「は? 定時後? それはまだ仕事中やろ! そんなん無理や! 今日は無理……いや、今週は時間ないなー」


「5分だけで良いので。あと、ここでは言いにくいので会議室かでお願いしたいんですけど」


 そう言うと余計に否定し始めた。


「無理無理! 5分も他で話す時間ないわ! そんな話は仕事がしっかりできてからにしてくれ! はい! 話はこれで終わりや! せっかく早く来たんやから、始業前に書類の整理でもしとけ!」


 なんだこいつ。話を全く聞く気が無いぞ。何に焦ってるんだ。

 でも、そう言われても、決心がついた僕の気持ちは変わらない。

 だったら、あんたじゃなくていい。


「でしたら、直接部長に話に行きますので……」


「待て! それはあかんやろ! 社会人としてしちゃあかんやろ! アホかお前! 先に自分の直属の上司に話すのが礼儀やろ! 部長には話したらあかん! 絶対あかんぞお前!」


 ……礼儀だと思ったからあんたに話してるんだが? 言ってること矛盾しているんだが? こっちは最近流行ってる退職代行サービスでもいいんだけど?

 でもそれは社会人として間違ってると思うから、自分で言えるなら自分で言うためにここに来ている。


「そうですよね。それはわかってるので、課長に話そうと思ってるんですが……」


「せやから、俺には時間ないねん! 話聞けへんって言ってるやろ! もうこの話は終わりや! 仕事の話ならしっかり聞いたるから、もう自分の席に戻れ!」


「いや、これも立派な仕事の話です。とにかく少しで良いので時間取ってください」


「せやからぁ……」


 と営業室内に響くほどの声で話していたら、部長がやって来た。


「どうした? 何話してるんだ?」


「部長……」


「いや、こいつがなんか話したいって言ってて……」


「だったら話聞けばいいだろ?」


「いや、それが……その……」


 部長に圧をかけられて言葉を濁す課長。しかし、その濁し方は部長に何か訴えてるように見えた。

 すると部長が、


「……時間を取ってしっかり話を聞け。それで、お前がしっかり判断すればいいわけだ。ちゃんとしろよ?」


「……はい。わかりました部長」


 その反応に間髪入れずに僕が話す。


「でしたら、定時後18時に話しましょう。時間大丈夫ですよね、課長?」


「……わかった。18時になったら声かけてくれや」


「承知しました」


 そして、朝一の課長とのバトルは終わった。

 さて、今日の業務を終わらせて、18時が第二ラウンドだ。







「課長、時間です。お願いします」


 18時になったので課長に声をかける。


「……わかった」


 しぶしぶと言った顔で課長が席を立つ。

 この時間までに課長と部長が何やら話していたけど、どうなるのだろうか。そう思いながら営業室を出て隣にある小さめの会議室に入る。そして対面で席に座った。


「で、話って何なんや?」


 その顔は朝とは違い焦っているわけでもなく落ち着いている。今から話す内容が何かわかっているのだろう。

 僕は単刀直入に言う。


「この会社を辞めたいと思っています」


「やっぱりな。そう言うと思ってたわ」


 ため息を吐きながら課長は僕を睨む。


「でもなお前、今辞めてどうするんや? 今の状態で他の会社に行っても何も成せへんぞ? こんな中途半端な状態でなんもできひんで。そんな能力お前にはない。失敗するだけや。そんなお前みたいな奴、他の会社も取ってくれへん。お前が居れるのはこの会社だけや。やし、辞めへん方がええで」


 おいおい、ボロクソだな。聞く必要のない内容だ。

 だがここは腹を立てる必要もない。まずは穏便に済ませよう。


「そうかもしれませんが、もう辞める決断はしました。私はこの会社を辞める気でいます」


 そして左胸ポケットから退職願を取り出して、机の上に置いた。

 それを見た課長が眉間に皺を寄せた。


「お前、まじで言ってるんか。そんなん持ってきたらシャレにならんで! アホ言ってんなボケが!」


 その叫びで課長のつばが飛び、僕は顔をしかめる。


 ……ここまで言われるとは思ってなかった。でも我慢だ。まだ冷静に対処できる。


「冗談ではないです。本気で言ってます。だから退職願を持ってきてるんで」


「おまっ……こんなん準備してきてるって相当な事やぞ! これを持ってくるってどういう事が本気でわかってるんか!?」


「わかっているから、持ってきたんです」


 しっかりと課長を見てそう言うと課長の顔色が変わった。


「ま、待て。まじか……本気なんか。ちょっと考え直さへんか?」


 そして180度言葉を変えた。

 たぶんあれだけプレッシャーを与えたら意見が変わると思ったのだろう。しかしそれが変わらなかったから焦って言葉を変えた。


 はははっ。あんなプレッシャー『独眼のウェアハウンド』や『ワイバーン』に比べたら屁でもないね。今の僕をビビらせたかったらギルドマスターを連れてくるんだな。


「最近お前、成果出てきてるやろ? たぶんこのままいけば本部長賞も貰える可能性があるんや、っていうか確定してるんや。せやし、そんな状況で辞めるなんて言わへんよな?」


