48話-1「3連休は全てダンジョンに潜ります」
3連休。それはサラリーマンにとって心のオアシスが生まれる日である。
通常の土日と違い、一日多いだけでなぜここまでワクワクするのだろうか。この前10日間休みを取ったけど、通常の合法的にある3連休はまた別の嬉しさがあるのである。
いや、有給も合法な休みなんですけどね?
ちなみに、昨日の帰りに課長から「お前、この前も連休やったよな? 休みばっかでよかったな!」と嫌みを言われたのは水に流してやろう。パワハラのモラハラなんかくそくらえだが、今はダンジョンの事で頭をいっぱいにするという必殺技があるので、僕は無敵である。
そんな話をギルドで河合さんにしたら、
「いや、まあ、あの課長は上司としてあれだけどさ。やっぱり奥山君の考え方、変わったねー」
と、ニコニコしながら言われた。
それと、また今度谷口も誘って飲みに行こうと話したら、余計驚かれた。
河合さん的にはかなりいい傾向らしい。
まあ、この気楽に考えられるのも、「ダンジョンで稼げるようになりそうだから、もうそろそろ仕事辞めれるやん? いや、いつでも仕事辞めれますけど!」という心の余裕ができたからだろう。
まあ、そんな事よりも、この3連休のダンジョン攻略を楽しもうと思う。3日間ぶっ続けでダンジョンに潜り続けるつもりなので、ダンジョンの外に出るつもりはないので。
スマホも見ることできないけど、まあ連絡来る人も特にいないし。上司からの連絡も「電波が届かない所に……」で無視できるし。別に3日間ぶっ通しでダンジョンの中で良いだろう。
と言う事で、いつも通り攻略に行く前にギルドの中でミーティングをしている。
「ちなみに、41階層からはまたエリアの広さが変わるから探索時間も増えるわ。大体1時間増える感じかしらね」
「1時間もですか。だったら、今日は何階層まで行けますか?」
「帰還ゲートの事も考えると、今日は41階層までにして、明日42と43階層で、明後日44と45階層がいいと思うわよ」
「それか、3階層を15時間ぶっ通しで進んでみるか? それだったら、43階層まで進んで戻って来れるけど」
「15時間ぶっ通しですか……今が9時過ぎだから、夜中の0時? いや、それは流石に無理ですよね。だよね、河合さん?」
「流石に無理だよ。今の体がかなり疲れにくくなってるって言っても流石に夜中までは……ね」
「ってことで、今日は41階層だけにしようか」
「そうしよ」
大樹さん達にもそう伝える。
「まあ、それが無難だよな。ってことで、今日は41階層だけ。残った時間は各自自由にすることで。あとさっき小百合が言った通り、明日が42と43階層、明後日が44と45階層って事でいいか?」
「私はそれで大丈夫です。この3連休はダンジョンにいますので」
「僕も大丈夫です」
「よし、じゃあ出発するか」
ミーティングをしていた席を立つ。
すると、僕達の様子を見ていたのかカウンターから出て来たシルクさんが走ってきた。
「すみません、みなさん。少しいいですか?」
「どうしました?」
「もう出発されるのですよね? 重要な報告をさせてもらいたいんですけど……」
そう言ってシルクさんが危機感を覚えさせることを言った。
「40階層以降の皆さまに言っているのですが、ネームドの確認がされました」
「ネームドですか」
ネームドと言えばあいつを思い浮かべる。
「えっと、今ので気づかれたと思いますが、『独眼のウェアハウンド』です。昨日確認されたのは43階層です。たぶん皆さまは今日中に43階層まで行かれないと思うんですけど、その階層付近に出没する可能性があるので気を付けてください」
「43階層ですか……わかりました。気を付けます」
「一応、知っているかと思いますが、シュンさんが見つけた時と違って隻眼だけではなく、左腕も無くなっているようです。これはケンジさんからの情報通りです。ですが、階層を重ねるたびに強くなっているので、出会うこと自体に気を付けてください」
