54話-1「50階層のボス」
50階層に向かう階段を下りながら兼次さんが話す。
「さっきのミーティングでも言った通り、50階層ボス『ワイバーン』の魔法耐性やけど、最初はどの魔法から試すんや?」
「ランダムで効く属性が変わるんですよね。どうする河合さん?」
「最初は炎で良いんじゃない? 一番慣れてるし、全通り確認するからいいでしょ」
「そうだね。そう言う事で兼次さん。扉入ったら早々、炎魔法を放ちますので」
「わかった。それでもその属性が弱点ってわけやないから、魔法だけにこだわらへんようにな。俊は接近戦も頼むで」
「わかってます」
そして僕達は50階層ボス部屋の前に到着する。
「兼次さん。いつも通り気合頼む」
「おう。やるか」
彰さんに言われて兼次さんが扉の前に立ち僕達の方を向く。
「彰、美優、大樹、小百合、俺らはこのワイバーンに2回負けて逃げとる。でも今回はちゃう。ここまでレベルを上げてきた。それに新しい仲間、真由、佑、俊がおる。この8人でならワイバーンを確実に倒せると俺は確信している。せやから、今日、ワイバーンを倒して俺らはもう一段上に上る」
その言葉に全員が頷く。
そして、これから50階層ボス戦が始まる。
「行くで!」
「「はい!」」
兼次さんが気合を入れるように喝を飛ばし僕達は目の色を変える。
そして、兼次さんが扉を開けた。
僕と河合さんは歩きながら魔法を構築する。
扉が開いたボス部屋は暗い。しかし入った瞬間に扉側から壁沿いに光が灯っていく。奥まで光が灯った時、佇むように中心に陣取っているのは、ここまで話していたモンスター。
灰色の体躯で、鋭い牙に鋭い三本の爪。翼と爪が一体化しており、二本の脚でしっかりとその巨大な体躯を支えている。そして、体長と同じぐらいの長さの太い尻尾。それは49階層に居た『ファルドラ』にも似ているが、こっちの方が圧倒的に強者のオーラを放っていた。
確実にこいつは今までのどのボスモンスターよりも強いとわかる。50階層のボス、兼次さん達が倒せなかったモンスター『ワイバーン』が目の前に佇んでいた。
僕は「……強いな」と言葉を飲み込む。
ここから最大に集中しなければならない。少しの油断が命取りになる。
兼次さんを先頭に扉を通り全員がボス部屋に入った瞬間に後ろの扉が閉まった。
「来るぞ!」
そして、ワイバーンが咆える。
――咆哮。
それは、今までのどのボスモンスターよりも強大な叫び。それだけで強者の威圧と言っていい程に体が硬直する。しかし、それは事前に知らなかったらの話だ。
事前にミーティングしていた事で、現状のワイバーンの攻撃パターンは知っている。だから、この咆哮は耐えられる。それに『独眼のウェアハウンド』に比べたら少し劣る。なら耐えられないわけがない。
「うっ……」
一人だけ……桐島君だけワイバーンの咆哮を受けて震えているが、それは想定内だ。
河合さんとアイコンタクトをする。すでに魔法は放てる状態だ。
「いくよ」
「ああ」
そして、二人でワイバーンに向けて放った。
「「『フレイムバンナート』!」」
爆発する様に燃える炎の魔法がワイバーンに直撃する。扉を通ってから数秒。まず第一の攻撃が決まった。それを皮切りに全員が動き出した。
「作戦通りに行くで! 小百合! 支援魔法頼む!」
「わかったわ! 『ファーストアップ』!」
小百合さんの支援魔法が全員にかかる。これは、桐島君が動けなかった場合を想定していた通りだ。
「小百合、佑を頼む! 佑は動けるようになったら追加の支援頼むで! 行くで、大樹、彰、美優!」
「おう!」
「ああ!」
「うん!」
そして、前衛の4人が走り出す。
「じゃあ、僕達も作戦通りに」
「うん」
ワイバーンを包んでいた炎魔法が解ける。すると、その場にいるワイバーンは何もなかったようにほぼ無傷の状態で僕達を標的として見ていた。
「炎は無効だね。じゃあ、次は風行くよ!」
「ああ」
河合さんの号令をもとに、僕達は風魔法を構築する。
その間にすでに兼次さん達がワイバーンに近づいていた。
「行くで大樹!」
「おう!」
ワイバーンの懐まで入っていた兼次さんと大樹さんが息を合わせる。
二人の盾が光る。
「「シールドバッシュっ!」」
同時に二人の盾がワイバーンの胴体に直撃して一瞬ワイバーンの身体が浮く。
そして続けさまに美優さんが飛び上った。
「いくよっ! ショートスタッブっ!」
スタートダッシュの『加速』による接近で、すでにワイバーンの裏を取っていた美優さんの身軽な短剣捌きがワイバーンの黒い皮膚に傷をつけていくが、その攻撃は浅い。
しかしワイバーンはその攻撃に注意をそがれる。すると、その隙をつくようにワイバーンの視覚から彰さんが剣を振り下ろした。
「こっちもいるぞ! リア・スラッシュ!」
その全力の一撃はワイバーンの身体に傷をつけた。大剣と言うだけあって一撃が重い。