「……え? 本部長賞って初めて聞いたんですけど? どうして話してくれなかったんですか?」


「……いや、お前は怒られて伸びるタイプやろ。褒めたら伸びひんから、そういうのは黙ってたんや」


 怒られて伸びるタイプは滅多にいない。自分は褒められて伸びるタイプだ。現にダンジョンでは怒られた事がないし、褒められてるから50階層突破までしたと思ってる。

 なんでこいつは反対の事を思ってるんだか。


「僕怒られて伸びるタイプじゃないんで。でも、やっぱりそんな重要なことを隠されたってわかると余計です。辞める気は変わりません」


「いやいや、まてまて。考え直せ。本部長賞貰えるやつが、受賞の前に辞めるなんてありえへんやろ。今お前は注目されてるんや。それに、お前はコンスタントに営業取ってるから、今はこの支店の柱になりつつあるんや。せやから、そんな状況で辞められたら困るんや」


「この支店の柱ですか? そんなこと今まで言われたことないですよ。それに、コンスタントに営業は取ってるのは確かです。でも、課長は一度もそれについて何か言いました? 今それを言われても何も感じません」


 そして、深呼吸をしてもう一度言う。


「なので、僕はこの会社を辞めます。辞めさせてください」


 頭を下げた。すると課長が黙る。腕を組み足を組み悩むように眉間に皺を寄せた。


 静寂が訪れる。


 言う事は言った。これで無理なら部長に直接言うしかない。さて、課長はどう判断するか……。




 そして1分後、課長が口を開いた。


「わかった。認めたる……」


「本当ですか! でしたら……」


「でも条件がある」


 ……はぁ? 何言ってんだこいつ? 辞める事に条件?


 たぶん顔に出てたのだろう。課長が笑う。


「当たり前やろ。今までお前を育てて来たんや。お前にかかった金はかなり高いで。それを返してもらわへんとお前を辞めさせられへんわ」


 なんじゃそりゃ。そんな理屈聞いた事もない。これ、労基に話持って行ったらやばい事になるぞ?


「そやなぁ、この会社を辞めたかったらこの前と同じ、1000万の顧客連れてきぃ。それができたら辞めさせたるわ」


 こいつまじで言ってるのか? 労働法違反になるんじゃないか?


「どや? お前には無理やろ?」


 無理難題を突き付けられたと思ている課長はニヤニヤしながら僕の反応を見ている。


 うざいし、上司として最悪だ。



 ……でもまあいい。乗ってやろう。



 そして僕は笑った。それを見て課長が目を細める。


「……なに笑ってんねん」


「わかりました」


 その言葉に課長の口が開く。


「は?」


「わかりました。いいですよ」


「お前何言って……」


「いいですよ。その条件飲みます」


 その言葉に課長が椅子が倒れる勢いで立ち上がった。


「飲みますって、何言ってんねん!? 1000万やぞ! お前、この前初めて1000万とったばかりやろ! そんなんお前ができるわけないやろ!」


「できますよ? と言うか、やりますよ?」


「お前、本気で言ってるんか……」


「本気です」


 僕の目を見て課長がたじろぐ。


「……そ、そうか。じゃあ、取って来いよ。そしたら辞めさせたるからな。お前が言ったんやからな! できひんかったら辞めさせへんし、わかってるよな?」


「はい。わかってます」


 そう言っても、この口約束は何も法的に効力を発揮しないだろうし、僕にとってはできてもできなくても辞める事は変わりない。

 しかし、こうやって啖呵を切ったからにはやり切るのが、僕のプライドだ。まあ、辞める会社のために動くのもおかしな話だが、やってやろうじゃないか。


「じゃあ、これはまだ受け取れへん。お前が持っとけ」


 そう言って机の上に出していた退職願を突き返された。


「よし、これで話は終わりやな」


 そう言って課長が倒した椅子を戻し、会議室から出て行った。それを見て僕は席を立ち、課長に続いて会議室から出た。

 課長が先に営業室に戻るのを見て、僕は右ポケットに手を入れる。そしてボイスレコーダーの停止ボタンを押した。


「これで、録音もできたし、武器は揃った。パワハラ現場も抑えられてるし、どう転んでも勝てる。あとは、自分が気持ちよくこの会社を辞めるために行動するだけだな」


 これで、第二ラウンドは終わりだ。

 あとはきっちり1000万円案件を取ってきて、気持ちよく辞めてやろうじゃないか。






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