52話-3「パーティの全メンバー」
片方の顎を斬り落としたことで、巨大ムカデが唸る様にのけ反った。
いける! パワーチャージでの一撃ならこいつの防御力を突破できる。それに、最初の魔法での攻撃で所々傷ついているのはダメージがある証拠。
「河合さん!」
「了解!」
そして河合さんの詠唱が始まる。
その間は僕が時間を稼ぐ。
そう思ったのも束の間、巨大ムカデはその質量で僕を跳ねるように接近する。
「……っ!? ぐっ……」
咄嗟に剣で受けるが、重い衝撃が身体を抜ける。そして、そのまま体が浮かび上がる。
だが、それだけではダメージは少ない。
いや、この勢いのまま壁に叩きつけるつもりか。
「『ファイアーボール』!」
咄嗟に数個の火球をぶつけるが勢いは収まらない。
あと少しで壁にぶつかるが……だったら、試してみるか!
そしてしっかり巨大ムカデの顔面に足の裏を合わせ、僕はある剣スキルを発動させる。
「瞬動!」
その言葉と同時に右足で巨大ムカデの顔面を蹴り抜いた。
「いっ……硬いなこいつ!」
そう悪態を吐きながらも巨大ムカデから自分の体を引きはがす。その攻撃で巨大ムカデは僕を壁に叩きつける動きを止めた。
剣スキル『瞬動』は相手との距離を一気に縮めるスキルだ。そしてその特徴は強大な跳躍による。毎回『瞬動』を使う時は蹴り抜いた地面が割れている。つまりそれは自分の片足または両足に強大な跳躍を生むための力がかかっていると言う事だ。そして、その時の足にはSPによる防御力と攻撃力が備わる。
だから、それを移動に使うだけでなく、蹴りという攻撃に転用する事もできるのではないか。
はっきり言ってまだ僕では『瞬動』を使って蹴り上げる事は出来ないので、相手の顔面で跳躍しただけになるが。
「でも、成功」
跳躍の勢いのまま近くに迫っていた壁に足を付け、勢いを殺してから地面に降り立つ。
思ったよりもダメージは低いようで、外骨格が少しひび割れてるぐらいだ。
だからか、まだ『フェアシュリンガー・ヒューサー』は標的を僕にしている。今すぐに襲いかかろうとでも思っているのか、じっと僕を見ていた。
でもそれは、様子を見すぎだ。
「『ブラストハッシュ』『フレイムバンナート』」
その短詠唱が聞こえた瞬間、風の刃と炎の爆風が巨大ムカデを襲う。
ちょっと待って! これ、僕に近すぎるけど!
そう思いながら、『瞬動』で距離を取る。
「奥山君ごめん! 近すぎた! 大丈夫?」
遠くで河合さんが謝っている。
「大丈夫!」
「あと、ギルマスみたいにまだ魔法は合わせられないみたい!」
やっぱりあれをイメージして放ったのか。でもギルドマスターまではいかなくても、一人でそれも同時に魔法を使っての合体魔法が使えてるのは、やっぱり河合さんにも才能があるって事だよな。
昨日の今日だぞ。
でも、こいつにはやっぱり魔法はダメージとなる。
つまり今回のボスは『クイーンビーモス』のような特殊能力があるわけでもない。装甲が厚く防御力が高い。そしてその体躯から繰り出される攻撃力が高い。
でもそれだけだ、魔法耐性が無ければ、二人で魔法を放てば対処ができる。
僕は巨大ムカデを挟み、河合さんと対面になる様に場所を移動し、魔法を練る。イメージはいつも通り氷。
そして、河合さんの魔法が解ける。
現れた巨大ムカデの姿は炎と風の刃に身体中を切り刻まれてダメージを負っていた。それは、十分に魔法が通った証拠。
なら、いける。
巨大ムカデは自分にダメージを負わせた相手を探す様にわさわさと百もの足を動かし、その標的を見つける。
しかしさっきまで戦っていた僕を見なくていいのだろうか。
次の魔法は僕からだが?
