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46話-3「40階層までの道のり」



 翌日の日曜日。39階層と40階層攻略を今日の目標として動くためにいつもより早めにギルドに来ていた僕はギルドの椅子でゆっくりしていた。

 まあ、昨日もダンジョンに泊まったから早くギルドに来ただけではっきり言ってそこまで気を張っているわけではない。


 そんな感じでぼーっとギルド内を眺めていると、机を挟んで女性が席についた。


「奥山君、おはよー。予定通り38階層突破おめでとう。なんか悔しいけど嬉しいもある。この感情ってなんなの?」


 出会って開口一番に河合さんが称賛とともにため息をついていた。


「河合さん、おはよー。たぶんその感情は嫉妬だと思う」


「わかってるよ! って、奥山君、最近言葉がフランクになってるよね。私のことからかえるくらいに」


 河合さんが意地悪そうに笑う。


「え、ごめん。これぐらいならいいかなって……」


「いや、謝らなくていいよ。というか、逆だし。昔より今の方が全然いいと思うよ。なんかそれが奥山君の本当の姿みたいだし」


「あ、えっ。そうかな……?」


 そう言われてなぜか少し照れる。


「入社当初の奥山君は人見知り過ぎたからね。固いよりも柔らかい方がいいし。その方が営業でも気に入られやすいでしょ? 一緒だよ」


「そうか、営業と一緒か」


 営業では真面目にすることでお客さんの信頼を得てきたが、身近にいる河合さんや谷口の営業スタイルを思い出したらそっちの方がいいかもしれないと思う。また少しずつ試していこう。


「それにしても奥山君が一番乗りって、昨日もダンジョンに泊まったの?」


「うん、泊まった。あの値段だったら週一泊っても大丈夫かなーって」


「へー、奥山君お金持ちだね」


 からかうように言う河合さん。


「いやいや。家からの往復の値段と比べたらここに泊まった方がメリット高いなって思ったし。まあ、毎日は無理だけど」


「だよね。往復考えたら料金的にも割とダンジョンに泊まるほうが良いよね。それにダンジョン以外に興味が無かったらそれがでいいからねー」


「うん。河合さんの言う通り今はダンジョン以外興味ないからね。逆に外でやる事がないし」


 休日は全てダンジョン。平日もストレス発散はダンジョン。今はダンジョンに生きるのだ!

 というか、こんなに楽しい事はない。なんで今までダンジョンに潜らなかったんだろうと思うぐらいだ。少し後悔している。


「たぶん奥山君は営業より冒険者が向いてるよ」


「冒険者が向いてるって、この現代で聞くと凄い言葉だよな」


「だね。半年以上ダンジョンにいるけど、そういうところまだ違和感あるもん」


 そんな他愛のない話をしていると、大樹さんと小百合さんも到着した。


「お、今日も早いな、俊。おはよう」


「まゆちゃんもおはよう。早いわね」


「おはようございます」


「おはようございます」


 僕達が座ってる席まで来た二人は僕の顔を見て首を傾げた。


「それにしても、兼次さんが言ってた通りじゃないわね」


「そうだな」


「え? 何か言ってたんですか?」


「えっと、俊くんは朝早くにダンジョン潜るのは好まないって。少し遅い方がいいってね」


 そう言われてびくっとなる。

 河合さんが僕の顔を見る。


「奥山君、そうなの?」


「えっと、今は全然朝早くても大丈夫だけど……」


「今はって事は、前は違ったって事? 別に仕事柄朝弱くないよね?」


 首を傾げた河合さんが「なんで?」と詰めるような目で見てくる。

 河合さんが時々するこの目って、なんか怖いんだよな……。


「……えっと、初めはね。ダンジョンに潜り始めた時は自分のペースでって思ってたからそう言ったけど、今はダンジョンが楽しすぎるから朝早いのも全然大丈夫って思ってて……」


 河合さんにじっと見られる。

 そして、


「うーん、奥山君らしいね。でも、最近の奥山君だから言うね。こういう時は最初から相手に合わせた方が、後々上手くいくよ」


「はい。理解しました」


 速攻で返事を返す。


「まあ、自分本位な方が上手くいくときもあるけどね。次があったら気を付けた方がいいと思うよ」


 河合さんに言われて納得する。兼次さんが優しいからうまくいってるけど、そうじゃなかったら今のこの状態は無かったもんな。


「うん。気を付けるよ」


 しかし、ここ数日の河合さんは僕に厳しい気がする。

 でも、為になる話だし。素直に聞いとくべきだろう。持つべきは同僚って言うからな。


「よし、話はそれぐらいにして、出発するぞ! 今日中に40階層は突破だからな!」


「はい!」


 話はそこで終わり、大樹さんの号令で僕達は39階層に向かった。







「さて、今日はまゆちゃんも揃ってるし、サクッと39階層を突破しましょうか」


 小百合さんの掛け声の下、39階層攻略が開始される。


 39階層と言ってもここまでと変わらず森の中を進んで行く。しかし、出てくるモンスターは若干少なく、一体ずつ対処できるレベルの量だ。魔法を使わず剣だけで対処できる。河合さんも魔法でちまちまとモンスターを倒している。


