50話-2「後片付け」
一つ一つさかのぼって話す。
初めて会った時から、ウェアハウンドに進化したところまで。
みんなに話してなかった内容を、一つ一つ話した。
「だから、僕のせいなんです。申し訳ありませんでした」
立ち上がって頭を下げる。
しかし、みんなの反応は無い。
静まり返る、その空気に頭を上げられない。
数秒そのままの状態で、1番最初に声を発したのはギルドマスターだった。
「つまり、オクヤマシュンがユニークモンスターのコボルドに最初に会った時点で倒さなかった事と、その後に報告しなかった事が『独眼のウェアハウンド』に進化した原因だっていうのかい?」
「……そう言う事です」
再度その場が静かになる。
しかし、その空気をかき消すかの様にギルドマスターが笑った。
「はっはっはっはっ! それが責任になるんだったらみんな何かしら責任を持ってることになるよ。そんなの切りがない。だから、オクヤマシュンあんたの責任じゃないね」
「……えっ?」
なんで? と顔をギルドマスターに向ける。
「まず、一体のモンスターを見逃した事であんたの責任になるなら、他の冒険者はどうだい? 今までに一度も出会ったモンスターを無視した事は無いのかい? そんなわけないだろ?」
「でも、ユニークモンスターを見逃したのは、よくないですよね……。それに、ユニークモンスターに出会ったらギルドに報告する義務はありますよね……」
「そうだね。ギルドに報告する義務はあった。でも、そいつがユニークモンスターって確信がなかったらギルドに報告できないし、忘れるだろう。それにはっきり言って、20階層までで出会うユニークなんて弱いからね、ここまでの脅威になる事はほとんどない。それも2階層で出会ったコボルドなんて雑魚モンスター、気にも留めないね。報告が無くても誰も気にする事はない。今回がかなりレアなケースだよ。だから、あんたの行動は仕方ないで済むわけだ」
そうギルドマスターは言い切った。
「それに、このダンジョンの中にいるだけで冒険者は命かけなきゃいけないんだよ。だから、ギルド側はモンスターにやられた冒険者については何も口出しはしない。そりゃ冒険者が減る事はこっちにとっても痛手だけど、モンスターにやられたらそれまでだったって話さ。そんな冒険者、遅かれ早かれ先に行けば死んじまう可能性はあるって話だからね」
「それって……」
それってギルドは冒険者が死んでも気にしないって事なんじゃ……
「ああ、勘違いしないでおくれよ。あくまでも戦闘でモンスターに倒されるって話だけだよ。もちろん、ギルドはモンスターに殺されない様にアドバイスはするし、サポートは徹底的にする。できる限り死人が出ないように動く。でも、実際にモンスターと戦って死んじまったらギルドは手が出せないって事だ。ギルドの人間は攻略に行けないからね。口出ししないってわけじゃなくて、口出しできないってことだね」
「そういうことですか……」
ギルドは攻略できない。それには理由があるのだろうか。
でも、そう言う意味なら理解ができる。
あくまでもモンスターに倒されて死ぬのは自己責任ってことだ。それがどんなモンスターでも。
「まあ、冒険者同士の殺しの場合は、黙っちゃいないけどね」
ニヤリと笑ったギルドマスターが言ったその言葉はかなり意味深に聞こえた。
「だから、オクヤマシュンがユニークコボルドを『独眼のウェアハウンド』に進化させたきっかけだとしても、仕方ないことだとギルドは判断する。それに、自分で倒して後始末までしたんだ、ギルド側は何も言う事はないね」
ギルドマスターがそう言ってくれて少し肩の荷が下りた。
でも……
「それは、ギルド側は大丈夫でも、冒険者側は違いますよね」
そう言って兼次さんと大樹さん達を見る。
腕を組んで聞いていた兼次さんと目が合う。そして一番に口を開いた。
「まあ、俺からしたら死にかけたし、臨時パーティメンバーばボロボロになったから『独眼のウェアハウンド』は倒す相手として見てたな。けど、それだけやな。死にかけた事に恨みはしてへんし、逆にボロボロになった自分の力不足に腹は立ったけどな。やし、俊がきっかけやとしても全く気になってへんな。どうや、大樹?」
「そうだな。兼次さんの言う通り、その話聞いても全く俊のせいとは思わなかったな。ユニークからネームドに進化する事も事例が少ないし、はっきり言ってわからん。そうだよな?」
「そうね。私も俊くんの責任は特にないと思う。強いて言えば、報告を早くしてたら怪我人もでなかったかもしれないけど、それも経験だと思うわ。私自信が、生きてるから言える事かもしれないけど、逆にいい経験できたと思ってるし。50階層の前哨戦としたらかなりいい練習ができたわよ」
「みなさん……」
優しすぎる。そのままの意味としても受け取ってもいいけど、それが嘘でも今この場ではみんな僕の為に言ってくれていると感じられる事が嬉しい。
そして、まだ話していない河合さんに目を向ける。
死にかけたし、かなりの恐怖も与えてしまった。河合さんが一番格上と戦ったわけだし、河合さんだけは意見が違う可能性がある。
だから、恐る恐る河合さんの目を見る。
すると、河合さんも口を開いた。
「私はね、今の話を聞いて思うところはあったよ」
その言葉にビクっと体が震える。
