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団子と餅

 剣術の稽古を終えた真純が土間に入ると、克子と時尾と民が朝餉の支度をしていた。

「おはようございます。私も手伝います。」

「いいんですよ、真純さんはゆっくり休んでいてください。」

 克子が笑顔で答える。

「でもなんだか申し訳なくて。」

 高木家や倉沢の家族が来てから、食事は時尾や克子が作っていた。

「大丈夫ですよ、真純さん。食べる物もわずかしかなくて、人手があまってるくらいよ。」

 一同がいろりを囲んで集まり、真純はお椀の中身を見て愕然とする。器の半分にも満たないお粥が入っているだけである。粥といっても、汁気の方が多く、漬物もない。

 真純が、皆の様子を見ているとお腹が鳴ってしまった。

「政府から救助米がもらえるまでの辛抱じゃ。」

 倉沢がつぶやく。

(この米も、敵方だった政府からもらってるのかぁ。)

 敵の情けを頼りにするしかないのだ。真純が冷めてしまった粥を見つめていると

「今は耐える時だ。」

 隣に座っている斎藤が耳元でささやいた。

「今日、また会津からの移住者が五戸にやってくることになっている。綾部君も一緒に藩庁に来てくれ。」

 と倉沢に頼まれ、真純は気を取り直して粥を食べ始めた。

 小雨の降る中、五戸藩庁に到着した旧会津藩士の家族たちは、倉沢や斎藤の指示のもと、割り振られた住居へ移っていく。体調が悪い人には真純が看病にあたった。

「この薬をどうぞ。」

 真純が湯のみと薬を女性の患者のもとへ運び、彼女が起きるのを手伝ってあげた。この三日間、頭痛と寒気が止まらないという。薬の説明をしている真純のところへ斎藤が来て

「真純、そろそろ―」

といいかけたのと同時に

「一瀬様。」

と目の前の女性が呼んだ。 



 斎藤はその名を呼ぶ相手に見覚えがあった。最後に会った時、彼女は篠田やそと名乗っていた。 

 会津戦争の頃、斎藤は土方や真純がいる仙台には向かわず、わずかな新選組隊士とともに会津に留まっていた。斎藤率いる新選組は会津藩より援軍を求められ、会津郊外の高久村如来堂に布陣。しかし新政府軍の敵襲を受け会津新選組は壊滅、斎藤は会津藩士とともに新政府軍に徹底抗戦の構えだったが、籠城していた会津藩が降伏し、斎藤たちも投降を決めた。そんな時、民家の林の陰で一人立たずんでいるやそを見かけた。

 女は懐から小太刀を出し、震える手で刃先を喉に突き刺そうとするが、動きが止まっている。

「あんたにはできん。やめておけ。」

 やそは一瞬斎藤の顔を見て、

「敵か味方か存じませぬが、どうか私の介錯をしていただけませんか。」

 物腰や言葉で武家の娘かと悟った斎藤は驚いて、ゆっくりとやその傍に行く。

「あいにく俺の刀は官軍の兵士をたくさん斬って刃がこぼれている。」

 やそは、目の前にいる男が敵ではないことに気づき、小太刀を握る手を緩めうなだれた。

「城の内外では多くの女子が自害したと聞きました。私も、この世から消えてしまいたいのです。」

 やそは、涙ながらに身の上話を淡々と語った。篠田家は旗本大身に属したが、彼女の長兄は禁門の変で戦死、父親も会津で病死、生き残った兄や弟たちを支えてきた。しかし会津戦争が勃発し、やそは農家に身を寄せていたが、家や親戚家族を失い会津藩は滅んでしまい、途方にくれていた。

「あんたは自害しようにもできなかった。死ぬのが怖いなら生きるしかない。」

「しかし―」

「今ここに、団子と餅があったら、あんたはどっちを食べる。」

「え?」

 やそは一瞬考え込む。団子や餅を思い浮かべ、空腹を感じた。

「…どちらも食べるかと・・・あ、私ったら―」

 さっき自害しようとした者とは思えない発言だった。

「戦の最中、死に場所を探していた俺に同志が聞いた。極上の酒があったら飲みたいかと。俺は相手にしなかったが、いつか酒をそいつと飲みたいと思うようになっていた。」

「だから、生き延びてこられたのですね。その方は今…」

「北へ向かっているだろう。」

 斎藤は空を仰いだ。

「あの…ありがとうございました。」

 無愛想で影のある男が、団子や餅と言った響きがやその耳に残っていた。

「俺は何もしていない。大身の女子にご無礼いたした。」

 斎藤がその場を去ろうとすると、

「あの、少々お待ちください。」

 と言って家に戻り、握り飯を取ってきて斎藤に渡した。

「あなた様のお名前は。」

 やそに名前を聞かれ、「一瀬伝八」と答えた斎藤は、一礼して去っていった。やそは斎藤の背中が見えなくなるまで見送っていた。



 斎藤と真純は旧会津藩士たちと協力して、篠田やそや他の病人たちを荷車に乗せて割り当てられた家へ送り届けた。

「今回来られた方たちは、重い病気でなくてよかったです。」

「そうだな。」

 斗南へ移住してきた者の中には、新天地で夢半ばにしてなくなってしまった人もいた。しばらく会話が途絶え、土の上を進む車輪の音だけが聞こえる。

(篠田やそさんは、死のうとしてたところを斎藤さんに助けられたって言ってたけど、生き残ったことでそんなに思いつめていたなんて。そういえば、やそさんと斎藤さんは―)

「真純。」

 突然呼ばれてどきっとした。

「変に気を回しすぎるな。」

 真純は斎藤に胸のうちを見透かされた気がした。


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