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墓参り

 真純が斎藤を探しに函館から越後高田に旅立ってから、2年ぶりの函館。真純はどうしても、土方歳三の墓参りをしたかった。

 函館の懐かしい景色を目にすると、旧幕府軍の兵士たちの戦う姿が思い出される。箱館戦争の時、土方の死を何とか食い止められなかったのが悔やまれる。

 真純は五稜郭へ足を運んだが2年前の降伏後と同様、門より先に立ち入ることはできなかった。奉行所や付随する建物は解体され、明治政府軍の練兵場となっていた。

(土方さん、今どこで眠っているんですか。私、斎藤さんとはお別れしました。これからは一人で、自分の力でやってみます。)

 真純は門の前で手を合わせた。何者かが後ろの方で真純の様子をじっと見つめていた。振り返ってその役人風の男に気づいた真純は一礼して通り過ぎていく。箱館戦争が終結して官軍の厳しい監視はなくなったが、真純は今でも不安があった。しかし、その男からは尋問されることもなくほっとしたのも束の間、突然男がうめき声をあげて倒れた。

「大丈夫ですか!」

 痩せた色黒の男が腹部を押さえて倒れている。額に脂汗が浮き出ている。

「病院で診てもらいましょう。」

 といって、真純は人を探した。

 騒ぎにかけつけた住民が戸板を持ってきて男を函館病院へ連れて行ってくれた。箱館戦争の時、真純もこの病院で院長の高松医師の治療を受けたことがある。戦争が終結した後、高松医師は徳島藩預かりとなった。病院を引き継いだ医師は、男を診るや

「痛みが治まるのを待つしかない。腹部に灸を据えておく。」

「待ってください。この症状は盲腸…虫垂炎です。右のわき腹が痛いと患者さんは言ってます。開腹手術をして虫垂を切除してください。」

 その医師は驚いたが、真純のことを覚えていた馬島という医師が納得し手術を行うことになった。しかし当の患者は開腹手術と聞いて恐れおののいた。

「腹を割っ開いていじくり回すなら、切腹させてくれ!!」

「大丈夫です。麻酔というのがありますから、痛みはまったく感じません。」

「いや、そんなもの俺は信じない。いいから刀を貸せ!」

 男は痛みをこらえながら声を振り絞って医師や真純に訴えた。

「落ち着いてください。あなたを死なせたくないんです。」

 真純が男の目をまっすぐに見つめ、彼の手を握り締めた。おとなしくなった男に麻酔を吸入させ、眠りにつくまで真純はそばについていた。

 手術を終えた馬島医師が真純の診断を称えた。

「よくあの患者が虫垂炎だとわかったね。以前はあんな腹痛では手の施しようがなかった。」

「昔、似たような症状を見たことがあって。」

 その症状は子供の頃の自分自身に出ていた。小さい頃虫垂炎になり現代の病院で手術を受けたが、そのことは黙っていた。

「あの、高松先生や小野さんはその後どうなったのでしょうか。」

 高松医師は徳島藩に預けられた後、放免されて東京浅草で開業している。小野というのは、もと会津藩士・小野権之丞で戦時中は病院の事務長だったが、官軍に投降した。戦渦の状況で何かあれば小野の所へ行くよう土方に言われ、高松医師とともに真純を助けてくれた。小野は古河藩に幽閉されていたが、謹慎が解かれたという。

「そうですか…よかった。」

「綾部君、あの患者の世話を頼んだよ。」

 馬島医師は、真純がしばらく病院で寝泊まりすることを許してくれた。


 それから真純は、手術を終えて眠っている男を見舞った。男には体に無数の傷があり、おそらく戊辰戦争を戦い抜いたと思われた。真純は昔、同じくらい傷だらけの腹や背中を見たことがあった。

「斎藤さん…。」

「斎藤って誰だ。」

 男が目を覚まして、真純は我に帰った。

「いえ、なんでもないです。起こしてしまってすみません。」

「いや…。俺はなんとか命拾いしたようだな。あんたと・・・どこかで会ったことがあるか?」

 阿部は真純の顔をまじまじと見つめた。

「いえ、ないと思います。あの、記録するのでお名前を教えていただけますか。」

 男は急に天井の一点を見つめて、

「阿部、隆明と申す。」

 と答えた。

 真純は、掃除、洗濯、病人の世話などできることを必死にこなした。斎藤のことを思い出す暇もなく働けるのはありがたかった。

 

 次の日、真純が阿部の包帯を交換しに行くと、阿部は寝息を立てて眠っていた。

「頼む、助けてくれ!」

 突然、阿部が体をぴくっとさせて目を開けた。

「阿部さん、大丈夫ですか。ここは病院ですよ。」

「あんたか。俺は夢を見ていたようだな。」

「怖い夢でも見たのですか?」

「京にいた頃、仲間が―いや、そんな話はどうでもいい。」

 真純は黙ってうなずき、手際よく包帯を交換した。

「俺は昨日、手術台で無様な姿を見せてしまったな。」

「いいえ、手術は大人だって怖いですよ。」

「だが、あんたがその…。」

 阿部は、真純が自分の手を握ってくれたときの感触を思い出していた。そして目の前にいる見ず知らずの看護人に安心感を抱いた。

「真純さん、お客様がいらしてますよ。」

 病院の職員が呼びに来て、真純は退室した。阿部は、「ますみ」という名前をつぶやいた。

 


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