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茶屋

 真純は当初病院に寝泊りしていたが、佐野専左衛門の家に下宿するようになっていた。佐野専左衛門は函館の大商人で、新政府軍との戦いの時、土方とともに世話になったことがある。久しぶりに佐野と彼の家族や従業員たちと夕食を囲んだ。大商人だけあって、食卓に並ぶおかずが豪華である。

「専左衛門さんはロシアとも交易しているんですよね。」

「あぁ。それがどうしたよ。」

「実は土方さんがロシアへ渡ったなんてこと・・・ないですよねぇ?」

 真純はずっと気になっていたことを専左衛門にぶつけてみた。永倉は、土方はロシアに行ったのではないかと冗談で言っていたが、もしかして自分が行った心臓マッサージが効いて息を吹き返したのではないかと思ったのだ。

 佐野は酒を飲み干して大笑いする。

「真純ちゃんよ、あんた面白ぇこというなぁ。土方さんがロシアで提督にでもなって、明治政府に復讐するか。だが、いくらなんでも土方さんはそんなことしねぇよ。部下を残してロシアに逃亡するなんざ、あの人に限ってありえねぇ。」

「そうですよね・・・。」

「そうまでしてでも、土方さんを生かしておきたかったけどなぁ。」

 箱宿での宿泊や軍資金を提供するほど土方に惚れ込んでいた佐野も、真純と同じ思いだった。


 阿部の傷が回復して退院する日が近づいてきた。真純が見舞いに行くと阿部はベッドから起きていた。

「あんたには世話になったな。」

「阿部さんは強靭な体だったから回復も早かったですよ。剣術の名手なんですね、阿部さんは。」

「いや、―」

「体の傷や手の硬さで分かりましたよ。」

 阿部は自分の手のひらを見つめた。また真純に握られていた時の感触を思い出し、体が熱くなる。

「あんた・・・箱館の人間じゃないな。東京か?」

「・・・はい。」

「東京の人間が函館まで来て看護人になってるとは、訳がありそうだな。」

「えぇ・・・まぁ。」

「聞くつもりはねぇよ。俺も同類だ。」

 突然、阿部は真純の腕を取り、自分の方へ引き寄せ肩を抱いた。

「退院してからも、会えねぇか。」

 耳元でささやいた阿部の言葉に、真純は「それは困る」とは言わず、しばらくそのままでいた。

 急に廊下で職員たちの声がして、真純は阿部から離れる。阿部と一瞬目が合い、おじぎして部屋を出て行く。

 廊下に出ると通りかかった馬島医師にぶつかりそうになった。

「あ!すみません。」

「いや、大丈夫だ。おぉ、その着物は確か・・・。」

「土方さんにいただいたものです。」

「いい色だ。よく似合ってますよ。」

 二人の会話を病室にいた阿部が聞いていた。忘れもしない「土方」という名前に阿倍の表情が変わっていった。


 数日後、真純が病院での勤務を終えて玄関を出ると、阿部隆明が立っていた。阿部が出仕している北海道開拓使は、函館病院から数分のところにある。

「二人で歩きたいのだがかまわぬか。」

 真純は一瞬戸惑ったが応じることにした。

 二人は多くを語らず、病院から市街地の方へ歩いて行った。箱館戦争当時、市街地にも被害が及び火災が起こり3分の一が消失した。しかし今はその面影もなく平和な町並みが広がっている。

「ここで一服していくか。」

 阿部が茶屋の前で立ち止まった。

「いえ、私、喉乾いてませんから。」

「腹も空いてないか。」

「はい。」

 阿部はあきらめて、そのまま歩き出した。真純は京で、新選組幹部の武田観柳斉に茶屋に連れ込まれた苦い思い出があり、男と茶屋には入らないことにしていた。

「…すみません。昔、お茶屋さんでちょっと…嫌なことがあって。」

 阿部は少し間を置いてから

「あんたは惚れた男を追いかけて函館に来たのか。」

「いえ…逆です。逃げてきました。」

「…俺も東京から逃げてきた。官軍の一部隊に加わり、恨みつらみを晴らしてきたが…何も浮かばれねぇ。だから蝦夷地まで来た。」

 官軍と聞いて真純に緊張が走る。

「あの、私―」

「あんたは賊軍か。戦に関係ない女子供に恨みなんざない。賊軍の兵士たちにもだ。国のため、生きるために駆り出されただけさ。俺が恨むとしたら…いや、こんな話するつもりじゃなかった。一新前のことなんか、気にすることはない。」

 真純はほっとしたが、新選組という名前を出さないよう気をつけた。

「それにしたって、女1人でよくここまで来たもんだ。あんたは風貌といい、普通の女子とは違う。人の血や体の中を見ても平気でいられる。」

「仕事ですから…それこそ、私がこの時代でできることって言ったらそのくらいしかなくて。でも、これからどうしようって不安にもなります。」

「…あんたなら大丈夫だよ。そんじょそこらの役人よりよっぽど肝が据わってる。あんたが逃げてきた男は、よっぽど頼りにならんかったのだろう。」

「いえ、助けられてばかりでした…。それより阿部さん、やっぱりお茶屋さんで何か飲みましょう。ただし、外の縁台で。」

「あぁ。」

 無頼な男の言葉が、真純の心にしみた。2人は来た道を戻って行った。


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