55話-1「半分を超えて」
『50階層、ボス「ワイバーン」を討伐しました。これにより50階層クリア条件を満たしました。』
久しぶりのアナウンスが聞こえて心臓が跳ねる。
レベルアップの時はあるが、ボスを攻略して聞こえたのはプレステージの時以来だ。
「50階層突破したからやろな」
目の前に来ていた兼次さんが僕に手を差し伸べながらそう言った。僕はその手を取って起き上がる。
「今までボス倒してもアナウンスはならへんかったからな。俺らも久しぶりに聞いたわ」
「やっぱそうなんですね」
自分だけが久しぶりに聞いたわけではないと胸を撫で下ろす。
そう考えると、50階層が特別なんだと感じる。
しかしそんな僕の考えも尻目に、兼次さんが大きな声を出した。
「それよりも、みんなお疲れ様や! やっとワイバーンを倒せたで!」
右手を突き上げて叫ぶ。
その声につられて、離れていたメンバーも兼次さんの元に集まってきた。
「そうだよ。やったな、兼次さん!」
「やっと、やっと倒せたわね」
「せやな! やっとや!」
「ま、俺の一撃が決め手だからな。それでも、やっとか」
「そうだよアキくん。アキくんも凄かったけど、やっと突破だよ」
元々の5人のメンバーが勝利を喜んでいる。
「半年以上かかったけどな。でも、これで一歩先に進める!」
「ああ。半年もか経ったか」
「長かったって言えば長かったわね」
「先に行ってる奴はいるからな。やっと実になったって感じか」
「でも、50階層突破できたのはほんとに凄い事だよ」
何度か挑戦したが全てダメだったこの5人からすれば本当に壁の様な相手だったのだろう。集まった5人で盛り上がっている。
「まあ、みんなは思入れあるんだろうね」
「河合さん……おつかれ。そうだろな。僕達より喜んでるし。あ、それと、魔法完璧なタイミングだったよ」
いつの間にか隣に来ていた河合さんが笑う。
「そうでしょ? でも、奥山君が突っ込んで行ったから私も続けたんだよ。ワイバーンが黒くなった時は私も逃げる方がいいって思ったもん。流石だね」
「そうかな。あれは、あのタイミングがチャンスだと思ったからな。実際そうだったし。でも河合さんの魔法が続くって思ってたのは確かだよ。あれがあったから攻撃を繋げられたし」
「ありがとう。何と言うか、奥山君が動くと勝てるって思えるんだよね。まあ、ずっと奥山君が勝ってるところ見てるからかな。確信できたよ」
「……そう言ってもらえると、嬉しいよ」
「ふふふ」
兼次さん達が話している輪に入らず、僕は河合さんと二人で話す。
あのタイミングで動いたのは河合さんの魔法があると信じていたからだ。それが無ければ攻撃は続かず、兼次さん達が動いても間に合わず、今もまだ倒せてなかった可能性もある。
魔法という大きいダメージソースが僕以外にあったから自由に動くことができた。1ヵ月以上一緒に攻略しているから、自分の行動を理解してくれていて動きやすかった。
河合さんが居たのは僕が行動できた理由でもある。
そんなことを話していると、一旦話が終わったのか、兼次さん達がこっちを向いた。
「それで、俺が思う今回の功労者はやっぱり俊やと思う。みんなも思わへんか?」
「そうね。私も思うわ」
「俺もだな。あのタイミングで俊が動いてなかったら、俺ら終わってた可能性あると思うからな」
僕の近くに来た兼次さんが僕の肩を叩きながらそう言うと、大樹さんと小百合さんが同意する。そして、彰さんと美優さんも頷いた。
「最後は俺の一撃だったけど、そこまで道を開いたのは奥山だったからな。あの一撃を放てたのは奥山のおかげだ。感謝してる」
「私は……最後は全く力になれてなかったけど、その穴埋めを奥山くんがしてたんだよね。それに私ではあんな行動できなかったし、凄いと思うよ」
素直に褒めてくれることに少し恥ずかしくなる。
「いや……みなさんがしっかり動いてくれてたので、僕はその助けをしたみたいな感じですし……」
そう言いかけると、河合さんが僕の肩をコツンと叩いた。
