50話-3「後片付け」
すみません。いつもより更新時間遅くなりました。
◇
「奥山、お前まあまあ食べるな」
「お腹空いてさー。ちょっと多いかもしれないけどな」
食堂のおばちゃんから受け取った昼飯を運びながらそう話す。
今日は会社の近くの大衆食堂で昼飯をと思い、同僚の谷口と来ていた。
いつも平日の昼は営業先のエリアで食べている事が多いけど、今日の午前中は営業先に行く必要が無かったので久しぶりだ。ここのご飯はなんでも中々美味い。
ちなみに、今日の昼飯はとんかつ定食のご飯大盛だ。
「逆に谷口は蕎麦だけ?」
「まあ、楽だしな」
壁沿いに設置してあるカウンター席に二人並んで座る。
「それにしても、最近いい感じみたいだな? この前……たしか先月にあの課長から理不尽な指示受けてかなり憔悴してたけど、今は全くそんな感じじゃないよな」
「まあな。あれはきつかったけど、もう過ぎた事だし回復したかな。それに最近はあれぐらいなら耐えれる」
「おお、強くなったな。うちの課長も褒めてたぞ。成果も出てるし仕事に取り組む姿勢が変わったって」
「まあ、成果はでてきたな。でも仕事に取り組む姿勢はあまり変わってない気がするんだけど?」
「いや、俺から見ても変わった感はあるな。何と言うか、余裕が出たって感じ? がむしゃらって言うより落ち着いてきたって感じかな」
「なるほど。それはあるかも」
傍から見てるとそう見えるのか。
内心、ダンジョンで稼げる目途が立ったから、会社で何を言われようともダメージを受けていないだけなんだけど。他に収入源があるのは素晴らしい。
そして谷口と共に「いただきます」をして食べ始める。
「まあ、俺もあの課長はどうかと思うからな。この前うちの課長に話してみたけど、決定的な証拠を出さないから難しいらしい。部下にはあれだけど、一応あの課長自身も成果出してるみたいだし」
「だからか、実はこの前課長から少し小言あったんだよな。谷口から言ってくれのは嬉しいけど、まったく改善はしてなかったな」
「まじか。それは申し訳ない。ごめん。いらん事言ったよな?」
「いや、言ってくれただけで嬉しいし。それに、最近はもう自分が対処すればいいだけの話って思ってるから、どうにかなってるよ」
「おお……。奥山、なんか言う事変わったな?」
「そうか?」
谷口が僕の言動を見て感心している。
あまり自分ではわからないけど、もし変わったとしたら全てダンジョンのおかげである。
そう言ってから、谷口が二口目の蕎麦をすする。その時、谷口の携帯が鳴った。
「んっ……ごめん。ちょっと席外す」
「んー」
そして、電話に出ながら外に出て行った。仕事の電話だろう。
その様子を目の端に捉えながら僕はとんかつを口に入れる。うん、うまい。
少しすると面倒臭そうな顔を谷口が戻ってきた。
谷口でもこういう顔するんだな。
「タイミング悪すぎだわ。呼び出し食らった。顧客が急いで会社に来てるみたいですぐ戻らないといけないんだけど……」
「飯途中だもんな」
「奥山、それ食えるか?」
「えっ? まあ、食えるけど。そんな時間ないのか?」
「ない。あの客遅かったら少し面倒なんだよな。あ、無理だったら返却口持って行っといてくれ。頼めるか?」
「いいけど、勿体ないし食うよ」
「ごめんな。助かる!」
そう言って足早に谷口は店を出て行った。
「……あいつも大変だなー」
そう呟きながら谷口が残していった蕎麦を近くに移動させる。
ちなみに、最近の僕の胃は強くなっているので2人前ぐらいなら食べられる。これもレベルアップの恩恵なのだろうか。
そう思いながら昼飯を食っていると、
「あれ? 珍しいね、奥山君も今日はここなんだ」
後ろから女性に声をかけられた。
「あ、河合さん、お疲れー。偶然だね」
「だね。今日は営業行ってないんだ」
「うん。朝も昼からも社内でする事あるから、今日は久しぶりにここかなーって」
「ここ美味しいし、安いもんねー」
河合さんが「隣いい?」って聞いて僕の隣の席に座る。
「さっきまで谷口もいたんだけどね」
「えっ、隆斗君が?」
「なんか会社に呼ばれたみたいで蕎麦少し食べて行った」
「あー、だからとんかつ定食に、蕎麦まであるんだ。むっちゃ食べるな―って思ってた」