そして、
「『アイスエイジ』」
氷の魔法が炸裂する。
一瞬にして氷漬けとなるモンスター。
今の僕の魔力の半分以上を使用した『アイスエイジ』が『フェアシュリンガー・ヒューサー』を凍らせた。それでも4分の3だけで、残りは凍らせていない。尻尾だけ出ている状態だ。
しかし、体温の低下は虫の動きを極端に鈍らせる。
もう動けないだろう。
「じゃあ、河合さんラスト頼むね」
「了解」
最後は河合さんの最大のダメージソース。
「『壮絶たる爆炎の王よ。我に全てを破壊する一撃を貸し与え給え。』」
詠唱により魔力が膨れ上がる。
その間もフェアシュリンガー・ヒューサーは消えることなく氷の中に閉じ込められている。消えていないと言う事は生きていると言う事。ここで倒さなければ復活する可能性もある。
だから、
「『放て。』」
今よりも僕は巨大ムカデから距離を取った。
そして、吹き荒れる。
「『エクスプロージョン』!」
その爆発は轟音を轟かせながら、巨体ムカデを凍らせていた氷ごと破壊した。
この連携は『クイーンビーモス』と戦った時とほぼ同じ。安定した連携。
そして、『フェアシュリンガー・ヒューサー』は光の粒となって消えた。
この爆発の余韻も慣れてきた。この魔法が決まればほとんどが倒せる。一応もしかしても考えていたけど、それも今回は必要なかったようだ。
「おつかれ」
「おつかれー」
その巨大ムカデが居た爆心地に河合さんと僕が向かいながら手を上げる。
「魔力の残量は?」
「残りは大体、40%ぐらいかな? 奥山君は?」
「僕もそれぐらい。ポーション飲めば次行けるぐらいだね」
そして、爆心地の中心に落ちていたドロップアイテムを拾いあげる。
「今回も魔玉か。独眼のウェアハウンドに比べたら小さいけど、充分な大きさだね」
「黒い光ってる塊もあるけど……これは奥山君が拾ってくれる?」
「わかってる」
ドロップアイテムを拾う。
外骨格か。こいつの外骨格なら十分素材でも武器でも通用する。ボスはやっぱりいい物を落とすな。
すると、近づいて来ていた辻本夫妻の声が後ろで聞こえた。
「おいおい! なんだよ今の戦闘! 圧倒的じゃねーか!」
「凄いよ! こんなに簡単に倒せるモノなの!?」
その顔は興奮に染まっている。
「期待以上だな! これなら50階層も余裕で突破できるぞ!」
「うん! 魔法がこれだけ使えるって、私も魔導士にしといた方が良かったかも!」
興奮しながら褒めてくれるのは嬉しい。期待に答えられたようでよかった。
「でも、ここまで魔法が凄いのはこいつらだからだぞ」
と近づいて来ていた大樹さんが言う。
「えっ? そうなの?」
「そうよ。まゆちゃんもあの姫宮杏子の弟子だからね。そこらへんの魔導士とは違うよ」
「まじかよ。河合が姫宮杏子の弟子!? あのちびっ子が弟子なんかとってたのかよ!」
「凄いよ河合ちゃん!」
「あ、ありがとうございます」
その辻本夫妻に交じって桐島くんも大きい声を出した。
「か、河合さん! すごいです! 同じ魔法を使う者として、あの魔力と魔法の完成度はすごいです! ぜひ、俺にも教えてください!」
「う、うん。ありがと。桐島君もあとで回復魔法見せてね。今はダメージ負ってないから大丈夫だけど」
「はいっ! ぜひ!」
桐島くんの興奮度合いが凄い。最初の印象とは全然違う。こんなにハキハキ話す人だったんだな。
そんな風に河合さん達を見ていると、兼次さんに肩を叩かれた。
「おつかれさん」
「お疲れ様です」
「よかったぞ。でも、少し危ない所もあったな」
「ですね。少し不用意に近づきすぎましたね。あの勢いで吹き飛ばされるって考えてなかったんで。でも、今回みたいに二人の場合は僕がタンク役しないといけないんで、少々のダメージは覚悟してましたけど」
「そっか。でもそれがわかってやってるんやったら大丈夫や。ま、こいつ相手にこの討伐の速さで、この出来ならそんな事考えんでもいいんやけどな。次からは俺らタンクがいるからそんな役割せんでええし」
「助かります。頼りますよ、兼次さん」
「ああ、頼ってな」
そして兼次さんが手を叩く。
「よし! じゃあ、残りの話は宝箱見て移動してからやな! 1時間休憩するからそれ使ってミーティングや! 準備できたら46階層に進むで!」