しかし、次に出た言葉は思っていたのとは違った。
「でも、奥山君は自分が犯したミスを自分で取り返した。だから私は、この件はそれでもういいと思う。誰でもミスはあるし、それもダンジョンに来て数日の話でしょ? 新人のケアレスミスレベルだよ。もし会社なら、ミスを会社がカバーするのが普通だけど、自力で取り返せば評価されるし。新人ならなおさらだよ。もちろん、ミスをした事自体はマイナス評価になるけど、ここはダンジョンだから誰かに評価されるわけじゃない。ダンジョンの目的は自分が強くなって、モンスターを倒すことだから。奥山君はそれができたわけだし、倒したことでより強くなれたでしょ? 結果を出したんだから、逆に評価が上がった事になるよね。それに、もしかしたら私も、私達も、何か知らない所でミスしてるかもしれないし。だから、これ以上は私は何も言えないかな」
そして、もう一つ付け加えてくれた。
「あと、極端な事を言うと、モンスターに倒されて死んじゃったら、死んだ人は悔しいし恨むかもしれないけど、死んだ人はもう口を出せないんだから。ダンジョンに戻って来れないんだから。気にしなくていいと思う」
その言葉と同時に河合さんは笑った。
その言葉は極端だった。でもその通りだとも思えた。
それに、この言葉は河合さんの優しさだ。僕の罪を少しでも軽くしようとしてくれているのもあるんだろう。
「ありがとう……」
そして最後にギルドマスターが言った。
「カワイマユの言った通り、今回は死人が誰もいないんだから全く気にする事はない。それに、そんな事まで気にしてたら冒険者として生きていけないからね。はっきり言うとね、オクヤマシュン、あんたはここで止まってちゃいけない冒険者だよ。ギルドとしちゃ、ネームドに倒される冒険者より、ネームドを倒す冒険者の方を贔屓するよ」
「平等じゃないんですね」
ギルドマスターの意見にふとその言葉が出た。
しかし、その言葉をギルドマスターは鼻で笑った。
「平等? なんだいそれは? ギルドが冒険者を平等で見るわけないだろう」
「そうなんですか?」
「そりゃね。あたし達が求めてるのは強い冒険者だよ。強い冒険者ほど贔屓するのが当たり前だろう。強い方がダンジョンを攻略してくれるわけだからね。みんな平等に仲良しこよししてダンジョンは攻略できるのかい? そんなわけないね。競争してせめぎ合ってこそ冒険者は強くなる。冒険者が強くなると、ギルドとしてはメリットが増える。実際、強い冒険者には良いギルド職員を付けてるし、サポートも充実してる。階層ボス毎にランキングを付けてるのも、ボスを倒したり、ユニーク、ネームドを倒したら報奨金を出すのもその一つなわけだ。外の世界では平等が当たり前なのかもしれないけど、ダンジョンではそれが当たり前のことだよ」
「なるほど……」
ここはダンジョンだ。日本の常識とは違う。平等などない。強い者が、ダンジョンを攻略する者が、攻略する事が全てなんだ。
「だから、オクヤマシュンにはより感謝してるよ。くすぶってたニシカワケンジのケツに火をつけてくれたからね」
そしてギルドマスターが兼次さんを見る。
見られた兼次さんは頭を掻いていた。
「ギルドマスター。そう言われてもなぁ。あの時はあれが俺の実力だったわけやしな」
「ふん。なら、とっくにあんたは死んでるよ。ここまで生きて中級冒険者でいれるのはあんたの実力だからね。さっさと上級まで上がってきな!」
「また厳しい言葉を」
兼次さんは笑う。
珍しい。誰かに攻められてる兼次さんなんて見た事ない。それだけギルドマスターとの付き合いなのだろう。
「まあいいさ。よし、この話はこれで終わりだよ。そんなくだらない事で悩んでちゃ時間の無駄だ。あんた達、もう遅いし今日はしっかり休んで、また攻略しに来ておくれ」
そう言ってギルドマスターが立ち上がった。
くだらないって、本当にそうなんだな。
「シルク、あとは任せたよ。ちなみに、カワイマユの言葉を借りたら、シルクは社員だ、あたしが評価してるからね。評価が上がる様に頑張りなよ」
「は、はい! わかってます!」
シルクさんが背筋を伸ばす。
「じゃあね、あんた達」
そう言ってギルドマスターは部屋から出て行った。
ギルドマスターの意見。兼次さん達の意見。色々な意見を聞けた。
やらかした事は事実だが、全く気にする必要なないと。冒険者は強くなって攻略すればそれでいいと。
その言葉でかなり肩の荷が下りた。悩む必要なんてない。
「まあ、そう言う事やな。俺らも帰ろか」
「そうね。帰りましょう」
「この3日間はかなり濃い攻略できたからな。小百合、明日は休息日にするか」
「そうしよっか。まあ、いつも通りまゆちゃんと俊くんはダンジョン休みよね」
「ですね。平日なんで……はぁ、明日からまた仕事かぁ……」
「だね。まじでわかる」
河合さんがため息を吐くのがよくわかる。
ここまでダンジョンで動くならもうそろそろ会社を辞める算段を付けないと。稼げるようになってきてるし、今がチャンスだろうし。
兼次さんを先頭にしてみんな立ち上がる。
するとシルクさんが手を上げた。
「みなさん、あと少しお願いしますね。ネームドモンスターの清算とアイテムの換金などありますから。私の評価にも繋がりますので、お願いしますっ!」
「はーい」
そして、シルクさんを先頭にして、応接室から出て行った。