44話-2「杏子との合同攻略」
33階層も32階層と変わらず森と草原のエリアだ。
出てくるモンスターも変わらず、オークを中心として、ホブゴブリンやコボルトが出てくる。
それを杏子さんの指示の下、魔法のみで倒していく。
「しゅんしゅん、全体を攻撃する様に風魔法で動きを止めてっ!」
「はい! 『ブロウ・ウィンド』!」
5体のホブゴブリンをかき乱す様に風魔法を放つ。
拘束まではできないが、強風によってホブゴブリンの動きが止まる。
「まゆまゆはできる限り短詠唱で炎魔法!」
「はい! 『火の騎士よ。火をくべる一撃を。放て』『フレイムブロード』!」
河合さんが足が止まったホブゴブリンに火炎放射を放つ。
前回の魔法の様に燃え上がる炎の柱にはならないけど、命中した炎はホブゴブリンを燃やす。
「残りの漏れてるモンスターには『ファイアーボール』とかで止めを刺してね」
そう言われて『ファイアーボール』を放つ。2体だけ倒しきれていなかったので河合さんと一体ずつ攻撃して光の粒へと変えた。
「上出来だねっ! これが魔法戦闘での基本的な連携だよ」
「ありがとうございます! 杏子さん具体的な戦闘を教えてもらえるなんて、嬉しいです!」
河合さんが杏子さんに興奮しながら感謝の言葉を述べる。
「通常は魔導士だけのパーティってあまりないからこの連携はできないけど、このパーティにはまゆまゆとしゅんしゅんがいるから戦闘の幅も増えるねっ。さっき聞いたみたいに、相性がいい属性の魔法で連携魔法を使ってもいいからね」
「そうですね。広範囲に威力を求めるならそうしたいですね。でも、二人でここまでスムーズにモンスターを倒せるのはやっぱり連携って大事ですね」
簡単な連携だけど、仲間の魔法の属性を事前に打ち合わせしながら戦うだけでも効率が変わる。
基本的には剣や弓との連携とそう変わらず、全部が魔法だけで行う形になっただけとも言える。
でも、どっちが足止めをして、牽制をして、など役割を決めておくだけでもやりやすくなる。魔法同士での連携をしてなかったから、教えて貰うことで基本をわかりやすく理解できた。とにかく魔法をぶっ放つだけの戦闘じゃなくなる。
「じゃあ、先に進みながら次の魔法の訓練をしよっか」
「訓練ですか?」
さっき教えてもらったみたいな魔法ではなさそうだけど、どういう訓練をするのだろうか。
「うん。えっと、しゅんしゅんって『ファイアーボール』を同時に何個展開できる? 無詠唱でだよ?」
そう言った杏子さんが『ファイアーボール』を3個同時に頭の上で回し始めた。
無詠唱でこのスピード。そして3個の火球が縦横無尽に回っている様子は「凄い」としか言いようがない。
「びっくりするでしょ奥山君。私も最初はびっくりしたからね」
そう言った河合さんも『ファイアーボール』と唱えずに2個の火球をくるくると回し始める。
まじか……。
「……無詠唱はしたことなかったですけど。短詠唱ありなら……『ファイアーボール』。5個できますね」
杏子さんみたいにくるくると回すことはできないけど、自分の上空に5個の『ファイアーボール』を展開する。僕の場合はその場で固定だが。
「5個かぁー! すごいねっ。同時に展開できるだけでもすごいよ。ただやっぱりただの中級冒険者じゃないね」
そう褒めてから杏子さんはうんうんと頷く。
「じゃあ、1個だけでも無詠唱で自由に動かすことはできない?」
「1個だけですか」
そう言われて展開していた『ファイアーボール』を消す。
そして再度1個だけ『ファイアーボール』をイメージする。
魔法はイメージだから、詠唱をしなくてもそれが確立していると認識できたらいいわけで……。
そして頭のなかで『ファイアーボール』が完成した。
「できた」
目の前に『ファイアーボール』が浮かぶ。
「すごっ……奥山君一発か。私、1日かかったんだけど……」
「うん。流石だね。しゅんしゅんやっぱり才能あるよっ! じゃあ次は動かしてみて」
「動かす……わかりました」
イメージだけで詠唱せずにできた『ファイアーボール』は目の前で浮かんでいるだけ。イメージ通りの大きさの火球ができた時点で固定された様に形が崩れない。そこは詠唱と同じだけど、しかしこれで完成という感じでもない。
とにかく杏子さんに言われた通りに動かしてみる。
詠唱した火球なら少しだけ軌道を選んで動かすことはしていたけど、そこまで自由に動かすことを考えていなかったから、できるかどうか。まあ、これもイメージでできるのが魔法と言うわけなんだろうが……。
「お、奥山君……なんでそんな簡単にできるの……」
そう河合さんが言った通り、僕の目の前で火球がくるくると回っていた。
「回すイメージをしたらできた。指も動かすと思っているより動かしやすいな」
人差し指を立ててくるくると動かすと火球がそれをなぞるかのように動く。
なんだこれ、面白いな。
「しゅんしゅん……ここまであっさりできちゃうと、わたしのレベルまですぐに来れそうだねっ!」
と言った杏子さんが笑う。
その顔はどこまでできるのか挑戦させようとする顔と目だ。
この目を僕は昔に良く見た事がある。一時期スパルタだった兄を思いだす。
だからこそ、ここで伏線を張っておかないと後々しんどくなることは目に見えている。
「いやいや、元々こういう使い方もあるかなーって想像してたんでそれほどでもないですよ……」
「元々考えてたんだ! じゃあ、すぐに覚えられるのは納得だねっ! って事は、もっと先に進んでもいいかも?」
と僕が張ろうとした伏線は外された。
「よしっ! 次は2個『ファイアーボール』を使って自由に動かしてみようか!」
さっきよりも笑顔の杏子さんがテンション高く拳を握っていた。
そいういうのって、もう少しゆっくり練習するモノじゃないでしょうか?
