43話-2「姫宮杏子」
「よ、よろしくお願いします……」
少女の様なあどけない顔をして、その顔に似合うフリフリの服を着て、見た目は中高生な、満面の笑みを浮かべているこの少女が『姫宮杏子』。現時点ソロで中級冒険者のトップの女性。
扉を開けた瞬間に僕の前の前に立っていた事には驚いたが、それよりもその恰好が驚いた。
その恰好がいわゆるロリータファッションだからだ。大樹さん達も言っていたけど、実際に目の前にすると驚く。
それもこのダンジョンに入ってからダンジョン外の服装を見る事はほぼなかった。異世界チックな服装ばかりで、しかもその上から装備を付けるので現実とは離れているように感じる。
しかし、目の前にいる女性が来ているのが、少し制服寄りのピンクと白と黒で構成されたロリータファッションで、現実で着ていても振り向いてしまう衣裳で、ダンジョンでは全く見る事も無いだろうと思える衣裳だ。
「最初はみんな驚くんだよねー。しゅんしゅんも驚いた?」
鼻歌を歌いそうな雰囲気で僕の目の前から離れて向かいの自分の椅子の前まで姫宮杏子は歩く。
その光景を見て、そして問いかけを聞いて瞬時に思考を戻す。
「まあ、驚きました。ダンジョン内でその様な衣裳を見れると思っていなかったので。可愛いですね。お似合いです」
お世辞に聞こえるだろうが、とにかく褒めておく。
「えっ! ほんとっ!? うれしいなぁー! ありがとっ! しゅんしゅんいい子だねー」
と嬉しそうに笑った。
「この服装って、エルフさん達は見た事ないから奇怪な目で見られる事も多いし、ダンジョンの外の人も割と微妙な目で見てきたんだよねー。着たい服着るのが今の時代だと思うんだけどねー」
お世辞に聞こえただろうと思ったのに、思っているより喜んでる? 素直に褒めた事が良かったのだろうか。でも掴みはいい方向に向かったと思う。
「ちなみに、この服はオーダーメイドで作ってもらったんだよ。5着作ってもらったら限界だって言われた。まあ、わたしが求めてる物よりも荒いけど、仕方ないよねー」
と笑いながら服の話になる。
ファッションに疎い僕に話されても「そうですねー」とかしか返せないんだが。
まあ、無難に返しておく。
「ダンジョンの外の物は中に持って入れないですからね。ラポールの店主みたいに専門の人が冒険者になってくれたらいいんですけどね」
「そう、それだよ! でも、服飾のデザイナーさんが冒険者しないもんね。中々難しいよー」
「難しいですね。考えられるとしたら少しかじってる人を探すか、自分で作るしかないですし」
「だよね。自分で作るとなると、ミシンが欲しいし、手縫いでは流石に時間がかかるからなー。エルフの子も手縫いで5着が限界だったし。あっ、でも人数かけたらできるかも? それかギルドに手先が器用な人を集めてもらって……」
と、より話が盛り上がろうとしたところで、姫宮杏子を制止する声が横から入った。
「アンズさん、それぐらいに。先に座ってください。それにあちらにも座ってもらいましょう。立ちっぱなしではあれですから」
「あっ、それもそうだね。しゅんしゅんどうぞ座って」
姫宮杏子に座る様に促したのはシャロンさんだった。
これ以上この話をされても繋げられる自信がなかったので、ナイスですシャロンさん。
そしてシャロンさんは姫宮杏子が座った後ろに陣取った。
短めの長方形の机を挟み対面の椅子に僕は座る。そしてシャロンさんと同じようにシルクさんが僕の後ろに立った。
何の話をするのかわからないけど、自分の担当のギルド職員が後ろに立つとなぜか少し僕が偉いように感じる。
そんな事を思っていると、
「俺もいるんやけどな」
横から男性の声がかかった。
「えっ? 兼次さん!?」
そこにいたのは兼次さんだった。
僕と兼次さんと姫宮杏子で三角に机を囲むように座る形になっていた。
「気ぃついてなかったんかい。まあ、この部屋入ってきて早々姫宮にあんな登場されて話されたら周りも見えへんわな。まあ、今日の話には俺も関係するからここにいるんやわ。よろしくな」
「お願いします」
兼次さんも関係する話か。そうなるとなんか大層な話になりそうだ。大樹さんが言っていた引き抜きの話が濃厚な感じがする。
するとシャロンさんが話始めた。
「皆さまが集まりましたので、自己紹介をお願いします。ニシカワケンジ様は両方知っておられると思いますので、アンズさんからお願いします」
いつもと違う口調でシャロンさんが進行し始める。これが仕事モードなのだろう。
「そうだねー。うん。わたしの名前は姫宮杏子。気軽に杏子ちゃんって呼んでくれていいよ。ギルドの掲示板のレコードホルダーにわたしの名前が書いてあるからわかると思うけど、一応ここの中級冒険者の中では一番強い魔導士だよ。よろしくねっ」
自信満々にそう自己紹介をした姫宮さんの笑顔の中に何かを感じる。
それにしても気軽にって言っても初めての人をちゃんづけで呼ぶのは抵抗があるし、この雰囲気は見た目相応ではなさそうだな。
