50話-1「後片付け」
冷たい地面が少し気持ちい。でも、布団じゃない地面は硬くて痛い。
そしてゆらゆらと揺らされるのがハンモックで寝ているようで少し心地いいなと思っていたけど、どんどんきつくなってきて気持ち悪くなってきた。
あと、「おくやまくん!」って声が目覚ましみたいな感じで……って、え!?
「寝てた!」
その場で跳ね起きる。
やばい! 寝てた! ここ45階層じゃ!
「奥山君、爆睡だったよ」
その声の元を見て、その笑顔に少し安心する。
「河合さん……どれぐらい寝てた?」
「いやー、私も今起きたところだし、大樹さんと小百合さんも今起きたところ」
そう言われて周りを見渡すと、大樹さんと小百合さんもどこかバツが悪そうな顔をしていた。
そしてその顔を見てわかった。
「……寝すぎました?」
「……うん、私達もね。寝すぎたわ」
「5時間寝てた、みたいだな」
「5時間っ!? まじっすか!?」
隣に居た河合さんの顔を見る。
「ほんとだよ。奥山君もギルドカード見てみたら?」
そう言われてギルドカードを取り出す。
そこには、しっかりと21時の時刻が刻まれている。
「やばっ……かなり寝すぎ……」
その睡眠時間に驚きだ。この硬い地面で5時間も寝てたのか! その割には身体が痛くないし、すっきりしてるんだけど。冒険者の身体すごいな。
「よし。とにかく、俊も起きたからギルドに戻るぞ」
「そうしましょ。たぶん、シルクちゃんが心配してるわよ」
「あー、心配してそう。申し訳ない事したなー」
シルクさんは心配してるだろうな。ギルド帰ったら慌てて寄ってくる光景が目に浮かぶ。
みんなが一斉に起き上がる。
「それにしても、みんなして爆睡決めるとか、おかしくないかな?」
「だよね。私も5時間寝るとか思ってなかったし。まあ、あれだけ最大魔力で何回も魔法使ったの初めてだし、そういうモノなのかもね」
「そうかも。死にかけた事は2回ほどあるけど、ポーションはあれだけ飲んだことはないからな。一気に回復を何回もするのがよくないのかも」
ポーションによって体力や魔力が回復するのは何らかな自分のエネルギーを使ってるのかもしれないな。
「まあ、シルクちゃんかギルド職員に聞いてみてもいいかもな。じゃあ行くぞ」
大樹さんの言葉を最後に僕達は45階層を後にした。
◇
「皆さんっ! 無事だったんですねっ!」
ギルドに入ると同時にシルクさんが走って近づいて来た。その顔は本当に良かったと安堵した、あと少しで涙をこぼしそうな笑顔だった。
「ごめんねシルクちゃん。45階層は突破できたんだけど、色々あってね」
「色々ですか……でも無事で本当によかったです。もしかしたらって思って、私……」
とうとうシルクさんが泣いた。
自分の担当のパーティが帰ってくるのが遅かったのだ、そりゃ心配するだろう。泣くほど心配して貰っていたのは、本当に申し訳ない。
もし次もこういう事があったら眠くてもゼロ階層には戻ろうかと思う。
「ごめんごめん。泣かないでシルクちゃん。報告しないといけないわ」
「……そうですね。詳しく教えてくださいっ」
目をこすって涙を拭いたシルクさんは僕達が全員座れる机に案内してから、受付に戻って紙とペンを持ってきた。
「すみませんが、一日の報告をお願いします」
「了解。じゃあ、44階層から……」
そして今日の攻略を全てシルクさんに話した。
「……45階層に『独眼のウェアハウンド』がいたんですね……それを討伐できたと言う事ですね……えっ、『独眼のウェアハウンド』を討伐したと言う事ですね……あれ? 『独眼のウェアハウンド』を討伐したって事ですか……」
その話をしたところ、シルクさんは驚きすぎたのか同じことを何度も繰り返していた。
そして、やっと自分の中で整理できたのか、目の焦点があった。
「えっ! 『独眼のウェアハウンド』を討伐したんですか!! みなさんでっ!?」
「そうそう、シルクちゃん驚きすぎ」
