日常を語るモラトリアムの住人たち
「先輩、今日もやるんですか?」
僕の高校生活の大半を占めるモノは、この部活動で。
「何、文句でもあるのかね?この神聖なるオカルト研究会の活動に?」
自信満々に返答する美少女、オカルト研究会部長、日下部 桜先輩はいつも通りこう宣言するのだ。
「さあ、活動を始めましょう、深淵に沈む英知を求めんが為に。」
「はあ、……お決まりはいいですから始めますか。」
ここはオカルト研究会の部室、広さは十畳ほどの広さで、二人でいるには少し広い。
そんな部屋にテーブルが一つ、そこに向かい合うように座っている。
部屋の端にはポットなどが揃っており、飲み物に困ることはないが、何かこう、美少女と二人きりというのに、特に期待を持てないのはこの人故だ。
生粋の日本人であるが白髪に琥珀の瞳、その姿は北欧の美女である。
それ故に、どうしても我が学校のセーラー服風の制服にあまり似合っていない。
桜先輩がある程度背が高いこともあり、無理をしてきている印象が抜けないのは内緒である。
それはさておき、これからすること、というのは単純な謎解きだ。学内から集められた相談を解決するのがこの部活の活動になる。
「今回の相談はこれだな。」
さも当然のように、ガサゴソとスカートのポケットから手帳を取り出し、要件のページを開き、付随の資料を手品のようにテーブルに広げる。
と言っても、解決に必要なものは先輩が用意してくれるので、あとは推理だけ。
先輩はその綺麗な容姿を無駄にするように、だらしなく机に覆いかぶさるように体を倒し、顔だけを自分の方に向け資料を読みだす。
「なになに?……『先輩の下駄箱に何回手紙を出しても届かないのですが、どうしても見てほしい手紙があるんです、届くようにしてください!』だとさ。」
「いきなりですね、何か補足してください。このままだとただの入れ間違えにしか思えません。」
このように進めるのは、もはやなれた。
態度を見る限り、補足等をする気がなさそうに見えるが、そんなことはなく、むしろこういう時の方が頼りになる。
この人が緊迫した態度になる、ということはこの人でもどうにもならない時だけだ。
「仕方あるまい、私の占い結果を見せよう」
「いや、調査でしょ。」
お分かりだろうか。
この人はオカルトをこじつけているだけで、実際は心霊現象の類をこれっぽっちも信じていない。その方がやりやすい、説明の手間が省ける、そんな理由だけでこんなことをしているのである。
「前提として、この少女は先輩の下駄箱を間違えていない。そして誰かが抜き取っている訳でもない。」
「なら届いているじゃないですか、その様子だと本人が下駄箱を開けていないわけでもないんでしょう?」
先輩は、それがな……、というようにうなだれる。
しかし、先輩は推理が自分の方が向いているとはいえ、全くわかっていないわけではない。
その結末に至る経過、過程が見えてないだけなのだ、でなければ自分が入る前からこんな部活を一人でやってはいないだろう。
「本人に確認しても、見ていない、というのさ。本人が嘘をついている様子もない。」
そこまでしたなら本人に渡せばいいのに、と思ってしまうわけだが、ぐっとこらえる。
「状況は手紙を入れたのがお昼、当の本人が確認するはずの時間は放課後。ここで君の出番だ、いつもの名推理、期待してるよ。」
先輩は当たり前のように話を落としてくる。
そう、これが自分たちの関係、だからこそ答えなければならない。
いつものように、仮定、検証、立証……
「では、事実の構築を始めますか。」
「言ってて恥ずかしくないの?」
「あなたよりましですから。」
先輩は顔をあげ、からかうように僕へ言葉を投げかける。こんなこの人の棚上げにも慣れてしまった。
「前提を考え直しましょう、当たり前を壊すことから壁を壊すのです。」
僕は立ち上がり、窓際に移動し、そこで窓を開け、窓枠に座る。
「僕たちの下駄箱は生徒昇降口にありますよね?」
先輩は体の向きを合わせるようにこちらに向き、しかし頬杖をついた。
「そうね、確かうちの下駄箱は八段のタイプのものが使われているわね。」
しかし、今回考えなければならないのはそこではない。
「ええ、ですがわが校は校則により下ばきと内ばきの入れる場所は決められています。そこで先ほどの条件について考えてみます。」
先輩は首をかしげ、うんうん言いながらながら目をつむり考えている。かわいい。
「下ばきが入っている状態で手紙を入れ、且つ入れられた本人が気づかない。それは例外を除きあり得ません。なぜなら下駄箱の中身が見えているのであれば遮蔽物が事実上ない状態で見えないのはおかしい。下ばきの下に置いたのであれば別ですが、そんなことはしないでしょう。」
先輩は納得しながらも、しかし状況を説明する。
「でも、手紙を入れていたのはお昼よ?つまり今言った下ばきが入っている状態じゃない?」
その通りだ、不良なら話は変わるが普通の生徒はお昼に登校しない。
「ええ、ここで前提の話が覆ります。先輩は下駄箱の中身はきちんと確認しますか?」
「見るようにはしているし、何かあれば落ちてくるから分かるわね。中身は開ければ見えるしね?」
先輩は事前に入れてあった紅茶をすすりながら答える。そう、当然のように。
「しかし先輩、先輩の下駄箱、上から三番目じゃないですか?」
「ええ、そうだけど……もしかして。」
先輩は位置に関して考えていなかったようだ。
「そうです、例外は一番下の下駄箱の人、です。仮に下ばきの上に手紙を置いた場合、手紙は平面、靴は斜面が奥に向いた台形です。もちろん手紙は紙ですから緊張で強く閉めてしまったり、隣りの下駄箱が開閉すれば奥に行ってしまう。」
「これで見ていない、がクリアされる訳ね?でも、手紙は下駄箱の中には残ってなかったわよ?」
「ええ、だってそれは床に落としているからでしょう。この学校は履き替え場所がすのこになっています。そして相手側は靴のサイズがデカいのでしょう、落ちても靴と手が視界を遮り、靴のサイズのせいで手紙は奥に行ききることもなく落とされ、すのこの下に埋蔵されてしまったわけです。ましてや学校終り、そんなところに集中力を使う人もいないでしょう。」
そこで手をポンッと合わせ、結論づけるかのように締めくくる。
「掃除の後で生徒の目に触れることがなくて幸いでしたね、朝は事務員が日課として掃除をしています。おそらくその方が内密に処分してくださっているのでしょう。手紙を扉に挟むように入れることを勧めておけば解決すると思います。」
「そうね、そう伝えておきましょう。あと、事務員さんは素敵な方よね、お礼しなきゃ。」
はにかむように言い返した先輩はやっぱり事務員に負けずとも劣らず素敵なヒトだと思った。
なぜなら、他人の悩みに向き合おうとしているのだから。
推理を終え、机のコーヒーをもって外を眺める。
緑葉か舞う外を見ながら口をつけたコーヒーは苦くて、でも、何か澄んだ、きれいな味がした。
TAKE OUTよりも先に書いてしまい、ちょっと後悔。
桜先輩、そしてこの物語の主人公はきちんと本編に出てきます。
更新次第、読んで頂ければ幸いです。