自分の自己紹介をしたら姫宮さんは「じゃあ、次はしゅんしゅんの番ね」と言って僕に振った。
それはそうとさっきから「しゅんしゅん」とは僕のあだ名なんだろうな。初めて呼ばれたんだけど。
「奥山俊です。まだダンジョンに来て1か月も経ってなくて、この前中級冒険者になったばかりの新米ですが、よろしくお願いします。一応レベルは21です」
そう自己紹介をすると姫宮さんは目を輝かせて僕を見た。
「まだ1か月も経ってないんだぁー。そう言えば『虐殺のオーガ』を倒したって聞いてから1か月も経ってなかったね。それで30階層突破かー。それに21レベルでねー。すごいねっ!」
中級冒険者のトップにそこまで褒められるとは思っていなかった。しかし、その言葉で終わらず姫宮さんは言葉を続ける。
「でも、やっぱりわたしはこうなるって思ってたんだよねー。『虐殺のオーガ』をダンジョンに初めて来た人が倒すなんて普通考えられないもんね。あの注目浴びてる伊藤相良って言う自衛隊の人も元は東京のダンジョンに潜った事があるって話だったからね。あのオーガって今までに500人以上の人を殺してるから、それを初見で倒すって事はかなりの実力者ってことだよ。だからしゅんしゅんがこのスピードでここまで来てるのって、わたしは納得できるんだよねー。まあ、みんなしゅんしゅんに注目していたけど、一番注目していたのはわたしなんだよ。それに……」
「アンズさん、もうそろそろ本題に入った方が。シュンさんも驚いてますし」
「えー、そんなわけ……ほんとだ。ごめんねしゅんしゅん」
と、姫宮さんの弾丸の様なトークを聞いていたら少し口が空いていたようだ。と言うか、これほど僕に関しての事を言われたのは初めてだったので、どう返事していいのかわからなかったのは事実だ。
「あっ、いえ、大丈夫です。なんかありがとうございます」
「お礼なんて。普通に今のしゅんしゅんの評価を言おうとしただけだよ。まだまだ言えてないから、後でしっかり話すね」
とてもいい笑顔でそう言う姫宮さんがまぶしい。
なんか、裏があると思って構えていたのだが、その河合さんが言っていた通りに単純に可愛いだけで終わりそうだ。
「あとね、姫宮さんじゃなくて杏子でいいよ。これから少し一緒に行動することになるんだから。フランクな方がいいでしょ?」
「……一緒に行動? ですか?」
「あれ? 聞いてない? 伝えるって聞いてたんだけどなー」
と姫宮さんもとい杏子さんが兼次さんを見る。
すると兼次さんが頭を掻きながら謝った。
「あー、すまんすまん。時間が合わなくてな。てか、あれから俊と会ったのも今日が初めてやぞ」
「ふーん、わかった。でもあの約束は果たしてくれるんだよね?」
「ああ、もちろん。俺は言った事はちゃんとやるからな」
何の話なのか分からなかったので、二人の会話に入る。
「どいう事ですか?」
「えっとな。この姫宮と一緒にダンジョンに潜るって話や」
「一緒にですか?」
僕とダンジョンに潜る? 何を求めて?
杏子さんを見ると、ニコっと笑った。
「そうや。俺もなんでかはわからんけど、たぶん俊が気になっての行動やろう。そうやな、姫宮?」
「うん、そうだけど。それでしゅんしゅんの了承は得られたの?」
「やって。どうや俊? こいつと一緒にええか?」
「いいですけど……いや、僕からお願いしたいぐらいですね。杏子さんも魔法とか見せてくれるんですよね?」
「うん、見せるよ。一緒に行動だから、わたしも戦うよ」
「だったら、願ったりかなったりです。一緒に潜りましょう」
「やったっ! ありがとしゅんしゅん!」
杏子さんは中級冒険者のトップの魔法職だ。その魔法の技術を近くで見られるならそれだけでもメリットになる。でも、そうなれば杏子さんにとってのメリットはなんなのだろうか。
「でもどうして僕と潜りたいんですか?」
「えっとね、しゅんしゅんがどれぐらいの強さか見て見たかったんだー。わたしの期待通りかどうかを見たくてね」
そして次の言葉になぜか何かが少しくすぐられた。
「だって期待のルーキーって言ってもまだここに来たばかりだからねー」
誰もが思う当たり前の事。ダンジョンに来て1か月も経っていない新人が強いと言ってもたかが知れてる。
しかし、今周りにちやほやされている状態だったからなのか、それを無自覚だったのかわからないが、少し煽る様に言ってしまった。
「あー、そうですよね。でも、さっき30階層のレコードを杏子さんから塗り替えましたよ」
その言葉を聞いた杏子さんはさっきまでとは違う雰囲気で笑った。
「へー。そうなんだ。まあ、わたしが期待しているんだからそうでなくっちゃね」
その目は僕を見定めるように変わる。
「しゅんしゅんの到達階層は?」
「31階層です。さっき攻略しました」
「おー、凄いね。じゃあ一緒に行くなら32階層だね」
そして一拍開けて、
「じゃあ早速だけど、潜りに行こかっ!」
杏子さんは笑顔でそう言った。