「今日は土属性の魔法なんだ?」


「うん。森の中であまり火は使えないでしょ? だから風か土かな。奥山君もそうでしょ?」


「そうだけど」


 あれだけ火魔法を撃ちたそうにしてたからな。虫が嫌すぎてついつい撃たないか心配に少しなる。


「え、何その顔。撃たないから。流石に火魔法使わないよ!?」


 心配そうな感情が顔に出ていたのだろう。河合さんが「失礼な」と言いたげに僕を軽く睨む。


「お前ら言い合いしてずに進むぞー」


「すみませーん」


 大樹さんの言葉で僕達は先に進む。



 所々休憩しながら順調に進み、4時間ほど行動したところ、少し違和感を覚えた。


「小百合さん、なんか聞こえる音が違いませんか?」


 河合さんが耳を触りながら小百合さんに確認する。

 僕も気にしていた疑問だ。


「そうね。ってことは、出口ももうそろそろみたいね。周りに気を付けて」


 小百合さんがそう返したあと、周りからより大きな音が聞こえ始めた。

 それは、ブブブと言う羽の音。


 周りは木。木と木の幅は3メートルぐらいで、少し動くと武器が木に当たる。しかし、木の間を縫って出てくるモンスター相手でも、こちらも木を盾にして戦えていたからそこまで苦戦しなかったけど、これは少し難しくなるかもしれない。


