51話-3「ギルドマスター」
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圧倒的な剣技によって僕は防戦一方だった。圧倒的な魔法によって河合さんも防戦一方だった。
はっきり言って一撃を食らわせてやろうと思っていた気持ちがねじ伏せられる程に、圧倒的な技量でギルドマスターは僕達をねじ伏せた。
かろうじて立ってられたのは意地と報酬の為。いや、ギルドマスターが優しく稽古と言う体裁を保ってくれていたのが大きい要因だろう。
そうじゃなければ、この人が本気を出したら、一瞬で踏みつぶされるようなレベル差が僕達にはあった。
そして、僕と河合さんは10分間耐えきったあと、地面に大の字になって息を荒くしながら倒れていた。
「お疲れ、よく耐えきったね」
「はぁ、はぁ、はぁ……やばすぎ、ます……」
「はぁ、はぁ、はぁ……耐えきりましたよ。私、耐えましたよ……」
僕達は全身を使って息をしているのに、この人は息一つ乱れていない。化け物だ。
「そうだね。頑張ったよ。一撃は食らわせられなかったけどね」
ギルドマスターが挑発する様にニヤッと笑った。
そうだ。一撃は食らわせられなかった。かすった攻撃は何度かあるけど、ぎりぎりの所で躱される。河合さんの全力の魔法も木剣で斬られた時は、目が点になった。
悔しい。
「でも、10分は耐えたからね。約束通り好きな魔導書買ってやるよ。シルク、後でこの二人を連れて行きな」
「やったっ!」
河合さんが寝ころびながら喜んでいる前で、ギルドマスターはシルクさんに金貨が入っているであろう袋をシルクさんに投げた。
「おっととっ……はい。わかりました」
「残った金はちゃんとアタシに返すんだよ」
「わ、わかってます!」
受け取ったシルクさんは袋をしまう。
そのやり取りをしている間に僕達は息を整えて起き上がる。
たったの10分でここまで疲れたのは『独眼のウェアハウンド』ぶりだ。つまりここ最近精神力を大幅に使う敵と連戦している。
「よし、これで稽古は終わりにするところだったけど、あと少し付き合ってもらおうかね」
「えっ、あと少しですか……」
何が、何が起こるんだ。精神的にボコボコにした後は、物理的にボコボコにするつもりか! いや、今でも十分ボコボコだが。
しかし、立ち上がる。どんなことでもこの人の教えは聞いておいて損はないと体が覚えてしまっている。
「オクヤマシュン、あんたにはもう一つ見せておきたい技がある」
「もう一つですか?」
スキルも魔法も見せて貰った。魔導書もシルクさんについて来てもらって買いに行くことになった。これ以上貰ってもいいのだろうか。
「本当はここまで見せるつもりはなかったんだけどね、あんた達の実力が想像以上だったからね。プラスの褒美だよ」
そう言ったギルドマスタは再度木剣を構えた。
「今からするのは魔法だ。でもこれは人を選ぶ。使えるやつと使えない奴がいる。けど、オクヤマシュンあんたはこれが使える冒険者だ」
ギルドマスターが剣を構えながら集中する。魔力が揺らぎ、集中が増すことに魔力量が増える。
そして、
「『マテリアルチャージ』」
そうギルドマスターが唱えた時、木剣が光った。
その光は今までの白一色とは違い別の色で光っていた。それは赤色。火の属性魔法の様に、木剣が炎の様に赤く染まる。
それが木剣にチャージされる様に収縮しながら光りを増していく。
そしてゆっくりと振り上げた木剣を振り下ろした。
「リア・スラッシュ!」
その威力に目を疑った。
通常の『リア・スラッシュ』は目の前のモノを『スラッシュ』よりも強い威力で斬るスキルだ。しかしこの『マテリアルチャージ』を加えた『リア・スラッシュ』は先ほど見た『バーストブレイカー』と同じ……いや、それ以上の威力で訓練場を半壊させていた。
「今のは火の属性を込めた『マテリアルチャージ』だ。この魔法は武器を使わないと発動できないけど、魔法としての魔力、そしてスキルとしてのSPを使用してここまでの威力を出せる。今回は火の属性だから威力を大幅に上げたけど、魔力を込め方で炎を纏わせることもできる。それに他の属性ならそれぞれの特徴が変わる。それぞれの属性の特性を生かす魔法だよ」
今見た魔法に興奮が止まらなかった。
まじか、まじか、まじか! ある、あるぞ! 探していた魔法がここにあるぞ!
