53話-1「50階層の一歩手前」
「奥山君が大口の顧客を取ってきました! 皆さん拍手!」
平日の朝8時過ぎ、僕は会社の営業室で部長の隣に立ち、パチパチと拍手を貰っていた。
大口顧客を獲得した時は、いつもの朝礼の時間にこうやって発表される。営業職は成果が全てであり、成果を出した人間が称賛される。
「ここ最近は奥山君の成果が増えてきてる。これは努力の結果だと目に見えてわかるでしょう。今までそこまで突出した成績じゃなかった奥山君でも、毎日営業をすれば成果を上げる事ができるようになる。このように、他の皆も頑張れば成果が上がる事を胸に仕事に励んでください」
部長……突出した成績が無いのは確かだけど、はっきりと言わなくていいのではないでしょうか?
まあ、その言葉の通り今まではそこまで大きな成果出てなかったからな。仕方ないっちゃ仕方ない。それにもうこんなことで苛立つ必要もない。
「それでは、今日もしっかり気合入れていきましょう」
そう部長が締めくくり、各自席に戻っていく。それと一緒に僕も自分の席に向かって歩く。
実際に最近の成績は良くなってきている。
やっぱりこれはダンジョン効果なのか、目に見えた成果が目の前に出ると嬉しいものである。なんというか成長してると実感が湧く。
河合さんも谷口も変わったなって言ったのは本当だったのだろう。
ダンジョンは直接関係ない現実の仕事にも影響を出すのか。
「おい、奥山ちょっとええか?」
席に座ろうとすると課長に呼び止められた。またなんか言ってくるのだろう。
「これは俺の手柄やな。今回は部長の手前お前に譲ったったけど、しっかり俺に感謝せえよ」
ほらな。
まあ、ここは無難に。
「はい。ありがとうございます。課長」
「おうおう。じゃあ、今日も気張っていきや」
と、満足したように笑顔で課長は自分の席に戻って行った。
まあ、あんなことをあのおっさんは言っているが、この成果はれっきとした僕の成果である。
自分の足で一から取ったお客様なので、このおっさんの成果では決してない。元々仲良くしてたお客様だし、最後の最後に大口になった客だ。このおっさんは、大口顧客と知って契約書のサイン時に無理やり同行して来ただけで、何もしていない。というか、こいつが同行する前に99%契約は決定していたからな。逆にこのおっさんが来て残りの1%を引くんじゃないかと冷や冷やしたものだ。
そんな思いも内にしまいながら僕は自分の席に座ってパソコンに向かう。
すると、
「奥山、大口獲得おめでとう。やったな」
「奥山君、おめでとう」
谷口と河合さんが祝福に来た。
「ありがとう。でもたまたまだよ、たまたま」
「いやいや。この成果は一兆一旦では無理だろ。しっかりケアしてたからだろな」
「うん。私も頑張ったからだと思うよ」
「そうかなぁ?」
二人が僕の謙遜にかぶせて祝福してくれる。これはちょっと嬉しいな。
「そう言う事だから、この成果はしっかり喜べよ! じゃあ、俺は戻るな」
「私も。私も負けじと頑張るね! じゃっ!」
谷口と河合さんが自分の席に戻っていった。
こうやって同期に単に「おめでとう」って言われるだけでも嬉しいものだな。
「おい、奥山! 喋ってないでさっさと仕事しろ!」
「あ、はい! すみません!」
課長が席から叫んでくる。朝の時間は重要だからこれは僕が悪い。
でも、この感じもあと少しで終わりなんだなと思うと、もう少しだけやり切ってみようと思った。
その日の昼休憩、たまたま時間が合った河合さんと昼食に出かける。谷口は朝に営業に行ったまま帰ってない。
僕達はいつもの大衆食堂に向かいながら話す。
「でも、お客さん大丈夫だったの?」
「ん? 何が?」
「何がって、奥山君会社辞めるつもりでしょ? ここで大口取ったら辞めにくくない? そのお客さん奥山君が辞めたら怒らないの? ってこと」
「あー、それは大丈夫。辞めるって話をして尚且つ契約してくれたから」
「ほんとに!? それって中々凄い事だよ。大体営業って担当になる人を信頼して契約するモノでしょ? そのお客さんなんで契約したんだろ?」
「いや、逆だよ。僕が辞めるからって話したら「だったら新たな門出の景気づけに最後に契約したる。その方が奥山君に拍が付くだろ?」ってさ。すっげーいいお客さんだよ」
「すごっ。そんな人いるんだ。ってことは、奥山君のことかなり気に入ってくれてたんだね」
「だろな。あの人には感謝しかないよ。だから、引継ぎは谷口にだな。あいつなら信頼できるし」
「だよね。……って、隆斗君には辞める事話したの?」
「まだ。今のところ辞める話してるのは河合さんとそのお客さんだけ。一応辞める気満々だけど、まだ50階層突破してないから、突破したらみんなに言うつもり」
「そうなんだ。じゃあ、早くて来週かー」
「早ければそうなるかな。最短なら日曜日に攻略する予定だもんな」
「まっ、50階層突破してからでいっか。両方あと少しだし。頑張ろうね」
「うん。がんばろ」
話しているうちに、そこまで遠くない大衆食堂に到着する。
「河合さん何食べるの?」
「今日はね、かつ丼かな?」
「へー、珍しいね」