 その音は今までの昆虫系モンスターのモノとは少し違い、細かく振動する様な音。そして数が多い。それに思い当たる虫と言えば。


「来たぞ」


 大樹さんのその声と同時に正面から現れたのは、数十体の大きな蜂。


「デリジェンスビー。集団で行動する巨大な蜂だ。毒は無いけど、集団で囲まれたら熱でやられるぞ。俊、一発かませ!」


「了解です」


 羽の音が大きくなってきた時点で準備していた魔法を発動させる。


「『コールドエア』!」


 今まで通り、空間を冷やす魔法がデリジェンスビー達の動きを鈍くする。


「えっ、なにっ? 急に寒く……それに、モンスターの動きが鈍くなってる」


 この魔法を初めて見た河合さんが驚いた声を上げる。


「杏子さんから教えて貰った『アイスエイジ』を参考にした魔法。これで倒せるわけじゃないから、一体一体止め刺す必要があるけど」


「なにそれ、いつの間にそんな魔法を……でも、これなら……」


 そう河合さんが言った瞬間、小百合さんが声を上げる。


「俊くん! 後ろからも来てるわ! 範囲拡大して!」


 その声に後ろを向く。いつの間にか後ろにも数十体のデリジェンスビーが迫っていた。


「はい!」


 魔法の範囲を広げる。

 左右からも来ている可能性を考慮して、前方向だけでなく、自分の周り360度囲むように『コールドエア』の範囲を広げる。


 ……魔力の消費が激しいけど、この分ならまだ余裕はあるな。


「よし、動きが鈍くなった。手分けして止めを刺すぞ!」


「了解!」


 各自四方向に分かれて地面に落ちているデリジェンスビー一体ずつに止めを刺していく。


 しかし、この場所で一体ずつ止めを刺すのは大変だ。木が邪魔で奥まで行くのが大変だし……。

 そう思った時、違和感を覚えた。


 少し遠くから徐々に羽の音が聞こえ始める。


「えっ、奥山君っ!!」


 河合さんから焦った声が上がった。

 その理由はすぐわかった。離れて落ちていたデリジェンスビーが動き始めていたからだ。

 小百合さんからも声が上がる。


「俊くん! 効き目が弱かったんじゃ! 大樹!」


「ああ! 全員一旦逃げるぞ!」


 大樹さんの声に従い、止めを刺す作業を中断し、中央に集まる。


「開けた場所に出た方が戦いやすいか? あいつらさっきので余計気が立ってるぞ。とにかく走れ!」


「はい!」


 大樹さんを先頭にして走る。

 その僕達を追うように少しずつ回復したデリジェンスビーが向かってくる。


「少し足止めします!」


 一番後ろを走っていた僕が立ち止まり、モンスターに向かって手をかざす。


「『ウィンド・ストーム』! ……っ」


 まともに受けたデリジェンスビーが数を散らす。しかしそれでも数は減る事は無い。

 とにかく走りながら次の手を考える。


「前回よりも多いわよ。大樹どうするの?」


「とにかく、あと少しで出口だろ! そこまで走りきるぞ!」


 全力で走る。今の状態であのモンスターを対応するなら、火で燃やし尽くすしか、『アイスエイジ』を使うかだ。しかし、今の状況では構築する時間が足りない。

 走りながら考える。


「でもなんで、一時は弱ってたのに回復するのが他のモンスターに比べて早かったの?」


 小百合さんの疑問は僕も思った。

 確かにデリジェンスビーは弱って地面に落ちていた。エッザムドラゴンフライの場合は、地面に落ちてから全く動き出す様子はなかった。それと比較すると、今回は魔法の効き目が弱かったか? でも、使用魔力量はそこまで変わっていなかったはず。


 すると大樹さんが答えた。


「たぶん、シバリングだろう。あいつら敵を集団で囲んで震える事で中心部を高温にする攻撃をしてくる。実際にミツバチも天敵に対してそうする」


「それ、僕も聞いた事あります」


「だから、冷えた体を高速で動かして回復が早かったんじゃないか?」


 そいう言う事か。そうなればあの数全てに止めを刺す前に回復してしまうのは明白だ。別にダメージを与えたわけではないから、体温が上がれば回復するのは早いだろう。


 それから数分走ると、目的の場所が見えた。いつも通り洞窟の様な場所が見える。後ろからは倒しきれていないデリジェンスビーが数十体迫ってきている。

 僕は河合さんに耳打ちする。


「河合さん、ちょっと……」

「……わかった」


「おい、抜けるぞ!」


 そのまま森を抜ける。

 しかし目の前に広がった光景に絶句する。


「なっ! ここにもデリジェンスビーが!?」


 目の前に洞窟の入り口を守る様に数十匹のデリジェンスビーがうごめいていた。


「ひっ! 奥山君っ!?」


 これは予想してなかった。

 河合さんに耳打ちした内容は、「後ろから迫ってきているのを森から出て、出口に入った瞬間にこの前の合体魔法で燃やし尽くす」だったけど、これではそれが実行できない。


「大樹さん、小百合さん! 目の前のは対応できますか! 数分持たせればいいです!」


「大丈夫だ! 俊に頼るより俺らがどうにかしないとダメだろ!」


「うん、大丈夫よ。俊くんは俊くんの考えで動いて! 大樹やるわよ!」


「当たり前だ!」


 大樹さんと小百合さんの気合が入る。


 よし、許可が取れた。だったら、僕は僕の考えの通りに動く。


「河合さん! 森を燃やすつもりで撃つから!」


「えっ! いいのそれって!」


「良いも悪いも、死ぬよりかはいい!」


「そりゃそうだねっ! 全力で撃つよ!!」


 そして河合さんは火魔法を詠唱する。そして僕は風の魔法を構築する。


「『フレイムバンナート』!」

「『ウィンド・ストーム』!」


 そして目の前のデリジェンスビーが森ごと燃える。


「俊くんっ!?」


 僕達の行動を見ていたのか後ろから小百合さんの声が聞こえる。

 しかし、その反応があるとはわかっていた。だから、僕は今の魔法を撃ち切り河合さんだけに任せ、違う魔法を構築する。


 それに、まだ全てのモンスターを倒しきれていない。燃えた目の前の木ではなく、燃えていない別の個所から出てくるデリジェンスビーを見る。


 全力で魔力を練る。


 自分を中心に360度に魔力を行きわたらせ、森の燃えている個所まで網羅する。

 スピードと威力と範囲。この3つを重視する事で残っている自分の魔力全てが使用される感じがする。

 でも今これをしないと大変な事になるだろうと覚悟を決める。



 さあ、全てを凍らせろ!



 そして、魔法を発動した。


「『アイスエイジ』!」


 その瞬間、この場にいる全てのデリジェンスビーを一瞬にして凍らせた。


 範囲は広いが全てを凍らすことができたわけではない。地面から近いデリジェンスビーを凍らせそれを伝い次のデリジェンスビーを凍らせる。そのように波及させて全てのデリジェンスビーのみが凍る。

 まだ燃えている個所が少なかったのか、燃えていた森の前方も凍らせる事によって火が消えていた。


 それは少しの銀世界。


 そして、氷の中のデリジェンスビーが光の粒になって消えた。




 ――でも、それを見届けた瞬間……僕の意識は途切れた。


 途切れる意識の狭間に「ミノタウロスと違ってこの魔法だけで倒せたんだな」と微かに頭に浮かんだ。






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