13話「ゴブリンは怖いと思う」
「……す、すごいな」
1階層に到着し一歩踏み込んだ瞬間、僕の目の前に草原の世界が広がった。今までと全く違う世界が。
「こんなに、チュートリアルダンジョンとは違う。本当に、あのダンジョンか? 全く違う世界が広がっているぞ」
チュートリアルの殺風景な洞窟のような階層ではない。遠くを見ても、先が見えない草原だ。
口からでる言葉はすごいだけ。その景色は感動を与えてくれている。
「まじかぁ。凄いしか出てこないわ。ダンジョン入ってから語彙力が低下する事ばっかりやわ。
でも、ゼロ階層を見た時も思ったけど、こんな景色がこのダンジョンにあるなんてどういう理屈なんだろうな。全部魔法のせいにすれば解決するけど魔法ってすげーな、質量なんて関係ないやん」
驚きすぎて言葉がおかしくなる。
しかし、外から見たダンジョンの外周は確か600メートルぐらいだった筈だ。その中にこんな広い空間が広がっているのは訳がわからん。
どういう理屈だ。魔法か。魔法だわ。
「まあ、感動もこれぐらいにして、ここはもう1階層なんだから気を引き締めよう」
少し自分を律する。死ねば終わりの世界なのは変わらないから。
「さて、この階層のメインのモンスターは何だろう?」
入り口から一歩踏み出し、1階層を探索し始める。とにかくどこまでも草原だ。周りには隠れられるようなところはない。少し岩陰があるぐらいで他は何もない。その岩陰も小さすぎて隠れることは出来ないだろう。
とにかく真っ直ぐ歩く事にする。
しかし、本当に綺麗な景色だな。草原をなびいている風が気持ちいい。太陽もないのに明るいのがどう言う理屈なのかわからないが、綺麗な景色なのには変わりない。暖かいし、このままピクニック出来る気分だ。しないけど。
けどまあ、もうそろそろモンスターが出てくれても良いんだけどな。出てこないな……
とにかく歩くしかないか。
歩いた。そのまま20分ほど歩いたところ、少し気づくことがあった。
「少しずつだけど、坂道になっていたのか」
緩やかな上り坂が先を見えなくしていた。視覚というのはすごい、地平線が見えると永遠に続くと錯覚させてしまうのだから。
このまま歩き続けるのかと思ったところ、ふと後ろを見ると坂道だった。しかしまあ、坂道だとわかったのも、登りきったからだが。って、ん? 何かいるか? あれって……
「ぎゃうぁ」
「ごぅぁぁ?」
「いたいた。やっとだな。いち、に、さん、し、ご。五体か」
上から見下ろす感じだが、目の前には5体のゴブリンがうろついていた。
「で、ゴブリンの後ろにあるのは、あれ階段の入り口だな。つまりあのゴブリンどもを倒せば2階層に行けるわけね。五体なら同時に相手しても余裕だろうし」
ゴブリンを見つけてからゆっくり坂を下りる。そのままゴブリンの様子を伺う。こっちには気づいてないな。
いやちょっと待て。こんなに慎重にならなくてもいいんじゃないか。前はこれ以上のゴブリンを相手にしたんだし、別に様子を伺わなくても大丈夫だろう。
「ゆっくりするのも時間の無駄だな。様子見でびびってたら仕方ないし、一気に行くか!」
ゴブリンはまだ気づいてない様子だ。ゆっくり近づいても見つかるのは時間の問題だと、そう思い走り出す。
「がぁ?」
もちろん走り出すとゴブリン達は気がついたみたいだ。一斉にこっちを向く。
「うっ、え? ちょっと待て、怖い?」
こっちを向いたゴブリンに少しびびる。走るスピードが遅くなる。
見た目は前のゴブリンと変わっていないし、戦闘力の差もあるだろう。しかし、近づくにつれて、息が上がり始める。
足が止まる。
「はあ、はあ、はあ、なんで……」
動悸が激しい。心臓の音が大きい。前とは違う。ゴブリンに恐怖を感じているのか? まだ攻撃が届く距離じゃないのに。
「ぐぎゃぁ?」
「がぁぁぁ」
「ごうぁぁぁ」
「うっ……」
なんで? なんで? びびってる? いや、体は動く。でも、一歩踏み出せない。
やばい、やばい、やばい。
「落ち着け、落ち着け、おちつけ。深呼吸、深呼吸だ」
まだゴブリンはこっちの様子を伺っているだけだ。とにかく、深呼吸する。大きく吸って大きく吐く……少し落ち着いたか。
しかしこの状態ではダメだ。少しずつ後ろに下がる。
「おかしい。ゴブリンごときにびびりすぎてる。全く違う、前とは違う感じ、だ……」
頭では勝てるとわかっていても、心がびびってる。トラウマみたいに。いや、これが普通なのか?
