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49話-1「独眼のウェアハウンド」



 光の粒を浴びながら『独眼のウェアハウンド』がゆっくりと振り向いた。

 前に出会った時よりも明らかにレベルが違うオーラを放っているそいつは、先ほどの光の粒を浴びた余韻に浸るようにその場に佇んでいる。


 しかし、ひしひしと感じる威圧はその余裕さえ強者の仕草だと示しているかのようだ。


「まじかよ……」


 ぽそりと小さい声が漏れる。


 懸念していた。

 45階層はボス部屋だから、なぜかいないと思っていて『ペネトレイター』を使う事を失念していた。でも考えたらユニークモンスターやネームドは強い階層へと進む。もちろん僕達と同じように階層のボスを倒して。


 だから、今の様にボスを倒して先に進む可能性はあり得る。


 それが、ネームドなんだと言う事だと。


「大樹……」


「わかってる……」


 後ろで大樹さんと小百合さんが話している声が聞こえる。かなり小さい声だが、それが聞こえるくらい今の空気が静まり返っている。


 後ろは振り向けない。今あいつから目を逸らしてはいけないと本能が言ってる。


「……はっきり言って、この可能性があると思って1時間しっかり待った。1時間もあればここのボスにこいつが倒されてるか、ボスを倒して進んでいるか。でもこれは予想してなかった……」


 大樹さんの声は危機感を持った音色であいつを睨みながら言っているんだとわかる。


 小百合さんの声もより小さくなる。


「……だから、さっきの階層がああなっていたの、ね」


 そう言う事なんだろう。44階層の出口が蜘蛛の巣だらけでモンスターが束になっていたのは、何かの過剰反応だったのか。通常ではないネームドが通った事でより守りを強固にしたと言う事なのか。とにかく、あの異常事態はこの『独眼のウェアハウンド』が通った後だったからと言う事だ。



 二人が武器を構え始める音が聞こえる。それに続き僕も剣を抜く。


 今取れる行動は、目の敵をどうやって倒すか、逃げるかを考える事だ。




 そして『独眼のウェアハウンド』が動いた。

 大きく息を吸い込むような予備動作が何をするのか予測させるが、それは避けられない。


 大樹さんが叫んだ。


「来るぞぉっ!」


 僕は全身に力を入れる。


 そして『独眼のウェアハウンド』が吠えた。



――咆哮。



 その瞬間、風圧と爆音と共に全身にビリビリと電気が走る様に何かが駆け抜ける。


 歯を食いしばりながらそれを耐える。


「くっ……ぅ……」


 なんだこれ! ここまでの咆哮は初めてだぞ! あの時のウェアハウンドではありえない。見た目通りかなりレベルアップしてる。一瞬でも気を抜けばやられる。


 そして思い出すのは『虐殺のオーガ』の威圧。

 あの時以上だが……レベル5前後の時の圧倒的な絶望感に比べればまだ耐えられる。



 咆哮が止み、全身を駆け抜けていた威圧が弱まる。


 耐えきった。……体は、動く。

 そう、身体の調子を確認したその直後、『独眼のウェアハウンド』が地面に刺さっていた剣を引き抜き、地面を蹴る様にして接近してきた。


 狙っているのは先頭にいる僕か!


「避けろぉ!」


 咄嗟に横に飛びながら、自分に言い聞かせるように叫ぶ。


 しかし避ける瞬間、斜め後ろにいた河合さんを見てその行動が悪手だと、冷汗が流れる。


「お、おくやまくん……」


 身体を動かそうにも動かせない状態で、焦ったような顔を河合さんが僕に向ける。


 咆哮を耐えて動ける僕と違って河合さんは耐えられず動けないでその場で立ち止まっていたのだ。

 つまり、独眼のウェアハウンドが狙っているのは、先頭に立っていた逃げようとしている僕ではなく、その後ろにいた動けないでいる河合さんだった。


 逃げる体勢になった僕は助けようにも戻れない。


 一瞬の思考が加速する。



 どうする。どうしたらいい! やばい、やばい、やばい!