◇
「はあ、はあ、はあ……これで攻略完了で、す……」
全力で走り切った僕達は33階層の出口に到着した。
そして杏子さんのスパルタ訓練はダンジョン攻略と共に終了していた。
あの後、2個同時の『ファイアーボール』の次は最大5個同時に発動だった。
そして『ファイアーボール』が出来たら『ウォーターボール』も同じようにさせられた。それができたら2つの属性を同時に合わせて5個自由に動かす様にさせられた。
だからそれは1日でマスターさせるモノじゃないだろう!
僕ができないと言えば「しゅんしゅんならできるよっ!」と言ってきらきらと期待の目を向けられる。それに加えて河合さんが「私もするなら奥山君もするでしょっ!」と対抗意識を燃やしながら有無も言わさずに訓練するので僕もやらざるを得なかった。
そして歩きながらその訓練をしていた時、やっと終わりを告げたのが暇をしていた兼次さんの「楽しんでる所悪いんやけど、33階層潜ってからもう3時間経ってるけどまだ4分の1も進んでへんで? 一応声かけとくな」と言う、一言だった。
その言葉でダッシュで攻略することになった。
そして全力で走った結果、レベルアップの恩恵でも耐えられなかった疲労によって肩で息をする状態になっている訳である。
ちなみにその間の僕の訓練は「走りながらモンスターの顔面に『ファイアーボール』と『ウォーターボール』をぶつける」であった。走りながらはとにかくきつい。
「はあ、はあ、はあ……お疲れ様、奥山君。モンスターにあまり当たってなかったね」
同じように肩で息をしていた河合さんはなぜかドヤ顔をしている。
まあ、河合さんは当ててたからな。というか、元々僕よりも同じ訓練を長くしていたんだから僕よりできるのは当たり前だろう。
しかし、少し悔しい。
「まあ、俊くんも最後は当たってたしかなり良くなったんじゃない? ねぇ大樹」
「良くなったと思うけどさ、俺らもいること忘れて訓練に没頭するのはやめてくれよ。原因は姫宮さんだけどな」
小百合さんは笑っているが、大樹さんは少し不満気だ。それを宥めるように兼次さんが大樹さんの肩を叩く。
「まあええやんか。こういうの見てるだけでも勉強になるやろ。少し周りを気にした方がいいと思うけどな、こういう日もあってもええと思うで、俺は」
「……まあ、そうですけど」
兼次さんに宥められて大樹さんがおとなしくなる。大樹さんにとって杏子さんはまだ心が許せない存在なのだろう。まあ、あんなことがあれば仕方ないと思う。
「ごめんねみんな。わたしも少しテンション上がっていたみたい」
と、杏子さんは言うが、あのテンションは少しどころではなかったと思う。
「で、姫宮。どうやった? 満足か?」
「うん! 満足したよっ! 目的のしゅんしゅんと行動できたし、しゅんしゅんの強さも分かったし、充分だよっ!」
満足そうな笑顔で言い切る杏子さんを見て、少し恥ずかしい気持ちになる。
「でも、とにかくギルドに戻りましょ。もう時間も時間よ」
小百合さんがギルドカードを取り出して時間を見る。それにつられたのか杏子さんもギルドカードを取り出しそこに表示されていた時間に目を見開いた。
「えっ、ちょっと待って、もう22時前!? もうこんな時間たってたの!?」
慌てた様に驚いた声を上げた杏子さん。
そりゃ、3時間もあの場で訓練してたらその時間にもなるよな。僕の体力も限界に近いですから。
とにかく、休憩したいです。
そんなことを思っていると、急に杏子さんが、締めるように話し始めた。
「みんな、今日はありがとう。急に一緒に攻略する事になったから迷惑だったと思うけど、受け入れてくれてありがとうございました」
さっきまでと打って変わって礼儀正しく丁寧な口調になる。
「大樹さんも小百合さんも自分の攻略があったのに迷惑かけたね」
「いやいや、私も勉強になりましたし、大丈夫ですよ」
「ああ。まあ、こういう時もあっても良いかなとはな……」
大樹さんも急に丁寧に話されて少し対応が優しくなってる。
「目的のしゅんしゅんの強さが分かったから、わたしは満足です。また機会があったら一緒に攻略しましょっ! おじさんもありがとね」
「ああ、満足やったらよかったわ。これで俺を助けてくれたのはチャラでええんか?」
「うん。十分」
そして杏子さんは頭を下げて、ニコっと笑う。
「じゃあ、少し急ぐのでわたしはここで」
「わかった。ここでな」
「しゅんしゅんもまゆまゆも練習続けてねっ! じゃあね、ばいばいっ!」
そう言って、奥にある帰還ゲートに小走りで向かって行く。
「杏子さん! ありがとうございました!」
「ありがとうございました!」
河合さんとお礼を言ったら、杏子さんがちらっと振り向いて手を振ってからゲートをくぐって行った。
「行っちゃった……」
「……杏子さんって、いつもあんな感じなの?」
「……いや、初めてだね。いつもはもっと落ち着いてるから……今日はテンション高かったね。うーん、もしかしたら私が知らないだけでいつもあんな感じなのかな?」
そんな話をしながら杏子さんが消えたゲートを見ていたら、後ろから兼次さんの声がかかった。
「じゃあ、俺らも帰ろか」
「そうですね、帰りましょうか」
そして僕達も帰還ゲートに向かって行った。