48話-4「3連休は全てダンジョンに潜ります」
「いくぞ」
大樹さんの合図で魔力を練り上げる。
その魔力を感じたのか、赤く光る複数の目がこちらに向く。その圧力に背筋が一瞬凍る。
「……っ! 河合さん!」
「うん! 『フレイムバンナート』!」
「『ウィンド・ストーム』!」
いつもの合体魔法に出口付近にいるモンスターが炎に包まれた。
「小百合頼むぞ!」
「いくわよ! 『ファーストアップ』!」
小百合さんの補助魔法の光を受けながら大樹さんが飛び出る。
それと同時にジージュファングが炎から飛び出た。大樹さんが言っていた通りだ。
所々焦げていてダメージはある様に見える。しかし、その動きは俊敏だ。
「パワーシュート! 連装、ポイントシュート!」
小百合さんの矢がジージュファングの一つの目に刺さる。それによって悲鳴を上げるようにのけ反るが、その隙は一瞬だけですぐに大樹さんに迫って来た。大樹さんはすでに『挑発』を使っている。
そしてジージュファングが捕食する様に足を大樹さんに向かって伸ばす。
「カウンターシールド!」
しかし、盾によって弾かれる様にジージュファングがのけ反った。
「メイガーショット!」
小百合さんの矢が胴体に突き刺さる。
それを見て僕もジージュファングへの攻撃に加わる。
「河合さん、ここはお願い!」
「うん! 倒しきったら援護する!」
魔法を練り上げる。
「『アイアンドライブ』!」
黒い鉄の塊がジージュファングに直撃する。
魔力の溜めが少なかったのか、その攻撃ではダメージはあまり与えられていないようだが、少し牽制にはなっている。
「大樹さん、援護します!」
「頼むぞ!」
走り出す。
基本的に巨大な虫相手なら脚を狙う。通常の動物や人型のモンスターと比べて脚は注意が薄い事が多い。それに胴体などに比べて細い事からダメージを与えやすい。
だから狙うのは脚だ。
そのまま『瞬動』を使いジージュファングの胴体の下に滑り込むように移動し、その勢いのまま剣を振る。
「リア・スラッシュ!」
青紫に微かに光る軌跡がジージュファングの脚にぶち当たる。
その感触はかなり硬い。でもこの勢いのまま振り切れば……!
「おぉぉぉぉっ!」
そして脚を一本斬り落とした。
硬い。明らかに今までのモンスターとはレベルが違う硬さだ。
でも、この剣なら斬れる!
「ナイス俊!」
大樹さんの声が聞こえる。
長い8本の脚の内の1本が無くなったことで、バランスを崩しかけるジージュファングに追い打ちをかけるように小百合さんの矢が目に刺さった。これで、8個中2つが潰れた事になる。
苦しむようにのけ反るジージュファングの下で、大樹さんの剣が淡く光り始めた。
これは剣スキル『パワーチャージ』の光だ。僕はまだ使えないけど、数秒溜める事で威力が倍増する。
「リア・スラッシュ!」
そして、大樹さんの剣が脚を斬り落とした。
「やっぱ、硬いなっ! 俊! もう一本いくぞ!」
「はい!」
負けじと僕ももう一本の脚に狙いを定める。
しかし、2本の脚を落としたのにまだ俊敏に動くジージュファング。その場から離脱する様に跳ねるように飛びのき、再度大樹さんに向かって攻撃を繰り出す。
その間に僕は攻撃しやすい位置に移動する。
何度も大樹さんが盾で攻撃を受け、小百合さんが矢で牽制する。その矢は関節に刺さるが、それでも動きはあまり鈍らない。鈍らせるとしたら他の脚も落とす必要がある。しかし、『リア・スラッシュ』を使うにもタイミングが必要だ。その機会を伺いながら、僕も土属性の魔法で援護する。
数分経つがまだチャンスは来ない。最初はかなりタイミングが良かったのだろう。
しかし、焦らず相手の体力を奪いながら狙いを定める。
大樹さんもジージュファングの脚や牙による攻撃を盾で受けてながらチャンスをうかがっている。それにしても、脚2本無い状態で動けるとか、タフすぎるだろう。
そう思いながらも攻撃していると、チャンスが来た。小百合さんの矢が3つ目に当たり、ジージュファングの攻撃が止んだ。
すかさず『瞬動』で距離を詰める。
そして、『リア・スラッシュ』を放つ。さっきと同じように硬さに歯を食いしばりながら振り抜き、
「はあぁぁぁぁっ!」
脚を斬り落とした。
これで3本。残り5本の脚ではまともに動けなくなる。立つことはできているがさっきまでの俊敏な動きはできないだろう。
実際、ただ単に目の前にいる大樹さんに脚を振り降ろすが簡単に受け止められて弾かれている。
そして別の場所から魔力の波長を感じた。
その方向を見ると河合さんが杖を構えている。すでに小百合さんの横に移動しているという事は、出口付近にいたコブウェブスパイダーを全て倒せたようだ。
