47話-3「40階層」
蜂の様な羽に変わり、浮かび上がったクイーンビーモスは完全に巨大な蜂だ。
「進化……いや、第二形態か?」
オーガの体力が一定値を切った時に発動する赤くなるあれと似たようなものだろうか。
このクイーンビーモスも、ある一定のダメージなのか、それともオブルビーモスを全て倒したからなのかわからないが。それであれば、最後の悪あがきだと言うこと。
そして、浮かび上がったクイーンビーモスは獲物を見定める様にまず僕の方を向いた。その瞬間、勢いよく迫ってきた。
その動きは今までと打って変わり、早い。
そしてその攻撃は針による物理的な攻撃。どう考えても毒がありそうなその針を食らえば一撃で死ぬだろう。
「……っ、スラッシュ!」
しかし、タイミングよくスキルを使い針にぶつけた剣は、金属音を鳴らしながらその場で鍔迫り合いの様に拮抗する。
急な早い動きについて行けず、初見でこの攻撃はかわせなかった。今も受けるのにギリギリ間に合ったぐらいだ。これが魔導士ならやられていた可能性は高い。
でもこれぐらいなら武器さえあれば対応はできる。大樹さんも余裕で受けるだろう。
そして、次の瞬間、数個の火球がクイーンビーモスに直撃した。
河合さんの攻撃だ。
「もう一回! 『ファイアーボール』!」
さらに数個の火球がクイーンビーモスに直撃した。
それを見てその場から離れる。
直撃した火球はクイーンビーモスにダメージを与えているようで所々が焦げるように黒くなっていた。
「鱗粉が無いから魔法も食らうのか。だったら……河合さ……っ!」
僕が声をかけるよりも河合さんの行動が早かった。
いつも以上の魔力を練っている事がひしひしと後ろから感じる威圧でわかった。
そうなると僕の役目はこいつの足止めだ。
クイーンビーモスもその魔力を察知してなのか、その場から逃げるように後ろに飛んだ。
「逃がすかよ!」
しかし、それを僕は許さない。
魔法が食らうならこの魔法も十分に効くはず。
「『コールドエア』!」
クイーンビーモスに向かって一直線に走らせた魔力が凍り付くようにその場の空気を冷やす。
その魔法によってクイーンビーモスの動きが少し遅くなる。
そして河合さんが詠唱を始める。
「『壮絶たる爆炎の王よ。我に全てを破壊する一撃を貸し与え給え。』」
魔力を込めた氷結の魔法はクイーンビーモスの動きをより遅くする。
クイーンビーモスがその場に留まるぐらいのスピードまで落ちる。
それを見て河合さんが叫ぶ。
「ナイス、奥山君! 離れて!」
その魔力の波長と今まで聞いた事がない詠唱に危機感を抱き、河合さんの声も相まって僕は逃げるように『瞬動』を使う。
「私の魔力、全部もってけぇ! 『放て。』!」
そして魔法が放たれた。
「『エクスプロージョン』!」
それは初めて見た魔法。
クイーンビーモスを中心に炎に変換された魔力が収縮し、次の瞬間轟音を響かせて爆発した。
その状況に唖然とした瞬間、爆風が離れていたはずの僕まで襲う。
「……っ」
咄嗟に腕を交差して顔をかばうが、爆風によって目が開けられない。それだけでどれだけの威力か想像できる。
数秒して爆風が止んだ。
そして、クイーンビーモスに目を向けると……。
「やばっ……なんじゃこりゃ……」
その場にはすでに何もいなかった。
初めて見た爆発の魔法の威力に目が点になる。
威力は壮絶。一撃で弱っているにしてもクイーンビーモスを蹴散らし、その場を中心に爆弾が落とされた後の様に爆発の後が残っている。
いや、思ってたよりも威力が凄いんだけど……。
その爆心地を見ていると、河合さん消えるような声を発した。
「奥山君……もう、限界……」
そして、その場に大の字になる様に倒れた。
そりゃそうだ。あの威力なら倒れる。
僕は河合さんに近づき顔を覗き込む。
「……河合さん、大丈夫?」
「……大丈夫じゃない。魔力があと1ぐらいしかないよ、たぶん……。あ、MPポーション貰っていい……? あとで返すから……」
「りょーかい」
僕はMPポーションを河合さんに渡す。
ちなみに魔力が無ければ『ポケット』を開ける事が出来ない。なので『ポケット』を使いたいなら、魔力が回復するまで待たなければならない。
つまり、それぐらい河合さんの魔力が無くなっているのだろう。
「でも、あれはオーバーキルなんじゃない?」
「いや、どれぐらいで倒せるかわからないから、今の全力は必要でしょ」
ポーションを飲んで少し回復したのか、起き上がった河合さんが「ふぅ……」と息を吐きそう言った。
「まあ、それはそっか。でも、あの魔法は凄かった。エクスプロージョンだっけ?」
「うん。最近覚えたんだ。中々の威力でしょ?」
