閑話-上「七情激動の青年」
閑話です。
中村幸一視点の話になります。
「幸一さん! スイッチ!」
「ああ!」
祐也君が剣で『タートルガンラビット』の蹴りを受けた横を通り抜ける。
そしてその隙を槍で突く。
「ラピッドスラスト!」
槍スキルの一撃がタートルガンラビットに突き刺さる。それにより動きが鈍くなったところを祐也君がすかさず攻める。
「リア・スラッシュ!」
その攻撃でタートルガンラビットがたたらを踏む。大ダメージだとわかる。
だから、
「はあぁぁぁっ!」
これで終わらせると意気込みながら俺は槍を突き刺す。
「ラピッドスラスト!」
再度スキルによる攻撃が突き刺さった瞬間、『タートルガンラビット』の動きが止まる。
そして、光の粒になって消えた。
「よし!」
「やりましたね!」
やっとだ。このボスと戦って3戦目。やっと30階層を攻略できた。
自分のレベルがどこまでなのか試したくて、初めは一人で挑戦した。中級冒険者への壁である『ガンラビット』と『ギアルタートル』を倒すことができたから、30階層のボスも一人で倒せると考えていた。しかし、現実は無理だった。ボス部屋から逃げるために命を懸けた1戦目。
一人で戦った経験を考えて祐也君と挑戦して、それでも勝てずに逃げた2戦目。
そして、今回の3戦目。
パターンを読み、攻撃を通す方法を考え、勝ちに導くための方程式を組む。それがこのダンジョンを攻略するための方法だ。
地道に頑張れば進み続ける事ができる。努力が結果として現れる場所がダンジョンだ。理不尽な事は全て強く成る事で対処できる場所。
「二人でこれなら、一人でも倒せるようになりそうですね!」
「そうだね。でも、ここはこれで終わり。先に進むよ」
「はい!」
これならあと数回すれば一人でも倒すことができるようになる。でも、それでは遅い。俺の目的を達成するには一人で倒せなくても先に進むべきだと。
そう考えていると、祐也君がひとりでに話始めた。
「俺、あの時に幸一さんと出会えてよかったですよ」
そう言った祐也君が俺を見て笑う。
「……それは、俺も思った事だよ。俺も祐也君と出会えてここまで来れたから」
俺も祐也君と出会えた事で、パーティを組めたことでとても成長できたと思う。性格は違い、考え方も違うが、同じダンジョンに本気で挑む者同士、気は合う。
「そう言ってくれたら嬉しいです。俺、ダンジョンで生活できるようにすると意気込んでた。でも、里奈と将貴が死んでダンジョンに来れなくなった時はもう終わりだと思いました。自分の不甲斐なさ、身勝手さを痛感した。だから、あいつらの為にもダンジョンを諦めきれなかった。そこで出会えたのが幸一さんだ。だから、全てを投げ出してでもダンジョンは続けようと、やりきろうと考えられたんです」
「そうだね。その話は何回も聞いたよ」
「あはは、そうですね。でも、俺にとっては何回も話すほど大切な事なんですよ」
「知ってる。だから、俺も君を選んだ。あの、奥山って人とは違うから」
「……ですね。でも、奥山も強いと思いますよ」
その言葉に俺は少し苛立ちを覚えた。
奥山俊。最初は似たような空気を持っている人だと思った。同じような雰囲気なのに、俺の一つ前を歩いていた。それなのに、周りにいる冒険者とワイワイと騒いでいた。ここはダンジョンで、命を懸けて強くなる場所なのに、だ。
他の中級冒険者にも成れていない奴らと同じような目をしたあいつを、俺は強いとは思えなかった。だから早々に俺はあの人を仲間にする事を止めた。
「俺よりも早くダンジョンに来たから先に進んでたのはわかる。でも、あの人ではこの階層を超えられないだろ。もし超えてたらそれは仲間のお陰だろうな」
「そうですか……でも、幸一さんが言うならそうですね」
少し引っかかるところはあるが、祐也君は頷いた。
奥山の事はもういい。
ここまで苛立つ理由がはっきりわからないが、あの人の事を考える必要はない。
「じゃあ、さっさとアイテムを拾って今日は戻ろうか。やっとの30階層突破だからね。シャロンさんに報告して、報酬を貰おう」
「ですね。これで中級冒険者ですね!」
話を切り上げて、俺達は30階層を後にした。
◇
「あれはどういうことですか!?」
賑わっている夕方のギルドに俺の声が響き渡る。そこまで大きい声を出したつもりはないのに出ていたみたいだ。目の前にいる担当のシャロンさんが目をぱちくりさせている。周りの目線もこちらに向いていた。
その様子を見て、咳ばらいをしてからシャロンさんに謝る。
「すみません。少し興奮してしまったみたいで。それで、あれはどういうことですか?」
俺が指さすのは掲示板に書かれているレコードホルダーの内容だ。