まずは最初の連撃。そして次に来るのは、
「後ろに下がれ!」
「兼次さん、来るぞ!」
ワイバーンが両腕を地面につき、大きな口を開いた。そこから来るのは牙による噛みつきだ。
彰さんと美優さんが兼次さん達の後ろに回り、ワイバーンの攻撃を盾で受け止めた。
金属と金属が合わさったような音がボス部屋に響き渡る。それは二人の盾がしっかりと防いだ音だ。
その攻防を見ていると僕達の魔法の構築が完了する。
そして河合さんが叫んだ。
「みなさん下がって!」
その声で前衛の4人がワイバーンから離れる。
「いくよ!」
「『ウインド・ストーム』」」
河合さんの掛け声に沿って僕も魔法を放った。
嵐の様な暴風がワイバーンを襲う。
「どうだ」
魔法が切れるまで様子を見るが、すぐに魔法が解ける。それは効いていない証拠。
「次っ!」
間髪入れず再度兼次さん達が攻撃を開始する。
すると、前衛4人に新たな支援魔法が降り注いだ。
「『セカンドアップ』です! すみません! 俺も参加します!」
桐島君が回復したようだ。
そして手が空いた小百合さんの矢がワイバーンに飛んでいく。
これで8人全員が攻撃に参加する事になった。
これで通常の作戦に戻れる。小百合さんが牽制する事で、注意をそらし、前衛の負担を減らす。攻撃を防ぐことでダメージが蓄積しているタンク二人を桐島君が回復させる。そうすることで、僕達も魔法の構築を丁寧にでき、威力も上げやすくなる。
ワイバーンに対しては生半可な魔法では、耐性じゃ無い属性でもダメージを与えられない。だから強力な魔法を放つしかない。
そして、次の魔法は水属性。あまり使わないが、僕は河合さんに教えて貰った魔法を放つ。
「いきます!」
「「『レイトレント・カノン』!」」
前衛が離れたタイミングで、巨大な水の塊がワイバーンを襲った。ワイバーンの上から滝の様な水の塊が降り注ぐ。膨大な水の圧力でワイバーンがその場に押さえつけられる。
そして魔法が切れた時、ワイバーンの息が明らかに荒くなっていた。
「効いてる! 奥山君、水だね!」
「ああ! 続けるぞ!」
そして僕達は続けさまに水魔法を構築する。
効く魔法の属性はわかった。ここからは体力勝負だ。
その様子を見て、前衛の4人が一気に攻撃を繰り出す。僕達は次の水魔法の構築を丁寧に仕上げる。さっきと違って今度は魔力を多めに、ダメージを与える一撃を食らわせるために。
このパターンも何度目か。これで一気に決める!
「もう一回!」
「「『レイトレントカノン』!」」
そして放った強大な水の塊。ワイバーンを上から押しつぶすかの様に繰り出された魔法は、ワイバーンを地面に押さえつけた。
これでワイバーンの体力が減り、隙ができれば魔法は河合さんに任せて僕も前衛に参加できる。
このワイバーンには、魔法だけでは決定打に欠ける。水による圧殺や窒息は期待できない。それに兼次さん達の剣での攻撃の方がダメージを与えられている様に見える。なら、剣で僕も参加する方がいい。
そう思ったのだが……。
「……ん?」
何かがおかしい。さっきよりも魔力を込めた魔法なのに、ワイバーンが微動だにしていない様に見えた。そして、ワイバーンが水の中で笑ったような気がした。
効いていない? ……まさかっ!
「皆さん、さが……っ!」
そう叫んだのも束の間、水魔法が弾ける様に解けた。その瞬間にワイバーンの周りが嵐の様な暴風に包まれる。その暴風は水魔法が解けた瞬間に突撃する予定でギリギリまで近づいていた前衛4人を巻き込んだ。
暴風の巻き上げによって彰さんと美優さんが上に飛ばされる。
「きゃあぁぁっ」
「ぐおっ!」
兼次さんと大樹さんは飛ばされないように耐えきったが、暴風が止んだ瞬間ワイバーン狙いを定められた。そして、尻尾による一撃が二人同時に激突する。
「ぐうっ!」
「がっ!」
それを二人は盾で耐えるが、数メートルほど吹き飛ばされる。
それも束の間、空中に飛ばされた二人が地面に落ちた。
美優さんは持ち前の身軽さで着地するが、彰さんが地面に叩きつけられる。
「がはっ……」
冒険者の身体能力の高さ故、大きなダメージを負っていないが、瞬時に立ち上がる事はできない。
それを見た小百合さんが桐島君に指示を出す。
「佑くん、彰に回復魔法を!」
「は、はい!」
桐島君が彰さんに駆け寄って回復魔法をかける。
一回のミスで戦況が変わった。
どうする。兼次さん達が動けないこの一瞬がやばい。
その思ったのも束の間、ワイバーンが見定めるのは僕達後衛。ワイバーンが脚を引いた。
「来るぞ! 河合さん雷魔法!」
「あ、うん」
その声と同時に僕は『瞬動』で一気にワイバーンとの距離を詰める。
ワイバーンが地面を蹴り、その勢いで右腕を僕に向かって振り下ろした。
この一瞬を耐えられれば!
「おぉぉぉぉぉっ! リア・スラッシュ!」
下から振り上げた剣による斬撃がワイバーンの爪に当たり、金属音が鳴り響いた。