「『偉大なる雷の王よ。我に全てを晴らす一撃を貸し給え。』」
今回はいつもと違う魔法の詠唱。その詠唱からわかるのは雷だと言う事。
その魔法に警戒して僕はその場から離れる。大樹さんも盾でジージュファングの攻撃を弾いてからその場から離れる。そしてジージュファングを縫い留めるように小百合さんの矢が数本降り注いだ。
「『放て。』!」
そして、河合さんの魔法が放たれた。
「『ライトニング』!」
轟音と共に空から薄黄色をした太い雷がジージュファングに落ちた。
充分な魔力で放たれた一撃はジージュファングに大ダメージを与えている事は明らかだ。その場で焼け焦げたような黒い煙を身体から出しその場から動かない。脚がピクリと動くがそれは虫がほとんど瀕死の状態に見れる時の動きに似ている。
「俊、止めさせるか?」
「了解です」
近くまで歩いて来た僕に大樹さんが指示をする。
ジージュファングの正面に立ち『リア・スラッシュ』を放つ。そして、ジージュファングは光の粒となって消えた。
「討伐お疲れ」
「お疲れ様です」
全員が大樹さんの下に集まる。
「でも、強いって言ってましたけど、思ったよりスムーズに倒せましたね」
「だな。今までで一番スムーズだったかもな。俊が脚を簡単に斬り落としてくれたのが助かった」
「簡単じゃなかったですよ。かなり硬かったです。この剣じゃ無ければ斬り落とせなかったでしょうし」
剣を前に掲げながらそう言う。
「武器も自分の実力だ。これに『パワーチャージ』が使えるようになれば更に強くなるな」
「あと、まゆちゃんの『ライトニング』も凄い威力だったわね」
「『エクスプロージョン』の方が威力は上ですけど、今がチャンスと思ったんで、魔力の練りが少なくていい『ライトニング』にしたんです。瀕死までダメージを与えたら二人で倒しきれると思ったんで」
「なるほどね。いい選択だったわ。うん。このジージュファングをこれだけ早く倒せたのはパーティのバランスね。やっぱり、魔導士は必要だったわね。まゆちゃんと俊くんを勧誘できてよかったわ」
「本当にそうだな。ここまで戦闘の幅が広がるのがいい。魔法が一撃で相手全体にダメージを与えられるし、あの数の雑魚モンスターを真由一人で相手できたのがかなり大きかったな」
「ありがとうございます! 雑魚なら私一人でも十分ですよ」
「まじで助かる」
大樹さん達の話からして『ジージュファング』は強かったのだろう。でもそれ以上に僕達が強いというだけだ。うれしい。ここまで本当に強くなってきたんだなと実感できた。
「よし、じゃあ、アイテム拾って45階層に向かうぞ。45階層のボスは強いからな。休憩は1時間しっかり取るぞ」
「わかりました」
45階層はボス戦。しっかりと休憩を取って備える。
さあ、あと1階。それで今日の目的は達成される。この3日間はかなり順調だった。
強いモンスターなら再度気を引き締めて準備をするか。
◇
1時間休憩して45階層に向かう階段を下りた。
「扉、大きいね」
その45階層は重厚な扉で閉じられていた。
「大樹さん、45階層のボスはかなり強いんですよね」
「ああ、強い。真由はもしかしたら見て発狂するかもしれないけど。見た目云々に関係なくかなり強い。40階層のボス戦とは違って普通に俺らも戦うからな」
「わかりました。そこまで強いって緊張しますね。それと……さっきも発狂しかけましたけど、ここでそう言うって事は……そこまでの虫なんですか……?」
「言いにくいけど、な。でも虫系統のモンスターはここで終わりだから最後だと思って我慢してくれ」
「わかりました。我慢します。……ちなみに、どんな虫ですか?」
河合さんが顔を引きつらせながら恐る恐る聞く。
「……ムカデだ」
「ぃっ!! む、ムカデですかっ!! あの、足がいっぱいある、あのっ!?」
ボスの正体に余計河合さんの顔が引きつった。
「まゆちゃん、わかるわ。私もあれを見た時は絶望だったわ。でも、その見た目の絶望よりも強さにも驚いたわよ」
「小百合さん……。私達遠距離で攻撃できてよかったですね……」
「それは本当に思ったわ」
少し安堵したのか、河合さんとついでに小百合さんが息を吐いた。
でも、と言う事は、
「俺らが接近戦で注意を引き付ける役だ。俊、気張れよ」
「ですよね……。僕も嫌ですけど、頑張るしかないですね」
しかし、ムカデとは。
ここまでの虫と違って、ムカデはかなり強いイメージがある。それがどれほどの大きさに進化しているのか。想像すると怖い。と言うか、大樹さんがそこまで言うなんてそんなモンスターを倒せるのか?