「驚きますよ! あのネームドをですよ! それもケンジさん他40レベルの冒険者2組でも倒せなかった『独眼のウェアハウンド』をですよ!」
「信じられない?」
「いや、そう言うわけではないです! すごいから驚いてるんですよ!」
それはシルクさんの顔を見たらわかるし、テンションマックスだからわかる。
「はははっ。でも、相手も45階層のボスと戦った後で弱ってたし、兼次さん達のおかげで片腕が無かったからな。だから4人で倒せた。それにこっちには俊と真由がいたからな」
「シュンさん、マユさん……すごいです!」
称賛の目で僕と河合さんを見るシルクさん。ブツブツと何か「流石私が見込んだ方々です。まだまだ、まだまだいけます」とつぶやいているのは嬉しさの表れだろう。
「一応そこまでが俺らの今日の攻略内容だな。大丈夫ならアイテムの換金をお願いしたいんだけど」
「はい! しましょう! ……あっ! では、討伐内容を確認したいのでギルドカードと『独眼のウェアハウンド』のドロップアイテムを先にお願いしてもいいですか? ギルドマスターに報告もしないといけないので」
「了解。じゃあ小百合」
「はい。これね」
小百合さんが魔玉と黒く光る牙を机の上に出す。
それを鑑定したのか、シルクさんが目を見開く。
「……これは、本物ですね。疑ってはいなかったんですけど、本当に『独眼のウェアハウンド』の魔玉です。それにこれは、ウェアハウンドの牙ですけど、魔力で黒く染まってますね……これは、やっぱりギルドマスター案件ですね。いや、ネームド関係の時点でギルドマスター案件なんですけどね……」
バッとシルクさんが顔を上げて立ち上がる。
「みなさん少しお待ちください。確認してきます。たぶん前のシュンさんと同じで奥に来てもらう事になります」
「わかった。いってらっしゃい」
そしてシルクさんは走って奥に消えた。
すると数十秒後、奥から走って戻ってきた。
「……みなさんギルドマスターが御呼びです。ついて来てください」
やっぱりと言う顔でシルクさんが付いてくるように促す。
そして、ついて行こうと僕達が椅子から立ち上がった瞬間――
――ギルドの扉が乱暴に開かれた。
「大樹、小百合! 真由と俊も!」
「「兼次さんっ!?」」
入って来たのは兼次さんだ。それも息を切らしながら近づいて来た。
「お前ら無事やったんやな! よかった! ほんまよかったで!」
安心した顔をした兼次さんが一番に近づいていた大樹さんと小百合さんの肩に手を置く。
「シルクちゃんから戻ってきいひんって聞いた時は焦ったで。でも、お前らの顔を見たら安心したわ」
「兼次さんこそどうしたんだ? 今日はあいつらとで、この時間は訓練終わってるよな?」
ふとその兼次さんの姿を見ると、所々防具に傷がある。
まさか、
「どうしてたって、お前らを探しに行ったんやんか。全然帰ってきいひんってシルクちゃんから言われたからな」
「えっ、まさか兼次さん一人で……?」
恐る恐る小百合さんが聞くが、
「そや。その時いたのは俺だけやったからな、一人で45階層まで行ってきたんや。たまたま44階層から帰って来たパーティがいたからそいつらに一旦俺も連れて戻ってもらってやな。そこから45階層までダッシュや」
あの階層を一人で? 嘘だろ。
「44階層はルート一つしか知らんから、そこをダッシュで走ってな。もしかしたら『独眼のウェアハウンド』と会ってるかも思って、探しながらやけど44階層にはおらへんかったから、45階層も突入や」
「45階層突入ですか!? まさか、ボスも……」
思わず僕も口を挟む。
「そりゃな。まあ、45階層のボスは一人で何回か戦ってたからな。それに俺も『独眼のウェアハウンド』と戦ってから少しは強くなってるからな。時間はかかったけど倒したで」
まじかよこの人!
強さは戦っていないからわからないけど、あの大きさの百足を一人で倒してきたのか!
