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過去

 高木家や倉沢の家族が同居するようになってひと月、当初は互いに遠慮したり会話も少なかったが徐々に打ち解け、特に真純は年が近い時尾と親しくなった。高木家はもともと会津藩の大目付という地位にあり、由緒正しい家柄であったが、父親が禁門の変で亡くなった。時尾は、会津戦争が起こる前、容保公の姉・照姫の祐筆(書記)を務めていた。しかし高木家の人たちはそんな立派な身分を鼻にかけることなく、接してくれた。

 真純が旧会津藩士の家族の看病をしたことが村に広まり、病人が出ると藩士や家族が真純を呼びにくるようになった。ある日、真純が雨の中、病人を訪問して帰ってくると、時尾たちが裁縫をしていた。

「おかえりなさい、真純さん。」

 と言って、時尾が真純に手ぬぐいを渡してくれた。

「寒かったでしょう、こちらで温まってください。」

 克子がいろりの前に場所を作る。時尾が手際よくお茶を入れ、握り飯をも持ってくる。

「すみません…どうかお気遣いなく。」

「真純さんはどうして髪を短くしていらっしゃるの。」

 母の隣で裁縫をしている民が聞いた。

「この方が頭をあまり洗わなくてもいられるし、それに短い方が似合うってよく言われるんです。」

「一体どのような方がそんなことをおっしゃるのですか。短い方が似合うだなんて。」

 と驚く母に、

「でも、八重さんも短髪が似合っていたわよ。」

 と時尾がいう。八重というのは、ドラマにもなった山本(新島)八重のことで、鶴ヶ城の篭城戦では銃と刀を持って奮戦した。戦闘に不向きだという理由で八重は髪を短くすることにしたが、その髪を切ったのが時尾だった。しかし、真純の髪型は新島八重よりも短く、この時代では男と間違われてもおかしくなかった。

「真純さんも会津で戦っていたのですか。」

「いえ、私は松本良順先生の手伝いをしていました…」

「では、日新館におられたのですか。拙者も日新館に顔を出していましたが、真純さんとはお会いしませんでしたね。」

 端で女たちの会話を聞いていた盛之輔が身を乗り出してきた。盛之輔は会津の藩校、日新館で学んだことがあり、会津戦争では白虎隊の伝令を務めていた。松本は日新館を病院として負傷者の治療に当たった。当時真純は、土方歳三の小姓として旧幕軍と行動をともにしていたのだがそのことは伏せておいた。

「質問ばかりしていては、真純さんが食事にありつけないですよ。」

 克子の一言で一同黙った。克子と時尾と民は裁縫を続ける。彼女たちは、着物を縫う内職をしてなんとか生活の足しにしようとしていた。もうすぐやってくる厳しい冬に供え、暖かい衣類や寝具などが必要とされた。

「そういえば、あの時若松に戻ってきた直鉄さんに日新館で偶然会ったのですが、新選組に女の隊士がいるって言ってました。姿格好が男で心も武士そのものだけど、いい女子だったと。」

 盛之輔は母の言いつけを無視して話を続ける。

「あの、ナオテツさんというのは―。」

 真純はその名に聞き覚えがあった。

「原直鉄さんも日新館で学んでいたのですが、16歳で容保公の側役に選ばれて上京しました。すごく正義感の強い人です。」

 やはり、あの原直鉄のことだった。真純は京都にいた頃、原と縁談があったのだ。

「その後旧幕府脱走兵の歩兵差図役になった聞いたけど、原さんは東京の謹慎場所から脱走したそうです。あの人は、考えることも行動するのも早いからなぁ。」

 盛之輔は神妙な面持ちで言う。

 真純は、初めて原が京都の屯所を訪れた日を思い出す。まだ幼さの残る青年だったが、言動はずっと大人で、縁談では真純のために身を引いてくれた。東京で会った時は、戊辰の戦いはまだ終わっていないと言っていた。おそら反旗を翻すために動いていたのだろう。

 

 次の日の早朝、庭で剣術の稽古をする時に、真純は原直鉄の話を斎藤に聞かせた。

「原さんは…残念ながら捕縛されたそうだ。」

 原直徹は同志とともに新政府転覆計画を企ており、それが新政府の密偵によって明るみに出た。

「原さんが…そんな…。」

「処刑は免れないだろう。」

 あの若々しい好青年が新政府を転覆するなど想像できない。

「原さんにも、惚れた女や守るべき家族がいたら、変わっていたかもしれん。」

「・・・。」

 真純は、原との縁談を断った経緯があるだけに、言葉に詰まる。

「あんたが気にすることはない。」

 斎藤も縁談の様子を見守っていた一人だった。

「だが昔、土方さんがあんたに言った言葉は本心だろう。」

 土方は直徹との縁談が破談になった後、真純が将来独り身だったら自分が貰い受けると言い放ったのだった。

「俺は、あの人にはかなわいと思った。」

「斎藤さん…私の心の中には、いつも斎藤さんがいました。」

 斎藤は真純をそばに引き寄せようとするが、家の扉が開いて手を止めてしまう。

「おはようございます!藤田殿、拙者にも稽古してください!」

 盛之輔が威勢よく挨拶した。斎藤は何事もなかったように振る舞い、真純と盛之輔の指導にあたる。真純は、斎藤と二人の時間が少ないのが残念な気がした。


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