12話「ダンジョンに潜るために」
「普通の魔法、いわゆる黒魔法です!」
「く、黒魔法、ですか……」
黒魔法。僕が知ってるラノベでも攻撃魔法を黒魔法と呼ぶ作品は多い。今シルクは普通の魔法を黒魔法と言った。つまりこの世界の属性魔法は黒魔法なんだということ。そういうことは! 今から攻撃魔法も覚えられるということですか!
「では、まずはシュンさんの属性の適正を見ますので。ちょっといいですか?」
「あ、はい……えっ……」
そう言いながらシルクが背伸びをして僕の頭に手を乗せる。
それはやばい。顔が近いし、背伸びして頑張ってる姿が、すげぇかわいい。
「『ペネトレイト』……はい。わかりました」
何かの魔法を使い、僕の頭から手を離す。なんだろ?何をしたんだろうか。教えてもらってない魔法だな。知りたい。
「シルクさん、その魔法って……」
「内緒です。といいますか、いつか覚えられますのでその時まで楽しみにしていてください。
ではまずですね、黒魔法の属性は5つあります。火、水、風、雷、土の5つです。その中で、シュンさんの属性を観ました」
ペネトレイトか、どういう魔法なんだろうか。気になる。まあ、それは置いておいて、僕の属性を観たということか。なんだろうな。なんだったら雷がいいな。かっこいいし。
「シュンさんの属性は、水、ですね。あと白魔法にも少し適正があります」
「水、ですか」
少しガッカリする。風とか雷とかカッコいい方が良かったから残念だ。でも、水も最終的には雷を撃てる魔法も漫画でよくあるし。あ、でも、雷の属性があるって聞いたから、それはないかもしれないな。どこまでできるのだろうか。
「まず水の属性は比較的イメージしやすいと思います。一番身近にありますので。では早速「ウォーターボール」をマスターしましょうか」
「そうですね。やりましょう」
まあ、魔法が使えるならどの属性でもいいわ。楽しみには変わりない。「ウォーターボール」って言う基本魔法ぽいのも気になる。
「ちなみに火、水、風が大抵適正属性になる人が多いです。もちろん他の属性も覚えられますので安心してください。ただ、シュンさんは水魔法が一番合っているってことですね」
そうなんだな。魔法ってイメージが大切って言っていたし、なんでもできるのだろう。イメージだけ出来たら何でもできるとか?そんな御都合主義ではないよな、さすがに。
「ではまずは、ウォーターボールは「ウォーター」を球体状にして撃ち出す魔法です。まずは見ていてくださいね。イメージです。水を浮かべる感じで、『ウォーター』。こんな感じで……」
おお、凄い。シルクの手のひらに水が浮いている。昔テレビで見たことがある、宇宙空間の無重力状態で水を浮かばせている感じだ。なんか魔法って感じだな。
シルクが横向きに手を構える。
「そして、『ウォーターボール』」
詠唱と共に浮いていた水が勢いよく飛び出す。勢いは凄く、野球選手の豪速球並みだ。その水球は勢いよく壁にぶつかり弾ける。壁にはぶつかった跡がしっかりと残っている。
「と、こんな感じです。ではやってみましょう!」
シルクがこっちを向き笑顔で話す。少しドヤ顔なところがまたかわいい。じゃなくて、ウォーターボールね、基本の基本って感じだな。
「やってみます。まず、水をイメージして浮かばせるように、『ウォーター』
お! あ……」
水をイメージして浮かばせようとする。詠唱と共に水はできたのだが、浮かぶことなく、球体の形を作ることなく崩れ、溢れた。
「んー。中々難しいですね。一発で成功しなかったです」
「いいえ、そこまでできたら十分ですよ。水は球体をイメージするより、まずは浮かんでいるイメージをした方がいいと思います」
浮かんでいることに注意ね、浮かぶイメージ。さて、次はいけるか?