 接近する独眼のウェアハウンドの剣が白く光り始める。それはスキルを発動する兆候。


 たったの数秒が数十分かの様に引き延ばされる感覚。

 焦る。走馬灯の様に浮かぶ上がるのは祐也と一緒にいたあの二人の大学生達が『ヘルハウンド』に食べられた瞬間。


 それが目の前で起きるのだと、自分がその原因を作ってしまうのかと。


 手を伸ばす。しかし、その手は届かない。


 そして、独眼のウェアハウンドが剣を振り上げた。




 その瞬間、


「カバームーブ!」


 河合さんに向かった剣を割り込んだ大樹さんが盾で防いだ。金属がぶつかる音が響き渡る。


「俊! 二人つれて下がれ!」


「は、はい!」


 その声を合図に動き出す。

 逃げていた体勢を戻し、走る。

 そして、大樹さんの後ろにいる河合さんを担ぎ上げ、後ろで固まっていた小百合さんも抱えてその場から離脱する。


 その間にも大樹さんが独眼のウェアハウンドの攻撃を受け続ける。でもあの攻撃を一人で受けるのは厳しすぎる。


 扉から少し離れた壁際に二人を座らせた。


「河合さん大丈夫!?」


「ご、ごめん……まだ身体が……」


「小百合さんは?」


「……うん。少しずつ動けるようになってきてる。完全に動けるまであと少し、かな。ありがと、俊くん」


「いえ。でも、回復したらすぐに援護お願いします。大樹さん一人ではきついんで。僕は戻ります!」


「わかってるわ。私もすぐに援護するから、行って!」


「はい! 行きます!」


 二人を置いて僕は大樹さんの元に向かう。


 見るからに防戦一方だ。スキルを使っていると発生する白い軌跡が独眼のウェアハウンドの剣から発せられている。それを受けている大樹さんは反撃ができていない。それほど一撃一撃が重いとわかる。


 それを見て僕は『ファイアーボール』を数個展開する。

 そして独眼のウェアハウンドに向かって放った。


 全て直撃し、独眼のウェアハウンドの攻撃が止む。


「大樹さん! 援護します!」


 一気に『瞬動』で距離を詰めて『スラッシュ』で剣を振り抜く。

 しかしそれは独眼のウェアハウンドの剣によって防がれる。


 たったの数個の『ファイアーボール』ではダメージを与えられていないようだ。そしてただの『スラッシュ』なら簡単に受け止められる。


 でも大樹さんと二人なら攻撃を通すことはできる!