「奥山君、ここは素直に受け入れていいところだよ」
そう言われて、頷いた。
「はい! 皆さん、ありがとうございます!」
その言葉で再度みんなが盛り上がる。
疲れている事も忘れるようにその場であの戦いがどうだったのか、何が良かったのか、反省ではなく勝利の良かった点を述べていく。
みんな頑張ったんだ。嬉しい気持ちが溢れているんだろう。僕だってそうだ。戦闘中に感じた事は全て良かったことに塗り替わっていた。
「って、ここで駄弁ってても仕方ないやろ。反省会もしたいところやけど、はっきり言ってお疲れやろ? さくっとドロップアイテム拾って、宝箱確認して戻ろか!」
「そうだな。興奮してて忘れてたけど、かなり疲労が溜まってる」
「みんなそうよね。どうする? 帰るだけだけどバフかけようかしら?」
「いらないいらない。帰るだけだし、さっさとしよ」
「だな。さっさと行動するか。そういや、50階層突破って報酬まあまあ良かったよな」
「そうや! 高かったはずやで! 楽しみやな! よし、さっさと戻ろか!」
「はーい」
そして、みんな揃ってドロップアイテムを拾う。
ドロップアイテムは『ワイバーンの牙と爪』そして、『翼の皮』だった。それもそれぞれ4つずつで、今までのドロップアイテムより多く落ちていた。そして、小百合さん曰く、これらはかなり高値で売れるらしい。
そりゃ50階層のボスの素材だ、高く売れてくれないと困る。しかし、ここまでの素材となると、売るか装備に使うか悩むところだ。これはパーティメンバー全員で話し合いになる。
そして、宝箱の中身は、金貨40枚と大剣と短剣、そして、盾が2つだった。前衛達の武器で、僕達の武器ではなかったことが残念だったが、宝箱はランダムなので仕方ない事だ。金貨があるだけ十分だろう。
そして、全てのアイテムを拾ったあと、僕達は50階層の出口に向かった。
安全な道なので、みんなワイワイと歩く。宝箱とドロップアイテムが良かったことも相まって疲れているのに足取りが軽い。
そんな中、後ろの方で桐島君が彰さんに声をかけていた。
「彰さん、すみません。俺、最後全く動けてなくて……」
「佑……まあ、あれは仕方ないだろ。それにそこまではしっかりサポートしてくれてたからな。十分な働きをしてくれたと俺は思ってるぞ」
優しい言葉をかけている彰さんに対し、桐島君はそれでも暗い声色をしていた。それを気にしたのかその中に兼次さんも混ざる。
それを見て僕は聞き耳を伏せた。
桐島君の面倒を見るのはリーダー達の仕事だ。そこに僕が入っても良い事なんてない。
僕は少し速足で、河合さんに続いて50階層の帰還ゲートをくぐった。
◇
「……階層攻略報酬って、パーティにじゃなくて一人一人に貰えるんですよね?」
「はい。そうですよ」
ギルドに戻ってからシルクさんの言葉を聞いて大樹さんと目を合わせる。
「って、事は?」
「一人当たり、凄いですよ!」
「はい。一人金貨20枚ですね!」
「「おおっ!」」
その金額に全員が驚く。
40階層攻略時点の報酬が1人当たり金貨10枚だったのでこの数字も妥当だと思うが、一気に20万という数字は嬉しい臨時収入だ。
「みなさん、ギルドカードお願いしますね。確認しますから」
シルクさんがとても笑顔で説明してくれる。
それもそのはず。ギルドに帰ってきてからシルクさんに50階層攻略の報告をしたら、ギルド内に響くほどの声で喜んでくれた。その声に周りの冒険者達が集まってくるほどだ。僕達はそれを解散させながらシルクさんに報告をしていた。
「それと、ワイバーンのドロップアイテムの3種類ですが、それぞれ金貨5枚ずつですね。数が4つずつあるので、金貨60枚になりますがどうしますか?」
その金額に全員が黙り、顔を見合わせる。
今までのモンスターのドロップアイテムよりも断然高い金額であり、個数も多い。それを売れば8人で割ってもダンジョン内での半月分の金額だ。一度の攻略の戦利品としてはかなり多い。