ゴブリンはその場からあまり動いていない。近づいた敵を攻撃するようになっているのだろうか?
ああ、思考は大丈夫だな。でも、前みたいに調子が出ない。なんでだ。
「いや、あの時がおかしかったのか……」
そりゃ、見た目が怖い生物に出会うと足はすくむだろう。頭でわかっていても心がついていかない時がある。バンジージャンプで飛べる気でいても、いざとなれば飛べないこともある。大丈夫だと思っていても足がすくむ経験。
別に僕はそこまで強くない、びびって当たり前だ。あの時が異常だったんだ。
「でも、なんで。どうしてチュートリアルはいけた?」
ゴブリンから距離を開けながら、頭だけが回転する。
「……あ、あの時か」
思い出すのはチュートリアルダンジョンに入るゲートをくぐる瞬間の違和感だ。ふと思って後ろを向いた時、シルクの手が光っていた。あの時に何かしたのだろう。バフ、デバフ、状態魔法か。
「あれか。でも、それがわかっても、チュートリアルが上手いこといったのだから良いことだったんだろうな」
しかし、今回シルクは何もしていなかった。今はそれなしで、どうするか。
何をしにダンジョンに潜ったか、思い出す。
「っ、ふぅ。少し落ち着いてきたし、気合を入れるか」
どっちにしてもやるしかない。幸いゴブリン相手には無双していた。この前の記憶は鮮明だ。あの経験は一歩踏み出す勇気になる。いくしかない。
腰から剣を抜き、正面にしっかり構える。
足は動く。走れる!
「ああああぁぁぁぁぁぁ!」
気合を入れるため、叫びながら走り出す。近づくのが怖い。反撃をされるのが怖い。それを踏み越えて、ゴブリンに剣を振りかぶる。
スピード、力、全てのステータスがチュートリアルの時より上がっている。普通に戦って負けるわけはない。あとは勇気だけ。
「はあああぁぁぁ!」
「ぎゃぁ?」
ゴブリンは対応できていない。そのまま剣を振り下ろす。鋼の剣だ、切れ味は良い。そのままゴブリンを両断する。
「はあ、はあ、はあ、できた……」
ゴブリンは光の粒となって消えていく。
再度思う。幸いなのは、モンスターを殺しても後味が悪くない消え方をしてくれる。残酷だが一歩踏み出せた。
まだ心臓の音が激しく聞こえる。しかし、ゴブリンを倒せた、あとは慣れるしかない。
「次いくぞ」
残りのゴブリンに向き直る。ゴブリン達は仲間が殺されたからか、怒っている。全員戦闘態勢だ。
「そりゃそうだな、怒るよな……作戦もクソもない。そのままいくだけ」
ゴブリンの内情なんて知った事ない。考えるだけ無駄だろう。
「……すぅぅぅ」
大きく息を吸う。
「おおぉぉぉぁぁぁぁぁ!」
もう一度叫び走り出す。先手必勝、一体に狙いを定めて攻撃をする。とりあえず振り切ればこの剣なら倒せる。
「はあぁぁぁぁぁ!」
横薙ぎに振り切る。前まで考えていた斬り方なんて関係ない。とにかく振り切るだけ。
「ぐぎゃぁぁ」
見事に命中し、ゴブリンを切り飛ばす。
「一体目。このまま……っ! はあぁぁぁぁぁ!」
すぐ隣にいる襲いかかってきそうなゴブリンに目をやる。すぐ目の前だ。棍棒を振りかぶり攻撃しようとしている。しかし、そのまま剣を突き出す。ゴブリンの攻撃が当たる事なく、突き出した剣が胴体に直撃する。当たりどころが悪かったのか、すぐにゴブリンは光の粒になり始める。
「はあ、はあ、はあ、大丈夫だ」
ゴブリンから剣を引き抜き構える。大きく深呼吸をする。
恐怖心はまだ残っているが震えは無くなった。これなら大丈夫だ、戦える。
ゴブリンは仲間が二体倒されたのだ、より怒っているのか、こっちに向かい駆け出してくる。
今の僕は後手に回れば負けるだろう。そう思い先手を取りに走る。一体一体丁寧に攻撃する。全て一撃で仕留めるつもりで剣を振る。
