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49話-3「独眼のウェアハウンド」



 光の粒に変わった『独眼のウェアハウンド』を見て、各々が動き出した。



 河合さんはその場で座り込み、その光景に顔をほころばせる。


「倒した……倒したんだよね……」



 杖代わりにした弓に体重をかけながら笑う小百合さん。


「はははっ、勝った。勝ったわよ。勝ったのよ!」



 武器を地面に放り投げその場でガッツポーズをする大樹さん。


「まじか、まじか、まじか! 独眼のウェアハウンドを! 俺達が!」



 そして僕は、その場に全てを投げ出す様に大の字に倒れた。


「倒した。倒したんだ! 僕が、僕達が倒したんだ!」


 倒れながら握った拳を上にかざす。見えるのは石造りの天井。それがボス階層だという証拠。

 だからこそ実感が湧く。



 そして全員が叫んだ。


「うおぉぉぉぉぉっ!」

「しゃぁぁぁぁぁっ!」

「やったぁぁぁぁっ!」

「わあぁぁぁぁぁっ!」


 それは数秒続いただろう。これまでの全てを出し切るかのように叫んでいた。



 そして、その叫びはのどが少し枯れた時点で終わった。


 達成感に満足感、そして死闘を繰り広げた後の疲労感。様々な感情が入り乱れている気持ちは言い表せないぐらい高揚して、感動している。

 みんなもそうだろう。叫び終えた後も余韻に浸っているようでその場から動いていない。



 身体を起こし、目の前で消えた『独眼のウェアハウンド』が居た場所を見る。


 ここまであった短いけど濃い、コボルトだった時からの記憶。



 初めて会った時はボロ雑巾の様な状態だった。階層間のエリアから出て来たと思えば目の前で倒れて、何も起きなかったからその場で捨てて行った。


 でも、次に会った時は襲ってきた。普通に戦えるようになったって、なおかつ初めてワクワクするようなモンスターとの戦いだった。たぶんその時が僕とのレベルが拮抗していたのだろう。そして、勝てないとみたらモンスターを擦り付けて逃げて行った。あれはかなりイラついたな。


 3回目に会ったのはこの前で、ユニークゴブリンを横取りされて、目の前でウェアハウンドに進化した瞬間だった。モンスターの進化を初めて見て、そしてかなりの強さになった事に驚愕した。途中で中村さんと祐也が来たから逃げていったけど、あのまま戦い続けたら負けていただろう。


 そして、今回のネームドとして認知された『独眼のウェアハウンド』。ここ付近にいるとは聞いていたけど、このボス部屋で出会うとは思ってもいなかった。本当に強かった。


 出会った回数は4回。ここまでで誰かが死んだとは聞いていないが、兼次さん達も含めて他の冒険者で被害があったのは沢山いたようだ。


 もう終わった事。でも、被害は出てしまっていた。


 初めて会った時点で、コボルトの時点でギルドに報告していたらこうはならなかっただろう。

 それが、ダンジョンに潜り始めてから数日の話で、まだ初心者の自分にとっては何も悪いとは思っていなかった事だったとしても。


 こうなったきっかけを作ったのは僕だ。



 ……ここを出たら、パーティのみんな、そしてシルクさん達ギルドの人にも話そう。


 でも今はこの達成感と疲労感に少し浸らせてほしい。






 少しすると、一番最初に大樹さんが動き出し、僕に近づいてきた。


「俊! 最後のはわかってたんか? あれが無かったらやばかったぞ!」


 勝利の余韻から少し冷めたのか、でもまだ興奮しながら質問してくる大樹さん。


「あれは、読んでました。たぶん倒せてないなって。『独眼のウェアハウンド』に会ってるのは僕が一番多いですし、あいつのタフさはわかってたつもりですから」


「なるほどね。それでも、あの咄嗟に動き出せたのは本当にすごいわ」


 小百合さんも近づいてきて大樹さんの隣に立った。


「読んでてもあの空気の中で動くのは難しいわよ。俊くんがいてよかったわよ。ほんとに」


「ですよね。私の魔法で倒しきれなかった時は、一瞬絶望でしたし」


 河合さんも近づいて来たところで僕も立ち上がる。


「ポーションも飲んでの私の全力ですよ。それでも倒せないってどんな頑丈さなのっ! って思いながら倒れそうなのを我慢してましたし」


 河合さんがガクっと項垂れる仕草をする。


「でも、僕の一撃で倒せたのは河合さんの魔法のおかげだよ。『パワーチャージ』を使ったとしても相手の体力がある時に一撃では倒せないから。『エクスプロージョン』が無かったらまず倒しきれてないと思う。あそこまで削れてたのがよかった」