「奥山君に負けないように、私も営業取ってくるからね」
「そっか。じゃあ、僕も気合入れるか」
そう言う河合さんの後に僕も同じかつ丼の食券を買った。
◇
そうして土曜日が来る。
場所は47階層の入り口。
今日から兼次パーティの全メンバーで攻略をする。
そして、今日の目的は二つある。
一つは、僕と河合さんの47と48階層の攻略だ。桐島君は48階層まで攻略しているし、他のメンバーは全員49階層まで突破している。だから、今日の攻略は僕と河合さんの攻略を進めるのがメインになる。
そして、もう一つの目的は、パーティの連携だ。たぶんこっちの方がメインの目的だ。
そう思った通り、兼次さんが連携について話し始めた。
「連携について、基本的な動きを言うで。まず、俺と大樹が『挑発』で敵のヘイトを受ける。次にというか同時に、佑の支援魔法で全員を強化させる。そして、俺らが止めている所を小百合、真由、俊で攻撃をしてくれ。でもその攻撃で倒しきらなくてええ。最後に彰と美優で止めを刺す。これが一応の連携や」
まあ、普通の連携だな。
「通常の雑魚ならそれでいいけど、大量に出て来たり、強いモンスターならまた変わってくる。大量に出てくる時は、俊と真由の魔法であらかたのモンスターを蹴散らしてくれ。止めを俺ら他のメンバーで刺す。その場合は魔力を多く使用するから、やる時は俺が指示する。で、強いモンスターの場合は、真由の火力が一番ダメージを与えられるから、俺らはそれのサポートや。それで俊は魔法と剣をその場で切り替えて隙間を埋めるように行動してくれ」
「わかりました」
返事をしたが、何と言うかこじんまりした作戦だ。
まあ、これが僕よりも長くダンジョンに潜っている人の考えだから、まずはそれに従おう。先人の知恵は大切だ。
「残りは実戦で試していくで。じゃあ、進むぞ!」
「「了解!」」
そして、兼次パーティ全員での攻略が始まった。
まず出て来たモンスターはホブゴブリンとハイコボルト。そして飛ぶモンスターはブラッドニュクスに加えて爬虫類が飛んでいる様なモンスター『フライングリザード』だ。ドラゴンにも見えなくもないが、ただトカゲに羽を生やしたような見た目で、大きさも1メートルほどでワイバーンとも違う。火も吹かないし、そこまで強そうに思えないが、爪と牙は鋭いので注意をした。
数十体が一気に来るが、指示通りの連携をすると思っているより簡単に倒すことができた。
やはりと言ったところだが、兼次さんと大樹さんのタンクっぷりが凄い。二人で全モンスターを捌いている事にビビる。桐島君の支援魔法もそれぞれに合った支援魔法を使ってくれるので、僕の場合は魔力を練るのが楽になる。それでただサポート的に魔法を放てばいいだけで、最後の止めは彰さんと美優さんが刺してくれる。
まあ、通常の雑魚敵ならこの連携ですんなりと終わる。
「やっぱり8人居たら楽に進めるな」
「サクサクと倒してくれるから守ってる俺れらも楽やしな」
「だな。魔法で牽制してくれるから一手に引き受けてても気を散らしてくれるからな。楽だ」
「魔法があったらモンスターの隙が大きくなるから止めも刺しやすいからね」
前衛の4人にはこの連携は好評のようだ。
「私からしたら、矢を射るだけで忙しくも無いから少し暇なのよね」
「でも、魔力を抑えて戦えるのでポーションの節約にはなりますよ」
「俺も河合さんの言葉に同意ですね。このスピードでの討伐なら支援魔法も1回だけで済んでますし」
後衛の3人も評価は悪くない。
でも、僕的には……。
「僕も、悪くないですよ。サクサク進みますから」
「そやな。数を集めるとこういうメリットが生まれるからな。まあ、これ以上増えると統制が効かなくなるからこの人数がベストやと俺は思ってるで」
「ですね」
兼次さんの言葉に大樹さん達が同意する。
まあ、そうだろうな。稼ぐ事をメインで考えたら安定したモンスター討伐ができる方がいい。それもこの人数でなら多少モンスターの数が多くても大抵は対応できるだろう。強いモンスターでも十分立ち回りができるはず。
デメリットと言えば一回の攻略での報酬が少なる事ぐらいだ。それも毎日ダンジョンに潜る事を考えると一定の金額が稼げるようになるし、49階層までを攻略していたらそれで食べていけるぐらいには稼げるようになるのだろう。
それには納得した。納得したんだが……。
「じゃあ、サクサク進むでー」
兼次さんに従って47階層を攻略していく。
数時間行動し出口に到着するまでこの連携で難なく攻略する事は出来た。
本当に難など無かった。完全に安定したダンジョン攻略だ。このままいけばすぐに49階層は突破できる。エリアが広いから時間がかかるだけで、そこまで大したことが無いように感じてしまう。
そりゃみんながレベル40を超えている、または40近いなら、こんな結果になってしまうだろう。
これが『ザ・安定したダンジョン攻略』だ。
怪我もない。不安な点もない。エリア探索するだけならこうなるのは納得する。
これがいいのはわかる。安定したダンジョン攻略がいいのはわかる。
しかし、しかしだ。
これは冒険じゃない。
ただの稼ぐための作業の様に思えてしかたなかった。