「まじで。むっちゃかっこいい」
「でしょ? これは覚える価値があるって思ってすぐに魔導書買ったからねー」
魔導書か。あんな魔法を覚えられるなら、一回買ってみてもいいかもしれないな。今見た『エクスプロージョン』もイメージが湧くけど、これ以上の魔法は見なければイメージすら湧かないだろう。
そんな感じで、河合さんと今回のボス戦の余韻に浸っていると、大樹さん達が近づいてきた。
「まじで凄いなお前ら。魔法で倒しきれるとは思ってなかったぞ」
「うんうん。凄いわ二人とも。第二形態までの持って行き方もいいし、最後の魔法は震えたわよ」
かなり褒めてくれる二人に僕も河合さんも少し照れる。
「ありがとうございます。最後のは私の最大の魔法なんで、そう言ってもらえたら嬉しいです」
「河合さんの魔法の威力ありきでしたから。僕も立ち回り考えましたけど、河合さんが居なかったら剣で戦ってましたよ。あの威力は壮大ですね」
「ちょっと、奥山君も褒めすぎ。奥山君がいなかったら私だけでは無理だったよ。奥山君のおかげだよ」
「そうかな……? でも、僕も河合さんありきで動いたからなー。河合さんのおかげだよ」
お互いどちらのおかげかを言い合うように言葉を重ねる。
それが続くと見かねたのか、
「お互いいいコンビね」
「だな。俺らとはまた違う感じで合ってるな」
大樹さんと小百合さんに笑いながらそう言われて、河合さんとお互い顔を合わせて照れるように笑う。
少し恥ずかしくなったので、話を変える。
「ちなみに、二人はどうやって倒したんですか?」
「えっと、クイーンビーモスは魔法には強いけど、物理攻撃はそこまで強くないのよ。厄介なのはオブルビーモスの数だから、とにかくオブルビーモスを倒してクイーンビーモスをアタッカーの二人が倒したわね」
「兼次さんと俺でオブルビーモスは倒せるし、弱いから小百合の弓で倒せたのはやりやすかった。クイーンビーモスに攻撃できるようになったら後はごり押しで十分通用したからな」
魔法を使わなくても勝てたのか。
「俺らの前のパーティには魔導士がいなかったから、魔法が効かないってのは知らなかったんだけどな。あとでギルドで情報収集してた時に知ったから、今回二人はどう動くか気になったけど。それも杞憂だったな」
「そうね。魔法でここまでの戦いを見せて貰えたのはとてもよかったわ」
今の話を聞くと今回の反省は、もう少し観察して判断をもっと練る事だったかもな。
最近魔法を使う事に集中してたから剣での攻撃をメインで考えなかったけど、河合さんが剣で攻撃の案を出してくれてたからその案を採用するべきだった。僕がその選択を否定していたから少し手間取ったのはあるな。
「ごめん、河合さん。先に剣での攻撃を提案してくれてたのに……」
「いや、決めたのはお互い様だし。あの時はあれが最善だと思ったからね。それに魔法でも十分倒せたから良かったと思うよ。次はもう少し練ってから戦おうよ。次に繋げたらいいだけだし」
「そうだね。ありがと」
河合さんもお互い納得している。
こういう風に次に繋げる話ができる。
うん。このパーティならもっと成長できそうだ。
「よし、じゃあ話はこれぐらいにして、ドロップアイテムと宝箱見て帰るか」
「そうですね」
大樹さんの言葉で、まずドロップアイテムを拾いに行く。
爆心地に落ちていたのは、魔玉と巨大な針だ。
「おっ、いいなそれ。魔玉とクイーンビーモスの毒針だな。毒針は武器にできるし、使い道が多いぞ。換金してもいい値段になるし」
「そうなんですね」
流石ボスのドロップアイテムだ。魔玉も初めての大きさだからいい値段が付くだろう。
「河合さん、後で分配どうするか考えようか」
「そだね。でも宝箱も見てからにしよ」
「先にそっか」
良いドロップアイテムだったので少し舞い上がっていた。
そして、41階層に進む階段の横にある小さめの台座の上にある宝箱に向かう。
立派な宝箱だ。
「河合さん開けていいよ」
「ほんと? ありがとう。じゃあ、遠慮なく」
そして、宝箱が開かれた。
「おぉっ! えっ!? ほんとに!?」
その瞬間河合さんが嬉しそうに驚いた。
「良いアイテムだった?」
そう言った僕が聞くと本当に嬉しそうに頷いた。
「うん! これ、どうしよう!」
そして、河合さんが宝箱から取り出したのは杖だった。
素材は木で、先端には親指ほどの赤紫色のきれいな宝石が数個嵌まっている。
「杖?」
「うん! これたぶんすごくいい杖だと思う。これだったら、魔法を使う効率も上がりそう……帰ったら鑑定してもらおうよ!」
「そうだね。どういう効果があるか気になるし」