「えー。まあ、奥山君がそう言うなら、そう受け取っておくよ。ありがと。でも、倒したのは奥山君の一撃だからね。あれはほんと凄かったよ」


「ありがとう。ほんと、倒せてよかった」


 いや、本当にこのパーティじゃなきゃ倒せなかった。僕一人では確実に負けていた。


「でも、私達であのネームドの『独眼のウェアハウンド』を倒したのよね」


「ああ。倒したんだよ」


「倒したんですね」


「うん。倒したんだ」


 その場で声を出さずに感動する。

 この達成感は早々味わえない。本当に倒したんだと実感が押し寄せて来る。


「ほんとに私達で『独眼のウェアハウンド』を倒せるなんて。兼次さん達の40レベル代の冒険者パーティでも倒せなかったのをですよ。それを倒したなら私達も同じレベルぐらいにはなってるってことですか?」


 河合さんがそう大樹さんに質問する。


「いや、たぶん、片腕が無かったことも、先にここのボスと戦っていたのも幸いしたんだろう」


「あ、なるほど……ということは、弱ってたってことですか」


「たぶんな。俺が元の強さのあいつと戦った事が無いからわからないけど、たぶんその可能性は高い」


 大樹さんの言う通りだと僕も思う。少なくとも片腕だけになってた事は幸いした。一対一ならまだしも一体複数の場合は片腕だけでは捌ききれない。実際捌けなくて自分の体で受けて攻撃を止めていたからな。それが両手使える状態だったら僕と大樹さんの攻撃を捌ききってたと思う。


「でも、そんな状態でもネームドを倒せたのは、私達が強くなったって証拠だと思うわよ。じゃないと、倒せないわ」


「ですよね。小百合さんの言葉で実感が湧きました」


「小百合の言う通りはある。まあ、強い強くないを考えるより、今は倒したって事実を喜ぼうぜ」


「ですね!」


 三人は喜んでいる。僕もその輪に入って喜びたいけど、少し声が出しにくい。


 その様子を気にしたのか大樹さんが声をかけてくれた。


「俊、どうした? 全然話しに入ってこないけど?」


 心配そうに僕を見る。それを聞いて小百合さんと河合さんも見てくる。



 そして僕は答えた。


「……無茶苦茶眠い、です」


 そう。実は、すでに体力の限界が近いのだ。


 いや、体力の限界と言うのは違って、体力はポーションで回復しているから元気なのだが、精神力というか緊張の糸から解放された事で今までに蓄積されたポーションでは回復しない疲れが、どっと押し寄せてきたのだ。