「わかったわ。シルクちゃんありがとうね」
「はい。なのでこれを使ってください。40階層以降に行かれる方に渡しています」
そして、シルクさんから渡されたのは前に見覚えがあるモノ。
「『ペネトレイター』です。これに反応したら逃げてください」
「なるほど。出会いに行くんじゃなくて逃げる為か。わかった。ありがとな、シルクちゃん」
「はい。気を付けてください!」
そして、シルクさんが手を振る中、僕達はギルドを後にした。
◇
41階層。これまでの階層と変わらずまだ昆虫系モンスターが続く。
そして、河合さんの手にした杖の性能を試すのも今回の攻略の目的の一つである。
「じゃあ、まゆちゃん。簡単に魔法試しちゃって」
「わかりました。訓練場で試しましたけど、大きめのモンスター相手には使ってないので、少しわくわくします!」
そう言って、河合さんが目の前にいる巨大なクワガタに杖の先を向けた。
木で作られた杖の先に赤紫色の宝石が嵌まっている。
その杖の効果は魔法発動時の使用魔力量の減少だった。減少量にはムラがあり、使う属性によって魔力減少量は変わるし、慣れてくるともっと魔力量が減少するらしい。
ちなみに、火と水の属性を使用する場合は魔力使用量が杖を使わない時の80パーセントで良くて、使い続けていたらいつかは50%にまでする事ができる杖らしい。
減少率20パーセントでも凄いのに、50パーセントはえぐい。
売ったら相当の値段が付く代物だ。
「じゃあ、やります。『ウォーターボール』! これでいつもの魔力です。やっぱり大きくなってますね!」
その大きさは通常よりも一回り大きい。それでも使用魔力はいつもと変わらないらしい。
41階層も4分の3を越えたあたりで出て来た、巨大なクワガタ『クロウジービートル』は、ノコギリクワガタの様な長めの二本の顎を持つ。それに挟まれれば一撃で上半身と下半身が真っ二つになりそうだが、攻撃を食らわなければいい。
今、大樹さんが盾と剣で攻撃を耐えているが、まだ真っ二つにはされそうにない。
そして河合さんがクロウジービートルに向かって『ウォーターボール』を放った。
それは勢いよくぶつかり、物理的な圧力でクロウジービートルを吹き飛ばした。
「……威力も上がってますね。他のモンスターにも試しましたけど、この大きめのモンスターにも通じたから確実ですね」
「そうね。じゃあ、いつも通りの連携でいくわよ!」
「了解です!」
そして、大樹さんが吹き飛んだクロウジービートルを追いかける。小百合さんは弓でホーンビートルの時と同じように関節を狙って矢を放つ。
「じゃあ、河合さん。作戦通りで!」
「わかった!」
今回も森の中なので火系統の魔法は使いにくい。なので他の属性を使うしかない。
それに、河合さんとは魔法の連携をする事が多くなるので、風と火以外の合体魔法を考えてもいいと思い、今回の作戦を考えた。
ダメージをメインで与えるのは河合さんの役目で、今回も僕がサブに回る。
と言っても今回の合体魔法は僕の魔法が肝だ。
走りながら魔法を構築する。今回の魔法は遠くにいるよりも近くにいる方が使いやすい。
剣と盾でクロウジービートルの顎と鍔迫り合いをしている大樹さんに声をかける。
「大樹さん、魔法いきます!」
「わかった! カウンターシールド!」
僕が声をかけた瞬間大樹さんがスキルでクロウジービートルの攻撃を弾き、のけ反らせる。
その瞬間、構築していた魔法を発動させる。
イメージは水の檻。それもこの巨体を全て埋め尽くす量で。
しかし、その魔力を感じてかクロウジービートルが体制を崩しながらも逃げるために羽を広げた。
だが、それは許されない。
「ポイントシュート、連装、パワーシュート!」
小百合さんの矢がクロウジービートルの片方の薄羽に見事に突き刺さる。
それで飛ぶことをキャンセルされたクロウジービートルが大きく体制を崩した。
「『ウォータープリズン』!」
その時、発動した巨大な水の球体がクロウジービートルを全て包み込む。