しかし、さっきも言っていた様に、ワイバーンのドロップアイテムは武器にも防具にも優秀な素材だ。
「そやな。一旦それは置いとこか。武器にもって考えたいしな」
「だな。別に攻略報酬で懐は潤ったから、無理に売らなくてもいいからな」
兼次さんと大樹さんの言葉に全員が賛成する。そして、一旦ドロップアイテムはギルドに預ける事にした。
シルクさんにギルドカードとアイテムを渡し手続きを終える。
そして、自分のギルドカードを確認すると今のギルドマネーが100万近くあった。
それを見てニヤニヤしてしまう。
「奥山君、どうしたの? ニヤニヤしてるけど?」
その様子を河合さんに面白そうに指摘された。
「いや、お金が溜まったからさー。もう会社辞めれるなって思って」
「あー、そうだったね。奥山君50階層攻略出来たら会社辞めるって言ってたもんね。思ったより早かったね」
「うん。思ったより早かった」
内心50階層を今回で攻略できるとは思っていなかった。
兼次さん達5人だけで数回挑んでも全て失敗に終わっていたので、ただ8人になった事で簡単に攻略できるとは思っていなかった。しかし、結果は初回攻略だ。自分で決めた通り、会社を辞めれる条件が整った。
「そっか、俊は会社辞めるんやな。やっとダンジョンだけで食っていくことになるんかー」
その話に兼次さん達も混じってきた。
「そうですね。一応50階層突破した後が僕の予定でしたし、今回の報酬で十分な額持ってますし、50階層まででも十分稼げることがわかったんで決心がつきました。あの会社では学べることは学べましたし、ずっと居続ける事はありませんし。未練はないですね。今はもうダンジョンだけで良いって思いましたから」
「せやったら、これで俺らの仲間やな! ダンジョン廃人や!」
笑いながら冗談で兼次さんがそう言った。
「おいおい、兼次さん。ダンジョン廃人って、言い方言い方」
「そうよ、私達もダンジョン廃人みたいじゃない」
「いや、俺ら廃人やろ。会社のために働き続けている奴は社畜って言うなら、ダンジョンに居続ける奴は廃人って言うしかないやろ?」
「ま、兼次さんの冗談は置いといて、奥山もやっとこっち側の人間だな」
「ダンジョンだけのこと考えて生きていけるのも悪くないよ。楽しみだね奥山くん」
大樹さん達はみんな僕が会社を辞めるのを進めてくる。まあ、実際にダンジョンでの稼ぎだけで生活している人達からすればさっさと辞めたらいいのにと思うだろう。
まあ、僕も稼げるならそれがいいと思っている側だから。
すると河合さんが少し寂しそうに言う。
「だったら、これからは会社で奥山君とは会えないのかー。あと、このパーティで外の仕事してるの私だけになっちゃうね」
「まあ、会社ではそうだけど、ダンジョンでは会うし、何も変わらないよ。それに河合さんも魔導士的に余裕がでる金額を稼げる目途が立てば辞めるでしょ?」
「うーん。まあ、こっちも色々あるからね。まだ悩んでるけどね」
「ま、真由はおいおい考えたらいいやろ。人には事情があるからな。ゆっくりでいい。せやから、その話は今度にして、今日の報酬で飲みに行くぞ! 50階層突破の打ち上げや!」
兼次さんの言葉でみんなが盛り上がる。
この時間ならいつも通りにラポールになるだろう。たぶんみんなはいつも以上に飲み潰れる。もしかしたら兼次さんも潰れるかもしれないな。それは見ものだ。
そう僕が盛り上がっているメンバーを見ていると、横からシルクさんに声をかけられた。
「シュンさん。おめでとうございます。念願が叶いましたね」
「あ、はい。ありがとうございます」
「私にはその外での会社がどんななのか分かりませんけど、この2か月間シュンさんがダンジョンに来てからずっと話していた事ですから。それが叶うって言うのは私も嬉しい事です。良かったですね!」
シルクさんが嬉しそうに笑顔でそう言ってくれた。その顔を見て僕も嬉しくなる。
「はい! 良かったです!」
とにかく明日、課長に退職の話をしに行くとしますか!