「あはは。でも、これぐらいなら食べれるかな。最近昔に比べてお腹が減る様になってさ。食べれる量増えたんだよね」
「わかる。ダンジョン潜ってたらお腹すくよね。あれかな、魔力が関係してるのかな? レベルアップの恩恵も少しあるみたいだし」
「そうかもしれないよな」
河合さんの言う通り、何かが違うとしたら魔力だ。
ダンジョンの中での魔力量とは違うけど、ダンジョンの外でも魔力は身体を流れていたりする。
それにレベルアップによる身体能力の向上はダンジョンの中とは全く違うけど、ダンジョンの外でも少しは影響があるようで、力は少し強くなっているみたいだ。
まあ、ダンジョンの中での身体能力が凄すぎて外に出たらそのギャップで倦怠感に襲われるから体が軽いとかは感じないんだけど。
河合さんが「いただきます」をして食べ始める。
ちなみに河合さんが頼んだのはサバの味噌煮定食だ。美味いけど、渋いな。
「それにしてもこの前のネームドの討伐報酬が50万ってびっくりしたよね!? それも4人共50万貰えたって破格過ぎない!?」
「だよな。まじであれはびっくりした。ユニークを討伐した時が2万だったから、多すぎて逆にちょっと焦った」
「シルクちゃんが言ってたけど、階層ごとに発見と討伐の報酬は変わっていくんだってね。それにユニークとネームドでは報酬額が全く違うみたいだし」
「らしいね。それにしても、この報酬はかなり懐が潤いました」
「それは私もだよ。換金したら35万円だからね。かなりのボーナス。他にもこの3連休でのアイテムの換金額は大きかったから、懐が潤ってるよ。ボス部屋の宝箱は大きいねー」
「まじでそれ。この調子なら、充分稼げるよな。というか、今の時点で稼いでるし」
「でも奥山君、これって今まで私が普通に攻略してたら貰えてない金額だからね。奥山君が来てからここまで稼げるようになったんだよ。まあ、40階層超えたからってのもあるかもだけど、少なくともネームド報酬は奥山君のおかげだね」
「そんな褒めても何もでませんよ。しかたない、ここは奢らさせて頂きます」
「ええいいの? じゃあ、奢ってもらおうかなー……って、ここ先払いだから奢ってもらえないんだけど」
そのやり取りに笑う。懐が潤っていると何かと気が大きくなるし、余裕も出てくる。
全てダンジョンのおかげである。
そんな話していると、河合さんのと僕のスマホが同時に鳴った。
「……ん。小百合さんからだ」
そう言った河合さんの声につられて僕もスマホのメッセージアプリを開く。それに表示されているのはダンジョンでのパーティのグループだ。
小百合さんからの内容は「今週の日曜日に兼次さん達他のメンバー全員の顔合わせと打ち合わせをするから、9時にギルド集合でお願いね」という内容だった。ちなみに、土曜日は自由行動になるようだ。大樹さんと小百合さんは他に用事があるらしい。
「顔合わせだって、全メンバー集合するみたいだね」
「みたいだな。どんな、人達だろう?」
「だよね。一応私は他二人とは顔合わせしてるけど、新しく入った回復役の人とは会ってないからなー。まあ、他の二人とも一緒に攻略はしてないからそこまで面識ないけどね」
「そうなんだ。僕は全く顔も見た事ないからな。少し緊張するかも」
「あはは。初めては緊張するかもね。でも、二人とも別にそんなに緊張するような人じゃなかったから大丈夫だと思うよ」
「だったらいいけどね」
「会えばわかるよ」
そんな話をしながら昼ご飯を食べる。河合さんとの会話は専らダンジョンについての話だった。
◇
「おい、奥山ちょっといいか?」
「あ、はい。なんでしょうか?」
昼食から帰ってくると早々、課長が自分の席から僕を手招きしていた。
この時間に声がかかるとは珍しい。いつもなら昼休憩は自分の大切な時間だと質問も受け付けないのに。
そんな事を思いながらもそそくさと課長のデスクまで向かう。
「さっきな、部長に褒められたんよ」
「は、はあ……おめでとうございます?」
「なんで疑問形やねん! そこはしっかり褒めろや」
「すみません。おめでとうございます」
「それでええねん!」
なんで僕が怒られてるのか。
まあ、そんなことはいいが、そんな自慢の為だけに僕を呼んだのだろうか。
