53話-4「50階層の一歩手前」
「よし、お前ら進むで!」
「「はい!」」
10分の休憩が終わり、僕達は出口に向かう。
30分ほど進むと、すぐに出口に到着する。
そして、そこには事前に聞いていた通り、出口を塞ぐように1体のモンスターが陣取っていた。
木と岩の陰からそのモンスターを観察する。
「あれが『ファルドラ』や。3人は初めて見るやろうけど、とにかく気を付けなあかんのは、爪、牙、尻尾の3つやな」
兼次さんが言ったその3点は見た目からしても明らかに注意しないといけないとわかる。
見た目はワイバーンにもドラゴンにも見える。ドラゴンの様な顔に鋭い牙。そして飛べないと言っていたけど立派な翼の先に大きなかぎ爪がある。そして、体長と同じぐらいの長い尻尾。見た目は完全なドラゴン系統モンスターだ。尻尾まで含めると全長5メートルは余裕で超えている。
「あの見た目でも飛べないんですか?」
「飛べへんな。たぶんやけど、翼が思っているより細くて、その分尻尾が長いからバランスが取れへんくて飛べへんのやろな」
「なるほど」
「あ、それともう一点あったわ」
「もう一点ですか?」
「あの翼に魔力があって、飛べへん代わりに、敵が一定の距離にいると風魔法が発動するんや」
「それかなり重要なんじゃないですか?」
「まあ、そこまで強い風じゃないからな。小百合の普通の矢が当たらへんだけで、接近戦では少しやりにくいかなって感じやねん」
「……ちょっと判断しにくいですね」
「まあ、それでも作戦はいつも通りや。少し違うのは、相手が強敵やボスの時の作戦をするんやから。俊、お前は自由に動いてええ」
「自由にですか?」
「そや。別に俊が誰かに簡単な指示出してもええし、魔法でも剣でもどっち使ってもええ。その代わり、こっちの隙と相手の隙を埋めてくれ」
それはかなり動きやすそうだ。
「じゃあ、全員聞きや」
そして、兼次さんの指示が飛ぶ。
「出た瞬間に佑は全員にいつもの支援魔法。大樹は尻尾、俺は前面を受ける。小百合は常に一撃で倒すつもりで撃て。彰と美優は何発叩いてもええから、先に翼にダメージを与えろ。真由は意識を散らす様に牽制と、全員が離れた時に魔法の一撃や。俊はさっき言った通り自由に隙を埋めてくれ。じゃあ、行くで!」
「「はい!」」
兼次さんの合図で全員飛び出した。
その瞬間に僕達を見つけるファルドラ。
指示通りに桐島君の攻撃力強化の支援魔法が発動し、兼次さんと大樹さんが別れてそれぞれの場所に向かう。そして、戦闘開始の合図の様に小百合さんの矢がファルドラの体に刺さった。
咆えて牽制するファルドラだが、それもお構いなしに全員が所定の位置に向かう。
その状況を見て僕はどこに向かうべきか考える。
尻尾による攻撃をみんなに当たらないように受ける大樹さん。爪と牙での攻撃を受ける兼次さん。その隙を攻撃する様に身軽な美優さんが飛び跳ね、彰さんが身体に向かって大剣を振り下ろす。
この場で最も次に繋がる隙になる場所は……尻尾か。
そして、僕は大樹さんの元に向かう。
分厚い尻尾を振り回す攻撃は範囲も大きく、威力も高い。それを必死に受けて耐えている大樹さんは凄いが、ここが空けば大樹さんは兼次さんの元に行けて全体が楽になる。
だから、
「大樹さん! 尻尾落とします!」
「……っ! おう!」
走りながら『パワーチャージ』で溜め、近づいた瞬間『瞬動』で尻尾の根元まで飛び上がる。
「……っ!」
少しファルドラの風魔法の影響でバランスを崩してしまう。
これが魔法の影響か。でもこれぐらいなら!
そして、『リア・スラッシュ』を振り落とす。
紫色の軌跡を描きながら振り下ろされた剣はファルドラの尻尾の半ばまで斬り落とした。
しかし一撃では落とせていない。
「ちっ!」
そう舌打ちをしながら地面に降り立ち、その場から離れ大樹さん側に走る。
ファルドラの風とSPの目算が甘かった。でも次の一撃で落とせる。
「俊! 次いけるな!」
大樹さんが僕に向かう尻尾を盾で受けながら叫ぶ。
「いけます!」
そして再度同じことをする。次はさっきよりもSPを多く込めて!