 その結果、今にも意識を失いそうなほど、眠い。


 みんなが話している中に入りたいけど、急に来た睡魔が一歩踏み出させてくれない。


「眠いって……俊もか」


 と大樹さんも言った。


 その言葉を聞いて僕は大樹さんの顔を見た。すると、大樹さんも目が半分しか開いていない。


「……はっきり言って俺も眠い。話してないと、意識飛びそうだぞ」


 と大樹さんも返した。


 すると、小百合さんも河合さんも、


「私も同じく限界ね……。こんなの初めてだわ」


「私もです。実は立ってるのが精一杯です」


 僕だけじゃなく、みんなも限界の様だ。


 話してないと意識持って行かれそうだったのか。

 そりゃ、はっきり言って自分達よりも実力が上のモンスターとやり合ってたんだ、精神は疲弊しているだろう。


「じゃあ、話はこれぐらいにしといて、ドロップアイテムと宝箱を開けてさっさと出るか」


「そうしましょう……」


 僕の眠い発言を聞いて急にみんなが眠そうにする。



 とにかく、まずは目の前に落ちていたドロップアイテムを拾おう。


「凄い大きい魔玉ですね」


 手の中にあるのは拳サイズの完全な魔玉。今まで倒したモンスターでは見た事が無い大きさで完成度だ。


「だな。俺もその大きさでその奇麗さの魔玉はあまりお目にかかった事はないな」


「凄いわね。高く売れるわよ」


「ネームドだからこうなんですか?」


「たぶんな」


 納得する。

 前のゴブリンの時の魔玉はこれより小さかったが、完全な魔玉だった。


 そう思いながら小百合さんに渡す。今回の討伐はパーティ全員の成果だ。とにかくいつも管理してくれている小百合さんに渡すのが無難だ。眠いし。


「他には……牙か。でも、ネームドのウェアハウンドの牙だったらかなりの値段になりそうだよな」


「多分ね。それにこの色は初めてよ」


 大樹さんが拾った牙は黒色。『独眼のウェアハウンド』の牙は普通に白っぽかったので、この色に変化している理由がわからない。


「鑑定して貰ったらわかるでしょ」


 それで『独眼のウェアハウンド』のドロップアイテムは終了だ。大体のモンスターが落とすアイテムは1,2個なので、この質ならかなりいい。


「じゃあ、あとは宝箱ね」


 5階層毎にある小ボスの部屋の宝箱も期待ができる。

 出口近くに出現していた宝箱に向かう。


「でも内心この宝箱って、あのムカデを倒した独眼のウェアハウンドのですよね?」


「そうなるな」


 河合さんが言ったけど、そう言われればそうだった。『独眼のウェアハウンド』を倒したから忘れていたが、この階層のボスはムカデだった。


「まあ、ボスを倒した奴を俺らが倒したからいいだろ。それに放っておいても誰かに取られるだけだろうから、俺らが貰っておこう」


「というか、そこまで律儀に考えなくてもいいわよ」


「ですね。そんな事よりさっさと宝箱を開けて出ましょう」


 宝箱を開ける。その中には盾と弓。そして少量の金貨が入っていた。


「盾と弓は、大樹さんと小百合さんのになりますね。で、金貨って宝箱に入ってるんですね」


「入ってる時もあるな。10枚か……銀貨に分けて等分だな」


「こうやって金貨が入ってたら純粋にボーナスみたいで嬉しいわよね」


「ですね。換金とか悩む必要ないですしね」


「よし。じゃあ、宝箱はこれで終わりだ。出るぞ」


「はい」


 宝箱を後にして足早に出口に向かう。



 そして45階層の出口を開けた。そこはいつも通り石畳の空間。その奥には帰還ゲートがある。

 しかしそれを見て安心したのか、余計に限界が来た。


「大樹さん、ちょっと限界です……」


 歩くのもままならなくなる程の睡魔が襲ってくる。

 最後の力を振り絞って壁沿いに向かい、その場に座り込む。


 やばい、こんな睡魔初めてだ。魔法の使いすぎか? ダメージをかなり負ったからか? ポーションもいつもより飲んでるし……。


「わかった。あと少しだけど……ここで少し休憩するか……」


「そうしましょう……まゆちゃんもそれでいい?」


「いいです。私も眠いですし、ここならモンスターに襲われる心配もないですから。緊張の糸が切れた瞬間私もえぐい睡魔が来てますし……」


「よし、じゃあ、ここで休憩するぞ。1時間寝たら動けるだろ。起きたやつが寝てる奴を起こすことな」


「わかったわ。俊くんもそれで……もう寝てるわ……」


 まだギリギリ寝てない。





 でも、小百合さんのその言葉を最後に、壁にもたれながら、僕は意識を失った。






 ……あー、言い夢見れそうだな。






 ネームドモンスター『独眼のウェアハウンド』の討伐完了です。これで一応俊くんの因縁の一つにケリが付きました。

 これで第5章もクライマックスです。

 5章はあと数話。いつも通りの更新ですが、楽しんでください。

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