閑話-下「七情激動の青年」
「わかりました。では少しお待ちくださいね」
そう言ったシャロンさんはギルドの奥に消えて行った。
数秒して連れてきたのは「なに? 私忙しいんだけど……あっ、ユウヤさん……」と言った祐也君の元担当職員のシルクだった。
そう言えばそうだ。あの人の担当はこの職員だ。
「えっと、ナカムラコウイチさんですよね。何かオクヤマシュンさんの話を聞きたいとかで……」
「そうです。あの人が今どうしてるかを聞きたいんです。30階層のボス戦についてや到達階層についてです」
「あっ、わかりました……えっと、それぐらいなら大丈夫ですね。公表してもいい内容なので」
そう言ってからシルクさんが言った言葉は衝撃的だった。
「30階層の攻略は早かったですよ。途中まではパーティメンバーと一緒でしたけど、ボス部屋は一人ですね。1戦目でボス撃破です」
「えっ? 一回でですか……?」
「そうですね。シュンさんはここまでのボスは全て1回で攻略してますよ。流石ですよね。この前の40階層は2人ででしたけど、1回で攻略してました」
シルクが言った言葉に引っかかった。
「ちょ、ちょっと待ってください。今40階層って言いましたよね?」
「はい、言いましたけど?」
「と、と言う事は、あの人は今40階層を攻略したってことですよね?」
「そうですね。シュンさんの攻略階層は45階層ですから」
その言葉に俺は耳を疑った。
「……は? 今なんて……」
「あ、すみません。聞き取りにくかったですか? えっと、シュンさんの攻略階層は45階層ですよ」
シルクが二度言ったその言葉に衝撃を受けた。
45階層? 今45階層って言ったよな?
あの人が45階層に到達しているって?
どういうことだ。俺よりも15階層も上だって? あいつが? あんなダンジョンとサラリーマンを掛け持ちしてるような人間が?
俺が今中級冒険者になったばかりなのに、あいつはもうその先を行ってるって?
「あ、45階層は昨日到達したんですよ」
三度言った事に俺は理解した。これが嘘ではないと言う事に。
しかし、シルクはもう一つ衝撃な言葉を言った。
「それに、もう発表されてるので言いますけど、ネームド『独眼のウェアハウンド』も倒したんですよ。凄いですよねー!」
なんだって……意味が、意味がわからない。あの人が『独眼のウェアハウンド』を倒したって?
確かに今日の朝、『独眼のウェアハウンド』が倒された話はギルドでされていた。けど、倒した人が『奥山俊』だって?
ネームドに指定されたあのウェアハウンドを? 一度負けそうになっていた、かなりの強さだと一目見てわかる、あの『独眼のウェアハウンド』を? あの人が?
「そう言えば、ナカムラさんもユウヤさんも一度出会ってるんですよね? どうでした? やっぱり強そうでしたか?」
呑気にそう質問してくるシルクに俺は言葉を返す気にならなかった。その代わり祐也君が返答していた。
「そうだなー。俺が初めて見た時は格上って感じだったかな。俺一人だったらまともに戦えないなって思った。けど今ならやり合えると思う。でも、相手も階層を進むネームドなんだよな。なら、まともには戦えないかもしれないな」
「えっ……ユウヤさん……なんだか変わりましたね?」
「そう? まあ、色々あったからな。それに今は幸一さんと一緒に攻略してるし、少しは俺も成長しないといけないと思ってる。じゃないと、里奈や将貴に申し訳ないからな」
「へー、今のユウヤさんは悪くないですね。あの時のユウヤさんはあまり好きじゃないタイプでしたけど、今ならしっかりサポートできそうですよ」
「あれ? シルクちゃんもそう言う事言うタイプだったっけ?」
「私も日々成長するんですよ」
呑気にそんな話をしているがどうでもいい。
そんな事よりも、奥山俊に対する周りの評価が俺の評価と違いすぎる。
なんだ、なんでだ。あの時は全く感じなかった。理想も行動も考えも俺とは違うと、目指している所が違うと。だから、あの人に何も魅力を感じなかった。でも、あの人は評価されている。結果が出ている。
これが現実なのか? そんな、そんなわけない!