飛び上り、尻尾に向かって剣を振り下ろす。
「リア・スラッシュ!」
そして、尻尾を斬り落とした。
風魔法に関しては考慮したら余裕で耐えられるレベルだ。これぐらいなら他のみんなも余裕で対応できる。
そして、尻尾を落とされた事でその場でもだえるように動き出すファルドラに対して、少し距離を置く。
すると河合さんが合図した。
「皆さん離れて!」
そして、河合さんの魔法が放たれた。
「『ライトニング』!」
分厚い稲妻がファルドラに向かって落ちた。
その一撃はファルドラを焦がしながらダメージを蓄積させる。しかしこれだけでは倒しきれていない。心なしか、魔法のダメージが少ない感じがする。
「……やっぱり、ボス級となれば魔法耐性が施されてそうですね」
「だろうな。特に攻撃が翼に通りにくいからな。これを見てわかったけど、翼が物理と魔法の耐性を持ってるんだろな。彰と美優も前回も難しそうにしてたし」
魔法が終わったすぐに彰さんと美優さんが攻撃を始めている。兼次さんが『挑発』で気を向けているからファルドラはこっちを気にしていない。
「なるほど。だったら、別のアプローチで行きます」
「わかった。気を付けろよ」
「はい!」
そして大樹さんが兼次さんの所に向かう。
「兼次さん! 俺もそっち行きます!」
「おっ! 尻尾落としたんか! 流石やな!」
「俊が、ですけどね」
そう言いながら兼次さんと合流した大樹さんは左右に分かれて対応し始める。
しかし、僕でも尻尾を落とせたんなら、彰さんなら簡単に落とせそうだ。それを踏まえると、翼には特に大きな物理耐性があるんだろう。しかし、それは全身まであるとは考えにくい。
それを踏まえて僕が取る行動は。
「パワーチャージ……」
ファルドラの足元で溜める。目の前にいる兼次さん達に食らいついているから、尻尾を切った僕を警戒していない。だから、こっちの攻撃に気を回せていない。
「リア・スラッシュ!」
紫色の軌跡を描いた剣がファルドラの左足に当たるが、斬り落とせない。
……っ! 硬い! でも、振り切れば!
「はあぁぁぁっ!」
ファルドラの左足が崩れる。
斬り落とすまではいけなかったが、大きなダメージは与えられた。
片膝をつくようにバランスを失ったファルドラは攻撃の手を止め、その場に崩れる。
「ナイスだ! 奥山!」
その隙を見逃さず彰さんが剣を構えて溜める。
「パワーチャージ! いくぜ! 離れろよ!」
剣に溜まる光が強くなる。そこから繰り出されるのは僕もまだ使えない最大のスキル。
その勢いを見て僕は逆側に走る。
そして、彰さんが繰り出した。
「バーストブレイカーぁぁっ!」
その瞬間、弾けるような光と共に斬撃がファルドラの翼を斬り落とし、胴体まで貫通した。
ギルドマスターが見せてくれた『バーストブレイカー』より劣るが、それでも今の僕では出せない威力だ。
その一撃によりファルドラはその場に崩れるが、まだ光の粒にはなっていない。
「あと少しや! 畳みかけるで!」
「「はい!」」
その場にいる全員が一気に攻撃を始める。
片方の翼がなくなった事で物理耐性も弱まり、攻撃が通りやすくなる。それに、倒れているモンスターを相手するだけなら、怖いものは無い。
そして、全員で攻撃すること1分ほどでファルドラは光の粒となって消えた。
「「よっしゃぁ!」」
それを見て大樹さんと彰さんが吠える。
ファルドラが消えた跡を見て兼次さんは剣を収めて歩いて行く。逆側で攻撃していた美優さんも、離れていた小百合さん、河合さん、桐島君も集まってきた。
そしてその場についた早々に河合さんが呟く。
「今回、私はあまり活躍なかったなー」
「いやいや、河合さんが放ったあの『ライトニング』はかなり良かったですよ。十分隙をついてましたし」
「そうそう。私の方がちまちま攻撃してただけだったわよ。真由ちゃんの方が活躍してるわ」
「そう言われたら、俺は支援魔法数回しかしてないですし」
「まあ、今回の功績は前衛の4人と俊くんね」
そこに兼次さんが拾ってきたドロップアイテムを小百合さんに渡しながら話に加わる。
「そやなー。一番いい動きしたんは俊やな。あの尻尾を落としたのはでかいで」
「俺も兼次さんと合流できたからな。ナイスアシストだったぞ」
兼次さんと大樹さんが僕を褒める。すると、残りのドロップアイテムを拾った彰さんと美優さんも話に加わる。
「小百合これ、預かっといてくれ」