「はい!」
そして、僕達は次に進む。
ちなみに宝箱の中身は金貨1枚だった。2度目の攻略の宝箱は味気ない事が多いらしい。
◇
新しく始まる46階層。
そこはこれまでの森のエリアとは少し変わっていた。
入り口付近は木や草が生い茂っていたが、途中から所々に岩が出現し始めた。そこから森ではなくなり、林に岩がある状態に変わっていく。
そして出てくるモンスターには虫系統のモンスターがいなくなり、ゴブリンやコボルトではなく、進化したホブゴブリンとハイコボルトが現れる。
とは言ってもそこまで強いわけではなく、大量に群れない限りは安定して倒せるモンスターだ。ここにハイオークやオーガが合わさると対処が大変になるが、一体一体だけであれば、まだ余裕で倒すことができる。
それに僕達大樹さんパーティであればそう簡単にダメージを負う事もなく46階層を進むことができる。
どちらかと言うと、虫系統モンスターが出ない事で河合さんがしっかり動けている事が大きい。だからか、この46階層は僕達にとっては相性が悪いわけではない。
新しい種類のモンスターが出て来たのだが、それが飛行系のモンスターだった。
飛行系モンスターと言えば、鳥系かと思っていたが、今の所出て来たのはコウモリの様な見た目の『ブラッドニュクス』だ。全長1メートルぐらいだが、20体以上の群れでいた。そして牙が鋭く、噛まれると血を吸われる。いわゆる吸血コウモリだ。
それでも特に強くもなく、飛行モンスターに対応するのが難しいというわけで、左右に動く分37階層での『エッザムドラゴンフライ』よりも少し厄介なくらいだ。
そして僕達のパーティには空中にいるモンスターを攻撃できるメンバーが3人いる。大樹さん以外飛んでいるモンスターに対して攻撃手段はあるというのは大きい。
大体が、僕の『コールドエア』で動きを鈍くしてそこに河合さんの魔法が炸裂する。それでも打ち漏らしたモンスターを小百合さんが弓で仕留めて、最後に落ちてきたモンスターを大樹さんが止めを刺す。
中々できている連携と言ってもいいだろう。
そうして46階層を半分進んだところで、僕達は一息入れた。
ここまでの戦闘は僕達大樹さんパーティで、兼次さんと辻本夫妻、桐島君は戦闘に参加せずに僕達の戦闘を見ていた。
休憩中にここまでの戦果について簡単に話し合う。
「ええ連携やな。個人の役割がはっきりしてて、危なげなく進めてるな。たったの数週間でここまで安定した戦闘ができるなんてな。凄いわ」
「俺も凄いと思う。まあ、お前らの連携はよくできてる。というか、奥山と河合の魔法で撃ち漏らしたのを二人で回収してるだけで、かなり楽な戦闘してるのはずるいって言えばずるいけどな」
「ほんとに。特に奥山くんの氷の魔法? あれが凄いよ! あの魔法だけで集団の雑魚モンスターは簡単に倒せるし」
「ありがとうございます」
「河合さんも凄かったです! あんなに簡単にモンスターを倒すなんて!」
「ありがとー。まあ、奥山君も私と一緒で杏子さんの弟子なんで。それぐらいはできますよ」
「なんだよそれ。というか、姫宮杏子の弟子ってのがおかしいんだよ。どこで知り合うんだよ」
「ほんとほんと」
「何でですかね」
ほんと、自分でもなんであんな大物と知り合えたのかは謎である。あっちが興味を持ってくれたからだけど。それより河合さんが杏子さんと知り合った形跡を知りたい。
「私もなんでかわからないんですけどね。運ですね」
運なのか。
たぶんギルドの担当職員が間に立つから、また暇があればシルクさんに聞いてみよう。
すると索敵に離れていた小百合さんが戻って来た。
「小百合すまんな。戦闘後にすぐに索敵お願いして」
「大丈夫よ。そこまで疲れてないから」
「そか。それならええんやけど。で、どや? 近くにモンスターはいたか?」
「今のところはいないわ。倒したばかりだからまだ大丈夫そうよ。だからもう少し休憩していいわね」
「わかった。じゃあ、あと10分休憩しよか。そしたら次は俺らの番や。彰、美優、佑、準備しとけよ」
「了解です」
「はーい」
「わかりました」
次は健次さん達の戦闘が始まる。