30階層攻略の報酬を貰い、諸々の手続きも終わり帰ろうとした時、ふと目に入った掲示板を見てすぐにシャロンさんの所に戻ったのだ。
「えっと、そのままの意味ですよ。30階層バスのソロ討伐はオクヤマシュンさんがレコードホルダーです」
冷静にそう伝えるシャロンさんの顔はいつも通りだ。まったくそのことに驚いていない。
「それは見てわかります。ですが、間違ってるんじゃないですか?」
「間違っているとはどういうことですか?」
「あそこに書かれてるって事は一人で『タートルガンラビット』を倒したって事ですよね? あの人が1人であの『タートルガンラビット』を倒せるわけないじゃないですか。不正をしたか、間違ってるとしか思えません」
それを聞いたシャロンさんは俺の目をじっと見ながら言った。
「間違えていません。あの掲示板の内容はギルドがしっかりと確認した正しい内容しか書かれていません。なので、30階層のボス『タートルガンラビット』のソロ討伐レコードはオクヤマシュンさんです」
シャロンさんの目を見て俺は言葉を飲んだ。
この目は嘘をついていない。
すると横で祐也君が焦ったように横から意見を言った。
「幸一さん、あれは正しいと思います。俺から見ても奥山には冷静さがありましたし、剣だけじゃなく魔法も使っていた。一人で倒せる可能性はあると思う。幸一さんだって『タートルガンラビット』を一人で倒せる様になれるって言ってましたよね」
「……」
そう言う祐也君を見て歯を食いしばる。
いや、わかっている。あの掲示板に嘘は書いてないと。
しかし、あの奥山俊が俺よりも先に一人で倒しているなんて思いたくなかった。
「ナカムラ様」
俺が歯を食いしばってその現実を飲み込もうとしていると、シャロンさんが俺の名前を呼んだ。
「ナカムラ様も頑張っておられますよ。まだダンジョンに来られてから1ヵ月ちょっとで30階層突破ですから。もう中級冒険者ですよ。中級冒険者への昇給スピードは速い方です。優良新人と言っていいレベルです」
その言葉に少し自己肯定感が戻る。
「で、ですよね。これで中級冒険者ですもんね。2人パーティでなら早い方ですよね」
「はい。一般的にはそうですね」
そう言ったシャロンさんの言葉に引っかかりオウム返しの様に聞き返した。
「一般的に……ですか? つまり、一般的じゃないのもあるんですか?」
「そうですね。一般的じゃないと言えば……一番身近な方ならヒメミヤアンズさんとかジエイタイのイトウサガラ様とかは例外ですね。あの人達はレベルが違います」
その内容に俺は納得する。
「ああ、そう言う事ですか。それならわかります。見た目からして姫宮っていう女性冒険者は違いますから。それに伊藤相良さんは俺の憧れですので例外なのは理解できます。でも、奥山俊は違いますよね? あの人は前に会ったけど普通の人だ」
その言葉にシャロンさんは首を傾げた。
「いや、オクヤマシュンさんも例外ですよ? あの人もかなり凄いです」
シャロンさんの言葉に俺は目を見開いた。
「はぁ? あの人が凄い? ダンジョンに片足しか突っ込んでいないような人ですよ。他の人に比べたらダンジョンへの考え方が違う。そんな人が凄いわけない!」
意味がわからない。
しかしシャロンさんはそれを否定した。
「そうですか? 私が話した時のシュンさんはダンジョンに対する考えも、戦いに対する持論もしっかりしていましたよ? と言っても、数回しか話したことがありませんのでもっと詳しい事はわかりませんが。それに、私が引き抜きに声をかけたぐらいですからね。断られましたけど」
「なっ……」
シャロンさんが引き抜くほど?
あの人が? あの会社も辞められないダンジョンに人生をかけられない人が?
「幸一さん……」
俺がシャロンさんの言葉に衝撃を受けていると、心配そうに祐也君が見ている。
祐也君もあの人の強さを肯定していた。戦っている所を見たら考えが変わるのか? でも俺も前に22階層であの人がネームドと戦っているのを見た。でもその時はそこまで何も感じなかった。
強者には強者の何かを感じると思っているのに。
実際に伊藤相良さんや姫宮杏子を見た時は強者の何かを感じていた。
「でも……」
しかしと否定しようとしたところ、シャロンさんが案を提示した。
「そうですね……。でしたら、シュンさんの担当の職員と話してみますか?」
担当の職員か。最も奥山俊に近い人物。その人から話を聞いたら何かわかるだろう。
俺も何に引っかかっているのかわからない。ただ似ているだけで、なぜ奥山俊にこだわるのか。それが少しわかるかもしれない。
「……ぜひ」
だから俺はその案を受け入れた。
あと1話続きます。