周りを見ると大樹さんも小百合さんも口を開けて呆然としていた。
「それで、45階層にもおらへんって事は、もしかしたら戻ってるかもって思ってな。ゼロ階層に戻ったら、ゲートのエルフの姉ちゃんに戻って来たって聞いて、ここまでダッシュやわ」
化け物かこの人。
僕が会ってない間にどれだけ強くなってるんだよ!
「で、お前らがこの時間になった理由はなんやったんや?」
それが本命の話だ。
そして、大樹さんが申し訳なさそうに話した。
「えっと、簡単に言うと『独眼のウェアハウンド』と45階層で会って倒したけど、その後急激に睡魔が襲ってきて出口エリアで5時間ほど寝てたん、です……」
すると、兼次さんが笑った。
「ははははっ! 寝てたんか! そりゃ仕方ないな。それに『独眼のウェアハウンド』を倒したって? お前ら凄いな! まじか!」
全く怒る事なく兼次さんは笑い飛ばした。
やっぱりこの人豪快だな。すげえ。
「そやったら『独眼のウェアハウンド』について詳しく聞きたいな」
そう兼次さんが言うと、シルクさんが口を挟んだ。
「ケンジさん、お帰りなさいませ。それについて今からみなさんがギルドマスターに呼ばれているんです。よかったらケンジさんもどうですか? パーティリーダーなので大丈夫だと思います」
「そうか。じゃあ、一緒に聞かせてもらうわ」
そして、兼次さんも加わりギルドマスターの元に向かった。
シルクさんについて行くと前と同じ部屋で、部屋の中にはすでにギルドマスターが座っていた。
「すまないね、あんた達。ネームドの案件はあたしが主にしてるからね。ニシカワケンジも来たんだね。まあ、座りな」
前とは違いソファーの横に椅子が2つ置かれていて、大樹さん達がソファーに、僕と兼次さんがその椅子に座った。
大樹さん達は少し緊張しているようで、入る時も「俺らがギルドマスターに呼び出されるなんてな」「ほ、ほんとにね。凄い事だわ」「カウンターの奥ってこうなってるんだ……初めて……」とか言っていた。
「早速だけど、さっきシルクに話した事をもう一度詳しく話してもらえるかい?」
「わかりました」
そして、主に大樹さんが同じ内容をギルドマスターに話した。
「なるほどね……『独眼』が45階層のボスをね……」
ギルドマスターが納得したようにうなずく。
「ネームドは階層を進むからね。ボスを倒す事は必然だ。しかしあんた達よく倒したね。よく頑張ったよ」
「あ、ありがとうございます!」
ギルドマスターが褒めてくれた。
初めて見た時は見た目から厳ついイメージが先行して少し怖かったが、心は優しい人なんだろうとここまでの会話でわかる。
「片腕が無かったとしても、ボス戦で弱っていたとしても、ネームドは少々の事では倒せないからね。あんた達の実力があったって事だよ。自信もっていいよあんた達」
その言葉に感情が動く。
大樹さんも小百合さんも河合さんも嬉しそうに顔をほころばせる。
「お前ら、本当によくやったな。俺がいないのに倒すってな。大樹、小百合よくやった。真由と俊も強くなったな」
隣で話を聞いていた兼次さんも褒めてくれた。
褒められるってこんなに嬉しいんだな。
「この魔玉も牙も本物だからね、売ると高くなるよ。あと、今回に見合った報奨金が出るからね。それはシルクに任せるけど、それでボロボロになった防具と武器を新調しな」
「はい!」
その言葉でみんながワイワイと話始める。何を買うとかどう使うとか。嬉しいとか褒められたとか。
僕も同じように喜びたい。
しかし、僕は話さないといけないことがある。
ギルドマスターも兼次さんもみんないるこのタイミングがベストだろう。
チクリと胸にトゲが刺さるような痛み。それは自分が起こした事を悔やんでいるということ。
だから僕は話さなければならない。
「……少しいいですか」
その言葉でその場が静まり、みんなの視線が僕に集まった。
「どうした、オクヤマシュン?」
息を飲む。
やっぱり言いにくい。しかし、これはけじめだ言わないといけない。
これからここで冒険者をするなら、初心者の至りだとしても言った方がいい。
そして、口を開く。
「『独眼のウェアハウンド』をあそこまで強くした原因は、僕なんです……」
そう話始めた。