「イメージ、イメージ……『ウォーター』お! いけてる!」
僕の手のひらの上で拳サイズの水が浮かぶ。形は球体ではないが浮かんでいる。
「うん、いいですね。そんな感じです。あとは、それを丸くする感じです」
「……丸くする、感じ……ん」
「そう! そんな感じです!」
球体のイメージをする。目の前で水が徐々に丸くなっていく。お! いい感じか!
「流石ですね! それをキープして、あとは詠唱と共に押し出す感じです!」
やばい、集中して話せない。えっと、あとは押し出す感じで。
「……『ウォーター・ボール』!
っ! お! すげぇ!」
手を横に向け、壁に向かって撃ち出した水球は、勢いはそこまで早くないが飛んで行った。
「すげぇ! これが魔法を放つ感じか。なんかすげぇ!」
自分が魔法を放ったことに感動を隠せない。口から漏れる言葉の語彙力の低下に驚くが。とにかく、一言で言うと凄いだ。
「良いですね! さすがシュンさんです。これでウォーター・ボールもマスターですね! あとは、練習して勢いを増せば完璧です。」
「これでマスターですか。まあ、はい。ありがとうございます」
このままの威力ならゴブリンも倒せないだろう。練習するか。
「では、お疲れ様です。これで今覚えられる魔法は一通り終わりました。あとは自分で研鑽していってください」
「以上ですか。はい、ありがとうございました。やっぱ魔法は思ってる通り楽しいですね」
魔法は面白い想像していた通りだ。ワクワクが止まらなかったな。色々とここからもっと楽しくなりそうだし。
ん、なんかちょっと疲れたかな。
「あ、あとこれを」
一旦話が終わったところでシルクから小瓶を渡される。MP?
「魔法を練習しましたので、魔力が減ってますよね。回復の仕方としては、魔力は大気中の魔素を取り込んで作られるのですが、自然の回復を待っているのは時間がかかります。そこでMPポーションの登場です。これを飲んでいただいたら早く回復します!」
「あーなるほど。そうですね、じゃあ遠慮なくいただきます」
もらったMPポーションを一気に飲み干す。HPポーションと違って少し薬っぽい味がするが、飲めなくはないな。
「深呼吸とか休憩したり落ち着くと回復が早くなりますので、また試してみてください。ちなみに魔力の量ですけど、魔法を使えば容量も増えていきますのでレベルアップだけではないことも覚えておいてくださいね」
「わかりました」
自分を鍛えれば鍛えるだけ強くなれるんだな。余計頑張る気になれる。
「ではシュンさん。これからどうされますか? 時間が少し経ってしまいましたが、予定通り……」
そうだな、魔法も覚えたし。行こうかな。
「もちろん、ダンジョン攻略に行きます」
「そうですよね! 行きましょう!」
ダンジョンに潜る。せっかく来たのだ、1階層だけでも見てきても価値はあるだろう。チュートリアルとは違う構造だという事で割と楽しみにしている。何が起こるかわからないが、シルク曰く10階層まではチュートリアルよりか簡単だということ。でも、あのオーガみたいなのが出てきたら冷や汗ものだが。しかし、簡単だと言っても気を抜かないでおこう。死んだらもう戻ってこれないからな。勿体無い。
「では、攻略のために必要なものを買いに行きましょうか」
「え? シルクさんも付いてきてくれるんですか?」
「いえ、攻略には行きませんが、それまではお付き合いさせていただきます!」
ぐっと胸の前で手を握るシルク。仕草はかわいいから嬉しいが、仕事は大丈夫なんだろうか。
「それなら、助かります」
「ありがとうございます! では行きましょうか」
よし、ダンジョン攻略だ。気合が入ってきた。
ダンジョンに期待をしながら、シルクの後に続き訓練所を後にした。
◇
「嘘ですよね……まじっすか……」
僕は一通りの買い物が終わり手元のギルドカードを眺めている。もちろん裏面をだ。
「仕方ないですよ。これが相場なので」
攻略に必要なもの。命に関わる、つまりポーション類を買ったのだが、かなり高かった。チュートリアルで稼いだお金がほぼなくなったぐらいだ。必要と思い2本ずつ買ったのが多かったのか。お金がなくなってしまった……