三体目、横薙ぎ。少しずつだが感覚が戻ってくる。四体目、振り下ろし。剣の振り方を思い出し始める。五体目、横薙ぎ。最後の攻撃ではゴブリンの体を斬り裂く事に成功する。そして全てのゴブリンが光の粒となり消えていく。
そこまで激しく動いたわけではない筈だが、思った以上の体力の消耗に息を荒げながらその場に立ち尽くす。
「……っはぁ、はあ。っ、倒せた……」
剣を地面に突き刺し座り込む。
あのチュートリアルを攻略したのに今はこのザマだ。再びあの時がおかしかった事に気づく。でも、今思うことは倒せた、良かったってことだけだ。チュートリアルの時、あそこまで戦えていたことが凄いことだった。
しかし、このザマでも達成感は少しある。あの状態で五体のゴブリンを倒したことは頑張れただろう。でも、前にも倒したことがある自分よりもレベルが低い相手を倒した事にはそこまで満足感はなかった。
「はあ、モンスターを倒すことも中々大変なことなんだな、再確認できたよ」
ここでゴブリンと相対して倒せたことはまた一歩前に進めたことなのかもしれない。
とにかくこれで1階層は攻略できたということか。この後もこのまま戦いに慣れたいから先に進もうと思う。
「かなり疲れた。死ぬほどは動いてないけど、疲れた。ちょっと休憩したい」
周りからゴブリンが来る気配はない。この状態で休もうと思う。
「ポーション類はここで飲むと勿体無いしな、自然回復を待って、と言ってもダメージは受けてないし。精神的な問題だな」
その場で大の字になって寝転びたいが抵抗がある。別に周りは血塗れというわけでもない。ゴブリンが消える際に一緒に消えている。だが、剣には血糊がついてる。理屈がわからない。
「血糊ねー、あ、そうだ」
剣を見てふと思い出す。このままだと鞘に戻しにくい。そういう時のために教えてもらった魔法があった。
「剣を持ってっと。拭き取るようなイメージで」
座りながら剣を引き抜き横に持つ。魔法はイメージが大切だった。イメージすると共に詠唱する。
「……『ウォッシュ』。おお、本当に綺麗になった」
魔法の効果により剣は見事に綺麗になった。充分満足する出来だ。
気持ちも切り替わり少し休憩もできた。ここでゼロ階層に戻ってもいいが、鉄は熱いうちに打てと言うし、もっとモンスターに慣れさせる事にする。
「よしっと。行くか」
腰を上げて剣を鞘に戻す。そのままゴブリン達のドロップアイテムを拾い2階層行きの階段に向かう。
「この通路大型モンスターなら通れないよな、人が通るぐらいの普通の大きさだし。人が作った?」
いや、別に今その疑問はいらないか。
「置いといて。で、この前でどうしてゴブリンは集まってたのだろうか。何か理由があるんだろうが。しかも、この広さのエリアに五体しかいなかったし」
疑問は多い。そんな事を考えながら通路を進む。少し進んだ所に下りの階段が見える。その横には、
「なるほどね。ここにあったか」
今までに何回か見たことがあるからすぐにわかった。地面から青い光を放つ、転移ゲートを見つける。
「ここで、進むか戻るかを選択できる感じね。まあ、それが一番わかりやすいしな」
そんなダンジョンの創りに納得しながら、階段の方に向かう。ゲートを見て少し戻ろうかと思ったが、今は2階層に進もうと再度思う。
最初のうちは一階層ごとに帰還ゲートかある筈。そうシルクが言っていたから、それを信じると2階層攻略後にもあるだろう。
そのまま階段を降りて行く。
さて、次の階層はどんな景色なのかな? それは少しワクワクする。次に出てくるモンスターも気になるが、1階層はゴブリンが五体だけであの広さの草原の意味が余計気になる。2階層も何かあるのだろう。