今まではモンスターの顔面だけに作り、窒息死または行動の阻害をイメージしていたが、今回は違う。
「『雷の騎士よ。稲妻を放つ一撃を。』」
近い距離まで来ていた、河合さんの詠唱が完成する。
この詠唱の内容通り、発動させるのは雷だ。
「『放て。』『サンダー・ボルト』!」
クロウジービートルに向けた杖の先から、直径5センチほどの稲妻が走る。それが『ウォータープリズン』に当たり、感電する様にクロウジービートルを震えさせた。
目に見える青白い電気の線が水の中を走り回る。
そして、通常であればすぐに消える稲妻も、まだ水の中を走り続けている。
それが今回の魔法のイメージだ。
河合さんが魔力を込め続けている限り、水の檻中を走り回る稲妻。一度電気に変換された魔力を流し続ける事で、常に水の中を走り回る様にしている。
そして、僕の水の檻が対象を逃がさないように閉じ込める事で、河合さんが魔法を発動させる一点に集中できる。
最後に、常に濡れている状態で通常よりも電気抵抗が低くなる事でダメージを増幅させる。純水じゃない水は導電性が高い。
そして、1分ほどその状態を維持していると、クロウジービートルは光の粒となって消えた。
「ふぅ。お疲れ、河合さん」
「お疲れー。これちょっとあれだね、魔力使いすぎるね」
「あー、それは思った」
魔力は魔法の維持する時間だけ使う。だから1分でも維持する事は魔力使用量が多くなる。
「でも、この短時間でクロウジービートルを倒せたのは凄い事よ」
「ああ、早い。魔導士が連携しただけでここまで早いのかって思ったからな」
小百合さんと大樹さんが提案する。
「ボスやこういう雑魚じゃないモンスター相手にならそれでもいいんじゃない?」
「ボス相手ならそうですね」
「でも奥山君。小百合さん達の言う通り、いつもみたいに戦うよりも短い時間で倒せるなら、魔力使用量も減ってるかも? だったら、こっちの方がいいかもしれなくない?」
「そっか。魔力使用量を比較したらそうかもな」
考えると『ファイアーボール』30発撃つよりも魔力量は少ないから、こっちの方が効率もいいか。
「だったら、次からも使いますね」
合体魔法が増えればそれだけ僕達の攻略のスピードが上がる。
この調子で次々生み出せたらいいんだけどな。
「うん、そうね。攻撃の幅は広がれば広がるほどいいからね」
そして、クロウジービートルのドロップアイテムを拾ってから、僕達は41階層の出口に到着する。
「みんなお疲れ様。今日はこれで終わりでいいわね。後は、各自訓練や準備に使うってことで」
「了解です」
終了の締めをして、帰還ゲートに向かう。
「私は少し杖での魔法の訓練をしようと思ってるんですけど、奥山君付き合ってくれない?」
「いいけど、先に用事済ましてからでいい?」
「用事?」
「うん。えっと、剣を今新調しててさ」
「へー、そうなんだ。新調って事は、もしかして作ってもらってたり?」
河合さんが「奥山君も新しい武器に変えるんだ」と言いながら聞く。
「うん。オーダーメイドでね」
「おっ、まじか俊。ついに武器のオーダーメイドか!」
「へー、俊くんも武器作ったのね。お金もあるものね」
「そんなにまだ稼いでないですけど、自分の専用武器は欲しかったですから」
今まではお金の問題で作る気はなかったけど、一応稼げそうだと目途はついたから、ついに手を出すことにした。
「じゃあ、俺らもついてくか?」
「いやいや、見せる前に自分だけで確かめたいですから。明日見せます」
もったいぶってる様になるが、ちょっと先に自分一人で見てみたいのはある。
「そっか、じゃあ明日にするか。楽しみにしてるぞ」
「私も、楽しみにしてるわ」
「まあ、僕も完成品も途中経過も見てないんでわからないですけどね」
一週間かけて作ってもらった武器である。これから取りに行くのが楽しみだ。
「ねぇねぇ、私も見に行ったらダメ?」
そう河合さんも言うが、
「うん。ダメ」
やっぱり最初は一人で見たいものである。