「こんなんじゃ、最初は稼げないですね。はは……」
「……が、頑張ってください」
僕の乾いた笑いに対してシルクさんは苦笑いしてる。けど、こういう状態は沢山見てきただろうし、何か言ってくれても良かったのに。
「まあでも、仕方ないですよね。必要ですから」
お金がなくなったことに落ち込んでも仕方ない。切り替えよう。
「よし! 攻略行きます」
「は、はい。行きましょう! 入り口までご案内します」
そのままシルクに付いて行き1階層の入り口まで行く。一応攻略準備は出来ている。まあ潜ってみないと何が必要で必要ではないかわからないからな。必要なのは気合だけだ。
「ん? 入り口は、階段なんですか?」
「はい。チュートリアルではないので。
一応ダンジョンは最後まで一本で繋がっています。時々弱いモンスターがここまで上がってくる時がありますし対処が必要なのですが、それぐらいなら私たちで対処していますので」
おお、ゼロ階層も絶対安全というわけでもないのか。まあ、心配しなくていいレベルだろうが。
「あ、ちなみに。シュンさんに質問しても良いですか?」
「あ、はい。どうぞ?」
「ここにいる私たちエルフはモンスターによって私たちの世界が大変なことになり、この世界の方に助けていただこうと思っています。なので、ダンジョンをこの世界に繋げたのですが、シュンさんはとうしてダンジョンに潜るのですか? 内心、私達のためってわけではないですよね?」
あー、そうだよな。別にエルフのために潜っているわけでは決してない。というか、それが理由で潜る奴はいないだろう。
しかし、そっか。言ってなかったな。ダンジョンに潜る理由。まあそれは一つしかないけど。
「夢だったから。僕が僕って存在になった時から、こういう世界があればいいなーって思っていた。娯楽なんだけど、僕の世界には漫画とかアニメとか創作の物語が多くてね、剣と魔法の世界が当たり前に描かれてる。そういうのを子供の時から見ているとやっぱりこういう世界に行きたいって思ってしまうのよな。もちろんそんな世界は無いって言われてた。けど今は目の前にそれが現れた。そんなのが現れたら行くしか無い。そう決まってる。剣と魔法の世界、僕にとってそこには夢しか詰まってないから。それが理由かな?」
あっ、やべ、少し語ってしまった。
「え? す、すみません。あまり理解できなかったのです。難しいですね」
「理解かぁ。難しいよな。だって自分もしっかり理解していないからな」
最初は衝撃的で憧れの、夢に見たダンジョンがあったからだった。でも今はどうだろう。どうして山に登るのですか? それはそこに山があるから。そんな感じなのかもしれないな。ダンジョンが出現したから。憧れていたダンジョンに潜れたから。死ぬ思いをしてももう一度ダンジョンに行きたいと思ったから。理由は一度潜れば次々に現れてくる。もしかすると、厨二病心がくすぐられ続けているからかもしれない。何が理由なのか自分でもはっきりわかっていない。
「ははは、なんでだろうな」
「へ? シュンさん?」
「あ、もしかしたら、会社を辞めたいからかもしれないです」
「そ、そんな理由ですか……」
いや、それも多分理由にはあるだろうな。仕事は嫌だ。
「まあ、その話はこれぐらいで。もうそろそろ行きますね」
「あ、 はい。すみません、変な質問してしまって」
「いいえ、大丈夫ですよ。改めて理由ってなんだろうって思えたんで、逆に感謝ですね」
まあ、ダンジョンに潜る理由、目的なんて後から出てくるだろうし。潜りながら考えていくか。
「で、では気分を入れ替えて。……こほん。ダンジョン攻略、頑張ってくださいね!」
「はい! ここまでありがとうございました。では、行ってきます!」
シルクにお辞儀をし、ゆっくりと階段を降り始める。後ろでは「頑張ってくださーい」とシルクの声が聞こえている。応援があるって心地いい。
さて、ここからが本当のダンジョン攻略だ。楽しみで仕方ない。何が起こっても楽しめるだろう。
そんな思いを持ちながら、僕は一つ一つ階段を1階層へと降りて行く。