「うん。それに私と相性がいいかも関係するし……」
そこまで言った所で河合さんが言葉を止める。
「あっ、そっか。奥山君も魔導士だもんね……どうしよ。どっちが使うか……」
僕の顔を見て冷静になった河合さんがハッとした表情になり、少し落ち込んだように悩むような表情になる。
でも、僕は最初から杖を使う気はなかったから、河合さんが使えばいいと思ってる。
「いや、それ河合さんが貰っていいよ」
「えっ!? いいのっ!?」
「うん。僕は魔法だけのスタイルじゃないから、杖より剣の方がいいからさ」
「そうか……でも、魔法使うとき杖があった方がかなり威力とか副次効果とか、便利だけど……剣と使い分けるってのも……」
その考えもあるな。でも、それだけの効果があるなら純粋に魔導士の河合さんが使った方がいい。
「だったら余計に河合さんが使った方がいいよ。その方がパーティバランス的にいいだろうし。ですよね、大樹さん、小百合さん?」
大樹さん達に振る。
「そうだな、俊が剣と魔法を使うから、立ち止まって魔法を使うより動いてくれた方が俺達は戦いやすいからな。俺も真由が杖を持った方がいいと思うな」
「私も俊くんの意見に賛成。大樹の言う通りだし、それにまゆちゃん、もうそれ手放したくないでしょ?」
そう言われた河合さんの顔が赤くなる。
「え、えっと、まあ、手放したくないのは事実ですけど、必要なら手放しますよ……」
「だったら、河合さんが持ってて。もしいらなくなったら貰うからさ」
そう言うと河合さんが頷いた。
「ありがとう。じゃあ、甘えさせてもらうね。その代わり魔玉と毒針は奥山君にあげるよ」
「まじで? だったら全然それでいいよ」
嬉しそうに河合さんが杖を『ポケット』にしまった。
「で、宝箱の中身はそれだけ?」
「えっと……そうみたいだね。もう空だよ」
「そっか。でも充分なアイテムゲットできたな」
「そうだね」
僕にも河合さんにもメリットがあるアイテムをゲットできた。これだけ出たら十分だろ。
「じゃあ、宝箱の中身も回収したし、今日は帰りましょうか」
そして小百合さんの言葉で、僕達は40階層を後にした。
◇
「みなさん、お疲れ様です!」
ギルドに行くと笑顔でシルクさんが出迎えてくれた。
「シルクちゃん、今日は俊くんとまゆちゃんが40階層突破したのよ」
「本当ですか! おめでとうございます!」
自分の事の様に喜んでくれるシルクさんはいつ見ても和む。
「早速ですけど、ギルドカード見せて貰ってもいいですか? もしかすると前みたいにレコード更新かもしれないですよね?」
そう言われて考える。今回はソロでもないし、時間も気にしてなかった。パーティで挑むにしても二人だし、そこまで早くなかったと思う。
「たぶん今回はそこまで早くないですよ」
「そうだよシルクちゃん。今日は奥山君と二人で倒したからパーティ戦だし。そこまで早くなかったと思うよ」
「そうですか。でも、確認しますね。少しお待ちください」
少ししょんぼりしたかもしれないけど、シルクさんはいつも通りギルドカードを持って奥に行った。
「換金したいものがあったから、それもついでにしたらよかったのに……。よっぽど40階層攻略が気になったんだね。まあ、気持ちはわかるけど。奥山君、期待されてるからねー」
河合さんが奥に行ったシルクさんを見てそう言った。
少しすると、シルクさんが戻ってきた。
「シュンさん、マユさんお待たせしました。確認できました。二人とも40階層攻略おめでとうございます。レコード更新とはなりませんでしたが、凄いです! あと、ギルドカードに40階層ボス討伐報酬の金貨10枚分入れておきました」
「金貨10枚分ですか!」
その報酬の金額に驚く。
「ボーナスだね! これは、買いたいものが買えるよ!」
40階層ボス討伐の報酬にうはうはである。
これで合計金貨30枚分は手元にあるんじゃないか?
そう思い、ギルドカードの金額を確認する。
むっ……ギリ数字が30万を超えてない。
あ、でもドロップアイテムを換金すればこれで超えるんじゃ!
「じゃあ、シルクさん。ドロップアイテムの換金もお願いしますね」
「あ、そうですね。わかりました」
その後、今日集めたドロップアイテムを換金して、今日のダンジョン攻略が終わった。
結果、30万は超えた。
この前換金してから1週間でこの金額はいい。あの時は換金金額が思ったより少なかったから悲しくなったけど、このままでも十分稼げるわけだ。
一週間で約10万。これはかなり調子がいい。
ここまでのモンスターでも一日で1万は稼げてるから……41階層からはどれだけ稼げるのだろうか?
僕はこれからの階層に少し思いを馳せたのだった。