「はーい」
ドロップアイテムを小百合さんに渡してから僕の方を見る。
「足への攻撃も最後の隙になったな。奥山があれだけ動いたから俺らは楽できたな」
「そうそう。ファルドラをこのスピードでこれだけ簡単に倒せたのは初めてだよ」
「あ、ありがとうございます」
この二人に褒められたのは素直に嬉しい。今まで一緒に戦っていなかったメンバーだから、どう接するかもまだわかっていない。だから、これで少し距離が縮んだ気がする。
「でも、僕が自由に動けたのは皆さんがしっかり役割を全うしてくれていたからです。とても動きやすかったです」
「そうか。まあ、最後に決めたのは俺の技だからな。でも、よくやった」
「はい」
彰さんに肩を叩かれる。
オーガ戦で少しぎくしゃくしていた空気もこれでなくなっただろう。
すると兼次さんが次の行動を提案した。
「じゃあ、ドロップアイテムも全部拾えたし、出口に入ってから休憩しよか」
「了解です」
そして僕達はその場を後にして、49階層出口に入っていく。
出口に入るとそれぞれ座って休憩し始めた。それを見て僕も一息入れる。
そして思い出す。今さっきのファルドラ戦を。
あの感じ。あれなら、悪くない。
兼次さんの指示が的確にあり、みんながその通りに動く。そして、埋めた方がいい場所を僕が埋めるように動く。この様なボス級との戦闘ならこの戦略になる。これだったら、僕も楽しく動ける。それに加えてしっかり動くみんなの安定感がいい。
雑魚相手なら楽に稼いで、強い相手ならこうやって戦える。
これならどんどん先に進んでいけるだろう。
「どうした俊、嬉しそうやな」
いつの間にかニコニコしていたのか兼次さんが声をかけてきた。
「あ、はい。ファルドラ相手は楽しかったので」
「ファルドラ相手は、か。と言う事は、それまでは楽しくなかったってことなんか?」
「あっ……いや、楽しくなかったわけではないんですけど。何と言うか、かなり楽だなーって思って……」
と、正直に言ってしまった。
もしかすると怒るかもしれないと思って兼次さんを見ると、笑っていた。
「ははははっ! そっか、それを悩んでたんやな! ええ、ええ。その悩みは冒険者らしいな!」
「冒険者らしいですか?」
「そや。冒険者は文字通り冒険する者やからな。やっぱり、攻略は楽しくせえへんとな!」
「はい! やっぱりそうですよね!」
兼次さんも同じことを思っていたんだな。やっぱり攻略は楽しくなければ!
「でもな、楽できるところは楽した方がええで。ここは何て言っても命を懸ける場所やからな。常に気ぃ張ってたらしんどいやろ。抜けるところは抜かんとあかん。せやし、俺はこの8人で攻略するのが一番上手くいくって思ってるんやわ」
「……そうなんですね」
「そうなんや! だから、俊も楽しんでくれや!」
と言って、兼次さんは僕の背中を叩いた。
背中がじんじんとするが、その痛みは少し心地よくも感じた。
「よし! じゃあ、次どうするか話し合おか!」
と、兼次さんが全員を集める。
「昨日の夜、俊が言ってたことやけど、この状態や。みんなはどう考えとる?」
兼次さんは僕を見てから全員を見る。ここでの僕が昨日の夜言っていた事とは「50階層をこのまま進むかどうか」だ。たぶん全員がわかっている。
すると大樹さんが一番に口を開いた。
「それについて一言いうと。俺は、無傷だぞ?」
自信満々にそう言う大樹さんの言葉を皮切りに小百合さんと河合さんも言う。
「私も無傷よ」
「私もです」
その3人が残りのメンバーを見る。
そして、彰さんが笑った。
「おいおい、これは奥山が言ってたようになっちまったな! 50階層行くか?」
「そうだね。私もほとんど怪我なかったし、何しろSPも魔力も余裕があるよ」
「まあ、俺も魔力は残ってます。ポーションも飲みますし、皆さんが行くならそれで」
そして全員が兼次さんを見た。すると兼次さんも上機嫌に笑った。
「そやな! 俊は言った事を達成した。なら、50階層ボス戦、行こか!」
「だよな!」
「「はい!」」
全員が今から50階層ボス戦に賛成した。
僕もあの時に啖呵を切ったから断る理由はない。
「行きましょう!」
「よし! じゃあ、いつも通り休憩がてらミーティングして50階層向かうで! 今の俺らならいけるやろ! 今日で50階層、突破するで!」
「「はい!」」
そして、僕達はこのまま50階層に向かう事が決定した。