そう思っても周りにはそれを倒した事がある人物が2人もいる。
なら、人間でも倒せると言う事だ。それにあの巨大蜘蛛も倒したんだ自信を持っていい。
「あと注意点としては、35階層と違って入ったら出られない」
「出られないんですか?」
24,25階層や35階層は扉があった。入る時も扉が閉まっていて開けて入ったが、危険だと思えばモンスターと戦っている最中でも同じ扉を開けて出る事は出来たはず。
しかし、出る事が出来ないってのは、逃げられないってことなんじゃ?
「厳密にいえば、入った扉から出られないって事よ。だから、対面にある出口からは出られるわ」
「そうなんですね。でもそれって……」
「実質、ボスを倒さないと出られないに等しいわね。誰かが囮になって出る事はできるでしょうけど、かなりのリスクよ」
もしもの時は、誰かを囮にして逃げる。それは絶対したくないことだ。
「はっきり言うけど、逃げる事はない。ただ今までと同じで倒せばいいんだ。今回も俊が先頭で行くぞ」
「……わかりました」
「安心しろ。俺らなら無事に倒せると思う。初めてあいつと戦った時よりも俺らは強い」
「そうよ。大丈夫。この四人なら必ず倒せるから。自信持っていいわ」
二人がそう言うなら大丈夫だと信じたい。
「「わかりました」」
河合さんと二人で頷く。
扉を前にして深呼吸をする。強いって言っても45階層。あくまでも中ボスだ。大丈夫。
よし、行くか!
「じゃあ、行きます」
そして、重厚な扉に手を当てた。そして低く響く音を鳴らしながら扉が開く。
人一人通れるほどの隙間ができたその瞬間になぜが少し違和感を覚えたが、二人入れるぐらい開けた所で1歩足を踏み入れる。
そして、僕に続くように三人共ボス部屋に足を踏み入れた。
壁に掛かっている松明には元々火が灯っており、その中心に黒いうごめく巨大なシルエットがある。
それを見れば一目瞭然で巨大なムカデだとわかった。それほどの長い何かが横たわっていたからだ。
そして、僕がどんなモンスターなのか目を凝らす様に見ようとした瞬間、大樹さんと小百合さんが叫んだ。
「俊くん、まゆちゃん逃げるわよっ!」
「早く扉に……っ!!」
しかし、その声はすでに遅かった。
僕が振り向いた時にバタンと大きな音を立てて閉まる重厚な扉。
そして、かなり焦っている顔を見せる大樹さんと小百合さんを見て、何が起こったのか聞こうと声をかけようとした瞬間。
「ゴオォォォォォォッ!!」
何かが吠えた、咆哮の様な雄叫びがボス部屋に響き渡る。
僕はその方向を見る。
そして、事の重大さに気付いたのは、その横たわっていた巨大な長い何かが光の粒となって消えた瞬間だった。
「やばいぞ、これは……」
大樹さんが言ったのだろう。その言葉が僕の耳に入った瞬間にその何かが振り向いた。
光の粒を浴びるように仁王立ちしていた何か。
それが、僕達を見る。
そのモンスターは、左腕が無く、左目が開いていない。
シルクさんが言っていた、要注意ネームドモンスター。
僕が取り逃がした、最大の敵――
――ネームド『独眼のウェアハウンド』だった。