「大樹さん!」


「ああ! いくぞっ!」


 そして、独眼のウェアハウンドとの攻防が始まった。


 剣を縦に横に振る。一回一回の攻撃にいつも以上のSPを込めた『スラッシュ』を使用しながら攻撃を続ける。敵を挟んで大樹さんも片手剣と盾を駆使して攻撃を続ける。

 しかし僕達の攻撃を片手と足を駆使して独眼のウェアハウンドは受け続ける。


 だが、少しずつだが体に直接攻撃が当たり傷を増やせている。片腕では完全には防ぎきれていない。

 しかし、


「硬い……」


 毛で身体を覆っているだけなのに、ここまでに戦っていた『ジージュファング』や『ホーンビートル』と変わらないぐらいに硬く感じる。

 兼次さんに聞いていた「タフ」と言うのはこういう事なのか。



「大樹! 俊くん!」


 その声が聞こえた瞬間、大樹さんが僕に合図した。それを見て僕は独眼のウェアハウンドから少し距離を取った。


 その瞬間、数本の矢が独眼のウェアハウンドに向かって上から降り注いだ。


 そして次に起こったのは僕を包むような光。


「『ファーストアップ』! 私も援護するわ!」


 小百合さんの支援魔法。これで少し速さと力が増大する。

 そして再び独眼のウェアハウンドに大樹さんに合わせて攻撃を仕掛ける。


 数秒、数十秒、数分と体力が続く限り攻撃の手を緩めない。

 三人で限界まで攻めれば光明が刺すはず。


 三人がかりで攻撃を続けていると、独眼のウェアハウンドへのダメージは増えている様に感じる。傷が増え、剣に防がれる回数が減ってきている。


 そう思った時、小百合さんの渾身の一撃が繰り出さされた。


「メイガーショット!」


 その一撃は『パワーシュート』を『連装』によって重ね掛け、集中する時間をかける事で『メイガーショット』で最大の一撃を与える、小百合さんの最大の一撃。

 それが『ポイントシュート』により独眼のウェアハウンドの肩を貫いた。


 それによって上半身がのけ反り、防御の手が止まった。


 それは最大のチャンス。


「合わせろ、俊! リア・スラッシュ!」


「はい! リア・スラッシュ!」


 大樹さんとで挟むように、防御された場合を考えての上下に分けた攻撃。僕が下半身、大樹さんが上半身を狙う。


 そして、独眼のウェアハウンドは、


「……まじか」


 剣で僕の攻撃を受け、大樹さんの攻撃は無い左腕の付け根に深く刺さる様にして受け止めていた。

 骨で受け止めているような感覚。


 その光景に一瞬攻撃が止まる。


 その瞬間、独眼のウェアハウンドが吠えた。


「ゴオォォォォォッ!」


「……っ!」


 その咆哮に僕の体が一瞬膠着する。しかしたった一瞬だ。すぐに身体を動かそうとした瞬間、


「ごは……っ!?」


 独眼のウェアハウンドの蹴りが腹部に突き刺さった。

 咄嗟に左手で受けようとしたが、中途半端な形で受けた事で体が浮き、数メートル先の壁まで吹き飛ばされる。

 その勢いのまま壁にぶつかり肺から息が漏れる。


「がはっ……」


 久しぶりの感覚。

 蹴り飛ばされた痛みと壁に打ち付けられた痛みが二重に身体を巡る。


 たったの一撃が重い。それだけで体がバラバラになるような感覚。

 しかし、上昇したレベルが痛みを和らげ、傷を回復しようとする。レベルの恩恵にそれでは死なない。


「俊!」


 遠くで大樹さんの声が聞こえた。

 その声を頼りに迫ってくる独眼のウェアハウンドが見えた。

 肩から血を流しながら向かってくる様子は鬼気迫っている。


 しかし、このままやられるわけにはいかない。


「……く、そ、がぁぁぁっ!」


 気合を入れて壁に寄りかかっていた体を起こす。

 目の前にはすでにそこまで迫ってきている独眼のウェアハウンド。大樹さんの『カバームーブ』では間に合わないのか、こっちに走って向かっている姿も目の端に写る。



 でも間に合わない……どうする、どうする、どうする!



 たったの数秒で頭をフル回転させる。


 そして、地面を踏み抜くぐらいの勢いをつけて震脚をした。

 イメージは地面から生えるような岩の壁。


 できる。僕なら。これぐらいの魔法使えるだろうがぁっ!!


「『アースウォール』っ!」


 その瞬間、独眼のウェアハウンドと僕の間に岩の壁が地面から生えるように出現した。

 イメージした分厚い壁。

 そして、ドンという独眼のウェアハウンドが壁にぶつかった音。


「はぁ、はぁ、はぁ……間に合った……」


 その壁を見ながら『ポケット』から、三種類のポーションを取り出す。HP、SP、MPポーションだ。それを一本ずつ一気に飲み干す。


 その間には、壁の向こうで大樹さんが攻撃を受ける音が聞こえる。


 痛みが少しずつ引いてきた。呼吸も安定している。

 すぐに戻らないと戦況が変わる。


 いや、これをチャンスとして活かせ!

 他にも感じる魔力の波長。

 いける。一瞬で状況を戻すぞ!


 壁挟んで横薙ぎを放つように構える。あと数秒でこの壁は魔力の飽和によって崩れ去る。そのタイミングで行くぞ。


 そして、壁の一部が崩れ始めた。



 集中する。



 そして、壁が4分の3ほど崩れた瞬間、僕を守るような形の大樹さんを挟んで独眼のウェアハウンドが見えた。


「大樹さんっ!」


 そう叫び、一気に『瞬動』で距離を詰める。

 大樹さんも僕の言葉の意図が分かったのか、後ろを向かず左に飛ぶ。


 そして、目の前にいる独眼のウェアハウンドに向かって。


「おらぁぁぁぁっ! リア・スラッシュっ!」


 薄く青紫に光る剣筋が独眼のウェアハウンドを切り裂いた。

 手ごたえはある。確実に今のはダメージが通った。


 そして、もう一つ。僕は叫ぶ。


「河合さんっ!」


 そう叫んだのは、さっきからしひしひと感じる魔力の波長があったから。


 回復した河合さんの魔力はタイミングを計る様に練られ続けていた。それは、クイーンビーモスを倒した時と同じぐらいの魔力量。

 それに独眼のウェアハウンドが気づいていても逃がさなかった大樹さんの手腕は凄い。


「遅くなったごめん!」


 この時点で詠唱は完成している。

 そして、


「『放て。』! 『ライトニング』!」


 独眼のウェアハウンドに向かって薄黄色の雷が落ちた。

 轟音と共に落ちた雷は独眼のウェアハウンドに大ダメージを与える。


 身体から黒い煙を出しながらもその場に佇む独眼のウェアハウンドに警戒心を向ける。

 あの魔法を食らってもまだ終わっていない。


 体力はかなり減らせた。しかしまだ倒すには至っていない。弱っているとわかるけど、まだ強者のオーラは消えていない。

 だから、大樹さんも小百合さんも無駄口をたたかず独眼のウェアハウンドを見ている。


 河合さんも含めた4人の息が整った瞬間に次の攻撃を繰り出そうと、そう目で合図をして4人共武器を構える。


 しかし『独眼のウェアハウンド』の様子が変わった。

 それは兼次さんが言っていた通りの変化。


 大樹さんが叫ぶ。


「来るぞ! 『狂化』だ!」


 大樹さんが言った通りに独眼のウェアハウンドの毛の色が赤く変わり始める。


 それはスキル『狂化』を使った時の変化。流れる血が泡立つように魔力、そしてSPが燃えるように動き出した証拠。



 そして、第二フェーズが始まる。






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