生唾を飲む。のどから手が出るほど知りたい。
だからおのずと声を出していた。
「……これって、覚えられるものなんですか」
その質問にギルドマスターは笑う。
「覚えられるよ。まあ、魔導書は無いから自力で覚えないといけないけどね。あと、かなりの難易度だ。……もしかしたらあんたも試したことがあるんじゃないかい? 剣に魔法を込める事がどれだけ難しいかってことを」
「……知ってます」
実は今までに試したことはある。
ゲームとか漫画でよくある魔法剣は剣に魔法を付与して戦う。それをこのダンジョンで同じようにしたいと考えた事がある。しかし、まずこのダンジョンには魔法剣などの職業が無い。そして、剣にはスキルがあるが、魔法と剣を組み合わせる事は無い。前に大樹さん達に聞いた時は「知らないって」言っていた。
でも、できるだろうと色々試していた。けれど魔法の練度が足りないのか、剣に魔力を籠めるのはSPと違って難しかった。だから、一旦諦めて普通に魔法の練習に費やしたのだが。
しかし、今目の前にその魔法があるって事が判明した。
魔法剣というジャンルが!
「この魔法はね人を選ぶ。例えば、普通魔法を覚えるには魔導書を使う事が手っ取り早い。簡単な魔法なら銀貨で買えるからね。でもこの魔法には魔導書が無い。だから、この魔法は自分で一から構築しないといけない。最初のプレステージダンジョンを攻略したら担当から魔法について教えて貰うだろ? その時に魔法はイメージだと言われたはずだ。でもその次に覚えるのは短詠唱で魔法が発動すると言う事。そして、店には魔導書が売ってる。だったら手っ取り早く魔法は買うものだと認識してしまう。最初の『ファイアーボール』ぐらいなら自力で作り上げるだろうけど、それ以降は魔法は魔導書で覚える事ばかりになる」
その言葉に河合さんがびくりとする。河合さんも魔法は魔導書ばかりで覚えてるからな。
でも今の話なら、魔導書に頼らせずに魔法は自力でイメージで作り上げるようにすればいい。
「だったら魔導書を売らなければいいんじゃ……」
「できたらそうしたいけどね。魔導書はギルドの管轄じゃないからね」
「なるほど。だから、ギルドは手を出せないのか」
ギルドの管轄じゃないと言われたら仕方ない。少し違和感があるが納得してしまう。
「そういうことでね、魔法を自力で作った事がある人間で尚且つ武器も使う人間じゃないとこの魔法は使えない。だからオクヤマシュンはこの魔法の適性がある」
「僕に適性がある……」
つまり、僕はこの魔法に選ばれた人間だと言う事か。とてつもなく、嬉しいんだけど。
「オクヤマシュンには適正があるっていったけど、カワイマユも試してみたらいい。ヒメミヤアンズも魔導書を使わずに魔法を覚えている。その弟子なら、カワイマユも今からでも魔導書を使わずに魔法を覚えてみたらいい。自力で覚えられるようになれば、他にも利はあるからね。まあ、この魔法は武器が無ければ使えないけど、武器なんていつでも使えるようになるからね。一定レベルまでの武器はどれでもどの種類でも使えるようになるよ。試してみな」
「は、はい。わかりました」
河合さんも頷く。
武器もどの種類でも一定レベルまでは使えるようになる。その言葉はこれからのレベルアップにも必要だ。兼次さんも大樹さんも盾剣なのに、『パリィ』などの専用スキルだけじゃなく『スラッシュ』や『リア・スラッシュ』などの剣スキルも使えている。これから先は色々な武器スキルを使えるようになるべきなんだろう。
でもそれは前から思っていた事だ。隙間を見つけて剣以外の武器にも手を出して見るか。
「さて、本当に今日の稽古はこれで終わりだよ。また気が向けばするかもしれないけど、しばらくは無いだろうね。アタシも忙しい身だからね。最後に質問はあるかい?」