なだらかな螺旋状の階段を降りて行く。階段は短い。学校の2階から下りる階段の長さくらいしかない。一瞬だ。ダンジョンの大きさを見ると可笑しさしかない。まあ、ダンジョンだからと割り切るが。
そんな事を考えながら階段をすぐに下り終わる。そして2階層の景色が目の前に広がる。
「っ、おお。次も草原? と言っていい感じだな」
目の前に広がるのは1階層の草原に木や高めの草、岩などが生えている景色だった。
「ここまでなら草原ではないか、住みやすそうな自然って感じだな。別にこれはこれで綺麗な景色だ。と言うことは10階層まで草原をモチーフとしたフィールドな感じかな」
中々いい自然だなと思う。ダンジョンの中で美味しい空気が吸えることにも驚いているけど。
しかし、今回は隠れるところがいっぱいある。自然豊かで、水があるかわからないが生きていくことも出来そうだ。
ということはモンスターは隠れている可能性がある。1階層と違って障害物で先が見えないというのが少し不安だ。慎重に動こうと思う。
「いきなりエンカウントしてびびったら終わりだからな。さっきみたいに上手いこといかないかもしれないし」
別にゴブリンにはダメージを受けてから攻撃しても倒せるとは思う。さっきのあの状態でも倒せたのだから大丈夫だろう。でもまあ、攻撃は食らわないことに越したことはない。痛いからな。
「っと、そんな感じで、ゆっくり、と、?」
と、そんな事を思っていたところ、岩陰に何か動くものを見つける。その場で一旦止まり、剣を抜く。
ゆっくりと出てきたのはやはりゴブリンだ。こっちを見定めている。
僕が止まった事で岩陰から出ざるを得なかったのだろうか。唸り声をあげながら近づいてくる。こっちも距離を開けながら、様子を見る。この距離なら先手を打てる。一体だけか?
ゴブリンはそのまま唸りながら近づいてくる。他にいる様子はない、一体だけだ。
「すうぅぅ……ふうぅぅ……よし」
剣を構えながら深呼吸をする。
とにかく先手。ゴブリン相手には先手を取って一撃で倒す方がいい。
「ごうぁぁ!」
僕が動くと思ったのかゴブリンが駆け出した。それに続き僕も動く。出だしは遅くなったが、攻撃するのが先手なら関係ない。
横薙ぎの構えにする。
ゴブリンが反応し手を出そうとするが、そのスピードでは遅い。
「……っ、はあ!」
そのままスピードも力も緩めず剣を振り抜きゴブリンを斬り飛ばす。
「っ! よし、いけた! この感じなら良い。モンスターにも慣れてきてる。びびってない」
ゴブリンが、消えその場に落ちているドロップアイテムを拾いながら思う。
「周りにも、モンスターはいないよな。進むか」
剣を鞘に戻し先に進む。いい感じで進めそうだ。
何かないか周りを見ながら歩く。少し進むと草原というよりかは森に近くなっていた。近いというだけで森ではないが。所々隙間があるし、通りやすそうに道になっている。
謎だ。獣道の大きさじゃないし、人が通れるようになっている。やっぱり人が作っているな、このダンジョン。
しかし、ここまで隠れる場所があると危ない。モンスターが来ても対処できるように気を張っている。1階層とは違いどこからでも襲って来れそうだ。
と、他よりも木と草が多い場所を見つける。何かあると感じ、少し近づいてみる。
「っ? あれって……」
その付近にはゴブリンが二体棍棒を持って立っていた。あの感じは何かを守っているようにも見えるが、少し様子を見る。
「そうだよな。やっぱりそうだよな」
二体のゴブリンの後ろをよく見る。遠目で分かりにくいが、見えるのは複数のゴブリン。その周りに焚き火の後やちょっとした建物らしきものがある。いや、建物には見えないか?でもそこで生活しているような様子が見れる。多分これは、
「これは、ゴブリンの集落、だよな」
目に入る光景にぽそっと呟いた。