46話-1「40階層までの道のり」
平日は仕事です。毎日毎日大変な仕事が待っています。そんな平日を過ごしているとやはりいつも通りストレス発散の為にダンジョンに潜ります。
と言う事で、今週の水曜日にもダンジョンに一人で潜りました。
元々考えてた通り、今回の平日は河合さんと一緒に潜る事はせずに、一人でスキルや魔法の練習の為に動いてました。
と、ダンジョンの事を思い出しながら金曜日の仕事の帰り道。
「ねえ、奥山君。なんで一昨日声かけてくれなかったのかな?」
久しぶりに帰りの時間が一緒になって横を歩いている河合さんにジト目で見られていた。
「昨日は奥山君行けないって言ったから私一人で行ったんだけど、そこでシルクちゃんに聞いたよ? やっぱり水曜日に行ってたんだって。平日は私と相談するって言ってたよね?」
その言葉に僕は黙る。
「いや、いいんだよ。一人で行くのは。奥山君の考えもあるから。でも一言ぐらい声かけてくれても良かったよね。実は、奥山君が定時で帰ったの見てたんだよ? 追いかけようとしたら全力で走っていくし。メッセージも返ってこなかったし」
「ごめん……」
あの時は全力でダンジョンに行きたかったから、スマホも全く見てなかった。
「まあいいよ。今度は一人でも行くときは声かけてね。メッセージでもいいから。別に無理に一緒に潜る必要もないわけだけど、奥山君にレベルまで先越されるのは悔しいから。私もレベル上げするから」
「了解です……」
声かけなかったの怒ってたのってそう言う事か。河合さんって別にそういうところ気にしない性格だと思ってたけど、僕にレベルで負けるのが嫌なのか。なるほどなー。
「でも、もうすぐ同じになるから、時間の問題だろうけどね」
「うわ。それかなり嫌味だよ。私じゃなかったら引かれてたよ。友達なくすよ」
辛辣である。
まあ、そう思われても仕方ないか。自分でも嫌な奴だわ。
「それで、今日はこれから潜りに行くの?」
「いや、流石にもう8時過ぎてるからなー。明日も朝からだし、今から行ってもあまり訓練できないだろうし」
「だよね。私も今日はいけないからねー。じゃあ次ダンジョンで会うのは日曜日だね」
「え、そうなん? 河合さん土曜日はダンジョン来ないの?」
「うん。明日は休み貰ってるよ。37階層と38階層突破なら1日は絶対かかるでしょ? 小百合さん達には話してるから」
「そうなんだ。用事?」
「う、うん、少しね……」
明日は来ないと言っている河合さんに少し驚いた。
河合さんと行動するのは39階層からだとこの前言っていたからそれはわかるけど、ダンジョンまで来ないとは。
……あ、そう言う事か。
「周りも虫だからか……。レベル上げするならあの階層は河合さんにとっては大変だし、突破するまで仕方ないか」
「うっ……そう言う事だけどね……」
少しダンジョンを思い出したのか嫌そうな顔になる河合さん。
「まあ、2階層突破は1日かかるし。ノンストップで動いたら3階層は大丈夫だろうけど、そうすると4階層まで連続になるからな。時間的に明日は38階層攻略までだな。了解。日曜日は39階層入り口で待ってて」
「うん、ごめんね。私も手伝えればとは思うけど、あの階層は1回だけでギブアップです。少しでも昆虫系モンスターと会いたくないからさ」
「気持ちはわかるし、苦手は誰にでもあるから仕方ないよ。河合さんはそれまでゆっくりしてて」
「うん。ありがと」
駅に着き、改札を通りホームへの階段を上る。
「あ、ちょうど電車も来たみたいだし、また日曜日にね。お疲れー」
「うん。お疲れー」
手を上げて別れを告げる。そして、各自乗る電車へ向かった。
◇
翌日の土曜日。予定通り、大樹さんと小百合さんと僕の3人でダンジョン攻略を開始する。
転送ゲートをくぐり、階段を降りて37階層に踏み入れる。
大樹さん達が言っていた通り、入った瞬間に森の中だ。イメージとしては森の中にある洞窟から出て来た様な感じだな。
「36階層以降の階層の構造は36階層とほとんど変わらないけど、各階層に出てくるメインの昆虫系モンスターが違う。36階層はカマキリ。37階層はトンボだ」
「トンボですか? 強そうなイメージはないですね」
想像するのは夕焼けに染まる赤トンボ。ちなみにオニヤンマは昆虫界の捕食者として最強の一角でもあるが、他のモンスターと比べたら強そうなイメージは湧かない。
「はっきり言って45階層までは全部虫系のモンスターが出てくるから、私も本当は嫌なんだけどね。まゆちゃんみたいに休みたかったわ」
「流石に二人では少し安定しないからな。頼むな小百合」
「わかってるわ」
一般の女性からしたら虫は嫌だろう。僕だって虫ばかりの階層は嫌だな。さっさと切り抜けたい。
「とにかく進んでみるぞ。今回は真由がいないから走り続けないから大体4時間以上はかかると思っていてくれ」
「わかりました。行きましょう」
そして37階層を進んでいく。