「それでな、まあ、不本意やけど、部長に褒められた内容がお前のことやねん。部長も見てるからしっかり褒めとくけど、お前の評価上がっとるらしいぞ」
「あ、そうなんですね。部長が、へえー」
その言葉を聞いて、ちらっと部長の方を見る。
すると部長もこっちを気にしていたのか目が合った。少し会釈しておく。
「おい、どこ向いてんねん。あっ……」
僕がどこを向いていたのかわかったのか、立ち上がりぺこっと部長に向かって会釈する。
そして、僕の肩を叩くように手を置いた。
パフォーマンスだ。僕を褒めている様に見せるために笑いながら肩を叩く。
「部長が見てるからな……」
と、小声で言ってから少し大きい声で。
「流石、奥山や! 俺が見込んだだけあるわ! 営業で今回は全店で上位に食い込んだからな! この調子で頑張ってくれ! わからんことあったらいつでも聞いてくれたらいいし、なんやったら俺が行った方がいい客があったら言ってくれよ! 全然俺行くで!」
なんと言うかザ・パフォーマンスな褒め方だ。
そんなわざとらしかったらばれるだろ。はははって笑いながら肩叩いてるのもまあまあ痛いし、何と言うか、なんで今までこんな上司にビビってたんだとこの瞬間思った。
そして30秒ほど褒めたら椅子に座った。
まあ、これで課長の気が済んだのならいいだろう。僕は僕の仕事をするだけだ。
それに最近調子がいいからな。
ダンジョンに潜る事でストレスの発散、そして強いモンスターと出会った事で少々の事ではビビる事がない恐怖耐性を得た。加えて、ダンジョン外でも少しレベルアップの恩恵と魔力が残っている事による身体能力の向上。ほんの少しだけだけど疲れにくくなったこの身体は調子がいい。
つまり、ダンジョンに潜る事で僕の全ての能力値は上昇していると言う事だ。
何たる相乗効果。ダンジョンとはすばらしいと再確認しまくりだ。
そんなことを思いながら課長の言葉を聞き流していると、最後に椅子にもたれながら課長は言った。
「まあ、お前が評価されたら俺の評価も上がるからな。そのまま頑張ってくれや」
「わかりました。頑張ります」
そう無難に答えた。
褒められたのはほぼ始めただけど、ここまではいつもの事だ。しかし、なぜか課長がじっと僕の顔を見た。
そして、
「お前、なんかいつもと雰囲気が違うな……」
……こういう時だけ鋭いんだよな。なんなんだこいつ。
「女……いや、その自信はちゃうな……」
そして、僕を睨んで、小声で器用に怒鳴った。
「おい、この会社で副業はNGだからな。お前、何してるかわからんけど、今すぐそれ辞めろ」
衝撃を受けた。
なんだこいつ。僕の状態を見てそこまでわかるのか。怖すぎるだろ。
「お前の為にとかは言わん。俺の為に辞めろ。せっかくここまで調子がいいなら、今すぐ辞めてこっちの仕事に集中しろ! 昇級の話は無くなるし、下手したら降格やぞ! 誰がって俺がな! そしてお前はクビや!」
全て自分の為か。
確かにこの会社の規則に特定の副業はNGとはあった。でも、それ以外の副業なら認めている。そしてダンジョン攻略はそのNGには含まれていない。情報漏洩問題がある可能性の会社への副業はNGなのは僕もわかるが、許されている副業はある。ダンジョン攻略は許される副業に入る。
だから、そんな頭ごなしに否定するのはおかしい。少なくとも、他の同僚も副業している奴はいる。と言うか、他の上司なら認めている。
このご時世、副業が認められてるのは副業による能力の向上があるからだ。
それなのにこいつは。
「人に、俺に迷惑かけるな! とにかく、辞めてこいよ!」
そう言った課長は席を立ってトイレに行った。
さっきまで良い感じだったのに、何が「副業はNGだ!」だ。ただ自分の言う通りに動かない奴が嫌なだけだろ!
フラストレーションが溜まる。
だから、僕は決心する。
これが最後だと。50階層の攻略を期に、会社を辞めてやるんだ! と。
これで5章本編は完結です。
さて本当に俊くんは会社を辞められるのか。何かが上手い事いけば他の事も調子が良くなってきますよね。このまま通常の仕事も良い感じなら会社を辞めない選択肢も出てくるのだろうか。
お金があれば何でも調子は出てくるものです。
一応5章はあと数話閑話が続きます。
ぜひ、評価とブックマークをよろしくお願いいたします!