「そ、そこまで行けたのって、パーティメンバーに恵まれたからですよね? 格上のメンバーと一緒に行動したから、おこぼれを貰っただけですよね?」
それしかない。じゃないと、俺の見る目が無いってことで……。
「いやーそれはないですよ。シュンさんがメインで動いていたって聞いてます。それに、ネームドを倒した一撃はシュンさんですし、45階層までの通常エリアの攻略もシュンさんとマユさんで、ダイキさんとサユリさんはサポートしてたと報告を受けてますから」
いや、そんなわけ……。
「それに、シュンさんは私の担当の中で超優良冒険者ですよ。とは言っても私の担当冒険者が少ないって事もあるんですけどね。そう言うと、今は私の担当冒険者さんは全員優良冒険者って胸を張って言えます! シャロンにも負けないぐらいだから」
「はいはいそうね。でも、それを言うなら50階層を攻略した冒険者を出してから言ってほしいんだけど」
「そう言うと思った。でも、あと少しでシュンさんとマユさんがケンジさんの階層に合流するからあと少しの話なんだけど? ケンジさんもこの前ギルドマスターに見込み有りって言われてたし。シャロンの担当よりも先に行くんじゃない?」
「そう言っても1パーティだけでしょ? 私の所はアンズさん以外にも50階層突破している冒険者はいるから。あなたが私より先になんて100年早いから」
「100年ってそんなわけないでしょ! もうすぐだから! あと少しだから!」
「ちょっと、二人とも……」
シルクとシャロンさんが口喧嘩している所を祐也君が収めようとしているが、心底どうでもいい。
聞きたい話は……聞きたくない話が十分聞けた。
だから俺は出口に向かおうとカウンターから背を向けた。
「えっ? 幸一さん!? もういいんですか?」
祐也君の言葉も無視して歩く。
今はここにはもう用はない。
とにかく、この苛立ちをどうにかしないといけない。
何に対しての苛立ちだ。あの人にか? それとも苛立っている自分にか? 整理する時間が欲しい。
頭を整理しながら歩く。
そしてギルドの出口の扉に手をかけようとした時、逆に扉が開いた。
そしてそこに居たのはフルプレートアーマーを着た男性だった。
「あ、すみません。出るところでしたか?」
「あ、はい……」
少し会釈をして出ようとする。
「幸一さん、大丈夫ですか?」
と、祐也君が駆け寄ってきていた。
「……こういち?」
すると、フルプレートアーマーの男性が僕の肩に手を置いた。
「すみません! 少し待ってもらって良いですか?」
「な、なんでしょうか?」
その声に少し身構えながらも声の男性の方を向く。
「あなた、中村幸一さんですか?」
「えっ? そ、そうですけど……」
なんだ? なんでこの人は俺の名前を知っているんだ?
すると、そのフルプレートアーマーの男性はすぐに扉の外にいる誰かに話しかけるように叫んだ。
「相良! 優希菜! いたぞ!」
「えっ! いましたか?」
「やっとですね!」
そして男女二人がギルドの中に入ってきた。
その二人には見覚えがあり……
「伊藤相良さん!?」
男性は伊藤相良さんだった。
「ん? あれ? あなたは……あっ! あの時の線路に落ちたサラリーマンの人!」
「あ、はい! 覚えてくださってたんですね!」
「覚えてますよ! でもあの時線路に落ちた人が中村幸一さんだなんて、世間は狭いですね」
伊藤相良さんに認知されていたなんて嬉しい。憧れていた人に覚えて貰えているなんて!
「なっ、優希菜!」
「そうね。私も覚えてる。駅で相良の名前聞いてたましたよね?」
「は、はい。あなたも覚えてくれてたんですね」
この前も相良さんと一緒にいた可愛い女性の方だ。この人も俺の事を覚えてくれてたのか。
「少し印象的な事があったんで。えっと、あの時は自己紹介してませんでしたね。私、江川優希菜です。よろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いします」
差し出された手を見て慌てて握手をする。
ダンジョンでエルフは皆美人揃いだったから、慣れたと思っていたが、この人は別格だ。
相良さんと違うが、この人も強者の雰囲気が漂っている。
「で、中村さん。やっとですよ。ダンジョンに潜っているタイミングが合わなくて、やっと会えました。探していたんです」
「えっ、俺をですか?」
俺を探してたって、どうして?
「あ、ちょっとここでは話しにくいので、少し場所を移動してもいいですか?」
「はい、大丈夫です」
そして、相良さん達と共に僕は近くのカフェに移動した。祐也君はギルドに残してきた。
机を挟んで相良さん達と対面して座る。
「えっと、可能だったらでいいんですけど、中村さんのレベルと到達階層を教えて貰ってもいいですか?」
「えっ、あ、はい。大丈夫です。俺のレベルが27で、到達階層が30階層です。今日攻略しました」
「ありがとうございます。天宮先輩、どうですか?」
「そうだな。今の時点でこのレベルなら、やっぱりありだな。検討するか」
「ですよね!」
何の話をしているのかわからない。
「ど、どういうことですか?」
「あ、すみません。えっと、中村さんが良ければなんですけど、俺達のチームに入らないかって事です」
「えっ!? お、俺が伊藤さんのチームにですか!?」
そ、そんなことが起こるのか!? ほんとに俺がいいのか!?