階層の構造としては見える限りは森だ。進む道は獣道と言っても過言ではないし、草が生い茂っている個所が多い。その中でも比較的歩きやすい道を選んで進む。
本当にこのエリアは9割が昆虫系モンスターで、出てくるたびにビビる。
しかし、昆虫系モンスター相手では特に苦戦することない。大体が剣の一刺しで倒せるモノが多い。まあ、数が多いのが難点だけど、それも経験値の肥やしになるのでレベリングとしてはこのエリアは有りかもしれない。数時間虫相手をしていると感覚がマヒしてきて嫌悪感も少なくなってきているし。
「俊、ここから少し変わるぞ」
大樹さんの言葉で少し気合を入れなおす。
その言葉の直後、進んだ道が少し変わった。先ほどまでは木と木の間を人が二人通れるかどうかぐらいの幅だったが、一気に五人は通れる幅に変わる。
そして、僕達がそのエリアに踏み入れた瞬間、前方から羽音が聞こえ始めた。
「来るぞ」
その声と同時に、目の前に1メートルを超える巨大なトンボが現れた。それも十数体同時にだ。
「でかいですね。それに多い……」
「エッザムドラゴンフライ。ジャイアントマンティスに比べたら弱いけど、複数体でいるのと、飛んでいるから戦いにくい。俊は魔法メインで小百合と連携しろ。俺に注意を向ける」
「了解です!」
「了解!」
その言葉と共に大樹さんが数歩前に出る。そして『挑発』を使った。その瞬間エッザムドラゴンフライの注意は大樹さんに移った様に見えた。まっすぐ大樹さんに向かって突っ込んできそうな勢いだ。
幸いに相手は前方向からしか来ておらず、両端は木に囲まれているから対処しやすいが、数が数だ。どうするか……。
「火は使わない方がいいですよね」
「ここではまだね。他の属性がいいけど」
「でしたら、試してみていいですか?」
「何をするかわからないけれど、火魔法以外ならいいわよ」
「了解です」
そして僕は両手を前にかざす。
虫は気温によって動きが変わる。だからこの魔法なら触りだけでこいつらの動きを鈍くすることはできそうだ。
そう考えると、杏子さんが教えてくれたこの魔法はかなり便利だ。
魔力を地面に這わせるように動かすのではなく、空気中に漂わせるように動かす。地面に這わせる様にする方がイメージしやすいが、空気中に漂わせるのは少し難しい。イメージとしては煙が風によって前に進んでいくイメージで。
「大樹さん少し冷えます」
「は?」
全てを凍らせるのではなく、その空気を急激に冷やす、冷凍室に入ったイメージで。
「『コールドエア』!」
その瞬間、前方の温度が急激に下がったのがわかった。
大樹さんが吐く息が白くなり、急激に冷えて凍った空気の水分が光を反射してキラキラと光る。
そしてエッザムドラゴンフライの動きが急に鈍くなり、地面に落ちるように滑空していった。
「まじか。これはすげえな」
「十数匹が一瞬で……魔法の使い方ね。これなら楽だわ」
「急激な温度変化で動きが鈍くなっているだけで、死んではいないはずなので、止めを刺しましょう」
光の粒になっていないという事は死んでない事。剣を抜きながら大樹さんと僕はエッザムドラゴンフライに近づく。小百合さんも弓を構えて至近距離で矢を放つようだ。十数体を一体一体片付けていく。
しかし、モンスターも普通の虫と同じで変温動物の様で助かった。これで無理なら律儀に戦わないといけなかったからな。それに空気を冷やすだけなら魔力消費も『アイスエイジ』の半分以下もない。ここからの階層はこれを使って進むか。
剣で地に伏せているエッザムドラゴンフライに止めを刺して落ちているドロップアイテムを拾う。
羽や触覚が手に入るがこれは素材として使えるのだろうか。売れるなら良いけど。
そして出て来たエッザムドラゴンフライの全てに止めを刺し終わる。
「かなり簡単に終わったな」
「そうね。俊くんのおかげね」
「ちなみに通常ならどう戦うんですか?」
今回は僕の魔法で効率よく倒せたけど、通常ならあの物量はかなりきついだろう。
「そうだな。通常だったら俺が注意を引いて俊達で一体一体確実に倒していく。囲まれてかなりうざい状況になるけど、攻撃が噛みつくか体当たりぐらいしかないからそこまでダメージは少ないな。でも噛まれるとむっちゃ痛い」
「そうね。まあ、複数体の飛行モンスターと戦う訓練にはもってこいの相手ね」
「まじっすか……」
ちょっとあれに囲まれる事を考えただけで鳥肌が立つ。他にも群れで動く昆虫系モンスターが居たら嫌だな。
「でも、俊。これからはその魔法多用できるか? 便利すぎる」
「できますし、しようと思ってました」
「じゃあ頼むな。それだけで、攻略スピードが段違いだ。MPポーションを使ったらその分は今回の報酬と換金分から先に補填するから」
「いいんですか? それならガンガン使います」
ポーション代を出してくれるなら思いっきり使わせていただきます。
「一応魔力は調節してね」
「わかってますよ」
そりゃそうだ。これを機にこの魔法の魔力調節も考えて行こう。
「じゃあ、先に進むぞ」
そして37階層の先へと進む。