そう言われて考える。今のうちに聞いておいた方がいい事は……そこで、ふと思う。ギルドマスターは強すぎないか? と言う事を。
「ギルドマスターって強すぎですよね。他のギルド職員も強いんですか?」
「ん? そうだね、強いのもいるよ。ピンキリだけどね。例えばシルクも魔法は使えるし、ある一定以上の強さはあるよ。どうだいシルク、今のあんたならオクヤマシュンを倒せるかい?」
「えっ!? えっと、そうですね……今日久しぶりにシュンさんとマユさんの戦闘を見ましたけど、はっきり言って凄いです。私が補助魔法を得意とするので、一人での戦闘に向かないのがあるけど、たぶんもう勝てないですね」
「だろうね。いい見極めだ。よくわかってる」
「あ、ありがとうございます!」
ギルドマスターに褒められてシルクさんが喜んでいる。今のも冒険者の適正レベルを把握する事が必要な目利きの部分だろう。
でも一つ気になったのは少し前ならシルクさんは僕に勝てたってニュアンスで話していた事だ。言葉の端端からそう感じた。
そして、シルクさんは自分で補助魔法が得意と言っていた。つまり、戦闘が得意なエルフもいるってことだ。そうなれば、僕よりも強いギルド職員はいる。
そこで思う疑問は、
「だったら、エルフの皆さんもダンジョン攻略をしないんですか?」
強ければ冒険者に攻略させるのではなく、自分達で攻略すればいい。
しかし、帰って来た答えは、
「しないというより、できないのが正しいね」
「できない、ですか……?」
「詳しくは話せないけど、アタシ達エルフはダンジョン攻略に参加する事が出来ない。だから、あんた達冒険者に攻略して貰おうとしてるんだよ。じゃないと、こんな面倒臭いことしないだろう?」
「……なるほど、わかりました」
今の話で納得してしまった。もう少し詳しく聞きたい気持ちもあるが、これでこの話はいいだろう。少し違和感があるが……。
少し沈黙が流れる。
「じゃあ、質問はそれぐらいかい? だったらこれで終わるけどいいかい?」
「あ、はい。大丈夫です。河合さんは何かある?」
「……え? あ、いや、私も大丈夫。ごめん、ずっと魔法の事考えてた」
河合さんが静かだったのは魔法を考えていたのか。この人も集中すると周りの音をシャットダウンするからな。
ギルドマスターが「じゃあ、これで解散だね」と手を叩こうとした時、
「あのー、ギルドマスター……」
「ん? どうした、シルク?」
シルクさんがきょろきょろと周りを見渡しながら、ギルドマスターに声をかけた。
「えっと……これって、大丈夫ですか……?」
「……あぁー」
そうシルクが言った途端、ギルドマスターは腕を組んだ。
シルクさんが言いたいことがわかったらしい。その訓練場の惨状を見てギルドマスターも冷汗をかいたようで。
「……給料。今月分カットかもね」
「え゛っ……ギルドマスター、私の責任はまったくありません、よね……?」
そう言ったシルクさんは恐る恐るギルドマスターを見た。
そのシルクを見て、ギルドマスターは笑った。
「あははははっ! 何言ってんだい。これもそれもあんたの担当冒険者に教えるためにした事だよ」
「……っ!?」
ギルドマスターの言葉を聞いてシルクの顔が引きつる。
そして、叫ぶ。
「そ、それって、パワハラって言うんですよっ!! 最近覚えたんです! 冒険者の方が言ってましたからっ!」
「あはははっ! シルク、言っとくけどね。パワハラなんてこのダンジョンの中にはないんだよ」
「あります! 絶対にありますからっ!」
訓練場にシルクさんの叫び声が木霊した。
ちなみに、後で聞いた話、シルクさんの給料は無事だったらしい。「良かったね」と言ったら、実は同僚のみんなから「こういう時はギルドのお金を使うから」と、そんな事で恐れる必要は無かったらしい。
逆に、ギルドマスターがシルクさんに冗談を言った事が、ギルド内の噂話として花を咲かせていたという。