「はい。でも今の所はまだレベルと階層が合わないので、俺達の階層に近づいたらになりますけど」
「はい! ぜひ! ぜひお願いします! ほんとに、ほんとにいいんですか!」
なんて嬉しい事なんだ! 憧れていたあの伊藤相良さんと一緒にダンジョン攻略できるなんて!
「本当ですよ。俺達もダンジョンで有望な仲間を増やさないといけないんで」
「今の6人だけでは少しきつくてな。相良だけに頼るわけにもいかないからな。今は仲間を増やすことを優先してるんですよ」
「そのメンバーとして、中村さんも候補に入っていたんですよ。有望な新人って事で」
「そうなんですね! ありがとうございます! 皆さんに選んでもらってたなんて光栄です! 俺、伊藤さんに憧れてダンジョンに来たので、この事はとても嬉しくて!」
「そうなんですね。でしたら、もう未来の仲間って事で、中村さんの事、幸一さんって呼んでいいですか? 俺の事は相良でいいので」
「いいんですか! ぜひ! 相良さん!」
「後々よろしくお願いします。幸一さん」
机の上で相良さんと握手をする。
ああ、憧れている人とここまで近づくことができるなんて。ダンジョンに来て本当に良かった!
そう心の中で騒いでいると、優希菜さんが相良さんに耳打ちをした。
「あ、それと、中村さんは知ってるかな?」
「ん? 何のこと?」
「あれだって、もう一人の……」
「ああっ! そうだったね!」
ん? もう一人の? 何の事だろう?
「幸一さんってダンジョンに来て1ヵ月ほどですよね?」
「はい、そうです。厳密にいえば1ヵ月と7日です」
「うん。それで聞きたいことなんですけど、幸一さんって同じぐらいの時期にダンジョンに潜り始めた冒険者の知り合いって、いないですか?」
「同じ時期に潜り始めた知り合いですか? えっと……」
そう聞かれたので、さっきまでいた祐也君を思い出す。
「さっきまで俺の隣に居た男性は田代祐也って言うんですけど、祐也も似たような時期に潜り始めてます。俺より2か月ほど早かったはずです」
「あ、そうなんだ。祐也さんね」
相良さんが「うんうん」と頷いていると、隣の優希菜さんに肩を叩かれていた。
「ちょっと、相良違うでしょ。私達が聞きたいのは別人の事でしょ。名前を言った方が早いんじゃない?」
「あっ、そうだ。えっと、幸一さんは『奥山俊』って、人の事を知ってますか?」
「……っ!?」
その名前が相良さんの口から出た事に驚きを隠せなかった。
身体中に鳥肌が立ったように、血が沸騰したかの様な感覚に陥る。
なんで、なんで、相良さんがあの人の名前を……?
「その反応、知ってるんですか? やっぱり知り合いですか?」
相良さんが質問をしてくれている。
しかし、その言葉に返すのではなく、俺から逆に質問をしてしまった。
「……どうして、奥山俊を知りたいんですか?」
「どうして? ああ、そうですよね。知り合いなら理由がわからないなら話しにくいですね」
「い、いや、そういうわけでは……」
「すみません。こっちが悪かったです。えっと、『奥山俊』を探してる理由ですけど、幸一さんと同じ理由です」
その言葉を聞いて冷汗が噴き出た。それだけで言いたいことが分かったからだ。
聞きたくない。でも耳を抑えられなかった。
そして、聞きたくなかった言葉が聞こえる。
「奥山俊って人も俺達のメンバーに加えたいって思っているんですよ。それも最近45階層突破したって聞いたので、他に取られない様に早急に」
その言葉に目の前が真っ白になった。
あの人が、あいつが相良さんに認められている。
俺の憧れている相良さんに認知されている。
それも、俺よりも先に仲間にしたいと……俺よりも重要視されていると……
「……幸一さん?」
心配そうに相良さんが僕の顔を覗く。
しかしそれが俺の感情を爆発させた。
相良さんまでも……どうして、どうして、どうして! どうして、俺じゃなくてあいつを!
あんな、あんな、あんなっ!
「だ、大丈夫ですか? 急に顔色が悪くなりましたけど……」
相良さんが心配してくれていることは嬉しい。でも、それよりも自分の中に黒い感情が渦巻く。
「大丈夫です。ただ、少し疲れてるだけですから……」
これの正体は『嫉妬』だ。
知っている。
だからこそ、押えられない。
俺は、俺じゃなく相良さんに先に選ばれたあいつ――
――奥山俊のことを絶対に許せないと。
この瞬間、その感情が心の奥底から激しく沸き上がった。
閑話、中村さん視点がこれで終了です。
なので、これで5章が完結です。
次話からは6章が始まります!
ここまで読んでくださった読者の方々。ありがとうございます。
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